第33話 残酷な結末
こうなる事を神様は知っていたのでしょうか……。
残酷な結末。
どうぞ。
* * *
——とある町に、皆から慕われる一人の傭兵の長がいた。
名をバリィという。
「バリィさん!」
「この町を救った英雄だ!」
彼が町を歩けば、皆が笑顔で声をかける。
町民に挨拶を交わし歩いていると、バリィはとある小さな出店にて人々の喧騒と出会った。
「またあいつだ……」
一人の町民は吐き捨てる。
そこには、盗みを働き捕まる少年。ちまたでは常習犯の悪ガキらしい。
バリィは、その目つきの悪い悪ガキに問いかける。
「——小僧。なぜ物を盗む?」
少年は睨み返し、吐き捨てるように言った。
「……王様がいねぇこの町じゃ、こうでもしねぇと生きられねぇ」
王政もままならないこの町では、貧富の差が絶えないそうだ。
——しばし沈黙の後、何かを決意したバリィは少年に告げる。
「なら私が王になる。その代わり——お前は私の元で働け」
驚きと戸惑いが入り混じった視線を向ける少年の肩を、バリィは無造作に叩いた。
「バリィさん! そんなガキなんか——」
周囲からは反対の声が上がる。それでも彼は構わず、少年に尋ねる。
「……小僧、名前は?」
少年はしばらく唇を噛みしめ、そして小さく答えた……。
「……マール」
* * *
——耳をつんざく金属音と血の匂いが、遠い記憶を無理やり押し流した。
「——マールさん!」
我に返り、剣を構え直すマール。
気づけば王宮には火が放たれ、辺りには焼けこげた匂いさえしていた。
「バリィ……さん」
恩人の死と共に、その名をつぶやいた刹那、王の間に今までにない怒号が飛び交う。
「よくも国王をぉぉぉ‼︎」
修羅と化したバルナ兵たちが、帝国兵に向かって行った。
——一方俺は、辺りを見渡し国王のエギルの残り香を探していた。
(くそっ! やっぱり、ダメか……)
探し物は見つからず、天井から俺を呼ぶ声が響く。
『カガミさん! バルナの皆さんが——』
ラキの目線の先には、獅子奮迅するバルナ兵。
勢いこそあるが、状況は何一つとして変わっていない。
「くっ……!」
今にも帝国兵に飛び掛かりたい気持ちのマールだったが、自らの怒りと指揮官としての責務に板挟みになり、動けずにいた。
「あははは! もっと周りを見ないと、後悔しますよ!」
怒りに身を任せた隙だらけの人間に、容赦なく剣を入れていくシュダ。
「(一体、どうすれば……)」
騒音が遠のき、胸の鼓動だけが耳を打つ。
目の前で、仲間が赤い飛沫を上げて崩れ落ちていく。
国王の肉片が散らばる結界の内には、複数の帝国兵と玉座に肘をつき笑う皇帝。
——そんな中。
ガンツと激しい剣戟を繰り広げるマルクが、強い意志のこもった瞳で、マールに訴えかけていた。
「——マール!」
そして、その叫びに、マールはある言葉を思い出す。
”いざとなったら、——前線にいる僕が、殿を務める”
以前彼が、マールのみに言った言葉。
その言葉を、彼は決して忘れてはいなかった。
(マール……やるのか)
二人だけのやり取りを見た俺は、全てを理解した——。
少し間をおいて、剣を振るい帝国兵を一閃し、声を張り上げるマール。
「皆聞けぇぇっ‼︎ 王は倒れた! もはやここに、勝機はない! 全員生きて帰れ‼︎ 一人でも多く、生き延びるのだ‼︎」
その声に、兵たちが顔を上げた。
敗北を悟りながら、それでも必死に剣を握りしめる者たち。
「生きろ! この絶望を語り継げ! 希望の種を繋げるのは、お前たちだぁぁぁ‼︎」
修羅と化し、命を投げ出したバルナ兵達の心が平常に戻っていく。
それほどまでに——騎士長マールの言葉は重かった。
