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天声だだ漏れ転生〜女神の温もりと共に〜  作者: 白銀鏡
【第一部】 第三章 希望と共に
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第32話 バルナの誇り

バルナ国王よ永遠に……。


バルナの誇り


どうぞ。

 笑みを浮かべた半妖が、亡霊の如く舞う。

 結界の内側には、皇帝と国王、そして剣を交えるマルクとガンツ。

 彼らを取り囲むように立つ、無数の帝国兵——圧倒的な戦力差だった。


「——マルク!」


 場外へ吹き飛ばされたルキに駆け寄っていたルミナは、結界による隔離の範囲外にかろうじて留まり、その惨状を見つめていた。


「チッ……面白くねえ。これからなのによ」


 吐き捨てるように呟いたガンツの目は、どこか苛立ちを帯びていた。

 剣を構えたまま動かぬ彼は——感じ取っていたのだ。この戦いが、既に終わりへと傾きつつあることを。


 ……だが、終わりを悟っているのは彼だけではなかった。

 離れた場所からその様子を見つめる俺もまた、歯がゆさを噛み締めていた。


(どうすれば……)


 俺には立ちはだかる結界をすり抜けられる事ができるが、俺が行ったところで何の力にもなれない。


 ——すると、外の様子を見に行った一人のバルナ兵が、血相を変えて王の間に戻ってきた。


「マール様! ……外に、大量の妖魔が」


 王宮を囲む様に配置された妖魔。

 次々と襲いくる魔の手に、一同は戦慄する。


『ど、どうしましょう? カガミさん……』


 本当にどうしたらいいんだ……。

 俺は、迷いに迷った末に伏兵の存在を伏せていた。

 それに対応できる兵力がバルナにはないというのもあったし、何より皆の作戦の成功を信じていたからだ。


 だが今、それが裏目に出てしまった——。


「……ちくしょう」


 あれだけ威勢がよかったルキも、次々に襲いくる予想だにしない出来事に落胆している。



 ——そして、皇帝はその絶望を、ゆっくりと絶頂へと導いていく。


『カガミさん! 王様が‼︎』


 いち早く気づいたのはラキだった。

 それにこだまする様に、皆が国王に目を向ける。


「……うぐぐ」


 皇帝の触手が国王の老体を締め上げ、まるで玩具のように宙に持ち上げられていた。

 その口からは、絞り出されるように血が流れる。


「国王!」


「やめろ、皇帝!」


 ——バルナ国王が、なすすべもなくいたぶられる姿を、皇帝はまるで見世物のように晒していた。

 呻き声に笑みを重ねながら、ゆっくりとその喉元へ手を伸ばす。


「そう、それだ……その顔を見たかったのだ」


 ——これが、彼の狙いだった。


 希望を削ぎ、心の奥に“絶望”を植え付け、二度と立ち上がれなくする。

 それこそが、皇帝の言う“支配”というものだった。


「皆さん、よくご覧なさい——これが、真の絶望ですよ」


 結界の壁を背に、嘲るように囁くシュダ。

 その声は、剣よりも冷たく、王の間の空気を完全に凍らせた。


 ——誰もが動けずにいる。

 息を呑み、次の悪夢を待つことしかできなかった。


 ……だからこそ、俺は動いた。


 意を決して、結界を越えて国王の元へと飛ぶ。

 そしてその耳元で言った——。


(国王! 聞こえるか⁉︎ 返事してくれ!)


 意識が朦朧とする中、国王は微かに反応を返す。


「——天の声か? ふっ……どうやら、お迎えのようだな」


 走馬灯の様な何かと勘違いしている様だが、この際なんでもいい。

 俺はなんらかの力で、ラキをこの世に留まらせる事ができた。だから、国王が生きる気力を失わなければきっと——。


(まだだ国王! 諦めなければ、魂だけはこの世に残る!)


 涙目になりながら、何度も頷くラキ。

 俺の根拠のない提案に、国王は——。


「夢みたいな話だな……だが、私はもういい」


 どこか、吹っ切れた様子だった。


「私はな、嬉しいのだ……」


 国王は血反吐を吐きながら語り出す。

 この地に滞在し、皆の支えがあり国を立ち上げた事。

 辛い事もあったが、今もこの不利な戦いに、誰一人逃げ出さず立ち上がってくれた事を。


「それで十分。十分なのだ……」


 死を覚悟し、言葉を吐く国王に、必死に届かない声をかけるラキ。


『王様! 気をしっかり持ってください!』


 ——作戦決行までの数日間、小説で語ればほんの数行に過ぎない。

 けれど、俺はその時間を実際にこのバルナ王国で過ごし、肌で知った。


 民と兵に慕われる王の姿。

 多忙な中でも、兵一人ひとりに声をかけ、貧しい民に手を差し伸べ、時に涙し、共に笑った。

 王が築いたこの国の“笑顔”は、作られたものではない——本物だった。


 ——そんな行いを見ていた神としては、見捨てるわけにはいかない。


(頼む! 俺があんたの無念を晴らす!)


 国王はゆっくりと首を振り、最後の言葉を絞り出そうとする。

 ——しかし。


 無慈悲な触手が、さらに国王を締め上げる。


「独り言がお好きな様だな。バルナ国王……」


 国王の影と重なるように広がっていく大きな血溜まり。その深さこそが、国王の死が迫っている事実を物語っていた。


 老体からは徐々に力が抜けていき、朦朧とした目で皆を見つめる国王。


 ……バルナの民よ、私なんかについてきてくれて礼を言う。

 マルク殿、ルミナ殿、ルキ君、私達の戦いに巻き込んで本当にすまなかった。

 君達と過ごした数日間は、決して忘れぬ。

 そして……。


 結界越しに、国王を見つめるマール。

 いつも優しく笑う彼の目に映るのは、覚悟を決めた男の姿。


 マールよ……バルナの皆を頼んだぞ。

 本当に——今まで、ありがとう。


 心の中で、愛する者たちへの別れを告げ、目の前にいる皇帝に向き直し、力強く言い放つ国王。


 ——それはまさしく、バルナを背負った魂の叫び。


「皇帝! 人間以下の貴様にこの大陸の支配などできん! 先に地獄で待っているぞ犬畜生よ——」


「くだらん」


 グシャァ——‼︎


 肉の裂ける音と共に、赤い飛沫が弧を描き、結界の白を染めた。

 国王の体は、玩具のように無残に地へと叩きつけられる。


 ……耳を裂く音が、消えた。

 残ったのは、耳が痛いほどの沈黙。


 玉座を囲む結界の中、血の匂いと絶望だけが満ちていく。

 誰もが言葉を失い、剣を握る手は力を失って震えていた。


「国王様ぁぁぁッ‼︎」


 しかし返事はない。

 ただ、氷の様な冷たい結界の中に、血と絶望と静寂が満ちるだけだった。


 マールの絶叫が——王宮を震わせた。


 誰もが慕っていた王。

 誰よりも強く、優しく、誇り高い王。

 その命が、今この瞬間、無残にも散ってしまった。


お次は金曜日。

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