第37話 何もかも
みんなごめんな。
俺が全部悪いんだ。
俺のせいなんだ……。
何もかも
どうぞ。
全てが終わってしまった——。
この世界に転生し、帝国に立ち向かう決意をした俺は、俺の知る全ての情報を利用し、最善の策を尽くした。
だが結果は——敗北。
バルナ王国は滅び、マルクは王宮に取り残され、ルミナとルキ、二人は心に大きな傷を残したまま敗走した。
——すべては、皇帝の力を侮り、物語の全てを知っていると慢心していた俺の責任だ。
”その気になれば、俺たちの存在など虫けらも同然”
シュダが言い放った、言葉の通りだった。
(はぁ……)
——とある街の屋根にて青空を見上げ、俺はため息を漏らしていた。
ここは、ギルバディア王国の城下町。
俺は国境の森でアバンと落ち合い、救出されたルミナとルキと共に、この街へと連れてこられた。
「重傷者はこっちだ! 治療室に運べ!」
城下では、バルナの避難民の介抱にあたるアバンの姿。
迅速で的確な指示を部下達に送り、皆彼を頼りに動いていた。
アバン……お前の到着を待ち、戦いに臨んだ方が良かったのだろうか?
(はぁ……)
後悔ばかりが募り、思わずため息を漏らす。
——帝国の横行も、本来ならば女神の力によって阻止されるはずだが、肝心のアリステラはこの世にはいない。
これまでの展開は一応物語通りなのだが、彼女がいない以上、俺にはハッピーエンドの未来がどうしても見えなかった。
さらに引っかかっていたのは——マルクのことだった……。
王宮を強制退場させられてから、彼の安否が確認できていない。
俺には人のエギルが見えない。だから、普段は誰かしらの気配を読み取り飛んでいくのだが、今はマルクの気配が感じられなかった。
加えて、あの皇帝の謎めいた力への恐怖もあり、彼のもとへ近づくことすらできずにいた。
俺が何より恐れているのは——物語の筋を逸れた者の死が、アリステラの時のように、マルクにも降りかかることだ。
そうなれば打倒帝国の夢も、ますます遠のいてしまう。
それに、残されたルミナはどうなる……?
母も国も亡くしてしまった上に、愛する人までもがいなくなったら、彼女の心は壊れてしまう。
ルキだってそうだ。
普段は平気そうにはしているが、家族のいない彼だって本当は寂しいはずだ。
唯一の支えとなるルミナがダメになってしまったら、ルキもきっと……。
(はぁ……)
ため息と共に、俺の中の希望が次々と吐き出されていく。
もういっそのこと、何もかも……。
——すると、終わりを求める俺の横で、何かが生まれる音がした。
『——カガミさん‼︎』
呼び出してもいないラキが、声と共に飛び出した。
『皆さんは、どうなりましたか⁉︎ ルキは……?』
自らの意思で出てくるなり、俺に顔を近づける彼女は問う。
(ルキは無事だよ……他は——)
俺は今までの出来事を、彼女に全て伝えた——。
* * *
『アバンさん……来てくれたんですね』
全ての事情を知り、二人の危機を救ってくれた彼を、潤んだ目で見つめるラキ。
——やがてアバンは、一通りの介抱を終え、次の現場へとかけていった。
そこで俺は——ある事に気づく。
(……あれ?)
彼についていたはずの俺のエギルは、微動だにしていなかった。
なぜだろう……。
いつもなら水上スキーのごとく、ついた人間の後を追う様に体が引っ張られていくはずなのに。
今、俺のエギル体は、他人に依存せず、静かにそこに留まっている。
今まで“ついていく”ことしかできなかった不安定な存在だった俺が、自由を得ている……?
先ほどのラキと出現といい、さらに謎が増えていき、頭が混乱しそうだったが、今の俺にとっては、そんな事はどうでも良かった。
俺はその場を離れ、アバンの向かう方向とは逆の方向へと、自由に体を進める。
(これが自由か……長らく忘れていたよ)
『——どこ行くんですかカガミさん!』
何も言わずに飛び去ろうとする俺を呼び止めるラキ。
そして彼女は、いつもの様子で言葉を繋げる。
『また、戦いましょう! 次こそは、帝国に——』
その言葉に——俺はピクリとなってしまった。
(——なんで、笑ってられるんだよ?)
『え……?』
いつも希望になってくれる彼女の存在が、この時の俺には、この上なく迷惑だった——。
(うんざりなんだよ! いっつも笑っていやがって、人に希望を持たせて、失った時の辛さなんてまるで考えちゃいない!)
気づけば俺は、棘を含んだ言葉を彼女にぶつけていた。
(お前もわかっただろ? この世界は絶望だらけだ! 俺がそうしたからな。たくさんの人も死なせてしまった……お前の事だって、お前の家族の事だって、俺が殺したんだぞ⁉︎)
俺は、この物語を描いた張本人だ。
この世界の人々が苦しむのも、罪のない人々が死んでいくのも、全て俺が描いた。
そう、何もかも——。
(それに俺は、元々こんな世界どうでも良かったんだ。俺にとっては、ただの物語の世界——お前らが死のうが生きようが、俺の知ったことじゃないんだ!)
俺の溜まりに溜まった鬱憤が、ギルバディアの空に響き渡る。
その言葉に傷ついたのだろうか、ラキは真っ暗な瞳で、俺を見つめていた。
——そんな目で見るなよ……。
ラキのせいじゃない。それは、頭ではわかっていた。
けれど、心が弱り切った今の俺には、彼女を責めることでしか、自分を保つ術がなかった。
(……怒鳴って悪かったな。でも俺は、もうこの世界にはいられない……だから、俺の事なんかもう忘れてくれ——)
彼女の顔を直視することすらできず、俺はその場から逃げるように、空へと飛び立った。
情けなくて、悔しくて……こんな自分が、早く消えてしまえばいいとすら思った。
——あの時と、何も変わらない。
六畳一間の狭い部屋で、何も掴めず、何者にもなれず、誰にも届かない物語を描き続けていた、あの絶望と同じだ。
希望なんて、とっくに底を尽いていたあの頃のまま。
こういう時に、俺ができることなんて……結局ひとつしかない。
そうだ。
何もかも——諦めるしかないんだ。
彼の希望は本当に尽きたのでしょうか?
お次は火曜日。




