第13話 大きなズレ
異なる世界と共に……最終回。
大きなズレ。
どうぞ。
大富豪の娘ナナを無事救出し、父親の元に帰したルミナさん。涙するナナとなんだかんだいい感じのまま別れを告げ、街を後にするルキ達。さらにそれを見守る美少女お姉さんラキは、ちょっとスケベな神様、カガミと共にアリヴェル復興のため次の目的地に進むのであった!
(……おい)
『——はい?』
(勝手にあらすじ紹介をするんじゃない……)
『えへへ、やってみたくて……それにしても、美味しかった〜』
ラキは舌を出しながらほっぺたを抑え、甘い記憶を辿っていた。
その光景を見た俺は、すかさず注意をする。
(寄り道なんかしている暇なんてないんだぞ? 全く…………ずるいぞ)
以前カガミに隠れ、蜂蜜に夢中になっていたラキ。 先を急いでいたカガミにとっては、そんな事で足止めを喰らっている時間はないとの事。
だが果たして、それだけの理由だろうか……。
嫉妬混じりのお叱りを彼女に浴びせつつも、二人は旅を続けるマルク達についていく。
——マルク達は人気のない森の広場を見つけ、一泊の支度をしていた。焚き火の炎が小さく揺れる中、ふと誰かの足音が近づく。
「……マルクさんっ! ですよね?」
木の影からの対面と同時に、聞き覚えのある声が響く。
「……君は、フラッツか!?」
足音の主との対面にマルクの声が震える。
焚き火越しに彼の顔をじっと見つめ、そして、やがて微笑んだ。
「……よかった。無事だったんですね」
広場に現れたのは、フラッツという剣士。
細身の剣を携えた細身の少年剣士、歳でいうとルキの少し上くらいだろうか。
突然登場した彼に目を向けたラキは、カガミに問う。
『あの方は? マルクさんのお知り合いでしょうか?』
(ああ、彼はフラッツ。マルクとはアリヴェルにいた頃からの知り合いで、マルクに憧れている後輩剣士だ)
この世界のほとんどを知り尽くす俺は、フラッツの登場を当然予測していた。
『なるほど……ふむふむ、大体40といったところでしょうか』
(40? 何のことだ?)
ラキは相変わらずのポーズでフラッツを観察し、何かを測っているかのように言った。
『エギルの大きさを数字にしてみたんです! マルクさんを100点満点とするならばフラッツさんは40点というところですね!』
(なるほど、それはわかりやすくてありがたいな)
『ちなみにルキは20、ルミナさんは35、こないだのアバンさんは70から80点ってとこですかね』
ラキの観察っぷりに感心しつつも、俺はふと気になっていたことを聞いてみた。
(まあ、そんなものだろうな……そういえば俺はどんなエギルをしているんだ?)
ラキはジッと俺を観察する。
……ちょっと照れるな。
(……どうだ?)
『……青白くもあり、緑でもあり、黄色くもあり……何が何だかわからない形ですね』
結局よくわからないと言う事か。
俺の体はエギルとは違うのだろうか?
異世界から来た人間だからか?
……まあその辺のことは後々ゆっくり調べることにしよう。
再び謎が増えてしまったが、その間にマルクは皆に彼を紹介する。
「はじめまして。元アリヴェルのフラッツといいます。……しばらく、ひとりで旅をしています」
フラッツはルミナとルキに挨拶をし、ルミナとルキは彼がマルクの知り合いと言うのもあり、すぐに受け入れ一晩を共に過ごす事にした。
——静かな夜。
ルミナのご馳走する温かい料理を囲んだ四人の間に、少しずつ確かな絆が芽生え始めていた。
『あのフラッツって人の雰囲気、どこかマルクさんと似ていますね』
ラキは、腰掛けるフラッツの横顔を見て言う。
(ああ、フラッツはマルクに強い憧れを持っているから、喋り方や振る舞いが無意識に似通っているんだろう)
俺は彼女にフラッツの素性を話していると、彼も同じように、自分の生い立ちを話し始めていた——。
フラッツには兄がいたのだが、幼少期に村を“妖魔”の群れによって滅ぼされ生き別れてしまった。
その後フラッツはアリヴェルに兵として志願、一方で兄は行方不明になったが、噂ではパルメシア帝国に拾われ兵として戦っているという。
『兄さんが帝国兵!? それに妖魔って?』
多すぎる情報に、理解が追いつかないラキ。
(——俺が説明しよう。まず妖魔とは簡単にいうと人間離れした化け物だ。この大陸に生息する彼らを帝国は禁断の魔法により操る術を持っている)
『妖魔ですか……やはり熊なんかより大きいのでしょうか?』
(ああ、もっともっと大きいぞ)
ラキは妖魔の存在に、恐れをなしている様子。
(ちなみにフラッツの兄は、帝国でも名を馳せた実力者だ。皇帝に騙され、今は帝国軍としてマルク達と敵対している事になる)
『帝国軍って、そんなに恐ろしい人たちの集まりなんですね……』
ラキは敵の強大さに、頭を抱えていた。
この世界の物語に微妙なズレを感じている俺も当事者ながらどこか不安を覚えていた。
フラッツが今までの経緯を話し終え、より理解を深め合った四人だったが……そこでルキが。
「……なあお前、マルクの弟子か?」
「はい?」
フラッツは少し驚いたように目を瞬かせてから、穏やかに首を振った。
「……いいえ。僕は弟子ではないよ。でも——ずっと憧れていて、いつか越えたいと思ってるよ」
フラッツの本音を聞き、少し驚くマルクの横で、ルキはにやりと笑って言った。
「……俺も同じだけど、負けないぜ?」
フラッツに妙な対抗心を燃やし突っかかるルキを見て、少し焦るラキ。
『ルキったら! あんな失礼な口聞いて!』
(ルキもマルクを尊敬しているからな。似たような目標を持つフラッツに負けたくないんだろう)
生意気な物言いをする弟に憤りを覚えているラキだったが、お互いを高めあう好敵手の良さは女の子にはわからないものなのだろうか。
「男の人って、ほんとすぐ競いたがるんだから……」
ルミナはその光景を見て、少し呆れたように微笑む。
ルキの突然の反抗に、怒る事もせず対応していたフラッツは、今度はマルクに問いかける。
「マルクさんは、これからはアリヴェル復興の為に旅をするつもりですか?」
俺は彼の問いに答えたマルクの、意味深な言葉を聞き逃さなかった——。
「——もちろん。アリステラ様の“仇”、帝国を討つ。」
仇? まるでアリステラが死んだような言い草だな……。
こいつらは何を勘違いしているんだ?
