第12話 小さな勇者
たとえ敵わなくたって立ち向かう、これぞ勇者の条件です。
小さな勇者です。
どうぞ。
一度ルミナと打ち解け、今後は声を通じ合える仲になったと思ったが、彼女の正体であるアリシアの母、アリステラの事で、なぜかルミナの逆鱗に触れ再び仲違いをしてしまったカガミ。
——次の日。
宿屋にて、ルキの背中を見送った後、出かける準備をするマルクに。
「ねえ、今日はマルクと一緒に行ってもいい?」
「ん? ああ、もちろん」
同じアリヴェル出身であり、かなりの情報通であるテスカに会いにいくために、同行を申し出るルミナ。
昨日のこともあったし、俺はしばらくだんまりを決め込むことにしよう。
それに確か今日は、やっとの思いでテスカに会いこの大陸の情報を得る大切な日だ。
この物語の状況に大きなズレなどがないか確認する必要があるし、こっそりと二人に同行することにしよう。
——テスカ邸にて。
屋敷の扉が開くや否や、奥からすぐに駆けつけてきた一人の男。
数度に渡るマルクの来訪の知らせを聞いていたというその男は、今か今かと彼との再会に心を躍らせていた様だ。
「——まさか、マルク殿が生きておられたとは。本当に、本当に……」
「テスカさん……」
静かに、でも確かに握られたその手に、昔の戦友たちの絆がにじむ。
「……アリヴェルも、ギルバディアも……ずいぶん変わりましたな。特に、あの帝国の台頭以来……」
「ああ、噂は聞いています。……詳しく、教えていただけますか」
「ええ、もちろん。それよりこちらの方は……」
マルクは同じ国の出身であるルミナを紹介し、案内された奥の部屋に歩を進めた。
——数分後。
「……つまり、アリヴェルは帝国に滅ぼされ、ギルバディアも半壊。残ったのは再建中の新ギルバディア王国……か」
強大な女神の力を持った王国も、大陸一の軍事国家もやられてる。物語の舞台としては最高だが、当事者たちには地獄だな。
すると、テスカは呟く。
「……アリヴェル王国の姫、アリシア様が……もしご無事であれば、女神の血が生きていれば……こんな時代も、変わったかもしれません」
(……)
女神様本人の前で、これは中々酷な呟きだな。
だが、それを聞いたルミナは、テスカの手を優しく握る。
「きっと、姫は見つかります。まだ、希望を捨てないで……」
「……ルミナ殿」
ルミナの女神対応に、心を落ち着かせるテスカ。
——そのとき、屋敷の奥から慌てた様子の使用人が駆け込んできた。
「テスカ様! お嬢様が……ナナ様が、まだ戻っておりません!」
「ナナが!? どういうことだ!?」
……物語が動き始めたな。
「申し訳ございません! 何度か止めようとしましたが……あの笑顔を見ていると、どうしても……!」
テスカはその場で立ち上がり、怒声をあげそうになるのをマルクが止めた。
使用人の話によると、数日前からナナはこっそりと短時間の外出をしており「同い年ぐらいの友達ができた」と彼に会いに行っていたのだという。
「——同い年、まさか」
ルミナがぽつりと呟いた。すぐにマルクと顔を見合わせる。
この様子だと気付いたようだな……。
この同い年の友達とはもちろんルキの事で、運の悪いことに身代金目的の悪党が大富豪テスカの娘ナナと、近くにいたルキを攫ったというわけだ。
てなわけで、俺はマルクとルミナが二人を助けるまでルキの元で首を長くして待っていようか。……とりゃ!
俺の視点はルキの元へ飛んでいった。
——見知らぬ小屋に着いた俺。
そこには手を縛られ気を失うナナの姿と、必死に抵抗したのか、頬に傷を負って弱っているルキの姿があった。
(……ラキ?)
しかしそこにはラキの姿がなかった。
おかしいぞ。二人にくっついていたラキが近くにいると思ったのだが。
(ラキ!……ラキ!)
