第16話 歓喜に包まれて
ちゃんと男は見せますよ。
主人公はカガミでなくマルクですから。
カガミは一人何を考えるのでしょう?
歓喜に包まれて
どうぞ。
宴が進み、華やかな衣装の男女が酒や料理を楽しむ中、少し遅れて宴会場の扉が開いた。
——煌びやかな照明の下、輝く銀色の髪、ドレスには花びらを散らしたような模様が、彼女の静かな気品を引き立てていた。
そして、そのルミナの姿に、男たちの視線が一斉に集中した。
「おお」
「お美しい……」
また少し遅れて、俺とラキも到着する。
(ふっ、真打登場だな)
『皆こっちを見て、照れますね……』
ラキは顔を赤らめる。
誰もお前の姿は見えてないっての……。
——その異様な空気を感じ取り、マルクは振り返る。
そして、彼女を見た。
「……ルミナ」
目を見開いたまま、ルミナの元へ歩み寄るマルク。
ルミナはうつむき、小さな声でマルクに問いかけた。
「……どう、かな……?」
しばらく沈黙が流れた後、マルクは柔らかな声で応えた。
「……とても、綺麗だ」
ルミナの瞳が潤み、ほっとしたように微笑んだ。
そしてマルクは、そっと彼女の手を取った。
「……踊ろう」
ルミナは導かれるまま、二人は踊りの輪の中心へと歩を進める。
宴の喧騒の中で、ようやく二人の気持ち交差し始めた。
——宴の会場、その中央。華やかな音楽に身を委ねながら、マルクとルミナは静かに踊っていた。
言葉はほとんど交わさない。それでも二人の視線は何度も重なり、互いの体温を感じるたび、胸の奥に秘めた想いが確かに通じ合っていくのを感じていた。
「よかったな」
それを見て、料理を片手に胸を撫で下ろすルキ。
さらに、食いつきたそうにそれを見つめるラキ。
『うむむむ、ずるいわよルキ〜』
(……はは)
俺もひとまず胸を撫で下ろす。
これはルキのおかげでもあるな。お前が何も気づかないマルクを叱ってくれなければ、あの鈍感野郎は気づかないままだっただろうしな。
——宴会も進み、ぎこちなさも抜けたルミナもそれなりに楽しんでいるようだ。
「——少し、酔ったかもな」
静かに席を立ったマルクは、宴会場を抜けてバルコニーへと歩を進めた。夜風が心地よく、月明かりが静かに彼を照らしていた。
マルクを横目に、ラキはルミナに視線を戻した。
『ルミナさんも、もう大丈夫みたいですね!』
ルミナは会場の皆とも打ち解けたが、心を奪われた男連中に囲まれていた。
それをどこか羨ましそうに見るラキ。
『確かにあんなに綺麗だったら、みんな好きになっちゃいますよね……』
(当然だな。なんたってルミナは、俺が超絶美少女設定で書いたからな。あれぐらい男心を掴んでくれないと俺の立つ瀬がなくなる)
『でも、うちのルキは興味ないみたいですね……』
ルキを見ると、一人宴会場のお菓子に夢中になっていた。
(まあ、ルキの好みにはひっかからないんだろう……あ?)
——タタタッ。
擦り寄ってくる男どもをかわし、ルミナはマルクのいるバルコニーに足早に歩を進めていた。
(来いラキ。お前も知るべき事が聞けるはずだ)
『わくわくしますね!』
二人の関係のクライマックスに期待を隠せないラキを連れて、俺もバルコニーに向かった。
——夜風がルミナの香りを連れてきて、それに気づいたマルクは振り返る。
そこにはルミナがいた。
『私たちもいますよ〜』
(しっ! 黙ってないとひっこめるぞ?)
『ぶぅ……』
一々騒がれたら大事なとこが聞けないからな。
俺は小声でラキを制して、ルミナ達の方を見た。
「……やっと逃げられた。あの人たち、しつこすぎ」
「ふふっ……君が綺麗だったからさ」
「やめてよ! もう!」
ルミナの表情は、いつも通りの明るさを取り戻していた。
むしろ、吹っ切れた分いつも以上に二人の会話は流暢になり盛り上がっている。
——しばらくの談笑が途切れ、マルクは、ぽつりぽつりと過去を語り始めた。
「昔……まだ子供だった頃、アリヴェルの王城の中庭で、一人の女の子に出会った——」
ついに来たと言わんばかりに、俺とラキはマルクに釘付けになる。
「——銀色の髪に、凛とした瞳の……とても綺麗な子だった。当時は、名前も身分も知らなかったけど、あの時の景色を、今はっきりと思い出す事ができた」
ルミナの瞳が大きく見開かれる。
「……初めて誰かを……綺麗だって、思った。その子が、ずっと……僕の初恋だ」
何かに気づき、驚いてる様子のルミナだったが、隣のラキは首を傾げている。
『どういうことですか!? どうしてマルクさんは今、初恋の話なんか始めたんですか!?』
(実はな、この初恋話はルミナにとっても無関係じゃないんだ……)
——気づいたのは自分だけではない。
そう思ったルミナは覚悟を決めて、何かを吐き出す準備をする。
「マルク、私ね……」
もうマルクに隠す必要はない、そう思った。
「私、本当は、私の正体は——!」
ルミナはついにマルクに全てを話そうと勇気を出すが——次の瞬間。
マルクがそっとルミナの肩に手を添え、柔らかく唇を重ねていた。
「……っ!?」
夜風が止まり、音楽が遠のく。
ただ月明かりの下で、時が止まる。
この時間が永遠に続くようにと願いを込めるように、ゆっくりと目を瞑るルミナ……。
そこに……。
『キャーーーーー!!!』
(……!?)
