第34話 獅子
いざ執筆してみると、キャラクター達のことをどんどん好きになりますね。
マール、ありがとう。
獅子
どうぞ。
パァン——。
ルミナの耳に乾いた音が響いた。
「——いつまでそうしてんだよ!」
頬の痛みで我に帰ったルミナは、目の前に立つルキを見上げる。
彼は息を荒げ、険しい顔で叫んだ。
「しっかりしろよ! そんなだから、マルクに足手まといだって言われんだ!」
ルキに強引に立たされ、ルミナは戸惑いながらも走り出す。
「逃げるぞ! 今はそれしかできねぇんだ——」
その様子を、血煙の向こうで見届けていたマールは言う。
「退路は、私が切り拓きます。急いでください」
結界の中で敵と剣を交えるマルクは、一瞬だけ背後の二人に視線を向ける。ほんの一瞬、彼の瞳が穏やかになった。
——マールはその意味を察し、小さく頷いた。
今ここで彼のためにできる事は、ここにある二つの希望を未来へと繋ぐ事だ。
その思いを胸に刻み、迷いなく剣を振るうマール。
——王の間を後にするルミナ達の背中を見送りながら、傍観しかできなかった無責任な神様は、ただ自分の無力さを噛みしめていた。
『——カガミさん!』
ラキの呼びかけにやっと気づいた俺は、彼女にルキ達の後をついていくよう促す。
(二人を頼む。俺は——)
王宮の外へと飛んでいくラキに背を向け、俺は王座へと体を運ぶ。
そこには、絶望的な状況の中でもなお、帝国兵へと果敢に挑むマルクの姿。
「くっ! ……なぜそこまで」
——ガンツには理解できなかった。
もはや勝機などないはずなのに、命の火を燃やし剣を振るう彼の行動が。
数の暴力に囲まれながらも、マルクは一度距離を取ると、再び構え直す。
その姿に、俺は——。
(——マルク、すまない。何の役にも立てなくて)
「……君か」
本当に——すまないと思った。
皇帝の力を見誤った俺のせいで、何もかも失敗だ。
それなのに俺は、ただ傍観する事しかできない。
(もっと、力になりたかった……)
言葉なんか伝えたってなんの力にもならない。
だが俺は、伝えずにはいられなかった。
——しかし。
「……気にするな、君だけのせいじゃない」
マルクは、背を向けたまま淡々と言った。
その声に、責める色はなかった。
むしろ、静かな優しさが滲んでいた。
(……俺よりも辛いはずなのに、どうして……)
込み上げるものを飲み込み、俺はただ彼の背中を見つめていた。
——そこで、王座に腰掛け高みの見物をする皇帝が言い放つ。
「声の主は、アリステラだな?」
何気ないマルクの独り言を拾い、俺の存在を察したのか、皇帝ははっきりとこちらを見据えている。
——アリステラだと?
何言ってやがる、俺は元々この世界の人間じゃないし、女神の一族なんて大層な肩書は持っちゃいない。
(おいおい、冗談じゃねえ。俺がアリステラ? 寝言は寝て言えよ、このイカレ野郎が……!)
怒りが込み上げる。
今まで抑えてきた想いが、ついに爆発した。
(お前ら帝国はな……)
(近いうちにぶっ潰されて、泣きながら敗北するんだよ!)
(それが真実だ。覚悟しとけ、このタコ野郎!)
——傍観するだけのつもりだったが。
悔しくて、腹立って、つい全部言ってしまった。
「ああ⁉︎ なんだ今の声……」
空間に響き渡った姿なき声に、ガンツを含む帝国兵たちが思わず動きを止めた。
ざわつき、剣を構える手にも迷いが生じる。
——だが、その中心にいる皇帝だけは、ただ静かに笑っていた。
「はっはっはっ! 面白い事を言う……では」
俺は、皇帝の周りの空間が真っ黒に染まっていく様に感じた。
そして次の瞬間——!
