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第八十九話 ニヴィウ大陸

「リールさんがステリリット大陸に留まっている可能性はないでしょうか?」


「今さらそんなことを言っても仕方ないの。勇者殿がステリリット大陸で目指す場所に、どこがあると言うのかの? マルディ山なら行ったばかりなの」


 自分の意見が採用されて一気にニヴィウ大陸までやって来たものの、いざ到着してみると、俺は弱気になっていた。


「あちらに見えてきたのがニヴィウ大陸最西端の町、ジョスタンです」


 モリー艦長がそう言って指さす先に、島影のような陸地が見え、さらに近づくと、俺にも町があることが分かった。


 艦長は俺たちの願いを聞いて、十分過ぎるほどの対応をしてくれた。

 ステリリット大陸の南岸を抜け、ニヴィウ大陸まで俺たちを運んでくれたのだ。


「総司令からも皆さまに最大限の便宜を図るよう、命じられておりますので」


 彼女はそう言ってくれたが、今回は王命とは言えないのに破格の扱いと言っていいだろう。

 だからこそ俺は失敗は許されないなって気持ちにもなっていた。



 だが、いきなりニヴィウ大陸を訪れたメデニーガ号はジョスタンの港に接岸することができず、俺たちは上陸用のボートに乗って、桟橋へ向かうことになった。


「申し訳ありませんが私はここで失礼いたします。幸運をお祈りしております」


 俺たちはこの先、リールさんを探すつもりだ。

 さすがにいつ終わるか分からぬ探索行を、沖に停泊して待っていることまではできないようだった。


「まさかこのようなことをするはめになるとは思わなんだの」


 オールを漕ぎながら、ミーモさんがこぼしていた。


「それは私も同じですよ。まさかここまで来てボートを漕ぐとは……」


 クリィマさんもそう口にする。

 彼女の場合は、元の世界でボートに乗った時のことを思い出しているのかもしれなかった。


「ちょっと。揺らさないでよね!」


 ロフィさんが青い顔をして注意したが、小さなボートなのだから、それは難しいだろう。

 オールを扱っている二人はボートに慣れていないのだし。


 それでも徐々に慣れてきた二人によって、ボートは着実に岸に近づいて行った。

 浮遊の魔法でも使えば楽なのかもしれないが、初めて訪れる町で、いきなり魔法を見せつけるようなことはすべきではないだろう。



「いきなりあんな大きな船が現れて驚いたよ。最近はまず、こんなことはないからね」


 上陸した俺たちは、待ち構えていた兵たちに囲まれたが、彼女たちの口調はのんびりしたものだった。

 俺は不法入国の罪で拘束されるのではないかと、かなりびくびくしていたが、そんなことはなさそうだった。


「それにこんなに可愛らしい子だなんて。海の底にある別の世界からやって来たのかね?」


 なぜか兵たちは俺を囲み、ほかの皆には見向きもしない。


 でも、俺もこの世界での生活がかなり長くなってきたから、こんな場合の対応方法は分かるようになったのだ。


「はじめまして。アリスと言います」


「かわいい〜!!」


 俺がにっこりと笑って、少し頭を傾けてあいさつをすると、兵たちが一斉にそう口にして、空気が和んだ。



「ヴェーラの町への連絡船なら、つい三日前に出発したところだよ。次は十日以上後になるね」


 集まった兵たちはこの港の警備担当者で、俺たちにそう教えてくれた。

 ニヴィウ大陸とステリリット大陸間の交通は、ステリリット大陸とフェルティリス大陸の間のそれとは比較にならないようだった。


 普段は一隻の連絡船が運航しているだけから、ほとんど警備の仕事なんてないのだと彼女たちは嘆いていた。


「昔はそんなことはなかったんだけどね。これも勇者様がこの大陸にいらっしゃらないからだって言うね」


 隊長らしき兵の一人が勇者のことを口にしたので、クリィマさんはその流れでリールさんのことを尋ねていた。


「連絡船に勇者様が乗っていませんでしたか? こちらに向かったらしいのですが」


 本当はこの大陸に向かったかどうかは分からないのだが、俺たちの中では、その可能性が高いって結論になったのだ。


「いや。連絡船に勇者様が乗っていたとしたら大問題だよ。この大陸に魔人が現れたってことだろう?」


 俺は勇者の住む場所は自由なのかなって思っていた。


 リールさんは故郷のジョイアの町はおろか、ラブリースの町にさえ住んでいない。


 それは勇者が特別だからなのかなって思っていたのだが、やはり勇者がやって来るイコール魔人の出現と考える方が普通らしい。


「勇者様は背の低い、茶色の髪を短く切り揃えた方なのですが。そんな方は降りて来ませんでしたか?」


 クリィマさんが改めて確認してくれる。確かにリールさんはそんな容姿だ。

 おそらく初めてその姿を目にして、彼女が勇者だって思う人はいないだろう。


「ああ。その人なら見たよって……あれが勇者様なのかい?」


 やはりリールさんはこの大陸へ渡って来たようだった。

