第10話 アリシア
この世界の根幹とも言える女神族のお話。
この物語の真のヒロインはルミナですよ?
みなさんお忘れなく〜
アリシアです。
どうぞ。
成長する弟を見守りつつ、ラキはそのままルキの後を追う事にする。
そしてルキは街外れの小高い丘に一本だけぽつんと立つ大きな木に登り街を見下ろす。
弟の隣に腰掛けたラキは、彼と同じ景色を眺めていた。
そこには……。
『大っきな家……』
ラキが見つけたのは街の真ん中にある大きな屋敷。
庭の椅子には、ルキと同じぐらいの歳の少女が腰掛けている。
だがその少女は、何か浮かない表情をしていた。
『何かあったのでしょうか……』
ラキがそうこう考えているうちに、ルキはすぐさま屋敷の方に向かってかけていった。
『わっ! ちょっと待ってよルキ!』
考えるよりも先に行動にでたルキに対し、ラキは慌てて後を追う。
——そして、屋敷にて。
ため息をつき、退屈そうに庭に腰掛けている少女だったが、そこに……。
ガサガサッ!
庭の草木を掻き分け、侵入するルキ。
『もうルキったら! 勝手に人様の家に忍び込んで』
やっと追いついたラキは、思わずルキに注意した。
「あ、あなた誰ですの……!? 勝手に入ってきて……」
不法侵入を働く少年に気付いた少女は、驚き問いかける。
「俺はルキ。つまらなそうな顔してたけど、どうしたんだ?」
ルキは興味本位で屋敷に侵入したのではなかった。
この元気のない少女が、ただただ心配だったのだ。
彼の行動に、少女は不思議と恐怖はしなかった。
『ルキ……この子の為に……』
ラキが弟の行動に感心していると、少女は語り始めた。
「……私は、ナナと申します。父が……この街で商いをしておりますの。でも、私は屋敷の外には出られなくて……」
少女の名はナナ。父がこの大陸にはびこる盗賊を恐れ、愛娘を外に出さず屋敷の中に閉じ込めていたと言う。
「そっか……それじゃ退屈でしょうがねえよな。よし、今から抜け出すぞ」
突然の提案にナナは豆鉄砲を喰らう。
「な、なにをおっしゃいますの!? お父様に叱られてしまいますわ!」
「怒られたらそのときだ。行くぞ!」
ルキはナナの手をひっぱり、屋敷の外に連れ出す。
『待ってよルキ〜!』
次々とどこかに駆けていく弟を追いかけるラキだが、何やら楽しそうな顔をしている。
——こうしてナナはルキに連れられるまま街を出歩いていた。
そこでは出店が並び彼女が経験したことのない世界が広がっている。
やがてナナの表情からは徐々に笑みが広がっていった。
腹ごしらえを終え、先ほどの小高い丘の一本木に登る少年少女。
「……高い場所はちょっと、怖いですわ」
ナナは怖がりつつも、ルキに手を引っ張ってもらいなんとか登りきった。
そして、そこには……。
「……きれい……こんな景色、初めてですわ……」
街は夕陽に染まり、橙色の光がきらきらと広がっていた。
するとルキは、語り始めた。
この木の上から、つまらなそうにしているナナを見つけて、ほっとけずにこの綺麗な景色を見せてあげたいと思ったと。
それを聞いて徐々にルキに惹かれていくナナ。
その瞳は、微かに潤んでいた。
『ルキ……こんな可愛い子を捕まえて、やるじゃない』
二人の青春の時間をご満悦そうに眺めているラキ。
別れ際ナナがまた会いたいと懇願して、ラキは再会の約束を交わし、お互いが帰るべき場所に帰っていく。
——約束の場所を後にし、宿に到着した二人。マルクとルミナと合流した後、疲れたルキはすぐに寝てしまった。
そしてそこには、マルクについていたカガミがいた。
(疲れて寝てしまったようだな……)
『そうなんですよ! 聞いてください! じつは今日——』
(もしかして屋敷に閉じ込められ沈んでいた少女をルキが連れ出し、元気づけたりしたのか?)
先回りをし、言葉を被せる天の声。
「もう! なんで知ってるんですか!?」
(そりゃあなんたって神様だからな)
成長した弟を自慢したかったラキは少し不貞腐れる。
(そう怒るなよ……明日もルキについて回ってもいいからさ)
『やったぁ! 明日もナナちゃんとお出掛けですから楽しみです!』
どうやら無事、ルキも物語の重要人物、ナナに出会うことができたようだな。
今回は結果的にラキがそっちの様子を見てくれたから引き続き、見守っといてもらおう。
そして俺は、はしゃぐラキに釘を刺した。
(言っとくが、変な横槍はするなよ? もう一度言うが憑依なんて絶対ダメだぞ)
『流石の私だってそんな野暮なことはしませんよ〜。ふふふ……』
(覗きは野暮じゃないのかよ……まあ頼んだぞ)
——そして次の日になり、ルキは朝早くからナナとの待ち合わせ場所にかけていく。
それを見て、ルキの後を追いかけるラキ。
「……元気だよね、ほんと」
ルキが街の少女と遊びに行く事なんてつゆ知らず、微笑むルミナ。
「じゃあ、僕は屋敷を訪ねてくるよ」
マルクは昔の友人であるテスカの事情を話し、部屋を後にした。
(……)
部屋には魔導書をめくり、日々勉強に勤しむルミナ。
……と、俺がいた。
今日もマルクはまだ不在であろうテスカの屋敷に、ルキはナナと一緒にデート中、二人について行っても何の展開もないため部屋に残ってしまったが……。
「……」
当然一人だと思っているルミナは、黙々と魔導書のページをめくっている。
しかし、今後のためにもルミナには俺の存在を認めてもらわないと困る。マルクは元々、鈍感設定なのもありすぐに信じてくれたしルキもそのうち何とかなるだろう。
問題は彼女だ……。
喋りかけるたびにパニックになり、辺りを爆炎で無に返されたらマルクたちの命がいくつあっても足りないし……。
どうしたものかなぁ——。
ピタッ!
