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第六十五話 底なき暗黒

「それにしても、魔人の滅ぼされた地でさえ、ここまで厳重に守られてはおらなんだのに。この森にはいったい何があると言うのじゃろう?」


 ミーモさんはそう言って不思議そうな顔だが、プレセイラさんは厳しい表情で何かを感じているようだった。


「この森に入った時から感じていた邪悪な気配がますます濃くなってきています。この森には何かがある。それは間違いないようです」


 残念ながら俺には信仰がないからか、彼女の言う「邪悪な気配」ってやつは感じられない。

 でも、皆も顔を見合わせていたから、それを感じているのはプレセイラさんだけらしかった。


「方向とか、分かるんですか?」


 俺が尋ねると彼女は真剣な顔のまま頷いた。


「このまま真っ直ぐ、この森の奥深くです」


 どうもこの先、碌なことがあるとは思えない。

 一旦、森の外へ出て、別の方向からヴェロールの町を目指した方がいいんじゃないかって俺なんかは思う。


 でも、俺を含めた皆が何も言わないのは、リールさんが首を縦に振らないことが分かっているからだろう。

 そしてプレセイラさんも同様だ。彼女は神殿の皆が良い顔をしないと知っていながら、ここを目指すことにしたのだ。


 二人の思いには、まったく接点はないのだが、この『黒い森』を抜けて行くってことだけは一致していた。

 それ以外の皆に確たる意見なんてないのだから、この森に何があるのか探ることは、もう決定事項と言ってよかった。



 その後もジャイアント・エイプに襲われたり、再度、サーベルタイガーが現れたりと、動物系の魔物が俺たちの行く手に立ち塞がってきたが、クリィマさんやリールさんの対応よろしく、それらは難なく排除された。


 そして、遂に俺たちは『黒い森』の中の一種異様な光景の広がる場所に出た。


「ここは……」


 その部分だけ木々が途切れ、急に青い空が見える。

 だが、下草は相変わらず伸びておらず、森の中にぽっかりと開いた芝生の広場みたいになっていた。


「間違いなくこの場所です。おそらくこの森の中心でしょう」


 プレセイラさんが太鼓判を押してくれるが、ぱっと見は森の中の湿地とか、木が生えないだけの場所って気がする。


 でも、その場所は周りと比べても低くなったりしておらず、ここに木が生えないのは不思議だった。


「まるでここだけ人の手で刈られたようなの。こんなに丸いのには何か理由があるの」


 ミーモさんが指摘したとおり、この場所を遠くからみたら、きっと丸く木が生えていない場所に見えるんだろうなって思える。

 それほどその場所は円に近い形をしていた。


(あれは……?)


