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第七十八話 イリアの遺物

「相変わらず凄まじい威力じゃの」


 ミーモさんが恐れを含んだ様子で言ったように、俺の放った魔法の光はフェンリルを巻き込んで遥かに見える山肌に達し、そこの木々を薙ぎ倒していた。


 魔物は山肌に叩きつけられたってこともないのだろう。おそらくは膨大な魔力の前に消滅したように思われた。


「分解消滅の魔法でもないのでしょうが、それに近い気がしますね」


 クリィマさんもあまりの威力に、そんな感想を持ったようだ。


 ロフィさんとカロラインさんは言葉もないって様子だった。


「急ぎましょう。消滅させたとしても、また復活するのでしょう?」


 俺が確認するとクリィマさんが頷いた。


「アリスさん。無理をしてはいけませんよ」


 プレセイラさんは心配そうに俺を見て言ってくれた。


「大丈夫です。でも、ちょっとびっくりですね」


 おどけた感じでそう答えながら、俺は自分のしたことながら畏怖の思いを抱いていた。

 もしかしたら震えていて、それを彼女に見咎められたのかもしれなかった。


「いいえ。何と言っても、あなたはまだ小さな子どもなのです。我慢することはありません」


 彼女はそう言って、俺を優しく抱きとめてくれた。

 その心遣いがありがたかった。


「目指すモルティ湖はすぐそこだ。急ごうではないか」


 カロラインさんの声が聞こえ、俺は無粋だなって思ったが、プレセイラさんにずっと抱かれているのもまずいだろう。

 クリィマさんの視線が厳しい気がするし。



「きれいな湖ですね」


 モルティ湖の澄んだ湖面を眺めて、俺が抱いた正直な感想はそんなものだった。


「ああ。魔人がこの地で滅ぶまで、この湖は風光明媚な景勝地だったと聞くからな」


 多くの人が美しい湖の景色を楽しむために、商都コパルニや王都タゴラスからの道も遠しとせずにやって来ていたようだ。


「それが魔人のせいで近寄れぬ場所になって、もう五十年も経つからの。建物もほれ、もう朽ち果ててきておるの」


 貴族や富豪の別邸だったのだろうか、立派だったろうと思える建物が、そこかしこにある。

 それらはミーモさんが言ったように、すっかり古びたものになっていた。


「さすがは魔人の滅んだ場所ね。たった五十年でこうなってしまうなんて」


 ロフィさんが驚いたって顔で周りを見回して、そう口にした。


「いや。五十年も経てば……」


 俺はそこまで口にしてロフィさんが「たった五十年」と言ったことを思い出し、口を閉じた。


 どうもこの世界の時間感覚は元の世界とは違うようだ。


 何度も経験しているのだが、なかなか慣れることができない。

 そこが一番の相違なのかもしれなかった。


「私たちもこうなってしまうかもしれません。早くイリアを確認して、この地を離れましょう」


 プレセイラさんがそう言って、俺の発言は誰にも聞き咎められなかったようだ。


 この世界では鉄も錆びないし、五十年くらいでは建物に大した変化は起きないのかもしれなかった。



「山紫水明なモルティ湖をこんなにしたと、当時は勇者を非難する声も聞こえたからの」


 途中、ミーモさんが崩れかけた屋敷を見つけて、嘆くように言うと、クリィマさんが彼女をじろりと睨んだ。


「私が非難したわけではないの。そう言う声を聞いたってことなの」


 慌ててミーモさんが弁解するが、確かにこの場所は異質だと思える。


 これまで俺たちが訪ねた魔人が滅んだ地は、すべて人里離れた場所にあった。


 強いて言えばファスタン山は麓の温泉から比較的近かったが、わざわざ山に迷い込まなければ魔物に襲われることもない。


 でもこのモルティ湖には街道も通じていたようだし、今でも馬車で来ようと思えば来られるのだ。


「それだけイリアがリールにとって特別な人だったと言うことでしょう。リールはこのことについては話したがらないですから、私もあの『黒い森』でリールが話した以上のことは知りませんし」


 クリィマさんはあの時、リールさんに俺たちにイリアのことを話すべきではないと言っていた。


 彼女はリールさんとの付き合いも長いし、もっと色々と知っているのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしかった。



 そうして俺たちはさらに歩みを進め、とうとう湖の畔に出た。


「あれではないかしら?」


 湖岸のさらに少し先の水際に光る物を、ロフィさんが見つけてくれた。

 どう見てもそれはあの水晶のような石だった。


 俺たちはそこに向かって近づいて行く。


「これは!」


 透明で光を発するそれは、神々しいもののようにさえ感じられる。

 そして、プレセイラさんを驚かせたのは、その石の形状だった。


「人の像? いいえ。神の像かしら?」


 それは人を(かたど)った像のようなものだった。

 透明に輝くその姿は美しい女性のように見える。


 ロフィさんが口にしたように女神の像に見えなくもないが、そんなはずもない。

 これは魔人の遺したもののはずなのだ。


「リールが来たがらないわけですね」


 クリィマさんがため息をつくように言った。


「まさか、これがイリアの、魔人の姿なのか?」


 カロラインさんが驚きの声を上げるが、ここにいきなり女神の像がある道理もないだろう。


 勇者であるリールさんに倒された魔人イリアが、この光る石に変わったと考えるしかなさそうだった。


「魔人はやはり邪悪な者。マナに還ることさえなく、この世に姿を留めようとする。死してなお、その邪悪な魂は神に召されることもないのでしょう」


 プレセイラさんが嫌悪に満ちた口調でそう言ったが、本当にそう思っているのだろうか?


