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第九話 王都の大聖堂で

「神に感謝と奉仕を。プレセイラ。久しぶりですね」


 王都の大聖堂を司る大主教も当然、見目麗しい女性だった。


「神に感謝と奉仕を。キュミ様。ご無沙汰しておりました」


 プレセイラさんと挨拶を交わした大主教は、俺にはニ十歳くらいにしか見えないが、この世界の人の姿と年齢が一致しないことはプレセイラさんから教わったことから容易に推察できる。


 何しろ大人になると姿形が変化せず、そのまま不慮の死を遂げるまで生き続けるのがこの世界の人たちだ。


 年齢を聞くことはマナー違反になっているらしく、その辺は元の世界の女性に近いなと思ったが、実際には年齢なんて聞いても意味がないからのようだ。


 ちなみにマナー違反ってことを知ったのは、プレセイラさんに年齢を聞いたからだ。

 子どものこととて彼女は嫌な顔をせずに教えてくれた。三百歳くらいだと。


「さ、三百歳?」


 大きな声を出した俺に、彼女はちょっと眉を動かし、


「人に不躾に年齢を聞くことは、あまり好ましいこととは思われていませんからね。記憶を失っているのですから仕方ありませんが、これからは気をつけてください」


 そう注意されてしまったのだ。

 長いこと付きあっていれば大体分かるし、皆が日々、神に与えられた責務を粛々とこなして過ごすこの世界には、あまり変化はなさそうだ。


 だから三百年前も今も同じような日々が続いているってことなのかもしれない。



「するとその子の身には、あらゆる魔法に対する適性が備わっていると言うのですね」


 大主教の執務室で、磨き上げられたピカピカの天板が載った大きなテーブルを囲み、プレセイラさんと俺は部屋の主である大主教と語り合っていた。


「はい。私も信じられませんでしたが、間違いなく。大司祭もそうおっしゃっていましたから」


「ポリィが言うのなら、間違いないのでしょうね」


 大主教は頷いて、どうやら彼女とポリィ大司祭もお互いを知っているようだった。

 まあ、神殿のあるオルデンの町から王都まではそれほど離れてはいないし、往来もそれなりにあるのだろう。


 でも、やはり最大の理由は彼女たちが長年、その地位にあるからかもしれなかった。



「それですべての魔法に対する適性と言うことは……」


 そう言い掛けてキュミ大主教は声をひそめた。


 だが、プレセイラさんは俺の方を見て、敢えて俺に聞かせるように、


「そうです。人とは異なる、魔法についてすべての人を上回る適性がこの子にはあります。つまりは魔人となる資質を持っているということです」


 大きな声でそう告げて、大主教を慌てさせた。


「プレセイラ! そのようなこと、口にすべきことではありませんよ!」


 大主教は俺の方を見て、狼狽えるような様子を見せる。

 だが、プレセイラさんは動じることなく、俺がそのことを、魔人となる可能性があることを知っているのだと彼女に告げた。


「なんと! 大胆ですね。あなたはそんな運命を知って、それに耐えられるのですか?」


 耐えられるも何も、俺は魔人となって勇者に滅ぼされ、元の世界へ帰還することが願いなのだ。


「はい。神がそれをお望みならば、耐えて見せます」


 あの女神がそれを望んでいることは確実だろう。

 そうして俺が滅ぼされることで、全きこの世界と自らの無謬性を守る。それが奴の望みだからだ。


 でも、こんなに美しい人たちが平和に暮らす世界を乱すなんて、それに耐えられるのだろうかって気はしてきてもいた。


「殊勝ですね。きっとモントリフィト様もお力をお貸しくださることでしょう」


 キュミ大主教は厳しさの中にも優しさを感じさせる声で、俺をそう励ましてくれた。



「それで、ポリィがあなたを遣わしたのは、やはり宮廷に知らせるためですか?」


 大主教の問い掛けにプレセイラさんは頷いた。


「はい。私はそこまでする必要はないと、彼女が倒れていた神殿で過ごすことで、魔人となることなく生きて行くことができるのではと考えていましたし、今もそう思っています。ですが、大司祭様は王国にも知らせるべきだと、そうおっしゃったのです。勇者を擁するのは王国なのだからと」


「まさかこのように幼い子を勇者に討たせようと言うのではないでしょうね。そのような行いは魔人がすることと変わりませんよ」


 俺が驚いて見上げると、プレセイラさんは「いいえ。違います」と明確に否定して、俺に優しい視線を送ってくれた。


 やっぱり俺が思ったとおり「災いを未然に防げ」とばかりに、王宮に差し出されるって可能性もあったようだ。


「この子は魔人とは程遠い存在ですし、将来どうなるのかはモントリフィト様しかご存知ありません。ですから王宮やできれば勇者とも協力して、魔人となるようなことがないように導きたいのです。善導すればきっと素晴らしい大人になるはずです。先日も重い小麦粉の袋をいくつも魔法で運んでくれましたし」


