第26話 内なる怒り
いよいよ第三章、開幕です!
バルナと帝国のクライマックスバトルをご覧くださいませ。
内なる怒り
どうぞ。
——ついに、この時が来た。
幾度にもわたる打ち合わせと修練の末、皇帝暗殺計画が実行に移されるこの日が。
帝国の悪政に苦しむ者たちは、心の中で強くこの計画の成功を願っていた。
だからこそ、誰もが口には出さずとも胸に灯す。
願わくば、終わりが来ることを。
『——いよいよ、始まりますね……』
いつも陽気なラキも、この日だけは緊張に包まれている様子。
例の同盟条約の儀に参列しない者達が、伏兵部隊として王宮の外にて待機する中、俺達は堂々とその場を上から眺めていた。
『おや? マルクさんがいませんね?』
姿を見せないマルクを探し、ラキは疑問に思っていた。
(おいおい、お前——マルクの話を聞いてなかったのか?)
『えへへ、なんでしたっけ?』
作戦の内容をすっかり忘れていたラキに、俺は小声で状況説明をする。
——本日、バルナ王国とパルメシア帝国の同盟の儀式が“王の間”にて執り行われる。
皇帝の警戒を和らげるため、王の間に控えるのは国王と数人の鎧兵のみ。
ここにいないマルクは、その鎧兵の列の中にこそ潜んでいた。
『そうでした! それで、マルクさんが隙をついて斬っちゃう作戦でしたね!』
思い出したかのように、拳を掌に置くラキ。
(そして、すぐにマールが率いる伏兵で畳み掛け、帝国軍を一網打尽にする作戦だ。全く……忘れるなよ)
彼女のど忘れにより 一時は緊張の糸が切れたと思われたが、その糸は——すぐに繋がった。
——ザッザッザッ。
足音と共に、王宮前の大通りがざわつき始めた。
来たか——。
やがて、威風堂々と歩みを進めてきたのは、黒と金を基調とした鎧の軍勢、帝国軍。
その中心には、真っ黒なローブをまとい、異様なほど冷たい気配を漂わせた男が姿を現す。
——パルメシア皇帝だ。
通りを埋め尽くす民も、一斉に息を呑んだ。ざわめきは消え、誰一人声を発しない。
その場の空気は凍りつき、鼓動の音だけがやけに大きく胸に響いた。
誰もが目を逸らしたいのに逸らせず、ただ恐怖に縛られて皇帝の姿を見つめている。
——そして、皇帝の左右に並び歩く二人の男。
一人は“剛剣”の異名を持つ巨漢の男、ガンツ。背には巨大な大剣を背負う。
そしてもう一人の男は、"千里眼”の異名を持つ華奢な戦士、シュダ。少年のような顔立ちにいつも不適な笑みを浮かべている。
「あれが、四天王……」
帝国四天王と呼ばれる二人。その名を聞くだけで多くの兵が震えを覚える存在だ——。
俺は民衆の頭上から、その一挙手一投足をじっと観察していた。
そして、変わらぬ眼差しでいつもの測定を終えたラキは隣で呟く。
『むむむ、あっちの大っきい人はマールさんと同じぐらいですね。もう一人は——』
帝国の強大な戦力にたじろぎながらも、ラキの視線はもう一つの小さなエギルへと吸い寄せられた。
だがその存在に、彼女は思わず首をかしげる。
『あっちの小さい方は、大したことはありません! これならルミナさんとルキでかかれば、なんとかなりそうです!』
シュダの力を過小評価していたラキに、俺はすかさず補足した。
(何度も言うが、エギルの大きさだけが強さを左右するわけではないぞ。奴は——)
『あっ……あっ……』
俺の説明を遮るように、ラキは震えながら後退りをする。
(どうした、ラキ?)
——ラキの目の先には、あの皇帝がいた。
『あの人、なんだか——』
この子が、こんなに恐れをなすなんて……一体やつには、どれほどの力が?
