第20話 優しい王様
なんとかマルクを止めたい……。
でも神様は無力です。
優しい王様
どうぞ。
「ふざけているつもりなら——怒るぞ?」
覚悟を決め、戦おうとする戦士に、天の声が水を差す。
それを聞いたマルクは、ゆっくりと振り向き再び表情を強張らせる。
(——こんな事、冗談で言えるわけがないだろう)
俺は、今まで見たことのない彼の圧に少し下がったが、それでも引かなかった。
「なら聞かせてくれ。なぜそんな結果を作った? 神を名乗る君は、味方じゃないのか?」
——答えられない。
本当は、ただ帝国の恐ろしさを際立たせるために、君たちに犠牲を背負わせる筋書きが敷かれていた。だが、それを今の彼に告げることはできなかった。
(……勘違いさせて悪かった。俺には世界を変える力なんてない。ただ見届けることしかできない。けれど今の君は——まるで、死に場所を探しているみたいだ)
その言葉に、マルクの瞳が揺れた。拳を握る手が強張り、唇がわずかに噛みしめられる。図星を突かれたのだろう。
やはり俺は、この作戦は失敗すると思う。
この世界には物語のズレがいくつかあるし、いい方向に物事が進めば、本来とは違う成功の道もあり得ると思ったが、さっきマルクは言った。
「——僕の命なんて、とっくに捨てたもの……」
彼は命を投げ出している。これでは良い結果は望めないと、俺は悟った。
(そんなことより、今は仲間を集めて、確実に事を進めよう——)
自らの終わりを強く望む彼には、俺の提案は響かない。そしてマルクは、過去の痛みを語り出す。
「アリヴェルは緑に囲まれた国だった。民も仲間も……そしてアリステラ様も、皆が僕を支えてくれた」
マルクは剣を抜き、思いの湧き上がるまま握りしめる。
「それを奴らは——全て奪った!」
帝国への深い憎しみに駆られているマルク。
だがそんな事すら、俺にはわかっていた。
「辛かった」
本当に。
「仲間を失うのが、何よりも怖くなった」
ごめんな、マルク。
「だから僕は——」
(死に場所を、探していたんだな……)
マルクを絶望の淵に追いやったのは、紛れもなく俺だ。
それでも俺は、彼を止めたかった。助けたかった。
(でも、今のマルクには、大切な人達がいるだろう?)
何かを思い出したように我に帰ったマルク。
力のこもった手は、徐々にほころんでいく。
命を救ってくれたルミナ、自分を慕いついてきてくれたルキ、互いに再会を喜び合ったテスカやフラッツに、共に戦おうと誓ったアバン……。
そして、愛する“アリシア”との再会。
「……ルミナ」
マルクはふと、心にぽっかりと会いた穴を埋めてくれた彼女の存在を思い出す。
奇跡の再会に、思わず心が動いてしまった事を。
——マルクは、少しだけ考え直したが、程なくしてつぶやいた。
「——大切な人が再びできて、悪い気分じゃなかったよ。未練なんか……それに僕は、計画を失敗させるつもりはない!」
マルクは、アリシアに全てを告げた。
彼にとっては、もう思い残す事はなかったのかもしれない。
彼は再び剣をしまい、俺がいるであろう方向に背を向ける。
(そうか……悪かった)
俺の声では、マルクを止められそうもない。
辛そうにしていた彼の姿を見かねた俺は、一言だけ言い残し、逃げる様に訓練所に飛んで行った——。
俺はこの世界で最も無力な神様だ。
マルクの心はわかっても、彼を止められる事はできない。このままでは、皆が苦しむ。
この未来をどうにか変えたいが、一体どうすれば……。
——そんなこんなを考えているうちに俺は、あっという間に訓練所に着いていた。
「うおおおーっ!」
そこにに見えたのは、バルナ兵に向かって剣を叩き込むルキの姿。
「ほらほら、全然通用しないぜ!」
「うっせー! 今度は俺が勝つからな!」
その様子に周りのバルナ兵もどこか優しく見守っていた。
あんなに生意気だったルキも、すっかり受け入れられているようだ。
そして訓練所の端には、怪我をしている兵に、治癒魔法を施すルミナ。
