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第八十話 マナの流れ

「リールも心穏やかではないでしょう。私はリールを訪ねて、問題がなかったと伝えようと思います。もちろん王への報告が先ですが」


 クリィマさんはカロラインさんに同行する理由をそのように教えてくれた。


「そうですね。勇者様は随分とイリアのことを気にされていましたから。早くお伝えして差し上げた方がいいでしょうね」


 プレセイラさんの言葉は本心からなのか、それとも嫌味が混ざっているのか見極めかねる気がした。


 彼女は神に仕える心映えの美しい人だから、言葉どおりの意味に取りたいのだが、魔人が絡むと人が変わってしまうのだ。


「そうなると二人だけだな。では、陛下への報告は任せてくれ。私の失態も話さねばならぬだろうから、気が重いがな」


 カロラインさんが魔人の遺物の影響で、倒れたことも報告せざるを得ないだろう。

 そして、それがヴェロールの町で反乱が起きた原因らしいこともだ。


 もっとも、魔人は復活していなかったとも報告できるから、お咎めを受けることもなさそうだ。


「クリィマ殿が行くのなら私は残るしかないの。さすがにアリス殿だけでは心許ないの」


 ミーモさんは諦めたようにそう口にしていたが、


「失礼ね! 私も残るのだから大丈夫よ。どうぞお帰りになられたら」


 ロフィさんが不機嫌そうにミーモさんに嫌味を言っていた。



 翌朝、領主のラーナさんに馬車を出してもらい、カロラインさんとクリィマさんはヴェロールの町を発って行った。


「それでは私も行ってきますね」


 二人の馬車が門を出て行くのを見送った後、プレセイラさんがそう言いだしたので、俺は驚いてしまった。


「えっと。俺は行かなくていいんですか?」


 俺はプレセイラさんの付属物だから当然、彼女に同行して近隣の町や村を回るのかと思っていたのだが、彼女の思惑はそうではないらしかった。


「徒歩の旅ですし、たった十日のことですから、この町で待っていてもらっていいのですよ。夜は教会で泊めていただく予定ですし」


 彼女の申し出は俺にはかなり意外だった。


 だって、俺がこの世界にやって来てからこれまで、彼女と離れたことなんてなかったからだ。

 特に神殿から王都へと旅立ってからは一貫して彼女は俺とほとんどの時間を過ごしていた。


 でも、教会で宿泊するってのが、決め手になった。


「じゃあ。ここで待っています。それでいいですか?」


 この町にいる限りは宿に泊まって、しかもゆっくりしていることができる。

 昨晩、泊まってみた限りでは『銀狼亭』の布団はさほど上質なものではないものの、教会のぺらぺらのそれとは雲泥の差だった。


 申し訳ないが、俺たちの中で教会で泊まることを選ぶ人がいるとしたら、それはプレセイラさんだけだと思う。


「ゆっくりしていてくださいね。あまり出歩いてはいけませんよ」


 プレセイラさんは少し心配そうに、それでも笑顔を見せて町を出て行った。



「本当に行ってしまったわね」


 ロフィさんも意外に思ったのか、そう言っていた。


「ロフィさんも森にでも行きますか? ここにいても退屈でしょう?」


 俺は出歩くなって言われてしまったから、あまりふらふら外へ行くわけにはいかなかった。

 でも、エルフの彼女は町の中になんていたくないかなって思ったのだ。


「この町の近くにある大きな森なんて、あの『黒い森』くらいじゃない。いくら何でもあんな森に行く気はしないわ」


 そう口にした後、ちょっと睨むように俺を見て、


「それにあなたから目を離すわけにはいかないわ。その間に何かあったら、エフォスカザン様に申し訳が立たないもの」


 そう続けていたから、本当に俺を見張るようだ。


「ここまで一緒に旅をして、あの族長が恐れるようなことは起きないと分かったのではないかの? 私もいるのじゃから遠慮することはないぞ」


 ミーモさんは楽観的なことを言っているが、俺は魔人になる気なのだから、あの族長の懸念はもっともなのだ。


「だから! この辺りの森は御免なの! それにエフォスカザン様が間違っていたみたいなことを言わないでくれる? 失礼だわ!」


 別にそんなに怒らなくてもって思ったが、モルティ湖の一件で、皆が神経質になっているのかもしれない。


 それでもここに残るしかなかったロフィさんには、言いたいこともあるのだろう。



 それから数日は何も起こらなかった。


 俺もミーモさんもロフィさんも、宿からほとんど出なかったので何か起こりようもない。


 あまりに退屈なので、俺は王都の大聖堂でやったみたいに、魔法の練習をしてみることにした。


「ミーモさん。要らない物はありませんか?」


 俺はミーモさんの部屋を訪ねると、そう聞いてみた。


「要らない物か? 特にはないが……、この雑巾はどうかの?」


 大剣を拭ったりするのに使うのだろうか。彼女はかなりぼろぼろになった雑巾を荷物から取り出した。


(うわっ。汚い!)


