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第九十五話 クリィマの捕縛

「クリィマさん、遅いですね」


 俺は結局、リールさんの部屋に来て、彼女とそんな話をしていた。


 時々クリィマさんの部屋を覗いて彼女が戻って来ていないか確認していたのだが、一向に帰って来た様子はない。


 そうこうしているうちに夕闇が迫ってきた。


「クリィマは遅いな。このままでは夜になってしまう」


 さすがにリールさんも心配になってきたようだった。


 この世界の人は基本、夜は出歩かない。

 モントリフィト神が夜は静かに眠るものだと決めたと信じられているからだ。


 遂には完全に日が暮れてしまい、俺たちがどうしたものかと考えていると、部屋の扉が激しくノックされた。


「クリィマさん?」


 俺はやっと帰ってきたかと思って扉に向かったのだが、


「ドアを開けろ!」


 扉の外から聞こえる乱暴な声は、明らかにクリィマさんとは違うものだった。



「いったいどういうことでしょう?」


 リールさんがわずかに扉を開け、俺も彼女の後ろに隠れて扉の隙間から廊下を覗くと、そこにいたのは数人の兵士だった。


「警備隊の者だ。怪しい者を捕らえたところ、その者がこちらに仲間がいると白状したのだ。私たちと一緒に来てもらおうか!」


 兵士の一人が有無を言わさずといった様子で俺たちに同道を求めてきた。


「この人は勇者のリールさんです。それでも連れて行くのですか?」


 俺が大きな声で尋ねると、兵士たちはさすがに驚いたようだった。

 いや、俺は隠れていたから相手は一人だと思っていたのかもしれない。


 それでも、そのうちの一人は、


「嘘をつくな! 勇者様がこのようなところにいらっしゃるはずがない。あのお方はフェルティリス大陸にいらっしゃるはずだ!」


 そう言ったが、別の兵士は少し考えて、


「待てよ。もしややはりあの者は魔人で、勇者様がそれを滅ぼしにお出でになったのなら……」


 そんなことを言い出した。


「あなたたちが捕らえたのは、クリィマという者ではないですか?」


 リールさんが尋ねると、先ほどリールさんを勇者ではないと決めつけた兵士が、得心がいったというように、


「やはりそうか。お前たちはあの者の仲間なのだな。おとなしくしろ!」


 そんなことを言ってきた。

 どうもクリィマさんは、この町の警備隊に捕らえられてしまったようだった。


「はい。クリィマは私の仲間です。そしてあの人は怪しくなどありません。勇者である私が保証します」


 リールさんがそう伝えても、兵士たちは容易に納得しないようだった。


「あの者の全身黒い服と特徴的な帽子は、古の魔人の姿そのものではないか。私たちは騙されぬぞ」


 俺は彼女のあの格好を初めて見たとき、魔女みたいだなって思ったのだが、この世界ではあの格好は昔いた魔人のものらしかった。


「確かにそうです。ですがあの人は魔人ではありません。ですから下手をするとあなたたちが魔人になってしまいますよ」


 リールさんが珍しく、脅すようなことを口にした。

 兵士たちの扱いが、さすがに不愉快なのだろう。


「そのようなことがあるか!」


 兵士の一人が言い返したが、それは本当のことなのだ。

 クリィマさんは魔人じゃないから、彼女を殺したらその人は魔人になってしまう。


「いいでしょう。とにかく一度クリィマに会わせてください。今はあなたたちの詰め所にでもいるのでしょう? そこまで同行させてもらいます」


 リールさんはクリィマさんを解放してもらうため、兵士たちの要求に応じるようだ。

 こうなると俺に選択肢はなかった。


「俺も一緒に行きます」


 リールさんが扉を開けて、廊下へ出るのに合わせて、俺も彼女の背後から廊下へと進んだ。


「なっ! これは……」


 兵士たちは声がしたことでもう一人誰かがいることは察知していたようだったが、まさか子どもとは思っていなかったようだ。

 俺が姿を見せると一様に驚きを口にしていた。


「なんと美しいのだ……末恐ろしいな」


 俺はリールさんだって十分に綺麗な人だって思うのだが、この手の称賛はやはり俺に向けられたものだろう。


「お名前は?」


 これまで厳しい言葉を浴びせてきていた兵士も、急に昼に街中であった人たちと変わらない様子になった。


「アリスです。そしてこの方は本当に勇者のリールさんなのです」


 俺がそう主張すると、兵士たちは顔を見合わせていた。

 いや、そんなに俺の信頼度って高いのだろうか?


「モントリフィト様に誓えるか? 嘘ではないと」


 つい先ほどまで、勇者がこんなところにいるはずがないって言っていた兵士でさえ、俺にそう尋ねてきたのは、本当に想定外だった。

 俺があの女神に誓えば、何でも信じてくれるなんてありなのか?


