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第七十六話 王の御前で

 王都へ着いた俺たちが王宮へ帰還の報告をすると、三日後にはもう国王陛下への謁見を許された。


「ヴェロールの町の反乱が収まったとの報告は受けておる。よくぞやってくれた。さすがは勇者と言ったところだな」


 俺たちはその後、コパルニに寄り道したし、おそらく実際にはあの『黒い森』の深い穴を閉じたことで反乱の芽は摘めたのであろうから、王都へ反乱収束の連絡が届いてからかなり経つのだろう。


「いえ。あの町の反乱については、そもそも私に出る幕はありませんでしたから」


 リールさんはそんな返事をしていたが、本当はやはり王宮が危惧したとおり、魔人イリアの影響だと思うのだ。

 魔人が復活したとまでは思わないが、少なくとも魔人が残した光る石のような物。あれが関係していると思う方が普通だろう。


「おお。では魔人イリアは復活しておらなかったのだな。それは何よりだ。念の為聞くが、勇者殿がそれを確認してくれたのだな?」


 俺は国王陛下はリールさんがモルティ湖を訪れなかったことを知っているんじゃないかと思った。


 すでにヴェロールの町から連絡が来ているようだったし、早馬を使えば、俺たちがコパルニで手間取っていた間に、やり取りだってできただろう。


 王宮なら、そのくらいの目と耳を持っていて当然だと思う。


「いいえ。確認はしておりません。その必要もありませんから」


 さすがに緊張した面持ちでリールさんが答えた。

 王は眉ひとつ動かすことなく、再び問い掛ける。


「その必要がないと。どうしてそれが分かる?」


 リールさんは一瞬、言葉に詰まったが、すぐに顔を上げてはっきりと答えた。


「魔人イリアを滅ぼしたのは私です。私は間違いなくそれを果たしました。それに陛下も復活などないとお思いだったはずですが」


 一方の国王陛下も譲る気はなさそうだった。


「余もそう思ってはおる。それは以前、勇者殿に伝えたとおりだ。だが、廷臣や民の中には不安を抱く者もおる。その不安をそのままにしてはおけぬのだ。神から命ぜられた余の責務の内には、民の心の平安を守ることもあるのでな」


 議論の余地もないと言った様子で、国王はそう告げた。


「勇者である私が保証するのです。魔人イリアは復活していないと。それでも民に不安が残るとおっしゃるのですか?」


 一方のリールさんも負けてはいない。魔人に関しては国王と言えど、手出しできない領域なのだ。

 魔人については勇者しか対応できないのだから、それについては一任されるはずだ。


「普段ならこのようなことは言わぬ。だが、イリアが滅んでから既に五十年以上が経っておる。このようなことはこれまでなかったことだ。そして、イリアが滅んでしばらくして後に始まったヴェロールの町の反乱。さらには、先日はステリリット大陸でも異変があったではないか。これでは民に不安が広がるのも当然とは思わぬか?」


 どうやら勇者の権威に疑いが持たれているらしい。


 リールさんも言っていたように、勇者は魔人を倒すことが神に与えられた役目なのだ。

 魔人が定期的に現れて、それを滅ぼしてこそ、その権威も保たれるってことだろう。


(えっと。でも、そうなると殺人事件って定期的に起きるものなのか?)


 よく考えてみれば、この世界では、人を手に掛けた者が魔人になるのだ。

 普通は互いに関係ない事件が起こる間隔なんてランダムなはずだ。


 それなのに三十年ごとに魔人が発生するって、どう考えてもおかしい。

 いや、そうなるのが、あの女神が作り上げた完全な世界なのかもしれないが。


 俺がそんなことを考えているうちに、王宮の追及はさらに厳しいものになっていた。


「そもそも勇者殿の隣におる者こそ、ステリリット大陸の異変の元凶なのではないですか。あの時は勇者殿が魔人ではないとおっしゃったからお咎めなしということになりましたが、今考えてみると、それも間違った判断だったのではないかと思えます」


