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第七十四話 島の消滅

「これは長期戦になりそうだな」


 カロラインさんが漏らした言葉に、ミーモさんが答える。


「面目ないの。最初の一撃が失敗してしまったからなの」


 シードラゴンに対して彼女が大剣を振るったのだが、その衝撃を奴は水に潜ってかわしたのだ。


 サーベルタイガーとの戦いに味をしめたのかもしれないが、海の上では勝手が違ったようだった。


「最初から勇者様に任せれば良かったのだ」


 カロラインさんが追い討ちを掛けるようなことを口にする。

 だが、リールさんは冷静に、


「いえ。私の攻撃も届いたか分かりませんね。海に潜られると厄介です」


 そんな分析をしていた。

 ミーモさんの大剣による衝撃も、リールさんの光の刃も、水の中ではその威力を大きく削がれるようだった。


「長期戦もきついかもしれませんよ」


 クリィマさんがそう言って皆を見遣る。


「船を守るだけの魔法障壁を展開するのは、かなり厄介ですから」


 彼女は続けてその理由を説明したが、俺にはそれは意外だった。


 確かにメデニーガ号は大きな船だが、この程度の範囲に魔法の障壁を展開するくらい、それほど大したことではないなって思っていたからだ。


「一旦、撤退して態勢を立て直すか?」


 カロラインさんはそんなことを言い出したが、皆は黙っている。


 さすがに港まで引き上げて、もう一度ここまでやって来るってのは、誰もが遠慮したいだろう。


「いやよ!」


 船に弱いロフィさんが叫ぶように言って、撤退に傾き掛けていた流れを堰き止める。


「では、どうすると言うのだ?」


 カロラインさんが反対にロフィさんに問い掛けた。


「えっと。あの、魔法はどうなの? そうよ! アリスさんの魔法で何とかして!」


「えっ! 俺ですか?」


 ロフィさんはここまででもプレセイラさんに散々、癒しの魔法を使ってもらっていたから、一度コパルニの港まで船を戻すなんて絶対に避けたいのだろう。


 かと言って俺とともに行くというあのエルフの族長からの命令にも背き難く、仕方なく俺と一緒に船に乗ったと言うのが実情なのだ。


「そうよ! アリスさん。何とかして!」


 彼女は俺の目の前に来て、懇願するような目で俺を見た。

 そしてその場でこくこくと頷いて、俺に何とかして欲しいようだ。


「いや。何とかしてって言われても……」


 海の中から出てこないシードラゴンをどうすればいいんだって思ったが、やってやれないことはない気もする。


「モントリフィト様。どうか力をお貸しください」


「アリスさん?」


 俺が神に祈りを捧げると、プレセイラさんが何かを感じたように、俺に尋ねてきた。


 でも、俺だってまた町まで戻るのは嫌なのだ。


(まずは海を凍らせて……)


 冷たい氷をイメージしてマナの流れを操作して、そのまま海面を撫でるように流していく。


 ビキビキビキビキッ!


「うそっ!」


 ロフィさんが今度こそ叫び声を上げる。

 その視線の先では海面が凍り始めていた。


「モントリフィト様! もっと力を!」


 俺がそう口にすると、マナの流れはさらに強大なものとなり、周囲の海面が一気に凍りつく。


「あそこだわ!」


 ロフィさんが目ざとく見つけ、指さす先には、氷に閉じ込められたシードラゴンの姿があった。


「後は任せてください!」


 リールさんの声が聞こえ、その直後、


「えーい!」


 彼女の気合いの声が響き、光の刃が氷から逃れようともがくシードラゴンに向かう。


 ドカーン!


 爆発するような音が聞こえ、勇者の必殺の一撃がシードラゴンを粉砕したかと思った瞬間、


「しまった!」


 リールさんが珍しく狼狽(うろた)えた様子を見せた。


 大量に舞った氷の破片が落ち着くと、そこにはシードラゴンの姿はない。


「やったのか?」


 カロラインさんが期待に満ちた声で言ったが、そうならリールさんが「しまった」なんて言わないだろう。


「あそこよ!」


 リールさんの攻撃はわずかに外れたらしく、俺の張った氷を粉砕して、奴はその隙に逃げ出したようだった。


「逃すか!」


 俺が再び女神に祈りを捧げると、俺の前に銀色に輝く魔法陣が浮かび上がる。


「アリスさん!」


 その時、またプレセイラさんの声が聞こえた。

 彼女の口調は俺が魔法を使うことを非難する色が濃厚だった。


 それに気づいた俺に、魔法を放つ直前、迷いが生ずる。


(まずいっ!)


 これはあのファイモス島でクリィマさんから魔法の手解きを受けた時と同じだと思った。

 最近はマナを扱うことに慣れ、もう大丈夫という慢心もあったのだろう。


 俺は魔法のコントロールを失っていた。


「逃げて!」


 皆に向かって叫ぶように伝えたが、ここは船の上なのだ、逃げる場所なんてない。


 そして俺の目の前の魔法陣が一際、明るく輝くと、そこから真っ直ぐな柱のような輝きが、それでもシードラゴンが見えた方向に放たれた。


「うわっ」、「キャー!」、「アリスさん!!」


 ゴッ!!