 俺にはとてもこれが邪悪な物だなんて思えなかった。


「光る石だけでもきれいだと思っていたのに。これがイリアの姿だとしたら、魔人は本当に美しい容姿をしているんですね」


 俺がそう言って像のような光る石に近づこうとすると、プレセイラさんが慌てて止めてきた。


「アリスさん。それは元は魔人なのです。近寄ってはいけません」


 別に危険はなさそうだけどなと思ったが、プレセイラさんが俺を思って言ってくれたことだし、俺はそれ以上近寄るのを躊躇(ちゅうちょ)した。


 だが、俺がそうしているうちに、ミーモさんがさっさとそれに近づいて、像の腰のあたりに手を伸ばす。


 イリアらしきそれは、すらりと背の高い女性の姿で、ミーモさんの身長では、そのあたりしか手が届かなかったのだ。


「別になんてことはないの。ただの石の塊じゃ」


 そう言って彼女は像の腰のあたりをぽんぽんと何度も叩く。

 そしてしばらくは普段どおりの顔をしていたのだが。


「ううっ!」


 突然、(うめ)くような声を上げると、その場でがっくりと膝を着き、危うく倒れそうになった。


「ミーモさん!」、「どうした?」


 俺は慌てて駆け寄るが、カロラインさんも素早い動きで寄って来て、彼女を立ち上がらせようと手を差し出す。


 だが、ミーモさんはその手を取ることなく、口の中で何か訳の分からないことを(つぶや)いていた。


「私は何を……して……千二百年も……同じ……」


「ミーモさん。どうしたんですか?」


「ミーモ! しっかりしろ!」


 だが、そう彼女に話し掛けていたカロラインさんの様子もおかしくなる。


「そうだ。私はくる日もくる日も、ただ王城の門に立ち、来るはずもない暴徒に……」


 そんなよく分からないことを口にして、だが、いつもは憂いを帯びているような彼女の紺色の瞳は輝いていた。


「クリィマさん! 二人がおかしいです!」


 カロラインさんも倒れてしまい、小さな俺の力では二人をどうすることもできないと思い、俺は助けを求めた。


 だが、クリィマさんもロフィさんも怖れを抱いたのか立ち尽くし、呆然としていた。


「アリスさん。魔法です!」


 その時、プレセイラさんが俺に駆け寄って助言してくれた。


(そうだ! 魔法があるじゃないか)


 俺は慌てて浮遊の魔法を発動し、二人の身体の下にマナの板を形づくる。


 そしてそれを浮き上がらせると、イリアの像から引き離した。


「クリィマさん! ロフィさん! 逃げましょう!」


 少し離れた場所で呆然としていた二人に声を掛けると、俺は魔法の力を増し、速度を上げて駆け出した。


 プレセイラさんに続き、クリィマさんもロフィさんも我に返ったように俺の後に続く。



「馬車を出すわ!」


 馬車を置いた場所までたどり着くと、途中で先頭に立った足の速いロフィさんがそう言って馭者席に着いてくれる。


「急ぎましょう!」


 扉はクリィマさんが開いてくれ、俺は浮遊の魔法を操作して、何とか二人を馬車の中へ押し込んだ。


「アリスさん!」


 プレセイラさんが俺の手を引いて馬車に引き上げてくれると、クリィマさんが慌てて乗り込み、バタンと扉を閉めた。


 すぐに馬車が走り出すが、カロラインさんとミーモさんは座席に押し上げたものの、壁にもたれてぐったりしていた。


「二人は大丈夫でしょうか?」


 俺が尋ねても、プレセイラさんもクリィマさんも分からないようで、首を振るだけだった。


「癒しの魔法を使ってみましょう。効果があると良いのですが」


 プレセイラさんは女神に祈りを捧げると、二人にそれぞれ癒しの魔法を使う。


「う、うう〜ん」


 まずはミーモさんが可愛らしい声とともに意識を取り戻した。


「ミーモさん! 良かった!」


 思わず俺が抱きつくと、彼女は目を白黒させていた。


「え? アリス殿。どうしたのだ?」


 彼女は咄嗟のことにどうすべきか迷っているようで、硬直したみたいになっている。


「ここは馬車か。私はいったい?」


 カロラインさんも気がついたようで、周りを見回し、そんな言葉を口にしていた。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
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