第11話 伝えたかった事
少し暗い回かもしれませんが私にとっては重要な回になります。
天の声が生まれたのも、これが理由なのかもしれません。
伝えたかった事です。
どうぞ。
涙で頬を濡らしたルミナは、息を切らしながら川辺へとたどり着いた。
水面を見つめるその瞳は赤く腫れ、頬を伝う雫は、川の流れに溶けて消えていった。
彼女の走るがまま引っ張られた俺も、ようやく止まることができ、ルミナの様子を見ていた。
「……お母様」
ルミナは呟き、再び瞳に涙を溜める。
今度は母を思い、涙したか……。
母が生存している。
良かれと思い、本来ここでは得ることのできない嬉しい情報を流したつもりだったのだが……。
ここで出ては気まずいから、居留守を決め込む事にしよう。
(……)
母か……。
俺は、生前の記憶を思い出していた——。
タッタッタッ!
廊下を走る音が病院に響き渡る。
扉を開けるとそこには、妹と床に伏せた母の姿があった。
「……お兄ちゃん?」
「母さん……」
痩せ細り以前の面影のない母の元へ駆け寄った俺だったが、母はもう……息をしていなかった。
父と喧嘩をして家を飛び出してから、俺は十年間、一度も帰郷しなかった。
妹からは時折手紙や連絡が届いたが、母の体調について深刻な話は一度もなかった。
だから、母が重い病に伏していると聞いた時、耳を疑った。
後で知ったことだが、母は俺の夢を邪魔しないよう、妹に口止めしていたらしい。
もともと体の弱かった母は、ついに危篤を迎えた。
妹からの知らせを受けた俺は、迷わず田舎へ向かった——。
だが……。
——全ては……遅かった。
「お母さん……なんか言ってた?」
俺は隣で啜り泣く妹に聞いた。
「……お母さん、お兄ちゃんに会いたがってた。……伝えたい事があるって」
母の伝えたかった言葉を、俺はとうとう聞く事ができなかった。
後悔ばかりが巡り、俺は思わず眠る母に言葉を漏らす。
「母さん、……ごめん。俺は母さんに苦労ばかりかけて、何にも親孝行出来なくて、ごめん。俺に伝えたいことあったんだよね? 受け止められなくて、ごめん」
いくら言葉を並べても天まで届くことはないのに、俺はそうせずにはいられなかった。
——なんとか落ち着いた俺は病室を後にし、廊下を歩いていると……廊下に座り込み、涙を流しながら俯く父の姿があった。
「……」
「……久しぶり」
俺に気づいた父は顔をあげ、一度目が合ったきりまた無言になる。
てっきり喧嘩にでもなるだろうと思ったんだけど……父もそれどころではなかったようだ。
ずっと寄り添っていた父が一番辛かったのだろう。
俺はそのまま、父の横を歩き去っていく。
「……ごめん」
俺は一言だけ父に言い残した。
その後の事はあまり覚えていない——。
——まあ昔の事を思い出しても今の俺には流す涙もないんだが、それにしてもやはりルミナの気持ちはわからないな。
母親が生きているだけ、いいじゃないか。
俺にとっては羨ましすぎるというのになぜあそこまで泣くことがある?
「……ううう」
しばらく泣き止みそうにないルミナにこれ以上何も言えないと悟った俺は、ルキの元へと視点を変える事にした。
——ルキの気配のする方向を察知し、高速移動する俺の視点。もう手慣れたものだな。
すぐにルキのいるであろう街外れの川についた俺だったが、緑色の何かが目の前に飛び込んだ。
(わっ!?)