俺はラキの名を呼ぶが反応がない、……まさか。
俺は気絶していたナナの元へ近づき、耳元で何度も名前を呼んだ。
(ラキ! ここにいるんだろ? ラキ!)
「……うう」
俺の声を聞いてか、ナナは意識を取り戻していく。そして……。
(ラキ!)
スゥ……。
『うわっ!』
ラキをナナから引っ張り出すことができた。
やはりここにいたか……しかし憑依中の人間が意識を無くしたらエギルの反応まで無くしてしまうのか。
これからは注意が必要だな。
『カガミさん大変なんです! ナナちゃんが——!』
意識の戻ったラキは慌てている様子。
(まてまて落ち着け。何があったかゆっくり説明してくれ)
ラキは説明するが、内容は先ほどの俺の予想とそう変わらなかった。
路地裏にいたルキとナナを悪党どもが付け狙っていて、それをいち早く察知し危険を感じたラキはナナに憑依しその場から逃れようとしたが結局、悪党どもに拐われてしまったらしい。
『すみません! 私がついていながら……』
(大丈夫だ。それより殺されでもしたらもっと大変なことになっていたぞ)
ラキは涙目になっていたが、俺は責めずに向こうの状況を説明する。
(この出来事も、一応物語通りに進んでいて。そのうちルミナたちが助けに来てくれる——)
『……ん!?』
物語という言葉に反応したラキは俺を睨む。
(……なんだよ)
『また予定通りだからって何もしないで見てるつもりですか!?』
下を見ると、なにやら怖がっているナナの様子。
『今度はナナちゃんを、このままにするんですか!?』
前回のこともあったし……まあ、そうくるよな。
だが……。
(勘違いするな。俺だってもうそんな冷たい事は考えてない。予定通りだと思うが物語にズレがある以上そうとも言い切れないしな)
俺の言葉に、見直したように言葉を繋ぐラキ。
『……カガミさん。もう以前のようなひとでなしじゃなくなったんですね』
(やかましいわ。だが多分今の俺たちには何もできないぞ? そうくると思って、来る途中この辺りを探索してきた)
『本当ですか!? それならまた私がウサギにでも憑依して——』
(残念ながら、動物なんて全然いなかった。悪党が騒いでいたから逃げ出したんだろう。いたのは役に立ちそうもない虫ぐらいだった……)
『……』
八方塞がりの状態に、ラキは考え込む。
すると……。
『……虫、虫ってどんな虫がいましたか!?』
(え? 虫か……確か蝶々とかトンボとかそれから大きな——)
何かを閃いたラキは、俺の言葉を遮り必死に懇願する。
(……お前、本気か?)
『もちろん! 早くそこまで案内してくださいカガミさん!』
俺は言われるがままにラキを連れ、一度ルキの元を離れ近くの林に姿を消していった。
一方下では、意識を取り戻し混乱しているナナに声をかけるルキ。
「ルキ様! これは一体?」
「……俺たちは、拐われたみたいだ。覚えてねえのか?」
「……そんな、私どうしたら」
ガチャッ!
こそこそと話していると、二人を攫った悪党の一人が部屋に入ってきた。
「目が覚めたか、お前は大事な人質だ。隣の小僧も変な気起こすなよ?」
「……ぐ」
ルキは男を睨みつける。
男は説明した。ナナを身代金目的で誘拐し邪魔をしたルキもついでに攫った事を。
その言葉にナナが泣きながら縋るように言った。
「お願いです……ルキ様は関係ないんです……彼だけは帰してください……!」
しかし男は取り合わなかった。その瞬間、ルキが咄嗟に身を起こし、男に飛びかかった。
「ナナ、逃げろっ!」
勢いに押されて男がよろけ、扉が開いた隙をナナが駆け抜けようとした。だが、奥にいたもう一人の男がすぐさま立ちはだかる。
「逃がすかよ!」
ナナの腕を掴み、ルキを蹴り飛ばして二人を再び部屋の奥に連れ戻す。男は荒々しく縛り直しながら舌打ちした。
「ガキが調子に乗りやがって……人質はおとなしくしやがれ!」
そう怒鳴ると、男は手にした棒を振り上げナナに向けて、それを振り下ろそうとする。
——その瞬間。
「やめろッ!」
ルキが咄嗟に身を起こし、ナナに覆いかぶさり、棒がルキの背に叩きつけられた。
「……うぐっ!」
「ルキ様!」
どうにかナナを守るルキだが、男は容赦なく棒を振り上げ続けてルキを痛めつける……。
「ルキ様ぁぁぁ!」
——その時!
