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第九十九話 峠へ向けて

「やっぱり危険なのではないか!」


 カロラインさんはそう言って憤慨していたが、兵たちは本当に親身な様子で俺に気をつけるように言って、


「この先には大した町もないし、山並みの向こうは黒い森だ。ここから引き返すべきだぞ。我らが先導してやろうか?」


 そんな申し出をしてくれた。


「そうなんですか? でも、小さな村くらいはありますよね。そこで休んだらすぐに引き返しますから」


 俺は自分で言っていて無理があるなって思ったが、子どもの言うことだからと思ったのか、厳しく突っ込まれることもなかった。


「おい。この子を危険な目に遭わせたら承知しないぞ! 用が済んだらこんな物騒な場所からはすぐに立ち去るのだ」


 さっきヴェロールは危険じゃないと主張した兵士が、カロラインさんに向かって警告して、彼女はさすがに納得し難いって顔だった。


 どの口が言うんだって、そう思っているのだろう。



「アリスさんのおかげで助かりましたね」


 リールさんに笑いながら言われて、俺は不本意だった。


 そもそも彼女がさっさと自分は勇者だって名乗れば、問題は解決したと思うのだ。


「アリスさんの可愛さは無敵ですからね」


 でもそう言って自慢げな笑顔を見せてくれるプレセイラさんの様子に、俺はちょっと気を取り直した。


 けが人が出たりすることもなく、穏便に危険地帯を脱することができたのだから、喜ぶべきことなのだろう。


「この辺りでどうなのだ?」


 町から少し離れ、あまり見通しの効かない街道の脇に馬車が停まり、カロラインさんからそう声が掛かった。


「以前もこの辺りだったわよね」


 ロフィさんは覚えていたようで、周りを見回してそう教えてくれた。


 あまりにマナの流れから離れてしまうと効果はないし、かと言って町のすぐ側で魔法を使いたくはない。


 俺の使う魔法はかなり異質なものなのだ。


 だから反乱を収めるために魔法を使う場所は、自ずと限られてしまう。


「クリィマさんも手伝ってもらえますか?」


 俺が頼むと彼女は渋々といった様子だったが、それでも魔法を使ってくれると言ってくれた。



「モントリフィト様。どうか力をお貸しください……」


 俺は女神に祈りを捧げ、街道の端を塞ぐようにしている岩に意識を集中する。

 そうしてマナの流れを操ると……、


「消えた!」


 カロラインさんが上ずった声で、俺の魔法の効果を口にした。


 マナ流れを引き寄せるほどの枯渇状態を作り出すには、威力が高い魔法が必要で、この『分解消滅』の魔法は最適なのだ。


「あの大岩を一撃ですか。相変わらずすごい魔力ですね」


 クリィマさんはそう言って、俺が消し去った岩の隣にある小ぶりの石を消滅させた。


「クリィマさん?」


 俺は真面目にやって欲しいって気持ちで彼女に訴えたのだが、彼女には俺のその気持ちが伝わっていたらしい。


「決して手を抜いているわけではありませんよ。アリスさんがすご過ぎるだけです」


 彼女はそう言って、肩をすぼめる仕草を見せた。


「そんなことって……」


 俺の反論を軽く頭を振って流し、彼女はさらに言葉を継いだ。


「そんなことがあるのです。アリスさんはもう、魔法の力では私をはっきりと凌駕しています。あなたの力は怖しいばかりのものですよ」


 クリィマさんの言葉に、プレセイラさんが責めるように口を開く。


「あなたがアリスさんばかりに魔法を使わせるから。だからこんなことになってしまったのではありませんか? あなたは自分が魔人になりたくないばかりに!」


 そこまで言って、彼女はしまったといった様子で俺を見遣った。


 彼女はこのままだと俺が魔人になってしまうのではないかと恐れているのだろう。


「違いますね。魔法の力は生まれ持った才能によるものです。それこそあなたの言う、神の与えたもうた適性の力です」


 そう答えた後、彼女は続けて、


「それに魔人になりたくないなんて、そんなことも思っていませんよ。それは私もアリスさんも同じでしょう」


 そんな言葉をプレセイラさんに投げつけた。



「えっ? いったいどういうことだ?」


 そう尋ねたのはクリィマさんと話していたプレセイラさんではなく、カロラインさんだった。


 彼女はクリィマさんの発言が本当に理解できなかったのだろう。

 いや、何かの聞き間違いではないかと思ったに違いない。


「えーと。もう一度、同じ魔法を使いますね!」


 俺は心の準備ができていなかったし、さすがにここでそれはないと思って、何とか誤魔化そうと明るい声でそう言ってみた。


 そして続けて『分解消滅』の魔法を行使する。


 ゴバーン!!


