第35話 叫び
天の声にできる事は、もはやこれしかありませんでした。
叫び
どうぞ。
ようやく、バルナ王国を抜けたルキ。
ルミナの手を握り、隣国ギルバディアへの国境に向けて、ただひたすら森を走る。
疲れた二人は立ち止まり、後ろを振り返るが追手は来ない。
それもそのはず、現在バルナ王国内では騎士長マールが、檻から解き放たれた獅子の如く暴れ回っていた。
——そこに、遅れて現れるラキの姿。
『やっと追いついた——危ない!』
それも束の間、草むらの中から一匹の妖魔が襲いかかった。
とっさに剣で守ったルキだったが、体躯と力で勝る妖魔が、彼に覆い被さる。
『ルキぃー‼︎』
——ボンっ‼︎
横から火球が被弾し、妖魔の体を焼き尽くす。
ルキが目を向けた先には、こちらに手をかざしたルミナが立っていた。
「ルミナっ!」
「ありがとう、ルキ。もう大丈夫だから……」
先程まで放心状態だったルミナも、彼の危機を目前に、どうにか平静を保っていた。
しかし。
「——こっちの方から聞こえたぞ!」
遠くの方から聞こえてくる帝国兵の声。
今の騒動を聞きつけ、二人のいる方向を探り当てたようだ。
『どうしよう、どうしよう……』
二人の元へ飛んできたものの、何もできないラキは頭を抱えている。
すると。
「——二手に別れよう!」
ルキは、矢継ぎ早に提案をした。
それは、追手を分散させ、少しでも逃げれる確率を高めようという有効な作戦であった。
「でも、あんた……」
「俺は大丈夫! ルミナも、うまく逃げてくれよ——!」
そう言い残し、ルキは彼女に背を向け走っていった。
「ルキ……いや」
愛するマルクと引き裂かれ、弟のように可愛がっていたルキも離れていく。
一夜のうちに全てを奪われていくルミナの精神は、もう限界を迎えていた。
だが——そんな事を考えている時間はない。
「絶対……死なないで」
何回流したかわからない涙を拭い、すぐにその場を離れるルミナ。
——その光景を見ていたラキは、迷わず駆けるルキの背中を追いかけていた。
『ルキ……どうして』
ラキは、一つの疑問を抱いていた。
逃げ切って見せる——この言葉を発した時に、彼のエギルが揺れ動いたからだ。
そして、その揺れの正体は、この後すぐに明かされる事になる——。
「こらああああああ! ここだぁ! こっちにいるぞぉぉっ!」
叫びが——森に響いた。
『——ルキ⁉︎』
大声をあげ、追手をこちらに誘き寄せる。
そうすれば、ルミナだけは逃げ切れると彼は考えたのだ。
『ルキ……あなた、まさか……』
ルキの心の中には、焼けた村での無念がずっと残っていた。
姉を守れなかった、何もできなかった。だからこそ、今度こそ。
ルミナが——自分に言ってくれた言葉。
”お姉ちゃんだと思ってくれてもいい”
その言葉を、ルキはずっと大切にしていたのだ。
——帝国兵の声が森に響いた。
「あっちだ!」
その声と共に、一斉にルキの方角へと駆けていく。だが、彼らは気づいていなかった。
頭上の木陰から、静かに狙いを定める一つの影——ルキがそこに潜んでいた事に。
「——よし、今だ!」
枝から跳ねるように飛び降りたルキは、勢いよく帝国兵の一人に剣を振り下ろした。
奇襲は見事に成功し、彼らの虚をついた。
しかし、多勢に無勢。次第に数の暴力に押され、ルキは苦戦を強いられていく。
「くそっ……!」
絶体絶命のその時——。
ボンっ‼︎
——度重なる爆炎により、ルキは再び助けられた。
「なんで……なんで戻ってきたんだよ」
霞む意識の中で、ルキが声を漏らす。そこには、別れたはずのルミナの姿。
「バカ! 弟を置いて、行けるわけないでしょ……!」
その声には、安堵と怒りと焦燥が混ざっていた。しかし、ルミナの魔法は明らかに弱まっていた。
倒れたと思った帝国兵たちが、呻きながら起き上がると、再びルキへと襲いかかった。
そこへ——。
一匹のカラスが、彼らへと襲いかかる。
「カカァ!」
突然の攻撃に不意を突かれる帝国兵だったが、すぐにそのカラスを斬りつけ叩き落とした。
「ガッ……!」
そして、逆上した兵は、倒れ伏した体に剣を振り下ろした。
「死ねっ!」
(——ラキ!)