「なんと! その歳でですか?」


 プレセイラさんの最後の言葉は、大主教に却って怖れを抱かせたようだった。

 やはり俺が使った魔法は、年齢に見合わない非常識なものだったらしい。


 だが、キュミ大主教は俺を見て、心を落ち着けていた。


「善導ですか。確かにこんな可愛らしい子を何とかしてあげたいと私も思います。改心したとされる例もありますから、試してみる価値はあるでしょう。王宮の判断によりますが、勇者に引き合わせることができれば、あの方にも良い影響があるかもしれませんし」


 彼女の判断も当初の計画どおり、俺の存在を王宮へ知らせることに傾いていた。


「それと王宮には内々に、この子の親を探すこともお願いしましょう。親のいない子どもがいるなどと知られたら大きな騒ぎになりますから」


 大主教はそうも言って、いるはずのない俺の親を探すことになりそうだ。

 ここで「親はいません」なんて言っても良いことなんてありそうもないから、申し訳ないなと思いつつ、俺は黙っていた。


 親のいない子がいると知られると、あの宿で起こったような事態が規模をさらに拡大して起こると大主教も考えているのだろう。


「王宮への取次ぎは私がいたします。今後の方針が決まるまで少し時間が掛かるでしょうから、あなたたちは王都見物でもしてゆっくりとお過ごしなさい」


 大主教は俺たちにそう言ってくれた。

 プレセイラさんは慌てて、


「そのような。私はここで神にご奉仕をさせていただきたいのですが……」


 そう申し出ていたが、大主教は頭を振った。


「あなたはそれで良いかもしれませんが、アリスさんは王都は初めてではないのですか? 初めてではないにしても記憶を失っているのだと教えてくれたのはあなたではないですか。ならば王都を見て歩くことも大切なことです。それはモントリフィト様の偉大さを知ることにもなるのですから」


 俺はもう女神の偉大さは十分に分かっていた。

 こんな世界を創り上げるなんて、それは偉大な神様なんだろう。


 でも、奴のミスで苦労することになったのだから、尊敬なんてできないけどな。


「分かりました。王宮へ伺うことになるのなら、その準備も必要ですし、お言葉に甘えさせていただきます。アリスさん。王都をゆっくり見て回りましょうね」


 いつもの優しい声でプレセイラさんに誘われ、俺はこの世界へ来て初めてゆっくりできそうだと思っていた。



「とりあえずこれから仕立て屋へ行って、王宮へ伺っても恥ずかしくない衣服を整えましょう」


 当面は大聖堂に付属する建物の一つで寝起きすることになり、俺がベッドに座ってその固さを嘆いていると、プレセイラさんが迎えに来てくれた。


「ありがとうございます。何から何まで申し訳ないです」


 俺はお礼を言って、謝ることしかできない。

 王宮へ行くのならそれなりの格好をしないとまずいのだろう。


 でも俺は無一文だから、彼女に頼るしかない。


「大丈夫ですよ。必要なことですから。とは言っても、神殿の物はすべて、元は敬虔な信者の方からいただいた浄財ですから派手なことはできませんが」


 俺が身につけているのは、下着を別にすれば倒れていた時に着ていた衣類だけだ。


 麻のような素材の長袖のシャツに、膝のあたりが少し膨らんだパンツ。靴下もはいておらず、サンダルのような布製の靴は雨が降らなくて良かったと思えるものだ。


 子どもらしく動きやすい服装と言えなくはないが、プレセイラさんが言ったように「簡素な」って言葉が似合うものだ。

 とてもこの格好で王宮を訪れて良いとは思えない。


「子ども用の衣類は需要が少ないので、手に入れにくいのです。後回しになってしまってごめんなさいね」


 俺が自分の服装を気にしていることに気がついたのか、逆にプレセイラさんが謝ってくれる。


「いいえ。とても良くしていただいているのは分かっています。だから申し訳なくて」


 お互いに謝りあって、俺とプレセイラさんは顔を見合わせた。


「ふふっ。本当に気にしなくていいのですよ。私はアリスさんのお世話をするのが嬉しいですから」


 俺の方も何だかおかしくなって、笑ってしまった。


「そう。可愛らしい笑顔は皆を幸せにするのです。アリスさんは何も心配せずに、いつも笑っていてくださいね」


 彼女はそんな風に言ってくれて、その言葉どおりとても幸せそうな笑みを見せてくれる。


 その笑顔を見て、俺は不覚にもこの世界に来て良かったなと思ってしまった。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
よろしくお願します。
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