第22話 孤独な背中
失うのが怖いなら持たなければいい。
失った者にしかわかりません。
孤独な背中
どうぞ。
背後に迫っていたルミナの姿に、マルクはずっと固まっていた。そしてその横から、ルキが顔を出す。
「暗殺って……なんだよ」
二人の耳には、はっきりと聞こえていた。
マルクの口から出た、暗殺の言葉を。
「違う! 今のは……」
否定するマルクだが、それを聞いていた二人には響かない。そこに——。
バサッバサッ!
一匹のカラスが、俺の元へとゆっくり飛んできた。
全てを理解した俺は、カラスの中にあったエギルを引っ張り出す。
スウッ……。
(ご苦労)
『う、うまくいったようですね——』
そう、飛んできたカラスの正体はラキだった。
——しばらく前。
訓練所にて、何かを考え込むラキの姿。
『さて、二人を王の間まで連れてこいと言われましたが、一体どうしたものか……』
ラキは、カガミに与えられた任務に、頭を抱えていた。
訓練所には、バルナ兵との訓練に励むルキの姿と、怪我をした兵士の治療の合間に、魔導の書物をめくり勉学に励むルミナの姿。
その上を彷徨い飛んでいたラキは、ある黒い物体を見つけた——。
『あれにしましょう! とりゃ!』
——すかさず飛び込み、その体の中へと入っていくラキ。
「カァッカァッ(これでよし!)」
カラスに憑依したラキは、その場をバサバサと飛び回り、体を慣らしつつ、訓練所の広場へと飛び戻る。
——しばらくして、ルミナの元で休憩を始めたルキ。
「いてて、そこそこ。」
「もう! 暴れすぎよ!」
過度な稽古のせいで傷を負ったルキを、治療していたルミナ。
——その二人の陰で、一匹のカラスが目を光らせる。
バサバサっ——!
「何!?」
その気配に気づくルミナだったが、カラスは既にルキの脳天めがけ飛んでいった。
「いててて、なんだこのカラス! この!」
コンコンと頭を突かれ、思わず木剣を振り回すルキだったが、カラスはその攻撃をひょいひょいと避け、今度はルミナの方へ——。
「何なの!? いや!」
一瞬、ルミナが目を瞑った隙に、なんとカラスは魔導書の端をくちばしで器用にくわえ、バランスを取りながら羽ばたいた。
「カ……カァァァ!(ふがふが……ごめんなさーい!)」
「私の魔導書!」
「待てコラぁぁぁ!」
魔導書を奪われたルミナと、イタズラをされ怒ったルキはそのカラスを追いかける。
そのまま、魔導書を持ったカラスは王宮内へと逃げ込んだ——。
「(ひぃ〜! 咥えながらだと上手く飛べません〜)」
翼を持つ体に慣れてないラキには、魔導書を持ちながらの飛行は困難だった。
すると、その隙をついたルキが——!
「もらったぁ!」
剣を振り下ろす。
「カァッ!(ひい!)」
だが、紙一重でそれを避けるラキ。
「(ルキったら! お姉ちゃんに何するのよ!)」
弟に憤りを覚えながらも、ラキは二人からどんどん距離をとる。
目指すは、王の間だ。
「ルミナ! あんなカラス燃やしちまえよ!」
「駄目よ! 王宮が火事になっちゃうわ!」
ルキは怒りのまま提案するが、王宮内で騒ぎを起こすわけにはいかない。
そこでルミナは、閃いた。
「そうか! これなら……」
ラキの作戦はうまくいっていた、もう少しでカガミとマルクがいる王の間にたどり着く。
その時——。
バチィ——!
一本の閃光が、ラキの翼を捉えた。
そしてそのまま、地面に倒れ伏す……。
「カ……(しび、れ……る)」
ルミナが放った雷の魔法により、体の自由が効かなくなったカラス。
そこに、ようやく追いつく二人。
「やっと追いついた……もう! 返してよね!」
「へっへへ、覚悟しろよぉ……」
ルキは、どうしてやろうかと言わんばかりに、剣を担ぎカラスににじりよる。
「……カカッ(カ、カガミさ〜ん……)」
——するとルミナは、奥の扉の隙間から漏れる聞き覚えのある声に気づき、近づいていく。
「……今の声って? もしかして」
「お、おい! 勝手に開けちゃ……」
ガチャ——。
その扉は王の間に続いていた。そこには皇帝の暗殺を宣言する、マルクの背中。
——そして、今現在。
(ふふっ、完璧な作戦だったな)
この作戦の目的は、マルクの口から計画の事をほのめかさせ、二人に事実を吐かせるというもの。
『簡単に言わないでくださいよ! 大変だったんですから……』
(ああ、スマンスマン。本当によくやったよ)
少し熱くさせただけで、マルクは全て話してしまった。ラキもいいタイミングで入ってきてくれたし、想定以上の成果だ。
暗殺という確かな言葉に疑問を投げかける二人に、後ろを向いたまま一向に喋らないマルク。
(おい、マルク。お前が話さないなら、俺から話すぞ?)