急にルミナの魔導書をめくる手が止まった。
やばっ! 何か漏れてたのか!?
そんなつもりは全くなかったんだがしくじった——!
「……お母様。……私、どうしたら」
ルミナは、まだ誰にも見せていない表情で呟く。
(……)
なんだ独り言か……。
しかしこんなにもわかりやすく独り言とは、よっぽど思い詰めている状態なのだろう。
それもそのはず、ルミナは過去に帝国に滅ぼされ、行方不明になったアリヴェル王国の姫、“アリシア”本人だからな。
アリヴェル王国の女王アリステラに続き“女神の系譜”を受け継ぐ特別な力を持った一族で、女王アリステラは生きたまま帝国に捕らえられ、今もまだ女神の力を巡って大陸で戦争が起きている。
普通の人には言えない悩みなんていくらでもあるはずだ。
「……マルク」
今度はうつ伏せになり、想い人の名をつぶやく。
……数々の悩みに加え、恋の悩みもか。俺はとんでもない悲劇のヒロインを作っちまったようだ。
ここは神様の出番かもしれないな。
(……ルミナ、聞こえるか?)
「……!?」
俺は意を決してルミナに話しかけるが、ルミナは飛び起き、キョロキョロしていた。
「また……何なの一体?」
ルミナの震えた手には、炎が燃え始める——!
(待て! 聞いてくれ! 俺は“アリシア”を知っている!)
「アリシアって……! なんで……」
ルミナは自分の本当の名を知る天の声に驚きを隠せず、さらに警戒する。
「あなたは誰? 今どこにいるの?」
(以前も言ったが、俺はこの世界のすべてを知る神様だ)
「……神様」
(こないだは、怖がらせる事を言って悪かった。本当に俺は怪しいものではないし、神ならではの色んな秘密を知っている)
「だから……私の名前も?」
(ああ、そうだ。おれはこの世界を作った者だからな。それぐらいのことは知っている……信じてくれ)
「……」
ルミナはしばらく考え、
手元で燃えあがりそうだった炎を一度しまった。
「……わかったわ。ほんの少しだけ……信じてみてもいいわ」
やった! あの爆炎パニックを何度も目の当たりにした俺からしたら信じられん。
ラキの時もそうだったが、人間悩んだら神にでも何でもすがりたくなるんだろうな……。
俺はホッとした——。
(ありがとう、ルミナ。信じてくれるんだな?)
ルミナは座り語り出す。
「……以前お母様が、同じ事を言っていたわ。天から声が聞こえてきて自分を助けてくれたって」
アリステラが? 先代の女神にはそんな能力が備わっていたのか……知らなかった。
それならばその娘のアリシア、もといルミナにもその能力が備わっていると思うのは必然だな。
一時はどうなることかと思ったこの関係だが、なんとかうまくいきそうだ。
(ルミナ、一人で悩んでいただろう? 俺、どうにか元気になってもらおうと思ってさ)
「……優しい神様ね、ありがとう」
(そうだ! とっておきの情報がある……!)
少し微笑んだルミナを、俺はもっと笑わせたかった。
「情報?」
これを聞けばルミナも少しは喧嘩になるだろう。
(ああ、実は女王アリステラは生きているんだ! 帝国に捕まってはいるが、いつかルミナも会えるぞ!)
「……!?」
——これはとっておきの情報だ。
俺にとっては周知の事実だがこの時点でルミナたちはアリステラの生死をわかっておらず死んだのでは?とも思っているはずだ。
今の状況はハッピーとは言えないが、いつかは会うことができる。ネタバレになるが世界の全てを知るであろう俺から聞いたらきっとルミナを元気づけられる事間違いなしだ。
しかし——!
「バカ言わないでよ……! 生きてるはずなんてないでしょ……!」
……え? なんで?
ルミナは激怒し、部屋を飛び出していった。
——うわっ!
ルミナが走り出すと同時に俺は引っ張られる。
なぜか、ルミナを怒らせてしまった。
まさか……俺は、ルミナに何か言ってはいけないことを口にしてしまったのか……?
流れゆく街の景色、ルミナの気持ちがいまいち掴めない神様だった。
この世界は神様の知る世界とは違うのでしょうか?
違和感を拭えないカガミでした……。