第27話 奇襲
迫り来る半妖による奇襲!?
彼らはどう立ち向かうのでしょう?
奇襲
どうぞ。
無言のまま王の間を取り囲むのは、剣を下ろしたバルナ兵。彼らに戦意の気配はなく、そこにはただ、乾いた筆音だけが響いていた。
それに続いて、玉座の前に歩み出たパルメシア帝国皇帝が、己の名を記す。
——これをもって、バルナ王国とパルメシア帝国との同盟は公式に成立した。
「ふはははっ——これで我が帝国はますます磐石だ!」
皇帝は高らかに笑い、王に向かって誇らしげに言う。
「感謝するぞ。バルナ王国、国王殿。」
「こちらこそ、陛下をこの地に迎えられたこと、光栄に存じます」
快い面持ちで頭を下げる国王。それに対し、皇帝はある言葉を口走った。
「——胡散臭い肩書をぶら下げた雌犬と違い、国王殿が話のわかる方で、本当に良かった……」
「雌犬?」
「そう……アリステラのことだよ」
——その言葉に、俺の隣に佇む鎧がピクリと反応する。
それに焦った俺は、すぐさま皇帝の方へと目を向けるが、幸いなことに帝国の人間はこちらの様子を気にも止めていない。
特にあの男——四天王シュダ。
本来の物語では、こいつの気づきによって計画を阻止された。この男だけは要注意だ。
——事なきを得、胸を撫で下ろしていると、皇帝の口からさらに辛辣な言葉が並べられた。
「あれはいい見世物だったな、忘れられん。英雄気取りだったが、女神族も首だけとなってしまえば——」
「無力なものですねぇ——ふふふ」
皇帝の横にいたシュダも、女神アリステラの死を嘲笑う。
すると——。
王の間に、悪魔のような笑いが響き渡る中——怒りを宿した一つの鎧が、俺の横から消えていた。
「——おっと!」
王の間に、剣と剣がぶつかり合う甲高い金属音が鳴り響く。
ガンツの剛剣が、一介の鎧兵の攻撃を受け止めていた。
「……何っ⁉︎」
驚いた国王は、思わず声を上げる。
何をやっているマルク⁉︎ 暗殺の実行は、皇帝の護衛を十分に離してからのはずだ。このタイミングじゃ、いくらお前の剣が速くても見切られる。
予定にはない奇襲に戸惑っていたが、マルクはそのまま二太刀、三太刀と剣を叩き込む——。
「へへ! 中々速えな!」
大太刀を壁にし楽々と対応するガンツだったが、次の瞬間、細身で鋭い剣がマルクの鎧を貫いていた。
「——どちら様でしょうかねぇ?」
剣の持ち主はシュダ——。
しかし、彼が振り向いた視線の先には、既に鎧を脱ぎ捨てあらわになったマルクの姿。
「ほう……うまく避けたな」
この一連の出来事にも、笑みを崩さない皇帝。
全ては予定通りと言う余裕だろうか。
——マルクの動きをどうにか目で追い、俺はやっとの思いで彼を捉え、そこでようやく気づく。
「よくも——アリステラ様を」
マルクの顔に、初めて浮かぶ鬼の形相。
いつも冷静だった彼をそうさせた原因は、もう明らかだった。
——女神の晒し首。
アリステラの死を弄び、あまつさえそれを嘲笑う皇帝。この屈辱的な仕打ちに、黙っていられるマルクではなかった。
きっと皇帝の姿を見た時から、この心の鬼は、マルクの中に生まれていたのだろう。
「この動き、お前——光速剣だな⁉︎」
ずっと沈黙を貫き通していたガンツも、獲物を見つけた獣の様に生き生きとしている。
その様子を見ていた皇帝は、今度は王座へと向き直った。
「これは、どういうことかな? 国王殿——余興にしては笑えないが?」
皇帝の圧を浴びる国王だったが、負けじと睨み返しゆっくりと剣を抜く。
「我が国が、悪政に塗れた帝国の傘下に下ると、本気でそうお思いか?」
暗殺の失敗にも物怖じせず、真っ直ぐな目で皇帝を見据える国王は、やがて手を挙げ合図を送った。
(始まったか……)
その合図は兵から兵へと伝えられ、それを追っていくかのように俺はルミナの元へ飛んでいった——。
——王宮の入り口にて。
(——合図だ)
「ええ、聞こえていたわ……」
俺が二人に知らせる頃には、既に騎士長マール率いる伏兵隊が、王の間へと駆けていっていた。
だが、彼らの中には不穏な空気が漂っている。
それもそのはず、皆が受けた合図は作戦失敗の合図だったからだ——。
『カガミさん。今の合図って……』
(……ああ、しくじった。だが次の作戦だ)
不安を隠せないまま、俺とラキはルミナの後へとついていく。
「——やるべきことは変わりません! 我々が守るべきものも」
マールは、冷や汗をかいていた兵達に、声援を送り戦意を保った。
——先頭を走るマールはついに、王の間の扉を勢いよく開ける。
バタンっ——!
