第17話 悪夢?
???
これは夢なのでしょうか?
夢にしてはなんだか……。
悪魔?
どうぞ。
——気づけば俺は、薄暗い水路を走っていた。足元を冷たい水が跳ね、石壁に荒い息が響く。
いつからここにいるのかもわからない。ただ背後に迫る気配から必死に逃げ、闇の先に揺れる灯りだけを頼りに走り続けていた。
はぁ、夢か……。
……夢? おかしい、俺が夢を見るなんて。
疲れもしない、眠らない。思考だけが続くだけの存在のはずなのに——。
——どういうことだ?
そもそも俺はさっきまでマルクたちと共にバルナ王国にいたはずだ。
ここは一体……?
「はぁはぁ……」
ああ、胸が苦しいな……。
走って息切れを起こすなんて、なんとも懐かしい。
俺の意思とは無関係に、俺の体は灯りを求め続けていた。
しかし、暗闇の中から現れた黒い甲冑どもに行く手を阻まれる。
「へへ、観念しな——」
……誰だ、こいつは?
と問いたかったが、自由のない俺にはそれすらも発せないらしい。
しばらく立ち止まっていたその時——!
——っ!!!
手首から久しくも忌まわしいある感覚が走り、観念したかのようにそのまま座り込む不自由な体。
薄暗闇の中、膝まで浸かった地面の水の流れの先には、赤黒い筋がどこまでも伸びている。
それからゆっくりと瞼が降りていき、俺の全ては闇に包まれた——。
…………………
(……はっ!!!)
気がつくとそこは、見覚えのある宿屋の広い廊下。俺は、ようやくその“夢”から覚めた事に気づく。
——なんだったんだ、今のは?
まるで、夢のような感じだった。
だが夢にしては、はっきりとした五体の感覚があり、最後に感じたあれはまさしく……。
——痛み、だった。
ちゃんと確認はできなかったが、おそらく刃物の様な物で手首を切った感覚。
何故、夢の中の俺はあんな事を……?
……まあいい。夢だ、夢に違いない。
気にしたって仕方がない。
無理やりそう思うことにして、俺はいつも通り朝を待っていた。
——翌朝。
朝食も取らず、誰もいない廊下を通り、まだ寝静まっている二人をおいて外出するマルク。
彼の足はなぜか、再び王宮へと向いていた。
……始まったな。
俺は知っていた……宴の席にてマルクは、バルナ王に、ある招待を受けていることを。
——ラキ!
いつもより早い目覚めに、ラキは目をこすりながら欠伸を手で抑える。
『……おはようございま〜す。今日は早いですね』
俺は普段、皆が寝静まっている時間にはラキを引っ込めている。一晩中ラキの相手をするのは、流石の俺でも疲れるからな。
ただ今日は、なんとなく一人でいたくなかった——。
(ああ、ラキもたまには早起きでもしたいかなと思ってな……)
『……はあ、珍しい事もあるもんですね』
神様の気まぐれに疑問を持ちつつも、ラキはいつもの様におしゃべりを始めていた——。
——そして、しばらくして起きたルミナとルキ。マルクがいなかったので今日は二人で朝食を済まし、ルキは一人、出かける準備をしていた。
「ルキ。どこに遊びに行くの?」
ルミナがそう尋ねると、立ち止まり振り向いたルキは、首を横に振った。
「違うよ! マルクが修行付き合ってくれないから、兵士の訓練所、ちょっと覗いてみようかと思ってさ——」
ルキは先日、王宮の渡り廊下を通る際、兵士の訓練を横目で見つけていたようだ。
「邪魔だけはしないようにね。怪我しても知らないわよ!」
「へーきへーき!」
ルミナはあっさりと送り出し、駆け足で訓練所に向かうルキ。
『——ルキったら、バルナの兵士さん達に失礼なことしなければいいけど…….』
落ち着かず部屋を飛び出した弟を心配していたラキは、チラチラとこちらを見ている。
(心配なら、見に行ってもいいぞ?)
『——やったぁ! 行ってきます!』
俺の許可を待っていた彼女は飛び上がって喜び、すぐに弟の背中を追っていった。
——一方、一人部屋に戻ったルミナ。
今日はいつものように魔導書を開かず、ベットの上に寝転がり、ただギュっと枕を抱きしめる。
「……」
何故か行方をくらますマルクに、不満を感じている様子のルミナ。
少しぐらい、構ってくれてもいいのに……ってところか?
