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第八十二話 混乱収拾

 ヴェロールに戻ると、町はすっかり平穏を取り戻していた。

 俺たちはとりあえず、再び宿に落ち着いた。


「アリス殿の活躍が知られないのは残念なの」


 宿の部屋で、ミーモさんはそんなことを言ってくれたが、領主のラーナさんから、感謝の言葉なんて贈られた日には困ってしまう。

 俺は今回の騒動の原因の一端が、自分の魔法の訓練だって思っているし、それは間違いないだろう。


 だからミーモさんが領主に俺の活躍を知らせたりする前に、今回の件が俺のせいで起きたって、きちんと話すことにした。


「いえ。町にあの光る石の粉を引き込むマナの流れができたのは、たぶん俺が魔法の練習をあの町の宿でしたからですから」


 俺がそう告げると、二人とも驚いていた。


「アリス殿のせいであったのかの?」


 ロフィさんは言葉を失っていたし、ミーモさんはそう言って、俺が彼女から雑巾をもらったことを思い出したようだった。


「そうか。あの布に『分解消滅』の魔法を使ったのだな」


「そうです。たぶんそのせいだと思います」


 それでも、そもそもあの『黒い森』の深い穴は閉じたはずなのに、またモルティ湖から峠を越えて森へ向かうマナの流れができていた理由は分からないのだが。


 俺が町で魔法を使ったのも、もうそんなことは起こらないだろうって、安心していたからってこともある。

 そこまで深く考えていたかと問われると自信はないが。


「そうなると、あの穴以外にも同じようなものがあったのかの?」


 ミーモさんは(あご)に手をやって考えているようだった。


 確かにそれは盲点だった。

 あの穴はあまりに深そうだったから、こんな穴が複数あるなんて考えもしなかったが、別に一つしかないって誰かから聞いたわけでもない。


「でも、あの穴以外に邪悪な気配がするなんてプレセイラさんは言っていませんでしたし、あの穴を閉じてからは、マナの流れは止まっていた気がするんですが」


 俺がそう言ってロフィさんの顔を見ると、彼女は記憶をたどっているようだった。


「私もそう思うけれど、でも絶対かって言われると自信がないわね。あんな穴があること自体、そもそも考えてもいなかったし」


 要は覚えていないってことなのだろうが、俺だって同じなのだから人のことは言えない。

 でも、モルティ湖の畔へ行った時も、そんな流れは感じなかったと思うのだが。


「それより、こうなると王都へ戻った二人は、まずいことにならないかしら? 勇者だって立場がないと思わない?」


 エルフのロフィさんに言われて、人間である俺たちの方が先に気づけよって言われたような気がした。


 でも、彼女の顔は純粋に心配そうだったので、そんな嫌味ではなさそうだった。

 ともに旅をする期間もかなり長くなったから、俺たちのことも気に掛けてくれるようになっているのだろう。


「言われてみればそのとおりじゃの。あの騎士が『魔人イリアが復活していないことを確認いたしました』なんて意気揚々と報告したすぐ後に、この町から反乱が起きたと言う報告が届くのじゃ。いや、早馬を使ったなら順番が逆になるかもしれんの。そうなったらとんだ笑い話じゃの」


 そう言いながらもミーモさんは深刻そうな顔つきだった。笑い話で済めばいいが、そうならない可能性だってあるだろう。


「魔人が復活していないことを確認したことは間違いないのだから、そっちは問題ないかもしれない。でも、そもそもの命令を考えたら、そうは言えないわよね」


 王宮で、俺たちがなすべき事柄は魔人イリアが復活していないか確認することだけだって言い張ることができるとしたら、それはそれで凄い人だって気がする。


 少なくともカロラインさんはそういうタイプの人間じゃない。

 彼女の場合、王の重臣から「ヴェロールの町でまた反乱が起きたぞ」なんて言われたら、茫然自失となるか、いきなり謝ってしまうかのどちらかだと思う。


「王宮はどうするのでしょうね。またリールさんを引っ張り出そうとするんでしょうか?」


 俺がリールさんの負担を減らせたらと思ってしたことは結局、彼女を窮地に追い込むことになったようで、俺はやり切れない思いだった。


 こんなことなら、俺なんかが出しゃばるんじゃなかったと思う。

 そんな俺の表情が落ち込んで見えたのだろう、その気持ちに気づいたのか、ミーモさんが優しい声を掛けてくれた。


「アリス殿。そう気に病む必要はないの。アリス殿やロフィ殿の言う北へ向かうマナの流れがあったのなら、遅かれ早かれこの町で反乱が起きていたはずなの。まあ、早めに分かって良かったの」