 俺がその場で向こう側を眺めていると、何か光る物が反対側、山脈に近い方に見えた気がした。


「行ってみませんか?」


 周りを見回しても、魔物の隠れられそうな場所はない。

 そう言う意味ではこの場所は安全なのかもしれない。


「ここで待っていたら、また魔物が襲ってくるかもしれません。行ってみましょう」


 クリィマさんの提案にリールさんも同意して、俺たちはぞろぞろと森の中の円形広場のような空間に足を踏み入れた。


 向こう側まで歩いて一、ニ分程度掛かるのだろうか。

 そこまで広くはない空間の中心に、俺たちはすぐに到着した。


「これは……」


 中心には人が両手を広げたくらいか、もう少し広いかもしれない幅のある丸い穴が開いていた。

 真っ暗なその穴は深さを窺い知ることができない。


「あぶないですよ」


 俺が少し近づこうと足を進めると、プレセイラさんが引き止めてきた。

 俺みたいな子どもが足を滑らせて落ち込むなんていかにもありそうな大きさだ。


「どのくらい深いのかの?」


 皆が止める間もあらばこそ、ミーモさんが近くに落ちていた石を拾って、穴の中に投げ込んだ。


「あっ!」、「ミーモさん!」


 俺も驚いたが、ほかの皆も同じだったようだ。

 中にさっきまで俺たちを襲ってきた魔物が潜んでいるかもしれないのに、彼女のしたことは軽率との(そし)りを免れないものだと思う。


「おかしいの?」


 だが、そんな俺たちの非難の声など耳に入らなかったかのように、ミーモさんは不審そうだって顔をしていた。


「音がしませんね」


 リールさんもそれに気がついたようだ。


「ロフィさんには聞こえませんでしたか?」


 クリィマさんが確認するが、ロフィさんは肩をすくめて、


「聞こえなかったけど。そんなことってあるのかしら?」


 そう答えてその顔が不安そうなものに変わる。


「もう一度、試してみるの」


 ミーモさんがそう言って性懲(しょうこ)りもなく石を拾い、ぽいっと穴の中に投げ込んだ。


「…………」


 皆が無言で見守る中、穴の中からはやはり音がしない。


「深い穴で、底にはふわふわの枯れ草が山になっているとか?」


 俺は不安を感じて、それを打ち消すべく、そんな意見を出した。

 でも、ロフィさんがじっと耳を澄ましていて、


「その可能性は低いわね。それでも多少は『ぽすっ』というくらいの音はするわ。今のはまったく音がしていないと思う」


 エルフである彼女がそう言うのなら、音はしなかったのだろう。

 ちょっと信じ難いのだが。


「覗いてみても何も見えないな。少なくとも、その辺りに底があるわけではなさそうだ」


 カロラインさんは穴に近寄って、身を乗り出して中を覗いていた。

 中は真っ暗で、底は見通せないらしい。


 俺も覗きたかったのだが、プレセイラさんに固く止められた。


「アリスさんは危ないですからね。近寄ってはダメですよ」


 完全に子ども扱いだが、俺はここでは子どもだから仕方がない。


 だが、そうして遠巻きに見ていたことで、俺はその穴に向かって流れて来ているものに気がついた。


「プレセイラさん。あれ……」


 俺が指さす先を、プレセイラさんは「うん? どうしたの?」って感じで見てくれる。


「あら。何かしら?」


 そうして彼女も気づいてくれたのは、俺が先ほど気がついた何か光る物だった。


 きらきらと日の光を反射しているのか、それともそれ自体が光っているのか、銀色に輝くそれはとても美しく見える。


「何じゃろうの?」


 ミーモさんも目を凝らしてそれを見ていた。


(あれって、もしかして……)


 俺はその様子を眺めているうちに、あることを思い出した。


 ファイモス島の西の岬で見た細かいガラスの粉のようなものだ。


「何だかマルディ山で見たものと、光り方が似ていませんか?」


 カロラインさんがリールさんに尋ねると、リールさんの顔色が変わったようだった。

 カロラインさんはそれに気づいたようで慌てて口を(つぐ)む。


「似ていない……と言ったら嘘になりますね」


 だがリールさんはいつもの冷静な声で答えた。


 俺はファイモス島で見たものの方に似ているなって思ったのだが、皆はあれに気づいていないようだったから、そんな結論になるのかもしれなかった。


「同じものがあるということは、この付近で魔人が倒されたということかの?」


「いいえ。この黒い森では魔人は倒されてはいません。魔人が倒されたのはモルティ湖ですから」


 ミーモさんの疑問をクリィマさんが即座に否定した。


 だが『モルティ湖』という言葉を聞いて、リールさんがまた苦しそうな表情を見せる。


「そうすると、この光るものはモルティ湖から来ておるのかの? まさかの」


 ここからモルティ湖までどのくらいの距離があるのか分からないが、以前、リールさんはヴェロールの町まで森を抜けるのに三日、山越えで三日と言っていた。


 そうなると町のさらに先になるモルティ湖まではかなり距離がありそうだ。

 歩きにくい森の中や山道であることを差し引いてもだ。


「まさかとは思いますが、方向は合っていますね。光るものは山の方からやって来ていますから」


 クリィマさんの眺める先を見ると、確かにその先には峠があって、俺たちはそこへ向かうらしい。


「先ほどまでの魔物たちはこの穴を守っていたのでしょうか? そうなるとやはりこれは邪悪なものだと思います。魔人と同じように」


 プレセイラさんはそう言って(けが)らわしいもののように暗い穴を見ていた。

 俺も彼女の意見に同感だった。


 一方で、クリィマさんは周りを見回して納得できないといった様子で首を傾げると、


「邪悪なものと言うよりも、何かマナの流れを感じませんか? この穴に向かって流れ込む流れを」


 ぽつりとそんな意見を述べた。

 俺はそれを聞いて、クリィマさんが感じたことが、俺がこの森に対して抱いた違和感の正体だと気がついた。

 確かにこの穴に向かって、マナが流れ込んでいるのを感じる。


 だが、俺がそれを口にする前に、プレセイラさんと同じ意見に傾いていたミーモさんが、この穴はやはり邪悪なものではないかと言い出した。


「この光る物が魔人が滅んだ時にできる物と同じかどうかは分からぬが、神官殿がそう言うのなら、そうかもしれぬの」


 そうして、ここにある穴が、この森が『黒い森』である原因でさえあるのではないかってことになってきた。


「そうなるとこれを塞ぎますか? それも危険な気もしますが」


 クリィマさんは自分の意見に賛同者がいなかったからだろうか、何となく仕方ないって感じでそう言ったが、穴はそれほどの大きさではないとはいえ、深さが分からないのだ。

 どれくらいの土を運べば良いのか見当もつかない。


「ここはアリスさんの出番ですね」


 しかも彼女はそんな風に俺に振ってきた。


「えっ。どうしたらいいんですか?」


 普通は穴を塞ぐって、どこからか土を持って来て埋めていくのだと思う。

 適当にその辺の土を使えってことなのだろうか?


 だがクリィマさんは自信ありげな様子で俺を見遣ると、


「分解消滅の魔法の応用です。マナをあの穴の上に集中し、一気に物質化するのです」


 簡単そうに言ったが、そんな無から物質を生み出すようなことが可能なのだろうか?


「アリスさんならできると思いますよ」


 俺はさすがに無理なんじゃないかと思ったが、そう言う物理法則を無視したような出来事が起きてこそ、魔法って言えるだろう。


「やってみます」


 俺はそう答えるとマナの流れを起こし、暗黒の穴を目掛けてそれを一気に集中させていった。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
よろしくお願します。
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