「キャア!」、「うおっ!」


 俺が放った魔法は、きちんと女神に祈らなかったからか、それともやはり俺の心が動揺していたからか、とんでもない威力を発揮した。


 街道の脇に巨大なクレーターを創り出し、そこに周囲の岩や木々が落ち込んで、辺りに轟音が響いた。


「まずいの!」


 俺はこわごわと振り向いたのだが、声を失くした皆の中でミーモさんがそう言って町に注意を向けていた。


「さすがに今の音は、ヴェロールの町の人たちに気づかれたと思うの」


 俺も自分のやらかしたことながら、ミーモさんの意見に全面的に賛成だ。


 あれ程の音が周囲に響き、町の人が誰も気づかなかったとは思えない。


「さっさと逃げるわよ!」


 ロフィさんがそう言って、まずは自分から馬車に飛び乗る。


「アリスさん。早く!」


 続いてプレセイラさんもそう言って右手を伸ばし、俺を馬車に引き上げてくれた。


「行くぞ!」


 大慌てでカロラインさんが馭者席に着いて、馬車を素早く走らせた。


「ここまでやれば、問題解決でしょう」


 馬車の中ではクリィマさんは、そんなお気楽なことを口にしていた。


 でも、確かに彼女の言うとおり、あれだけ大きな魔法を使えば、周辺のマナは確実に枯渇し、その穴を埋めようと周囲からあの場所へ向かうマナの流れができる。


 それは北へ向かう別のマナの流れと相まって、ヴェロールの町にあのイリアの遺した光る石の粉が流れ込むことを防ぐはずだ。


「とりあえず『黒い森』の中に逃げ込んで、ほとぼりが冷めるのを待ちましょう」


 クリィマさんの言い種は、それじゃあ犯罪者みたいじゃないかと思ったが、町は間もなく安定を取り戻すはずだから、それ程長い時間、逃げ隠れて過ごす必要はなさそうだ。


「でも、もしあの深い穴が復活しているのなら、魔物も復活しているんじゃないですか?」


 随分と簡単に『黒い森』に行けばいいみたいなことを言うなって俺は思ってそう指摘した。

 実際にすぐ、俺の意見が正しかったことが証明されたのだが。



「この先はさすがに馬車では無理だな」


 馬車が停まり、俺たちが降りるとカロラインさんが街道の跡を指して言った。

 峠の道を馬車で行けるところまで行こうということになったものの、道はすぐにとても馬車では通れないものになっていた。


「馬車を守る人数も必要だな。どうする?」


 今回は『黒い森』を再び探索するのだが、彼女の言うとおり、馬車を置き去りにして皆で森に入るわけにもいかない。


「探索隊と馬車での待機部隊との二手に分けるのなら、リールには森へ行ってもらった方がいいでしょうね。私はここに残りましょう」


「では、私も勇者様とともに……」


 プレセイラさんがそう言ったのは、クリィマさんと一緒にいたくないからだろう。


 クリィマさんと彼女の冷戦状態はまだ続いていた。


「そうなると俺もですね」


 俺は基本、プレセイラさんの付属品だから、彼女の行く方へついていくのが普通なのだ。


「騎士は勇者殿と行きたいのであろう? ならば私は残ろうかの」


 ミーモさんはそう言ってカロラインさんに俺たちとの同行を勧めた。

 もしかして自分が馬車で休んでいたいだけかもって、思えなくもない。


「ああ。悪いな。勇者様の横で剣を振るえるなど、そうある機会ではないからな」


 カロラインさんはそう言って、俺たちと共に来るようだ。


「待って! 私も行ったほうがいいわよね?」


 ロフィさんの言うとおり、彼女は以前、黒い森に来た時に魔物の接近を教えてくれた。


 そう言えばプレセイラさんは、あの深い穴の気配を感じていたから、彼女も一緒に行ってもらった方が良いのだろう。


「馬車の守りは二人もいれば十分です。気をつけて行って来てください」


 クリィマさんが気楽な様子でそう言ってきたが、その時、側を何か光る物が浮遊して行くのに俺たちは気がついた。


「ねえ。これって?」


 ロフィさんはそういいながら、既に顔色が優れない。


「この後、ここに大量に押し寄せるのではないかの?」


 ミーモさんも不安げだ。


「マナの流れから離れた方が良いんじゃない? この峠は通り道になっているみたいだし」


 ロフィさんはモルティ湖のある南から北へ向かうマナの流れを指摘した。


「離れろと言われても……」


 クリィマさんは困ったって表情だったが、


「では、私とクリィマ殿は、馬を連れて尾根の方へ難を避けようかの。ここまで来る者などおらぬであろうし、馬車は置いて行っても問題なかろうからの」


 ミーモさんは何てことないって様子でそう言った。


「馬車の中で休めると思っておったのに、残念じゃの」


 そう付け加えてもいたが。


「荷物は念の為、私の袋に入れておきますから、盗まれることはありませんよ」


 クリィマさんがそう言うと、皆の間に微妙な空気が流れた。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
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