『エ、エギルが全く見えません。なんだか黒いものだけが延々と……』
黒いもの——ラキの言っていることはなんとなくだが理解できた。
俺には人の発する気の色なんて判別はできないが、あの男からは確かに感じるものがある。
底知れぬ悪——。
初めて生で見たその姿は、人の形をしていながら、明らかに“何か”が違う。
俺とラキは言葉にならぬ恐怖と共に、その闇を確かに感じていた。
——重苦しい帝国軍の歩みに皆が恐怖する中、影から皇帝に敵意を向ける一つの視線があった。
その視線の正体は、ルミナ。
母親のアリステラの首を晒され、皇帝に強い恨みを持つ彼女の瞳には、奴の姿しか映っていなかった。
「——ルミナ?」
彼女の見たこともない形相に気づき戸惑うルキだったが、そこである男が足を止める。
「おやぁ?」
皇帝の後ろを歩いていたシュダという男が、気づいたかのように、その視線の方向へと近づいていく。
「やべえ……」
『あの小さいの、こっちに来ますよ⁉︎』
この場で武装状態の伏兵を確認されたらまずい——。迫り来る小さな男の歩みに焦る二人だったが、シュダの視線の先に、一人の男が立ちはだかった。
「これはこれは。そちらに立っておられるのは、バルナ最強の騎士様、マール様ではありませんか」
——騎士長マールの姿である。
「影からわざわざ視線を注いでくださるとは。まるでこちらに殺気でも向けておられるように感じましたが、まさかまさかそんなことは……?」
口元に笑みを湛えたまま、シュダがマールに歩み寄っていく。
「——それは失礼。少し視線が鋭くなったかもしれませんが、あらかじめ説明した通り。我々に戦意など微塵もございません」
深々と頭を垂れ、服従の意を表したマールに、シュダはいやらしくも笑みをこぼした。
「まぁ、それはそれは……安心いたしました。マール様のような方が、嘘などおつきになるはずもありませんし。どうか、これからの儀式が穏やかに進みますように……ふふふ」
再び皇帝のもとへと戻っていく彼の背中を確認した二人は、大きく息を吐く。
「全く……助かったぜ。本当に」
「ごめん。私ったら、つい——」
マールの対応により、一触即発のその場はなんとか収まり、皇帝を含む帝国兵達は、王の間に足を運んで行った。
『……ぷはぁー! マールさんのおかげでなんとかなりましたね』
(ああ。だが、親の仇を目の前にしたルミナの怒りもわかる)
『そうですね……。それにしてもあのチビ、一体何者なんですか?』
人間離れした感覚を持っていた小さな男に、ラキは驚きを隠せなかった。
(千里眼の異名を持つ、シュダという男だ。特殊な力を持っていて、人より五感が発達している)
以前は耳のいいアバンに気づかれた前例もあるからな。——こいつは要注意だ。
ようやく落ち着いたルミナに、俺はこっそり耳打ちをする。
(——合図があるまでは、大人しく待っててくれよ。マルクと幸せになるんだろう?)
「——う、うん」
今一度彼女に釘を刺し、俺は次なる目的地を見据え言葉を添える。
(絶対、成功させような。——行ってくる)
そして、ルミナたちにこの場を預けた俺は、ラキだけを置いてマルクの元へと飛んで行った。
——そして、王の間にて。
王座に腰掛けるのは、我らがバルナ国王の姿。
そこに続く真紅の絨毯の両端には、数人の鎧兵が並び立っている。
やがて大扉がバタンと開き、そこにやってきたのは複数の部下を従えたパルメシア皇帝。
全ての元凶を前に、内に闘志を燃やしながらも平静を装う国王。
——マルクの傍に飛んできた俺は、鎧を着た彼の位置を確認した。
マルクもまた、兜の奥から皇帝の姿と、脇に従う二人の男をしっかりと見据えていた。己の気配を完璧に殺しながら、息を潜めて機をうかがう。
——そんな中、皇帝はバルナ国王の元へと歩み寄り声をかける。
「ご無沙汰だったな。バルナ国王殿……」
国王も立ち上がり、恭しくも会釈をする。
「皇帝陛下——バルナまでのご足労、誠に感謝いたします」
皇帝に献身的な態度を示すが、全ては皇帝の警戒心を解くための手段に過ぎない。
国王はきっと、やつに斬りかかる隙を作ってくれるはずだ。
焦るなよマルク? 俺は何も語らずマルクの方を見るが、この時——彼の拳に、静かな怒りが宿っていることに俺は気づいていなかった。
強そうな奴らがゾロゾロと現れてきました。
果たして作戦はうまくいくでしょうか……。
お次は金曜日!