 確かにそうなのかもしれないが、リールさんの気持ちを考えると、俺にはとてもそうは言えない気がした。

 魔人イリアの遺物によって、この町の反乱が誘発されていることは、ほぼ確実だから、そうなると彼女が再び調査や対処を求められる可能性は高い。


 あれほど頑なにモルティ湖を訪れることを拒んでいたリールさんだが、さすがに今回はそうもいかないと思う。


「そうか。でも、魔人は滅んでいるんだから、これは勇者の領分じゃないかも……」


 俺は一縷の望みを見出した気持ちで、そんなことを口にしたのだが、ロフィさんは人差し指を立てて、


「アリスさん。甘いわね。あんな魔物が守る場所、勇者以外に誰がたどり着けると言うの? 人間の王はまた同じことを勇者に命じるに違いないわ」


 俺に向かって忠告するように言った。


 そうなるとどうすればいいのか俺には分からない。

 リールさんは絶対に受けたくないだろうが、魔人を滅ぼした影響だって言われたら、受けないって選択肢はないとも思う。


 それにこの場所で魔人を滅ぼしたのはリールさんなのだ。



 翌日、領主屋敷を訪ねると、ラーナさんは普通に政務を執っていた。

 それでも俺たちが来たこと知ると、時間を取って執務室へ招き入れてくれた。


「今回の反乱はこれまでなかったほど小規模で、すぐに収束しましたから。これも勇者様がこの町を訪れていただいた効果だと思っております」


 ラーナさんはミーモさんとロフィさん、それに子どもの俺って相手にも関わらず、丁寧に対応してくれる。

 彼女は勇者であるリールさんが、町の住民の反乱について調査してくれたことに感謝していた。


「魔人が復活していないと分かっただけでも安堵していたのです。この町の不安定さについては、領主である私の不徳の致すところとしか……」


 彼女によれば、やはりこの五十年、この町では何度も住民の反乱が起きているとのことだった。


 その度に税を軽減したり、労役を除いたりと様々な施策を講じてきたのだが、あまり効果はなかったらしい。


「もうこの町は大陸でも最も税が軽い町の一つなのです。これ以上の税の軽減は無理だと住民たちも分かっているはずなのですが」


 彼女の苦悩は深そうだった。

 実は反乱の原因は彼女の政治にあるわけではなく、モルティ湖で斃された魔人イリアの遺物によるのだから、いくら善政を敷いても効果のあるはずがなかった。


「町の中で魔法を使うことを禁止することはできませんか?」


 俺は真面目に提案をしたのだが、ラーナさんはそうは取らなかったようだった。


「魔法は魔人だけが使うのではありませんよ。あなたはまだ小さいから、そう思うのかもしれませんが、魔法を使うことで日々の糧を得ている人もいるのです。もちろんその人たちの使う魔法は魔人の使うものとは異なるもの。人間の役に立つ魔法もあるのですから」


 俺の意見は子ども特有の潔癖な感情によるものだと思われたようで、彼女から優しく諭されてしまった。


 町の中で魔法を使うことを禁ずれば、枯渇したマナを補うべく町にマナが流れ込むことはなくなる。

 そうすればたとえ北へ向かうマナの流れがあったとしても、町にその影響が及ぶことはないんじゃないかと思ったのだが。



「ご領主はマナの流れが原因だと知っておると思っておったのだがの」


 イヌーキさんは領主にはマナの流れの話を何度もしたと言っていたし、領主のラーナさんも最近ようやく原因が分かったみたいなことを言っていたと思う。

 だから俺も、マナの流れを止めれば反乱が起きなくなるって理解してくれているのかなと思っていたのだが、どうやらそうでもなさそうだ。


「ミーモさん。あなたは私たちと一緒にいて、私たちが魔法を使うところをいつも目にしているから、そんなことを言うのよ。普通の町の人はそんなにしょっちゅう魔法を使う人を目にしないから、マナの流れなんて言われてもピンと来ないと思う。特に人間は魔法をあまり好ましいものだと思っていないみたいだしね」


 ロフィさんが言ったように、俺たちの感覚が異常なようだ。

 ラーナさんもきっと頭ではマナの流れが原因らしいってことを理解していても、じゃあ、それが町で使われる魔法とどう(つな)がってくるのかとなると、今一つ実感が湧かないのかもしれない。


「やっぱり魔法を使うことって、あまり好ましくないんですか?」


 俺は今さらながらミーモさんにそう尋ねてみた。


「まあ。人にもよるがの。魔法はどうしても魔人を連想させるでの。嫌う人がいることも事実じゃの」


 ロフィさんの言葉をミーモさんは否定しなかった。

 言われてみれば、神殿のあるオルデンの町の粉屋でこそ、浮遊の魔法を使う店員さんに出会ってはいるが、それ以外に魔法を使う人ってあまり見てはいない。


 俺と同行してくれている皆を除くってことになるから、やっぱり俺たちはかなり異質なグループってことになりそうだ。


 イヌーキさんも俺たちのことを何者なんだって言っていたし。



 それでも俺が町の外で派手に魔法を使ったことが功を奏したのか、それから数日、町は静かなままだった。


「プレセイラさん、遅いですね」


 もう明日には馬車が直るって日になっても、彼女はヴェロールの宿に戻っては来なかった。


「子どもじゃないんだから心配いらないわよ。こんな辺境に神殿の神官が来ることなんて滅多にないでしょうから、行った先の町や村で引き留められているんじゃないかしら?」


 ロフィさんの言い種は、子どもである俺への当てつけかななんて思ったが、彼女の表情を見るかぎり、どうやらそうでもないらしかった。


 俺に心配いらないと伝えてくれようとしたらしい。


 そして彼女の言ったとおり、それから程なくプレセイラさんは宿に姿を見せた。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
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