「ぐぐぐっ……」
「……くそぉ」
涙をにじませながら、なお剣を振るい、退路を切り開こうとするバルナ軍。
——だが、その退却命令を受け入れられない者が一人いた。
「——はぁはぁ」
無慈悲に聳え立つ結界の外にて。
両手を結界に押し当てたまま、震える膝を立て直すこともできないルミナは、ただ俯いていた。
「なんで……なんで壊れないの……っ!」
炎が弾け、氷が砕けても、結界は微動だにしない。
何度も攻撃し、何度も傷を負わせた手を見下ろし、悔しさが波のように押し寄せる。
——そして、壁の向こうから吹き飛ばされる一人の男の姿が、彼女の目の前に映った。
マルク——。
四面楚歌となり、ガンツの剛剣に弾かれたマルクが、結界のすぐ前まで転がり叩きつけられる。
結界越しに、傷だらけの背中に身を預けるルミナ。
——やがて彼女は、唇をかみしめながら囁く。
「……こんなの、嘘だよね……? ねえ、マルク……こんなの、夢でしょ……? こんな結末、私、信じない…………!」
ずっと一緒だった。
泣く時も、笑う時も全て。
「そうだ……私もここに残る。だって……一緒に戦うって、決めたから……。"最後"まで一緒に、マルクと——!」
ルミナは涙を溜めたまま、無理やり笑ってみせる。
——だが。
「——ダメだ。」
マルクの声は、はっきりと、遮るように放たれた。
しかし、揺れる目でその背を見つめながら、首を横に振るルミナ。
「……いや……いやだよ。マルクを置いて行けない……!」
マルクはゆっくりと体を起こし、苦しげだが優しい声音で、彼女に言い残した。
「僕たちの旅が始まったあの日の事を、思い出してくれ——それに僕は諦めていない!」
それを最後の言葉に——マルクは再び、帝国兵の群れへと飛び込んでいく。……まるで死地に舞い戻るかのように。
遠ざかるマルクの背に、あの日の背中が重なった——。
* * *
——焼けた村にて。
家々から立ち込める煙が、少し騒がしい空に伸びていた。
そこには、愛する姉の亡骸が眠る土に、棒を打ち付け墓を作る少年。
やがて少年は振り返りマルクの元へ向かい、涙ながらに懇願する。
「俺を……連れてってくれ」
少年は言った。
母や姉を盗賊から守れなかった弱い自分が憎い、強くなる為一緒に戦いたいと。
「ルミナ」
その気持ちを受け取ったマルクは、後ろで涙を流していた彼女の名を呼んだ。
そして——二人に問う。
「この先はきっと、もっと辛いことが起きると思う……それでも、ついて来れるか?」
戦いとは残酷なもの——。
ラキの死に心を痛める二人が、これ以上の痛みを背負う覚悟があるのかを、彼は知りたかった。
「……うん」
大粒の涙を流しながら頷く少年、ルキ。
その涙を見て、失った家族を思い出したルミナも、改めて覚悟を決める。
「……私だって、アリヴェル復興の為に、戦う!」
この瞬間から、三人の旅が始まったのだった——。
* * *
——戦いは残酷だ。
そんな事は、わかっていた……はずだった。
バルナ王国にて、交流を深めていった仲間達を一掃され、国王までもが惨殺され、ついには愛する者までを失おうとしている。
悔しさも、悲しみも、怒りも、恐怖も——すべてが喉の奥に詰まり、息ができない。
ただそこには、熱い雫だけが——頬を伝っていた。
「……マ、ルク」
仲間との別れの言葉すら交わす間もないこの惨劇を目の当たりにしたルミナ。
彼が言った言葉の意味を初めて理解した彼女は、糸が切れたように、結界の前に力無く座り込むのだった。
少し長くなった気がしましたが申し訳ない!
無情にも戦いは続いていきます。
残酷はそこらに満ちていますから。
お次は火曜日!