 魔法陣から生じた強烈な輝きは、そのまま海の上を走る。

 その光の奔流に一瞬、何か黒い影のようなものが巻き込まれたかのようにも見えたが、それはそのまま真っ直ぐに進み……、


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 地鳴りのような音がして、巨大な火球を生み出した。


「うっ、なんだ?」


 そして強烈な風が吹きつけ、メデニーガ号は木の葉のように……揺れはしなかった。


 船は俺の張った氷に閉じ込められていたし、クリィマさんがまだ魔法の障壁を展開してくれているようだった。


 それでも周りの様子から、激しい爆発が起こったことが分かる。

 暴走した俺の魔法は、膨大なパワーを発揮したようだった。



「助かった……のか?」


 カロラインさんが周りを見回して誰にともなく確認するように口にした。


「ええ。危なかったですがね」


 そう言ったクリィマさんの魔法障壁がなかったら、この船や俺たちも無傷では済まなかったろう。


「で、アリス殿。船はどうするのだ?」


 ミーモさんが確認してきたが、俺は船の周りの海をかなり広範囲に凍り付かせてしまっていた。


 俺の魔法が通った跡だけは、真っ直ぐな道のように海面が覗いていたが、それ以外の場所はまだ凍ったままだ。


 当然、砕氷船でもないメデニーガ号は動くこともできなくなっていた。


「浮遊の魔法で浮かせて逃げますか?」


 クリィマさんが何だか投げやりな態度でそんなことを言ってきた。


「いいえ。なんとか魔法で解かします」


 浮遊の魔法でも何とかならないこともなさそうだが、再び海に下ろした時に、船底が破損しないともかぎらない。


 ここは時間が掛かっても、氷を解かすべきだろう。


「いいですが、のんびりしているとシードラゴンが復活しますよ」


 クリィマさんがそんな指摘をしてきて、俺は慌ててマナを操って暖かい風を送ったり、炎の魔法を使ったりして、海面の氷を解かそうとした。


「そんなに慌てる必要はないと思うけど」


 一方でロフィさんはそんなことを言ってきた。


 クリィマさんの言ったとおり、のんびりしてたらまたシードラゴンに襲われると思ったのだが、


「確かにそうですね。もう守るものもありませんから」


 リールさんの冷静な声が聞こえ、俺は作業を中断する。


「えっと。どういうことでしょう?」


 俺には何となく理由が分かってはいたのだが、ちょっと信じ難い気もして、念の為、リールさんに尋ねた。


「言葉どおりの意味ですよ。あのシードラゴンは魔人の滅ぼされた島を守っていたのです。ですが、ほら。島はもうありませんから」


 そう言って彼女が指さす先からは、先ほどまではぼんやりと見えていた島影が消え去っていた。


(えっ? ええっ? ええぇぇぇ!)


 俺はその方向に目を遣って一瞬、呆然としたが、そんなはずはないと思って、舷側から別の方向も眺めてみる。

 いつの間にか船が方向転換して、島の見える方向が変わっているんじゃないかと考えたのだ。


「ムダですよ。島があったのはあの辺りに違いありませんから」


 俺だって、島があったのはリールさんの指し示す辺りだって分かってはいるのだ。そして俺の魔法があの方向に放たれたことも。


 でも、いくら小さな島だったとはいえ、それが消滅するなんて、我ながら呆れてしまうくらいの魔法の威力だ。


「いずれにせよ一度、あの辺りまで行っておきたいな」


「それ以前に、船が動かなかったら陸に戻れないじゃない。そんなの御免だわ」


 カロラインとロフィさんがそんな会話を交わしていたが、俺は茫然とする思いで魔法を使い、自分が凍らせた周囲の海水を解かしていった。



 南の海はそもそも水温が高いことも幸いしたのか、程なく氷は解けて、メデニーガ号は航行の自由を取り戻し、島へと向かった。


 いや、もうそこは島があったと思しき場所でしかなくなっていたが。


「このあたりですね。その先は浅瀬になっていますから座礁の危険がありそうです。注意が必要ですね」


 モーリ艦長がやって来て、俺たちに説明してくれる。


「魔人の遺物はどうなったのかしら?」


 ロフィさんはこれで帰れるという安心感からか、口数が多くなっているようだ。


「あの魔法に巻き込まれたのじゃ。消えまったのではないかの?」


「いいえ。あれはそう簡単に消えるものではありません」


 ミーモさんの疑問にリールさんが答えたが、あれについては彼女が最も詳しいだろうから、そういうことなのだろう。


「そうすると海の中なのかしらね? いずれにせよ、手に入れることはムリね」


 ロフィさんは周囲を眺めたり、海を覗き込んだりしていたが、目の良い彼女をもってしても、あの輝く石を見つけることはできなかった。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
よろしくお願します。
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