「もちろん誓えます。嘘じゃありませんから」


 これは自信を持って断言できる。

 あの女神に誓うなんて不本意ではあるが。


「隊長。どうやらこの方は勇者様です」


 すると、つい先ほどまでリールさんを偽者呼ばわりしていた兵士が突然、態度を豹変させた。


 俺は何なんだそれはって思ったが、どうやら俺の言葉を信じてくれたらしい。


「うむ。このように美しい子どもが嘘をつくはずもないからな。勇者様。失礼しました」


 容姿の美しさと誠実さって、何の関係もないと思うのだが、この世界では、美しい人は嘘をつかないって思われているようだ。


 それより子どもはってことなのかもしれないが、それも俺の感覚とは食い違いがある。


 中には平気で嘘をつく子どももいるからな。


「いえ。私はいいのですが、それよりクリィマは捕らえられているのですね?」


 魔法の使えるクリィマさんをどうやって捕まえたんだろうって思う。

 彼女も俺みたいに不可知の魔法を使ってリールさんに気づかれるのを避けたのだろうか?


「町の中で倒れていたのです。怪しすぎる風体(ふうてい)に町で騒ぎになり、我々が保護することになったのです」


 さっきは怪しい者を捕らえたって言っていたのに、今は保護したって言い方に変わったのは、クリィマさんが勇者であるリールさんの仲間だって分かったからだろう。


「着ていた服と帽子を聞いたかぎり、私の仲間のクリィマで間違いないようです。これから一緒に引き取りに行きますからあの人を解放してください」


 リールさんがそう要請すると、隊長と呼ばれていた兵士が慌てた様子で頷いた。



「酷い目に遭いました。リールと、それにアリスさんもありがとうございました」


 俺とリールさんは警備隊の詰め所へ赴き、クリィマさんを引き取った。


 兵たちは謝ってきたが、士官らしき人物が姿を見せて、


「そのような怪しい姿で町を歩かれては迷惑です。勇者様のお仲間とのことですが、その姿を覚えている者もこの辺りには多いのですから」


 厳しい声で彼女は俺たちにそんな苦情を寄せてきた。


「申し訳ありません。以後、気をつけます」


 クリィマさんは何か言いたそうだったが、リールさんはさっさと謝ると彼女の腕を引き、詰め所から立ち去った。


「あなたの格好を見た時、もっと注意すべきでしたね。まさかこのニヴィウ大陸までその服を着て来るとは思っていませんでしたが」


 リールさんはクリィマさんの黒い服に目を走らせると、少し冷たく聞こえる口調でそう告げた。


「もう、その帽子はやめてください。それは目立ちますから」


 リールさんに指摘され、クリィマさんは慌てて尖り帽子を頭から外した。


 初めて見た時、俺が感じたとおり、あの帽子はやっぱり目立つようだ。


「クリィマさんのその格好って、やっぱり魔人のものなのですか?」


 この世界では女性って概念がそもそもないから、当然「魔女」って発想もない。

 だから魔人の衣装ってことになるのだろう。


「ええ。魔人ルシア。この大陸東部にあるソムニ湿地で滅ぼされた魔人です。いえ。私があの人を滅ぼしたのです」


 そう答えてくれたリールさんの声は暗く沈み、表情も辛そうなものだった。


 そんな魔人の姿を真似するなんて、クリィマさんはちょっと趣味が良くないと思う。


「ほかの大陸では問題なかったのに。さすがにここでは見咎められましたか。でも、私が捕らわれたのには別の理由があるのです」


 クリィマさんはあまり悪びれることもなく、俺たちに答えた。

 おそらくそれは彼女が町の中で倒れていたってことだろう。


「どうして倒れていたのですか? 何があったのです?」


 リールさんもやはりそう思ったようで、クリィマさんに理由を尋ねていた。


 問われたクリィマさんは首を傾げると、


「私にも分からないのです。普通に通りを歩いていたのですが、首筋に痛みを感じたと思ったら、急に耐え難い眠気に襲われて……」


 そう言って右手で首の右側に触れていた。


「見せてもらえますか?」


 リールさんが彼女に近寄り、首の右側に目を凝らした。


「この辺りだった気がするのですが……」


 クリィマさんが触った辺りをじっと見ていたリールさんは、


「小さな傷が残っています。何かが刺さったような跡ですね。そして、急に眠くなったと言うことは……」


 俺はリールさんの言葉から、麻酔銃でも使われたのかと想像したが、そんなものはこの世界にはないはずだ。


 だが、そう考えてすぐに思い当たることがあった。この世界にも似たものがあったことに。


「まさか聖スィナリウスの薬? 人に意識を失わせる」


 俺がそう口にすると、リールさんとクリィマさんの二人ともが驚いた顔を見せた。


「確かにそうですね。あんな往来の真ん中で、いくら私でもそうでもなければ眠り込んだりはしません。聖スィナリウスの薬が使われたのだと言うのなら、理解できます」


 クリィマさんも俺の考えを肯定してくれたが、リールさんはそれを聞いて考え込んでいた。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
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