ブーンッ!
窓から大量の蜂が、小屋の中に入ってきた。
「……蜂!? くそっ!」
男たちは、蜂の存在に驚き持っていた棒を振り回して応戦する。
「邪魔すんじゃねえぞこいつら!」
ご察しの通り、この蜂はラキが憑依したものである。周辺探索をした俺が見つけていた蜂の巣の存在にピンときたラキはすぐに蜂に憑依し、この軍団を引き連れてきたというわけだ。
蜂の軍団が男たちを襲う中、先頭を飛んでいた一匹の蜂だけはご機嫌そうに踊っていた。
「(ふふ、上手くいきました……! みんな、がんばって!)」
ルキ達を襲っていた男も、蜂の大群の前ではそれどころではなく、小さな敵に手こずっている様子。
よくやったぞラキ。これでルミナ達が駆けつけるまでの時間稼ぎは十分にできた。
しかし幼少期に蜂に刺され、トラウマとなっていた俺には思いつきもしない作戦だな。
おぉ〜怖い怖い。
——ん?
よく見ると、男達の周りだけでなくルキ達の周りにも数匹の蜂が群がっていた。
やっべぇ……。
「いて! いててて!」
「ルキ様ぁ! いや! やめてぇ!」
「(そっちは違いますよ! 蜂さん!)」
(ラキ! なんとかしろ!)
もう何がなんだかわからずみんなパニック状態だった。すると——!
「やめろって言ってるでしょ……」
部屋の空気が、凍りついた。
次の瞬間、男の背後から放たれた氷の魔法が、鋭い音を立てて炸裂した。
無数の氷塊が弾け飛び、鋭い破片が容赦なく男の体を切り裂く。
「ぎゃあああ!」
——ルミナの登場だ。
ふぅ……やっときてくれたか。
二人の男をさっさと片付け、後からマルクもやってくる。
蜂の大群は、凍りついた空気を察知してか、いち早く退散していた。
残された部屋の中。ナナは縛られたルキに駆け寄り、泣きながらその身を抱きしめた。
「ルキ様……! お願い、目を開けて……!」
ルミナがそっと近づき、ナナの肩に手を置く。
「大丈夫よ。必ず助けるから……この子ったら、こんなに傷ついて」
ルミナは傷ついたルキを優しく抱き寄せ縄を解き、治癒魔法を施す。
……すまん、ルミナ。
それはラキの監督不行届だ。どうか許してやってほしい。
「……よく頑張ったわね、ルキ」
(……)
まあでも今回は、ルキを褒めないとな。
家に閉じ込められたナナを見つけ元気づけたり、ナナと一緒に誘拐され、縛られてもなおナナを守ろうとした。
まだ小さいのに、俺にはとても真似できる事じゃない……。
さて、そろそろラキを戻してやるか。
ラキ……うん?
辺りには蜂の子一匹いなかった……。
——まさかあいつ!?
俺はすぐに例の蜂の巣まで戻った。そこには——。
ペロペロ……チュー。
無数の蜂が大きな巣の中の蜂蜜に群がっていた。
(ラキ! どこだ出てこい!)
ラキのエギルを見失い、呼び戻すことができないカガミ。
天の声なんて二の次だったラキは、生き返ったように目の前のご馳走に夢中になるのであった。
「(えへへ、おいしいです〜)」
ちゃんちゃん。
ルキもラキもよく頑張った!
次回ちょっとだけお話をして、第一章 異なる世界と共に編、締めたいと思います。