 俺はそう思ったが、かろうじて口に出すことは我慢した。


「いや。まだ使えるかの? 裏返せば……」


「いえ。それをください。処分してしまいますから」


 そんな物を荷物の中に戻さないでほしいと思って、俺は手を伸ばした。


「そうか。では、思い切るかの」


 ミーモさんは何だか残念そうな顔をしながら、それでも俺に雑巾を手渡してくれた。

 この様子では、クリィマさんの魔法の袋の中身を笑えないと思う。



 俺は手に入れた雑巾を持って自分の部屋に戻ると、さっさとそれを消滅させることにした。


「モントリフィト様。どうか力をお貸しください……」


 敢えて祈りを口に出し、確実に魔法を発動させる。

 膨大なマナがテーブルに置かれた雑巾に集中し、次の瞬間、


 ボッ!


 そんな音がしたような気がして、雑巾は跡形もなく消え去っていた。


「俺の魔法の練習も高度になったものだな」


 何となく感慨深い思いさえする。

 今使った『分解消滅』の魔法と比べてみれば、大聖堂で試してみた魔法などかわいいものだ。


 でも、そうそう部屋の中の物を消滅させるわけにもいかないので、俺はその後はおとなしく、テーブルを浮かべたり、炎を出したりすることを繰り返した。


 実はあまり進歩していないのかもしれなかった。



「ミーモさんは剣士として色々な町を訪ねているのですよね。何か面白い話はありませんか?」


 魔法の練習にも飽きた俺は、またミーモさんの部屋を訪ね、話をせがんだ。


 そうしていると俺がミーモさんの部屋の扉を開けた音に気づいたのか、ロフィさんも姿を見せる。


「面白い話と言われてもの。あまりそういったことを考えたことがないからの。王都以外の町を訪れたことはそれなりにあるが、護衛や害獣退治などの役目が済めば、すぐに王都へ引き上げるのじゃから。アリス殿との旅がこれまでで一番の出来事かの」


 二人を前に口にした彼女の言葉は、俺には意外だった。

 彼女はかなり長く生きているはずなのに、今回の俺との旅が一番大きな出来事らしい。


「それでも私よりは色々とあったでしょう? 私なんて森を出るのは今回が初めてなのよ」


 それもちょっと信じ難いのだが、ロフィさんはあのエルフたちが住むルークの森を出たことはないらしい。


 その話は何回も聞いたのだが、彼女だって見た目こそ若いものの、きっと何百年も生きていると思うのだ。


「そうですか。ちょっと残念ですけど、皆さん真面目なのですね」


 この世界の人はあの女神に命ぜられたことを怠けることなく遂行し、それぞれの人が世界の安定に寄与しているのだ。

 それでこそ世界が全き状態を保てるってことなのだろう。


「真面目も何も、そういうものじゃからの。だからこそ魔人を恐れるのじゃ」


 誰かが魔人になることで、一つの町が衰退、消滅するくらいのインパクトがあるのだ。


 それは安定した完全なこの世界にとって、脅威であるに違いなかった。


「あれ? でも魔人はどうして現れるんでしょう? この世界は完璧なはずなのに」


 俺は今さらながら、そのことに思い至った。


 俺は自分が元の世界に戻るために魔人になることばかり考えていて、これまでの魔人がどうして魔人になる必要があったのかなんて考えたことがなかったのだ。


「どうしてって。人を殺したりするからでしょう? 人間て本当に野蛮ね」


 ロフィさんが言ったのは、結果であって原因ではない。


 この世界はあの女神が作った完璧な世界のはずなのに、どうして魔人なんかが現れる必要があるのだろうと、俺はそう思ったのだ。


(きっとプレセイラさんなら、モントリフィト様の思し召しですって言うんだろうな)


 俺はここにいない彼女のことを思い出して、そう考えた。


 でも、神様の思し召しで人が魔人になるとしたら、何だかそれも矛盾しているような気がする。



 俺はそんなことを考えていてぼーっとしていたようだった。


 だからロフィさんが気づいたことに、まったく気づいていなかったのだ。


「ねえ。おかしなマナの流れを感じない?」


 彼女にそう言われて我に返ったが、すぐにはどうなのか分からない。


 確かにわずかなマナの流れを感じるが、それがおかしなものなどうかなんて、この世界の経験の浅い俺にはハードルが高いのだ。


(かす)かだけど南から北へ向かうマナの流れを感じるわ。これは自然なものじゃない気がする」


 町で多くの人が魔法を使い大量にマナを消費すると、町の外からマナが流れ込んで来るって、まさにこの町で運送業を営むイヌーキさんに教えてもらったのだ。


 だからその(たぐ)いじゃないかと俺は思った。


「いや。そう言えばさっき……」


 俺が『分解消滅』の魔法を使ったから。俺はそう伝えようとしたのだが、ロフィさんは長い耳をぴんと立てて、マナの流れを注意深く探っているようだった。


「やっぱりそうよ。ゆっくりだけれど確実に北に向かって流れてる。まさかこれは?」


 真剣なロフィさんの顔色に、俺も真面目にマナの流れを調べてみた。


 それは俺がマナを大量に消費したことによって起きた流れとは違うもののようだった。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
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