川から飛び出したカエルだった。
「……今、何か聞こえませんでした? ルキ様……」
「何かって? 気のせい気のせい」
川で水遊びをするルキとナナ。
一瞬ナナの方に声が漏れたが、二人とも夢中になって遊んでるのでなんとか誤魔化せた。
いい加減慣れないとな。
すると……。
『カガミさーん』
近くの木の上に座って、二人を眺めていたラキが声をかけてきた。
『変な横槍はだめですよー。ほら、こっちこっち』
子供じゃあるまいし、好きで川にダイブしたわけじゃないわ。
そうぼやきながらも俺はラキの元へ近づいた。
『昨日から、あの二人いい感じですよ!』
(そのようだな。ナナのあの顔……完全にルキに惚れてるな)
『やっぱりそう思います〜?……おや?』
木の上で談笑していると、川遊びをやめた二人が、濡れた足のまま一本木をよじ登ってくる。
だんだんと近づく彼らを見て、バレたと思いたじろぐ俺にラキは言う。
『大丈夫ですよ! ここは二人の特等席ですから』
木に登った少年少女は、なにやらしんみりしながら話を進めている。
『帰る時間にしては少し早すぎますね……まさかぁ〜?』
(何を想像してんだか……確かナナは家に内緒で遊びに出ているから、早く帰らないとまずいんだろう)
『なんだぁ〜見たかったのに〜』
やっぱりそんなことか……。
遊び足りなかったナナの表情はだんだんと暗くなり、口数も減っていた。
その空気につられたのかルキも、思わず苦労話を漏らしてしまう。
帝国の侵略により、故郷のギルバディア王国が滅びてしまった事。地域では盗賊が増え人々が苦しんでいる事。
家族を守る為命を投げ出した母、ついには一緒に住んでいた姉の命までも盗賊に奪われた事を。
『……』
最愛の人を失った村の惨劇が、ルキの口から語られ一同は無言になるが……。
「……お姉様の事、愛していたのですね?」
ナナは一人、微笑んでいた。
「愛してって! 別にそんな!」
耳まで真っ赤にし、必死に否定しながら言葉が転がるように早口になるラキだったが、ナナには彼の本心がわかっていた。
「ルキ様が愛したお姉様、きっと素敵な人だったんだろうなぁ」
『……えへ』
人知れず照れるラキ、一方ルキは姉の姿を思い浮かべ、何かが込み上がる。
「……両親もいなくなって本当は自分だって泣きたいのに、俺の前では涙ひとつ見せずに何もかも我慢して、ずっと俺のために頑張って……なのに」
ルキの声色はだんだんと変わっていき、その気持ちを察するナナ。
「俺、姉ちゃんの最後の言葉聞けなかった……それから、俺も……伝えたいこと、たくさんあったのに……」
悲しみが雫となり、ぽつりぽつりとルキの目から溢れ出し、そして……。
「……姉ちゃんに、会いたい」
心にしまっていた思いを、たまらず漏らすルキ。
普段は明るく振る舞ってはいるが、やはりたった一人の家族だった姉を亡くしたルキも相当辛かったようだ。
すると——。
「……ナナ?」
……ナナが、涙するルキを抱きしめていた。
優しくも、どこか懐かしい香りに包まれたルキ。
彼の胸の傷も、だんだんと和らいでいく。
思わず息を呑み、台本にはないナナの行動に焦った俺は、まさかと思いすぐに隣を見たが……。
そこには、誰もいなかった。
ラキ!!!
ナナに取り憑いていたラキのエギルを、俺はすぐさま引っ張った。
『……っ!』
やっぱりラキの仕業だったか……。
あの涙を見て、黙ってはいられなかったんだな。
俺は再び、ルキとナナの方に目を配る。
「……!?……私! なんて事を!」
我に帰り、自らの行動に気づいたナナは慌てて離れるが、何が何やらわからない状況。
「……」
ルキはしばらく見ていたが、涙を拭きナナの頭を撫でる。
「ありがとうな。俺の事……慰めてくれたんだよな? もう大丈夫だ!」
「……は、はい」
ナナはその後もしばらく顔を赤くしていたが、二人はまた会う約束をし、その日は笑顔で別れを交わした。
人の歴史とは、ちょっとしたきっかけで大きく変わってしまう。
望んだ結末が変わるのを恐れていた俺だったが、なんとか丸く治って安心した。
——その後、無言でルキに着いて行く俺たちだったがすぐにラキが口を開く。
『ごめんなさい。私、つい……』
(……気にするな)
憑依しない。
カガミとの約束を破ってしまって反省の色を見せるラキ。
それでも俺は彼女を、責めることが出来なかった。
あの場でルキのあんな気持ちを聞いてしまったら、ああなるのは当然のことだと思う。
理不尽な事で家族と別れ、伝えたいことも伝えられずに死んでいった家族が、もし近くにまた現れでもしたら誰だってまた触れ合ったり、話をしたりしたい。
黙って見ているなど、酷すぎる。
——俺はふと、ルミナの事を考えた。
涙を流す彼女の姿をあの時の自分と重ねた俺は、心に強く決意した。
ルミナも母に伝えたい事が、山ほどあるはずだ。
俺が必ずアリステラに会わせる。その時こそ、ルミナのすべてを伝えさせてやる。
次は楽しい回が待ってますんでね。
この町での話が完結します。
お楽しみに!