 いつぞや見た、眼鏡を掛けた文官がクリィマさんを糾弾する。

 あのオーヴェン王国によるルビール王国の併合については、すでに報告が王都へなされていたようだった。


「クリィマは何もしていません。この人は魔人ではないのです」


 リールさんの「何もしていない」って言葉はいかにも苦しい。

 ステリリット大陸で動乱が起こったのは、クリィマさんのせいだって言われれば、弁解のしようもないことなのだ。


「失礼だが勇者殿はこの者の姿に惑わされているのではありませんか? この者はまず見ることのないほど整った顔立ちをしていますからね」


 文官の隣に立つ軍服を着た騎士だろうか、背の高い女性がそう言ったので、俺は自分のことを指摘されたのかと焦ってしまった。


 皆の視線はクリィマさんに集まっていたから、彼女のことだったようだ。

 この世界での生活が長くなって、俺の自意識もかなり変化したようだった。


「そのようなことはありません。クリィマがもし魔人となったなら、私は迷うことなく、この人を滅ぼすでしょう。それが私の責務なのですから」


 リールさんの答えに王宮にいる人たちが納得していないのが、俺にも分かった。


 俺でさえ、やっぱりクリィマさんが魔人なんじゃないかって思う。


 もう五十年以上魔人が現れていないと聞いたから、彼女が俺の先代の魔人で、俺がその後の魔人になると考えるとおおよそタイミングが合う。


 彼女がいつこの世界に現れたのかは聞いていないが、各地を流浪したり、オーヴェン王国で宰相にまで上り詰めたりしているのだ。

 そのくらいの時間、この世界で過ごしていると考えてもおかしくはないだろう。


「私は人を殺めてはおりません。神に誓って」


 クリィマさんは簡潔にそう述べたが、その態度は神様に対して誓うにしては何となく不遜なものに見えた。

 

 俺があの女神に含むところがあるからかもしれないが。


「狡猾な魔人が真実を語るとは思えぬ。オーヴェン王国の怪しげな魔法の道具とて、神の名を伝えたと言うではないか。人心を操ることに魔人は長けておるというからな」


 やはり王国は抜かりなく俺たちの情報を集めていたらしい。

 クリィマさんが別の大陸で何をしたかも、かなり掴んでいるようだった。


「クリィマは魔人ではありません。勇者である私が保証します」


 もう議論は堂々巡りと言ってよい状況だった。


 考えてみれば、その人が魔人かどうかなんて、どう判断するのだろうって思う。


 まさか魔人になると身体が光るとか、特徴的なことでもあるのだろうか?


「魔法の適性を持ち、神から使命を与えられず、しかもその美貌。魔人でないと考える方に無理があるのではないですか?」


 眼鏡の文官が厳しい声で追及してきたが、それが魔人の条件なら、丸っきり俺のことじゃないかと思えた。


「それは私のことでしょうか?」


 俺はもしかしたら、今こそ千載一遇の機会ではないかと思って、思わずそう口にしていた。


 転生者である俺とクリィマさんは、文官の言ったとおりの属性を備えているのだから。


 もし、クリィマさんが魔人と見做されるのであれば、俺も同様に判断してもらえるかもしれない。

 そしてそれによって二人してリールさんに滅ぼされ、元の世界への帰還が叶うかもしれないのだ。


「何を言っておるのだ。アリスには関係のないことだ」


 俺の発言に国王陛下が口を挟んできた。


 王の周りの廷臣たちも口を(つぐ)み、謁見の間に緊張が走っていた。


「いいえ。クリィマさんと私は同じように魔法が使えます。そしてモントリフィト様は私にも使命をお与えくださっていません。それに陛下は私のことを美しいと褒めてくださったではないですか」


 俺はこの機会を逃すまいとそう主張した。


 言ってしまってから、滅ぼされるってどんな感じなのかな。痛くないといいななんて思ったが。


「アリスはまだ子どもだ。魔人であるはずがない」


 王の主張に、俺はさらに応える。


「では大人になったら? すぐに大人になるのでしょう? そうしたら私は滅ぼされるのですか?」


 この先、あの女神が俺をこの世界に受け入れるとは思えない。

 俺はこのまま、役割を与えられることもなく大人になるのだろう。


 俺とクリィマさんは同じなのだ。

 ただ、俺にはプレセイラさんがいて、色々とこの世界のことを教え、助けてくれたってだけで。


「アリスさん! やめて! この子は魔人ではありません。神殿もそう保証します!」


 そのプレセイラさんが俺を庇うように抱きしめて、そう主張してくれた。


 彼女は神殿の代表者ではないはずなのに、そう言い切ってしまうくらい、俺を守ろうとしてくれているようだ。


 さすがに俺は申し訳ない気持ちになった。


「そのためにアリス、そなたを勇者の下に送ったのだがな。それは間違いだったのかもしれぬ。だが、そなたは何もしておらぬ。ずっと勇者の下にいたのだからな。それだけは間違いなかろう」


 王は呆然としていたようだったが、プレセイラさんの言葉に我に返ったように俺にそう告げた。


 この世界はずっと平和な安定した世の中だったらしい。

 それこそ女神の言った「完璧な世界」って言葉が似合うくらいに。


 でも、俺の感覚だと現状はとてもそうは思えない。

 もちろん災害や犯罪なんかが起こる確率はものすごく低いようではあるが。


「国王陛下は魔人イリアがどうなっているか確認が必要だとお考えなのですね。でしたら私がモルティ湖に行ってきます」


 俺はプレセイラさんをはじめ、ここにいる皆に報いる方法はないかと考え、そう思いついた。


 俺自身は一連の騒動に関与している気はないのだが、そうすることでこれまで周りの人たちから受けた好意に、多少の恩返しができるのではと思ったのだ。


「勇者なしでか?」


 国王陛下も俺の提案にさすがに驚いたようだった。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
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