斬り殺されたカラスだったが、ギリギリのところで駆けつけ、ラキのエギルが引っ張り出される。
(間に合った……)
『カ、カガミさん……』
傷を負ったせいか、明らかに体力を消耗していたラキは倒れ伏していた。
(ラキ、お前はよくやった。もう休んでいてくれ——)
『そんな……私、まだ……』
彼女には戦う意志があったが、もう戦える状態ではない。
(頼む……お前を、失いたくないんだ)
二度も、彼女を死なせるわけにはいかない。
『わかりました……でもお願い。ルキを助けて……』
(わかってる……おやすみ、ラキ)
涙ながらに訴えるラキの気持ちを受け止め、俺は彼女を引っ込めた。
そして——。
(——後ろからくるぞ! ルキ!)
天の声に気づいたルキは後ろに向かって剣を薙ぎ払う、帝国兵の胴体を捉える。
(ルミナ、左!)
言われるがままの方向から飛び込んでくる敵に、針の様に尖らせた氷の刃を打ち込む。
「あなた……ここにいたのね」
声を通じ合い、再び二人と連携をとる。
そして、存在しない体で森をすり抜け、迫り来る敵の位置を声で知らせていた。
(すまん、俺にはこれぐらいしか……)
——助言を受けたルミナ達は、なんとか追手を撃退していく。
体力の限界はきていた二人だったが、対する帝国兵は一人を残すのみ。
俺が見渡す限り、周りに帝国兵はいない。
(やった……後はギルバディアの国境に向かって走ろう!)
——すぐにその場を去るよう二人に促したが、何かの信号を送るかの如く、片腕をかざす帝国兵。
すると——。
「何か……来る」
大地が震える。風が止み、木々がざわめきを飲み込んだ。
そして——。
ズシン……ズシン……!
闇の中から現れたのは、目を爛々と輝かせた——妖魔の群れだった。
帝国兵は、なんらかの方法で妖魔達を呼び寄せていた。
「そんな……」
——退路を絶たれ、疲労困憊の二人は座り込む。
絶望的と言えるこの状況……どうすれば二人を救える?
国境まではまだ遠いが、どうすればいい?
考えろ! 俺に何ができる?
いくら考えても、悩んでも、俺の行き着く先は全て同じだった。
すると、ついに——。
「うっ……!」
鋭い爪を携えた大きな手が、ルキの小さな体を包み込み、徐々に宙に持ち上げる。
「ルキぃっ!」
ルミナの頭の中には、あの惨劇がよぎった。
妖魔の力に手も足も出ず、絞り殺された国王の最期を。
——少年を吊り上げる妖魔に対し、ルミナはすかさず手をかざすが、その掌からは魔力の反応はなかった。
「どうして……どうして、出ないの……!」
マナのほとんどを使い果たし、ルミナは地面に膝をつく。
もう彼女に、何かに抗う力は残っていなかった。
ここまでか——くそっ……!
「だめ……」
ラキと約束したのに……。
「お願い……」
何もできないなんて……。
「その子だけは……」
「ギギギ……」と骨が軋むような音がした。
ルキの顔が苦痛に歪み、目がかすむ。
「まずは一人——」
——男の合図によって、妖魔が持つ大きな手に力が入り、ついにルキの体を絞り上げる。
無力な自分への悔しさと共に、俺は叫んだ——。
(やめろぉぉぉぉぉっ‼︎)
「やめてぇぇぇぇぇっ‼︎」
——二人の叫びが重なり合った時、あたりに光の様なものが弾け飛んだ。
絶体絶命です。
弾け飛んだ光とは……。
もうすぐ終わりますね〜
お次は火曜日!