ついにキスシーンまで進んだ二人を見て、顔を真っ赤にして歓喜するラキ。
引っ込め……。
パッ!!!
やれやれ、うるさすぎだ……。
幸せの無音空間に爆音を投じるラキを、俺は引っ込めた。
——やがて二人の唇が離れると、ルミナは顔を真っ赤に染めたまま、ぽかんとマルクを見つめていた。
「今は……話してはダメだ。君が何者であれ……君だけは、僕が必ず守る。だから全てが終わるまでは——」
その言葉を聞いた瞬間、ルミナの瞳に歓喜の涙が溢れた。
「……(言えなかった……けど、今はそれでいい)」
抑えていた感情が溢れ、ルミナは何も言わず、マルクの胸に飛び込む。
ふぅ……。この件はこれで解決だな。
——ラキ!
ポンっ!!!
『わっ!……もう! どうしていいとこで引っ込めるんですかー!?』
(あんな大声を出されたら他には聞こえなくても俺には大音量なんだよ!)
いいところで引っ込められたことに不満を言いながらも、ラキはすぐに俺に問う。
『——ルミナさんが言いかけてた正体がどうのって、結局どうなったんですか?』
ラキを呼び出したのはまさしくそれを話すためだった。
『初恋話をしたと思ったら急に唇を奪うなんて……マルクさんったら……』
興奮が治らず、赤らめた頬を抑えていたラキに、俺は続けた。
(ラキは、アリシア姫を知っているか?)
『え?……ああ、確かアリヴェルのお姫様ですよね? でもそのアリシア姫って本当にいるんでしょうか?』
アリシア姫の存在は、この大陸では都市伝説のようなものだった。
先祖代々、この大陸では“女神の力”を巡った争いが絶えることがなく、それを恐れたアリステラは、娘のアリシアを箱入りにし、誰の目にも触れないようにした。それが原因だった。
しかしその時、間違って王宮の中庭に迷い込んだアリシアは偶然、ある少年に顔を見られていたのだ。
それこそがマルクがルミナに一目惚れをした瞬間だった。
(噂程度の存在だが、マルクはあの日、見つけてしまった)
『……あの日って、初恋話の!?』
(そう、マルクの初恋の相手こそが幼少期のルミナ。つまりアリシアだったんだ)
ラキの中でいくつものピースが繋がった。
『……えっ、じゃあ本当に……ルミナさんが、姫様? そんな……!』
(間違いない)
俺が作ったからな……。
『確かに……さらし首にされたアリステラ様の髪色も、ルミナさんと同じ綺麗な銀髪だったと聞きますし、ルミナさんってすっごい魔法使いだから、これはもう間違いありませんね!』
(ルミナが言いかけたのを止めたのも、平和が来るまで秘密にしておくっていう“大義名分”があっての行動だ
まあ、作者の俺としては最高の胸キュン展開を狙っての一手だったわけだけど。
『めちゃくちゃ素敵な話じゃないですかー!』
——それを聞いて、ラキのテンションはどんどん高まっていく……。
『初恋相手だったお姫様は実はずっとそばにいて、そしてそして! その正体を言わせないために唇を奪うなんて……キャーーーーー!』
再び爆音を撒き散らすラキに、俺は呆れたようにぼやく。
(……全く、ルミナの正体の方には驚かないのかよ)
メインのルミナの正体にはあまり驚かず、俺を膝で突っつきながら彼女は続ける。
『このこの〜、ほんと素敵な物語作ってくれましたねカガミさん!』
……。
素敵な物語か……。
そんなふうに褒められたのは、初めてかもしれないな。
——歓喜に包まれる空間に思われたが、この先起きるであろう悲しい結末を知る俺だけは、素直に笑うことが出来なかった……。
みんなよかったな。
でも、カガミだけは……。
次回は金曜日!
お楽しみに〜