俺は三人に聞こえるように、口を挟む。
「今のって……例の神様? ここにいたのね」
「いつかのすけべ野郎か!?」
すけべという単語を聞き、隣にいるラキはじっと俺を見るが。
(すけべは誤解だ! 全く、相変わらずだなルキは)
——二人の反応を見て少し驚く様子のマルク。
天の声が聞こえるのかと問うが、ルミナとルキは当然だと言わんばかりに頷く。
「神様なんて自分で言って、ちょっと怪しいけどね」
むむ……。
アホのマルクはともかく、やはり二人は俺の事をあまり信じていないな。
だがもう、暗殺の事実はマルクが叫んでくれた。
今俺から話しても、信じてくれるだろう。
(それより、マルクがこれから参加する暗殺計画について、俺から話してやる——)
「よせ!」
事実を語り出す俺を制止するマルクだったが、俺は構わず続けた。
(二人は知らなかったと思うが、今バルナでは此度やってくる帝国との同盟条約の儀にて、皇帝を暗殺する計画を企てている)
「皇帝が……この国に?」
同盟条約の事や、暗殺の事、驚くべき事実が多すぎてルミナは整理しきれない様子。
「帝国って、悪い奴らなんだろう? なんで同盟なんか」
ルキの言う通り。
この世界でのパルメシア帝国は、悪の軍団として描かれている。
(バルナ国王は、同盟の儀式の最中に皇帝を暗殺するため。表向きは帝国に従っているだけだ)
偽の同盟と暗殺計画の事は、二人とも理解してくれた。だが一つ、理解できないことがあった。
「マルク……どうして、言ってくれなかったの?」
何も告げずに一人で戦おうとしていたマルク。ルミナは置いてけぼりを食らったみたいで、少し寂しそうに問う。
「それは……」
ここまで聞かれてもマルクが答えないので、俺が代わりにはっきりと言ってやった。
(決まっている。二人が足手纏いになるからだ)
——マルクは否定しない。それを見た二人は、仲間じゃないと言われた気がして、悔しさを顔に滲ませた。
『カガミさん…….そんな言い方、いくらなんでも』
(事実だ。それにマルク、お前は死に場所を探しているんだったよな?)
天の声に言われるがまま、ずっと下を向いているマルク。
(ずっと一人だったもんな……国も仲間も家族も、全てのほとんどを失ったお前は、心のどこかでは二人を置いてもう終わりたいと思ってる——そうだろ?)
何も答えられないマルクの沈黙が、紛れもない答えだった。
それを聞いていたルミナは——。
「——そんなの駄目!」
涙ながらに、マルクに訴える。
「マルクが死ぬなんて。ずっと……一緒だったじゃない!」
マルクが一人で行ってしまうなんて、ルミナには耐えられなかった。
彼女にとって、アリヴェルの復興なんかよりも、彼との時間の方が大切だったのだろう。
その涙の訴えに、一瞬心が揺らいだマルクだったが、彼はその気持ちに応えなかった——。
「わかってくれ……それに、僕には二人を守れない」
全てを帝国に奪われた彼は、奴らがどんなに恐ろしい存在かを知っている。頭からは、かつて守れなかった人々がいつまでも離れない。
マルクはずっと自分を責めていた。皆期待を寄せてくれていたのに、何もできなかった。死んだ後も、きっと自分を恨んでいる事だろうと。
何もかもを背負い切った彼の背中は、たまらなく寂しかった。
——もう、このまま崩れてしまいそうで見ていられない。
胸の奥が締めつけられる。
彼に寄り添いたい、力になりたい……その想いがあふれ出し、気づけばルミナは、震える手を伸ばしていた。
彼としては何も告げずに終わりたかったのですが、チクられたらどうしようもありませんね。
お次は金曜日!
お楽しみに〜