そこには大男と剣を交えるマルクと、その奥で剣を抜き皇帝と対峙する国王の姿。
すると、次の瞬間。
「──ほぅらっ!」
突如、天井付近の影が裂け、鋭い風音とともに一人の男が落下してくる。
咄嗟に剣で受け止めたマールだったが、不自然なまでに空中を滑るように落ちるその姿に、兵たちは言葉を飲んだ。
「と、飛んでる……」
「あれが……半妖」
『あ、あいつ! まるで、鳥みたいですよカガミさん!』
宙を舞う小さな男の正体はシュダ。彼の腕は、明らかに巨大な翼の様なものに見えていた。
「ふふふ……」
半妖——。
妖魔を操る禁断魔法を持つ帝国が、人間と妖魔を掛け合わせ作り出した存在。
噂に聞いていたその人造兵器を目の当たりにした兵達は、初めて見るその異形な存在に恐れをなし、飛び込めなかった。
——しかし、誰しも固唾を飲んで見守る中。シュダの元へ、火球が飛んでくる。
「うぐっ——!」
咄嗟に翼で防ぎ、身を翻すシュダだったが、その隙をつき小さな剣が迫った。
「おらぁぁぁ!」
背後から勢いよく切り掛かるルキ。だが、紙一重でそれを避け、距離を置くシュダ。
「おかしいですねぇ……この姿を見たら、皆恐れ慄くと思ったのですが」
彼は、半妖を前にして、恐れず向かい挑む女子供の攻撃に驚きを隠せない様子。
それもそのはず。俺は以前、ルミナ達にある入れ知恵をしていた——。
——作戦決行の数日前の夜、宿屋にて。
ラキを寝かしつけた俺は、仲間達とある情報を共有していた。
「半妖? なんだそりゃ……」
(妖魔の存在は知ってるな? 半妖ってのは、早い話人間と妖魔を合体させたものだ)
「噂には聞いていたけど……本当にいるのね」
帝国が持つ人造兵器の存在を聞き、驚くルミナだったが、アリヴェル崩壊の現場に立ち会っていたマルクが、それに付け加えた。
「恐ろしい存在だ。妖魔の力を持ち、さらに人間の理性も残っている」
(俺の予想が合っていれば、皇帝側の一人が——その姿を現し、襲ってくると思われる)
——ゴクリ。
いつも威勢だけはいいルキも、流石にビビっている様子だった。
(そこでだ。空から襲いかかるであろうそいつに、ルミナとルキで奇襲をかけて欲しい)
「俺たちが⁉︎」
(半妖が現れたとなったら、おそらくバルナ兵達は萎縮し戦意を失うだろう。もちろん向こうは、それが目的で不意打ちをかましてくるのだが、逆にこちらから奇襲を被せるという作戦だ。——できるか?)
ルキはポカンとしていたが、皆と共に戦うことを決めいていた彼の気持ちは決まっていた。
「もちろんだ! そんなやつ、俺がぶった斬るぜ!」
「私もいるんだから、一人で無茶しないでよね!」
若き二人の意気込みが、夜の宿に元気よく響き渡る——。
——現在、王の間にて。
緑色の光を込めた拳を握り締め、奇襲に戸惑う半妖を見据えながらルミナは言い放った。
「半妖なんて外道な存在に、恐れ慄く私達じゃないわ!」
果敢に立ち向かう二人の姿見て、一同はどよめく。
「……ルミナ殿」
「ルキ……お前」
半妖だって、絶対の存在ではない。
魔法を浴びせ、剣で斬ってしまえば絶命に至る。
臆せずそれを実行し証明するのが、この作戦の目的だ。
『ルミナさん! カッコいいです!』
(あいつら、あんな恐ろしいやつに……二人とも——よくやった)
その場を見ていたマールも、二人の勢いを他の兵士たちへと繋いでいった。
「その通りです! 半妖など我がバルナの敵ではない!」
——二人の勇気が、沈黙していた兵たちに火を点ける。
奇襲は成功。戦場に、反撃の狼煙が高く上がった。
目には目をという作戦でした。
次なる作戦は……?
お次は火曜日に会いましょう!
では。