「もう大丈夫よ。無茶しないでね」
「は、はい……ありがとうございます」
小さな手で傷口に触れ、優しく魔力を込める彼女に心を奪われる一人の兵士だったが……。
「どけどけ! 次は俺だ!」
「いや、私が先だ!」
よく見るとそこには、多くの怪我人? で賑わっていた。
「もう! 怪我人がなんでこんな元気なのよ」
お前せいだよ全く……。
自分が兵たちの心を奪っている事に、全く気付かないルミナ。
バルナの兵たちと馴染んでいた二人を見て、少し胸の中のモヤが晴れた俺だったが、一つの疑問が引っかかる。
どこを探してもラキがいない——。
てっきり二人の元にいると思ったんだけどな。
まあいいか、どうせ宿屋で合流するんだ。少しは自由にさせてやろう。
俺は気分を紛らわせる為、しばらく訓練所での光景を楽しむ事にした。
——一方、城下町のはずれ。
『……確か、この辺だった気がしたのですが』
ラキはなぜか、城下の中心とは違い人通りも少ないこの町を彷徨っていた。
『はぁ、見失ってしまいました……私ったらまた出店につられて——』
何かを追ってこの町に来たらしいのだが、いつもの如く美味しそうな食べ物に釣られ、寄り道をしていたラキ。
すると遠くの方から……。
「やったぁ!」
「ありがとう! これ欲しかったんだ!」
多くの子供が喜ぶ声が聞こえてくる。
『なんでしょう? こんなところでお祭りでしょうか?』
祭りなども開かれそうもない城下のはずれから聞こえてくる騒ぎに、違和感を覚えつつも、その方向へと進んでいくラキ。
路地を抜けた先には、小さな広場の中心にわずかな人だかりができていた。
「これこれ、慌てなくともたくさん用意してある」
そこには一人の老人が、大きな袋から玩具やお菓子を取り出し、次々と子供達に配っていた。
その老人は、服装は決して裕福そうな格好ではないが、どこか気品を備えた佇まいをしている。
『優しいおじいちゃんですね。ふふ、どれどれ……』
ラキは子供と同じようにその老人近づいていったが、ある事に気づいた。
『あれ!?……お、王様??』
なんと、その老人の正体はバルナ国王だった——。
そして近くには、手を合わせ王様に感謝の目を向ける民の姿があった。
「本当に、こんなところまで…….」
「噂通りの、お優しいお方だ」
町民の話によると王様は、町のはずれに度々足を運んでは恵まれない子供達や民にお恵みを与えてくれると言う。
『王様……陰でこんな事を……』
ラキは、作戦会議の後休むといって部屋を出た国王が気になり、ここまでついてくるに至った。
すると、一人の民が王様の元へと近づき——。
「王様……少ないですが、私どもではこのくらいしか」
決して多いとは言えないが、金の入った小袋を王様に献上する。
「いらぬ。報酬はもう、もらってある」
すぐに断り、ひとしきり玩具やお菓子を配り終えた後に、袋をしまう。
「王様……?」
こんな貧乏な町から報酬など貰ってるはずもないだろうにと民は心配するが、足早に王宮へ戻ろうとする国王は、近くにいた子供に一言声をかけた。
「坊や、この国は好きか?」
その子供は一瞬、キョトンとしたがすぐに満面の笑みを見せる。
「うん! 好き!……俺、大きくなったら王様をお守りする騎士になる!」
「ほっほっほっ、それは心強いな。では——!」
ヒヒーン!
馬に跨り颯爽と王宮へと戻っていく国王の背中を見て、人々は笑顔で手を振っていた。
「王様ー!」
「またきてねー!」
——多忙な身でありながら、変装までして王宮を抜け出し、人々に希望を与えるバルナ国王。
彼にとっては、バルナの民の笑顔が、何よりの報酬だった。
『ひぐっ、王様……うう。なんて……素晴らしい方なんでしょう』
人々の笑顔が絶えないバルナ王国。
それを作っていたのは紛れもなく、国王の懐の深さによるものだと、ラキは目の当たりにしたのだった。
優しい王様でした。
みんな大好きです。
お次は金曜日!
カガミはマルクを止められるかな?