「君はどうするつもりだ? フラッツ……」
——マルクの問いに、フラッツは答えた……。
「……僕もいずれは、帝国と戦うつもりです。それに、アリステラ様の死を弄んだ奴らを……許せない」
——アリステラの死……?
理解が追いつかない。
アリステラは今、帝国軍に囚われている身で、ひどい状態ではあるがまだ生きているんだぞ……?
(……)
『カガミさん? どうしたんですか黙り込んで……』
(……アリステラ、女神アリステラは死んだのか?)
『アリステラ?』
おれとしたことが……。
こんなこと、ラキに聞いてもしょうがないと言うのに……。
しかし、——ラキは続けて言った。
『ああ、確かそんな名前でしたっけ。……酷い話ですよね、“女神のさらし首”なんて言われて』
(女神のさらし首——!?)
聞き覚えのない単語に、俺は驚きを隠せなかった。
そんな話は聞いたことがないぞ……。
仇、アリステラの死、女神のさらし首……?
俺の物語は、もっと優しいはずだった……。
なにやら嫌な予感がした俺は、ラキに“女神のさらし首”について知ってることを全て聞いた。
この大陸を支配すべく、ギルバディアを半壊にまで追い込み、ついにはアリヴェル王国を滅ぼした帝国軍は、特別な力を持つ女神の血を求め、女王アリステラを捕らえた。
それでも人々は、大陸の平和の望み、女神アリステラの信仰を忘れることはなかったが。
ついに事件は起きてしまう……。
——女神アリステラは首をはねられ……さらし首にされてしまったのだ。
女神の力を信じる人々に対し、皇帝は帝国の力を世に知らしめる為にアリステラの輝く銀髪を赤く染めたと言う。
……。
俺はとんでもない真実に言葉を詰まらせた。
なんてことだ……。
間違いない、アリステラはもうこの世にはいないのだ。
俺の知る物語のアリステラは、帝国に抗う女神の力を、娘アリシア(ルミナ)に継承させる重要な役割があった。
それならば既に、ここにいるルミナには継承を済ませたと言う事なのか?
俺は疑問に思いルミナを見るが、マルクとフラッツのやり取りを聞いていた彼女は、人知れず拳を強く握り下を向いていた。
その手には、明らかな怒りの念が込められていた。
『……カガミさん?』
……そうか、あの時ルミナの逆鱗に触れてしまったのは、そう言う理由があったのか。
俺はこの時、初めて気づいた。
知らなかったとはいえ、ルミナにとって最も深い傷を、俺がえぐってしまったんだと。
皆は寝静まり次の日の朝を迎えた四人——。
——フラッツは荷を背負い、三人の前で軽く頭を下げる。
「……僕は、もう少しだけ、一人で旅をします。兄の事がありますので……話を聞いてくれてありがとうございます……また、どこかで会いましょう」
フラッツと別れを済ませ、マルク達は次の目的地へと向かった。
(……)
『——カガミさん!』
昨日の夜から何度呼んでも反応しなかった俺に、ラキは声を荒げる。
『昨日からずっと黙って、変ですよ?』
(うん? ああ……何でもない、行こう)
それでも黙るカガミに、ラキは膨れっ面になりながらもマルク達の後をついていく。
……。
このままではいけない。
俺は悪い予感がしていた。
自分自身が作り出した物語の世界に、天の声として転生し過ごしている中、物語に多少の“ズレ”があったのは前々からわかっていたが、結局は全てうまくまとまっていた。
だからこの先の展開も、正直そこまで心配はしていなかった。だが……。
——女王アリステラの処刑。
この事実が頭から離れず、俺の心には一抹の不安だけが残った。
この時、俺はまだ気づいていなかった。
この大きな“ズレ”が引き寄せる残酷な物語の結末に……。
主人公の知る世界との異なりに、驚きを隠せない主人公。
このまま放って置いても物語はちゃんと進むのでしょうか……。
てなわけで第一章、異なる世界と共に。
終了でございます。
ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございますm(_ _)m
次回、だだ転第二章の舞台は原作通りバルナ王国になります。
本格的な戦闘も始まり、マルクもルミナもルキもラキもそしてカガミも、この物語に直接関わっていく新しい展開となります。
またバルナ王国編は、少し長めなので二章、三章の前後編で分けてお送りしたいと思います。
天声だだ漏れ転生〜女神の温もりと共に〜
第二章 決意と共に
お楽しみに〜
白銀鏡でした。