 そして答えてくれた者をはじめ、兵たちの間に動揺が走っていた。


「そう言えば緑色の瞳が神秘的で、ちょっと見ない雰囲気の人だったね。それにしても、あの人が勇者様とは……」


 驚く兵たちに、プレセイラさんが声を掛ける。


「勇者様はお忍びでこの大陸にやって来たのです。決してこの大陸に魔人が現れたわけではありません」


 彼女の対応は適切だろう。

 このままだと魔人が現れたのではって、パニックが起こる危険性さえあるかもしれないのだ。


「当たりね」


 一方でロフィさんは気楽な感じでそう言って、笑みさえ見せていた。

 彼女は不得手な船旅を強いられたのだから、これで空振りだったら堪らないって思っていたのだろう。



 兵たちから勇者に関する情報を得た俺たちは、ジョスタンの町で馬車を出してもらい、街道を急いでいた。


「この大陸で千年ちょっと前に魔人が滅ぼされていると聞いたのですが、それはどこの町ですか?」


 俺はこの大陸でリールさんが訪れそうな場所は、以前リールさんから聞いた、彼女が記念式典に出た町ではないかと思っていた。

 だから、その町のことを兵士たちに尋ねたのだ。


 イリアが魔人となってリールさんに滅ぼされたのは約五十年前。その時にリールさんはここニヴィウ大陸の町を訪れていたと言っていた。

 魔人が滅んで千年の記念式典が開かれ、それに勇者である彼女は呼ばれたのだと。


「千年前ねえ。ひょっとしてエピニアの町かな?」


 隊長が少し考えて答えてくれると、周りから賛同の声が上がった。


「私もそうだと思います。五十年ほど前にお祝いをしたって、聞いた記憶がありますから」


 配下の兵もそう言ってくれて、これはもう間違いなさそうだ。

 俺は隊長にお礼を言って、そのエピニアの町へ行ってみたいことを伝え、馬車のチャーターをお願いしたのだ。



「結構な出費ですが、仕方ないですね」


 馭者付きの馬車のチャーター費用は、そう言ったクリィマさんが出してくれていた。


 彼女はオーヴェン王国の宰相だったのだから、それなりに資産があるのだろうって気がして、何となく彼女が負担する流れになっていた。


 実際にそのくらいの負担に耐えられるくらいの金貨を持参して来ているようで、その「結構な出費」を賄ってくれている。

 彼女の場合、魔法の袋があることが大きいのかもしれなかったが。



「ここがニヴィウ大陸か。寂しい場所よの」


 ミーモさんもこの大陸まで来たのは初めてらしい。

 街道を馬車で行きながら、そんな感想を口にしていた。


 この世界では最も西にあるフェルティリス大陸が経済的にも文化的にも発展していて、東へ行くほど貧しくなるようだ。


(元の世界なら移民問題が起きそうだな)


 俺はそう思ったが、この世界では住む場所も神に定められているのだ。

 勝手な移住など認められるはずもない。


「昔はそうでもなかったらしいですがね」


 クリィマさんがそう言うと、プレセイラさんも頷いた。


「それは勇者様がフェルティリス大陸にいらっしゃるからだとも言われています。勇者様のいらっしゃる場所は神に愛され、平和と繁栄を謳歌するのです」


 彼女はそう教えてくれる。


「過去には勇者様がこのニヴィウ大陸にいらっしゃったこともあって、その時はこの大陸はもっと賑やかで、活気に溢れた場所だったようですよ」


 もしそれが本当なら、リールさんが移住の決意を持ってこの大陸にやって来たとすれば、それは王都タゴラスのあるフェルティリス大陸に暮らす人々にとって、大問題なのかもしれなかった。


「とにかく注意して進みましょう。リールさんが徒歩だったら、追い抜いてしまうかもしれませんし」


 彼女が馬車を調達したって情報は、ジョスタンの町では得ていない。

 どうもリールさんは徒歩で進んでいるって気がしていた。


 やっぱり彼女が姿を見せたとなると、ハレーションが起こる可能性があるから、あまり大っぴらに馬車を借りてエピニアの町を訪れようって気にはならないんじゃないかと思う。



「あれは……。リールさんじゃない?」


 街道が林を抜けて草原に入ったところで、ロフィさんが先を見て、そんなことを言い出した。


「どれかの?」


 ミーモさんも立ち上がり、馬車の窓から先を眺める。


 俺も見てみたかったが、彼女みたいに立ち上がったらプレセイラさんに止められるだろうなって思って諦めたのだ。


「ほら。あそこ。あの林に入るところ。あっ。もう消えちゃったわ」


 どうやら馬車の先を行く人がいて、その人がリールさんに似ているらしい。


「この先は一本道だし、すぐに追いつくの。慌てる必要はないの」


 ミーモさんの言ったとおり、馬車が進み、木々がまばらに生える林に入ると、先を行く人影が目に入った。


 茶色の髪は確かにリールさんのようだった。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
よろしくお願します。
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