「——さらばだ」
(……ぐっ⁉︎)
別れの言葉と共に、俺の視点は彼方に弾き飛ばされた——。
——気づけばそこは、王宮前の通り。
後ろを見れば立ちはだかる妖魔達に剣を向け、二人を隣国ギルバディアの国境を目指し走らせるマールの姿。
どういう事だ⁉︎
なぜ俺はこんなところに……。
自分の意識とは関係なく視点が飛ばされた俺は、再びマルクの元へと飛ぶ。
だが、王宮を包む黒い“何か”が邪魔をし、これ以上の進行を許さなかった。
(くそっ⁉︎ 皇帝のやつ、何をしやがった!)
“転生者”の存在を知り、しかもそれに干渉し弾き飛ばす力を持つ皇帝。
俺は、奴の力をまだまだ計り知れていないのかもしれない。
(——死なないでくれよ、マルク……)
彼の無事を祈ることしかできない俺は、王の間への立ち入りを諦め、ルミナとルキを逃す事に専念する事にした。
——城下町には、いつの間にか現れた妖魔が暴れ回っていたが、幸いそこにバルナの民はいなかった。
これはもしもの時の為に、皆に呼びかけた避難命令が功を奏していた為である。
ただそこには、その帝国兵と妖魔軍団から逃げ惑うバルナ兵の姿が残っており、愉快にもその背中に刃を突き立てる空からの刺客がいた。
「ほらほら、お逃げなさい!」
血に染まった剣を舐め回しながら、シュダは次なる獲物を見つけ出す。
俺は、彼が見渡した先の景色を確認する。
そこには、ルミナの手を引き、国境に続く森にかけていくルキの姿。
餌を見つけた猛獣の如く、今にも飛びつきそうな千里眼の男に気づいた俺は思わず叫んだ。
(まて! シュダ!)
その声に、ピクリと反応したシュダ。
——その一瞬の隙に宙に舞う彼の体は、何者かに掴み取られ地面に叩きつけられる。
「絶対に、逃しません……」
小さな体を、いとも簡単に投げ飛ばすその正体はマール。
「本当に邪魔ばかりしますね、あなたは……」
シュダは青筋を立てながら起き上がり、再びマールと対峙する。
奴の隙を突いてくれたマールの力で、ルミナとルキを森の中へと逃す事に成功した。
俺は、ルミナ達を追おうとその場を後にしようとするが、彼の背に一度立ち止まった。
…‥マール。
最後まで、みんなの為に戦ってくれたな。
お前の活躍がなかったら、ルミナ達もやられていたし、避難命令を出したのもお前だったんだよな。
マールとは、ゆっくり話でもしたかった。
お前は、紛れもなくこの国の英雄だよ……。
(マール……ありがとう)
「……っ!」
俺は彼の背に言い残し、ルミナの元へと飛んでいく。
——空耳を聞き、マールは振り向くがそこには誰もいない。
「気のせい……でしょうか?」
彼は疑問に思ったが、確かに聞こえた“ありがとう”という言葉にそっと微笑んだ。
——マールが構えを解いたその隙に、翼の男が飛びついた!
「よそ見をするなぁぁぁ! ——ふげっ!」
今度は硬い裏拳を顔面に叩きつけられ、惨めに転げるシュダ。
そのまま拳を開き、長く下ろしていた金髪を後ろで高く結い上げた。
その動きは静かで、しかし獣が牙を研ぐ前のような鋭さを帯びていた。
そして次の瞬間、剣を構え、いつもの細めの瞳を大きく見開いた——。
「あまり調子に乗るなよ? ——鳥野郎っ!」
仲間を逃し守る対象がなくなったマール。
牙を剥いた獅子の如く、翼の男に飛びかかっていった。
マールの本気モード。
ワルだった頃の彼に戻ったようです。
お次は火曜日!




