第36話 バルナ 散る
謎の光と駆けつける男。
これはとある小さな国の、敗北の物語。
バルナ 散る
どうぞ。
二人の叫びと同時に、光の様なものがあたりに弾け飛んだ。
「——グッ!」
ルキの体を包んでいた爪からは力が抜け、彼の体は地面に倒れ伏した。
「何が……起きたの?」
一匹だけではない……その場にいる妖魔全てが、一瞬体を硬直させ、後ずさる。
「何をしている⁉︎ やれ!」
違和感を覚える帝国兵だったが、すぐに突撃命令を出し、目の前の妖魔達を突き動かす。
今度こそ絶体絶命と思われたその時——。
「——グガッ!」
一本の矢が妖魔の喉元に、深く突き刺さった。
「——でやぁぁぁ‼︎」
遅れて響く、雷鳴のような咆哮。
宙を舞う黒い影と共に、大槍が閃いた。
地に伏した妖魔の巨体が、土煙を舞い上げる。
その煙の向こうに——男がいた。
「誰だ——⁉︎」
槍を携えた長身の男は、ゆっくりと振り返る。
「音の鳴る方へ来てみたら……懐かしい顔を見たな」
聞き覚えのあるその声音に、ルミナの胸が、わずかに震えた。
「……あなたは——アバ……ン……」
「おっと」
糸が切れたかのように眠るルミナを、咄嗟に腕で支えるアバン。
(アバン……⁉︎)
なぜここが? 国境はまだ先のはず——。
「一人で来るとは……バカめ!」
俺の安堵も束の間、ルミナを抱えるアバンに再び妖魔を差し向ける帝国兵——だが。
「一人ではない——!」
光を帯びた剣閃が、妖魔もろともその男に見舞われた。
その傷口から燃え広がる業火に、焼かれ死ぬ帝国兵達。
「魔法……いや。剣……士?」
炎を纏った剣を優雅に携え、黄土色の髪を几帳面に分けた剣士が歩み出る。
整えられた顎鬚は威厳を添え、その立ち姿には余裕と気品が漂っていた。
あの“魔法剣”は……間違いない。
——ギルバディア軍が、来てくれたんだ!
「レオン……お前は城下の方を頼む。俺はこいつらを——」
「任せろ!」
レオンと呼ばれる男が、すぐに振り向き号令をかけると、十字架の紋章の鎧を纏ったギルバディア兵達が、バルナ王国へと歩を進めていった。
——そして、俺は縋る様にアバンに語りかける。
(アバン……すまない)
何も変えることができなかった。
残酷な結末を考えた自分を呪うように、俺は声をこぼした。
「む? いつかの天の声か。お前の叫びのお陰だよ——」
叫びを目印に、駆けつけたと言うアバン。
俺に優しい言葉をかけ、気を失うルキの元に駆け寄った。
「小僧……お前もよくやった」
傷だらけになった小さな戦士を讃え、ルミナもろとも抱え上げる。
そして、バルナの制圧はレオン達に任せ、国境の方へと後退していくアバン。
「全て、見ていたのだろう? 何があったのか話してくれ——」
俺は、肩を借りるようにして彼にしがみつき、今までのバルナ王国での出来事を説明した。
——王の間。
一体どれぐらいの時間が経ったのか。
足元には無数に転がる帝国兵の姿。もう何人切ったかも覚えていない。
皆は無事逃げられただろうか……。
四面楚歌の中、一人立ち尽くすアリヴェルの青年騎士。
彼の瞳はなおも燃える意志を宿し、その視線は目の前の帝国兵たちを鋭く睨みつけ、その気迫にガンツも思わず後退する。
——すると、横から。
「その勇ましさ、容姿……本当に、父親にそっくりだな」
「……なに?」
憎悪に染まった目で、皇帝は何かを振り払うように自らの首を掻きむしった。
喉の奥から、さらに呪詛のような声が絞り出される。
「……許さぬ。貴様らの血だけは、捨ておけぬ……!」
マルクは、彼の瞳に尋常ではない憎しみを見た。
父は帝国軍にやられたと聞いたが、まさかこの男が……。
動揺を隠せず、声を震わせながら皇帝に問うマルクだったが、皇帝はやがて——部下に命じた。
「——生かせ」
——わずかに見せた隙をつくように、背後から重い一撃が叩き込まれる。
「……うっ⁉︎」
鈍い痛みと共に地面がせり上がり、マルクの目の前には闇が押し寄せる。
(……ルミナ……ルキ)
薄れゆく意識の中で浮かぶ仲間の名。だがもう、声を発する事はできなかった。
「……天晴れだ」
剣を担ぎ、倒れ伏すマルクを見下ろすガンツ。
(アリヴェルの人間のくせに……なぜ)
その表情からは、勝利の余韻よりも迷いの色が滲んでいた。
同じ元アリヴェルの人間として、彼には何か思うことがあったのだろうか……?
——燃え盛る王宮の奥、血と炎の中から、あの声が響き渡る。
「クハハハハハハッ……!」
歓喜に満ちた皇帝の笑い声が、夜空を引き裂くようにこだました。
すべての策を跳ね除け、“転生者”の計画を踏み潰し、帝国は今、勝利の頂に立った——。
——しばらくが経ち、ようやくバルナの街に到着したレオン率いるギルバディアの部隊。
彼らが着く頃には、全てを奪い、破壊を終えたパルメシア帝国軍は、既に撤退していた。
そこにあったのは、燃え盛る街と、人の形をした肉を貪り食う無数の妖魔。
「遅かったか……すまない」
援軍要請を受けていたギルバディア軍だったが、それすらも予測した帝国は、あらかじめ国境の森に妖魔を配置し、彼らの進軍を遅らせたのだ。
彼らの悲しみを背負い、唇を噛み締めるレオンは、街に蔓延る悪魔の残り香に立ち向かい、再び剣を振るうのであった。
——かつて、そこにあったのは希望だった。
石畳の道には陽が差し、広場には子どもたちの笑い声。優しき王様が築いた、誰もが「明日」を信じられる場所。
バルナ王国——。
そのすべてが今、帝国の侵略により灰と化した。
希望を背負い戦う戦士たちの魂もまた、敗北の空に静かに散っていった。
マルクの父を知る皇帝。
彼を生かす奴らの目的は一体……。
ご覧の通り、バルナは敗れました。
第一部、第三章 希望と共に
もう少し続きます。
お次は金曜日。