ルミナの心中はなんとなく分かっていたが、俺には調べ物があったので彼女を一人置いていくことにした。
……ごめんな。
俺は、一人不満を持つルミナの様子を横目で見ながら、ある調べ物をするため、マルクの元へと飛んでいった。
——マルクの元に到着した俺は、王宮内のとある部屋にいた。
そこにはバルナ王国の騎士長、マールがいた。
「あのお二人とはどこで……?」
「ああ、僕が行き倒れになっていた時——」
椅子に腰掛け、仲間のとの出会い話などをしながら誰かを待つマルク。すると……。
「——遅くなってすまない」
バルナ国王が、遅れて入室してくる。
「相変わらず国王は、朝が弱いですね」
「はは、宴の後だ。勘弁してくれマールよ」
冗談を言い合い、和気藹々とするバルナの二人。
いつもの日常が流れる中、今日この日からマルクが同席している事には理由があった。
——前日の宴の席にて、彼は密かに国王にある話を持ちかけていた。
「——帝国との同盟の件について聞きました……」
マルクの発言に疑問に思い、一瞬だけ考えた国王だったが、彼が突然この国にやってきた意図を察し、一言だけ言い残し宴の席に戻る。
「——明日早朝、王宮にて待つ……」
説明をすると、現在パルメシア帝国は、次なる標的であるバルナ王国に、武力を背景とした圧力をかけ、同時に皇帝は、同盟の話を持ちかけていた。
国王は、半ば脅しの様なこの提案をあっさりと受け入れ、バルナの王宮にて同盟の儀を執り行うことを決意した。
以前——その情報をテスカから得たマルク。
さらにテスカは、それについてある仮説を立てている事を話す。
「バルナ国王はおそらく、帝国に屈したフリをして機を伺っている——」
人格者と呼ばれる国王が、悪事を働く帝国の軍門に降るはずがないという彼の読み。
信頼できる友人の言葉というのもあり、国王の真意を知る為、マルクはこの国へと足を運んでいたのだ——。
——場面は会議の場に戻る。
マールとの談笑もそこそこに、やがて真剣な面持ちに戻る国王は、ついに本題に入った。
「——マルク殿、この会議に参加していただいたのは他でもない。ある作戦について君に相談したかった……それは」
彼の口から出たのは、パルメシア皇帝の——暗殺計画だった。
——やはりそうきたか……もうすぐ行われる帝国とバルナ王国による同盟の儀。
その際にパルメシア皇帝がやってくる千載一遇のチャンスを狙って皇帝を暗殺するつもりだな。
「——もとより、そのつもりで参りました……」
その事実を知り、やはりテスカの読みは当たっていたと、マルクの疑念は確信に変わった。
一方国王もその言葉を聞き、突然のマルクの来訪に納得する。
「……道中は、盗賊も増え被害が出る一方で——」
マルクはそのまま、帝国の横行による治安の乱れ、民の嘆きなど、旅の中で目の当たりにしてきた惨劇を語り出す。
「うむ、聞いている。皇帝め……」
……やはり民思いのバルナ国王も、大陸を好き勝手支配している皇帝をよく思っていないようだな。
以前からも帝国の悪行の噂を聞いていた国王は、思い切って今回の計画に乗り出したのであった。
しかし俺だけは——ある理由があって、この作戦には乗り気ではなかった。
その気持ちとは裏腹に、話は俺の望まぬ方向に進んでいくが、マールは何かに気づき席を立つ。
「何やら訓練所の方が騒がしいようですね……少し席を外します」
訓練所の方から何か異変を察知したマールは、二人を部屋に残し、部屋を退出した。
中間管理職は大変だな……。
おおよその展開は理解したし、俺も一旦訓練所へ行くとするか。
残された二人が話を続ける中、俺はルキの元へと飛んだ——。
——そこにはなんと、一人の訓練兵が鼻を擦り嘲笑う少年の前で跪き、それを見て騒ぎ立てる兵達の姿があった。
『——こらルキ! よしなさいったらもう!』
(やってるようだな)
ラキは俺の声に反応して振り返る。
『カガミさん!? 大変なんですよルキが……』
俺は説明を求め、ラキはあたふたしながら答えた。
『訓練にまじったルキが、あろうことか一人の兵士さんに勝っちゃったもんだから、今度は一番強いやつを出せ〜って言うから皆さん——』
思い上がり調子に乗る少年に、怒号を浴びせる訓練兵達。
「生意気を言うな!」
「ガキが調子に乗りやがって!」
(兵士さん達の怒りも、ごもっともだな。ルキが悪い)
半分俺も悪い。訓練所に行くよう仕向けたのは、俺だしな……。
『そんなぁ〜……皆さん、落ち着いてくださーい!』
聞こえもしない声をあげ、皆をなだめようとするラキだったがそこに……。
静かでよく通る声が場を制した。
「——どうしましたか?」
一同は黙り一斉に同じ方向を見る。
(来たぞ。一番強いやつの登場だ)
騒ぎを聞きつけ現れたのは、黄金色に輝く長髪を靡かせる男、騎士長マールの姿——。
マルクはこの事実を確かめたくて、入国したのでした。
この作戦に彼はどう関わるのでしょうか?
次回は火曜日!
お楽しみに!