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第六十二話 国王の依頼

「勇者に折り入って頼みたいことがある」


 王宮へ昇った俺たちに向かって「息災であったか」などといった挨拶の後、国王陛下がそう言ってリールさんに依頼したのは意外な内容だった。


「南西部の町、ヴェロールでまた、王国に対する反乱が起こったのだ。領主は追放され、王都に身を寄せておる。勇者にはヴェロールへ向かい、反乱について調査するとともに、できればそれを収めてもらいたい」


 俺も驚いたが、皆の驚きはさらに大きかったらしい。


「反乱とは、いったい何があったのです?」


 カロラインさんは思わずそう口にして、慌てて口を覆っていた。

 騎士にあるまじき慌てぶりだと、自分で思ったのかもしれない。


「分からぬな。あの町はずっと不安定なのだ。ほとんど定期的といってよい程、住民たちは突然、税の支払いを拒否しはじめる。昔はこのようなことはなかったから、どうしてなのかと考えてはおるが」


 国王陛下の視線がリールさんに注がれる。


「それで私にですか?」


 リールさんが尋ねると国王陛下は頷かれた。


「うむ。考えてみればあの町はモルティ湖から近いのでな」


 その湖の名前には聞き覚えがあった。

 たしかリールさんが魔人を滅ぼした湖のはずだ。


「イリアはすでに滅んでいます。魔人が暗躍しているという可能性はないと思いますが」


 そう答えるリールさんの様子は自信がありそうなものに見える。

 イリアという魔人を滅ぼしたのは彼女なのだから、それには確信を持っているのだろう。


「いや。余もそう考えてはおる。だが、先ほども言ったが、それ以前にはこのようなことはなかったのだ。それにそなたがイリアを滅ぼしてから、既に五十年以上が経っておる。それもこれまでになかったことであろう? その近くで反乱が起こったのであるから、廷臣たちの中には魔人の復活を疑う者もいるのだ」


 この世界に転生して間もない俺には分からないのだが、どうも今の状態は、かなりイレギュラーなものらしい。

 王宮はそれを魔人の仕業ではないかと疑っているようだった。


「魔人の復活ですか……」


 リールさんは(つぶや)くように言って、ゆっくりと首を振った。

 彼女の中では納得がいかないのだろう。


「そのようなことはあり得ぬと余も思ってはおる。だが、魔人に対抗できるのはあなただけなのだ。何もなければそれで良し。ほかの者を送っても万が一、相手が魔人であれば手も足も出ぬ。それを怖れておるのだ」


 国王陛下から「()げて頼む」と言われてしまったことで、リールさんも依頼を受けるしかなくなった。


「では、これより早速、準備を整え、ヴェロールの町に向かいます」


 リールさんがそう答え、俺たちは王の御前から退出しようとしたのだが。


「まあ待て。少しゆっくりしていく時間くらいはあるであろう。余はそなたとともにいる、その子どもと話してみたいのだ。たしかアリスであったな。近う寄れ」


 いきなり国王陛下から止められた上、そう声を掛けられ、俺は不安になった。

 俺だけが皆から引き離され、幽閉でもされるんじゃないかと思ったからだ。


 隣にいるプレセイラさんを見上げると彼女は頷いている。


 まさか逃げ出すわけにもいかない俺は、仕方なく国王陛下に歩み寄った。


「もっと近く。ここへ来い。さあ」


 そう言って彼女は玉座のすぐ横を右手で示す。


 さすがにどうしようかと思ったが、もう行くしかないと迷いを振り切り、俺は陛下の側近くへ寄った。


「そう緊張するでない。別にどうこうする気もないのでな」


 そう口にして、国王は俺の頭に手を伸ばす。

 俺は一瞬、びくっとして身体を固くしてしまったが、されるがままに身を任せていた。


「おお。これは至福の手触りであるな。ずっと余の側に置きたいくらいだ」


 だが、国王陛下は俺の髪をゆっくりと撫でて、そんなことを口にした。


「陛下。お(たわむ)れが過ぎます」


 玉座の右前に立つ眼鏡を掛けた文官らしき女性がそう言って(たしな)めるが、王は俺を撫で続ける。


「戯れなどではない。この美しさ。初めて会った時より、さらに磨きが掛かったようだな」


 国王陛下はそう言って蕩けるような顔を見せる。


「未だに勇者とともにあるとは、余の心配は杞憂であったか。本当は初めてそなたを見た時から、こうして側近くに呼び寄せたいと思っておったのだ」


 そう言ってなおも俺を撫で続ける王の姿に、皆は言葉を失っていた。


 俺はまだ魔人になることを諦めてなんかいないから、国王の心配は杞憂で終わらないはずなのだが。


「ハグしてもよいか?」


「えっ?」


 これまで沢山の人に愛でられてきたが、抱きつかれたことはあまりない。


「陛下!」


 先ほどの文官から鋭い声が飛ぶが、国王陛下は訴えるように俺の目を見つめてきた。


「別に、その、かまいません」


 国王陛下も見目麗しい女性だから、そんなことしていいのかなって、俺の方が思うが、望んだのは彼女の方なのだ。


「おお! 嬉しいぞ」


 国王はそう言って俺に身を寄せ、優しく抱きしめてくれた。


「こうしていると、心が癒され、温かくなる。うららかな春の陽気の中にいるようだ。そなたは春を運んでくる『春の妖精』なのだな」


 俺はおとなしくしていたが、国王陛下はしばらくそうしていると、「いきなり済まなかったな」と恥ずかしそうに口にして解放してくれた。


「いいえ。こちらこそ過分なお言葉をいただき、ありがとうございます」


 俺がそう言って頭を下げると、王は目を細めた。


「本当に可愛らしいものよ。春の妖精よ。ここに留め置きたいが、お前の保護者が睨んでおるのでな。名残惜しいが行くがよい」


 どうも俺の後ろではプレセイラさんがどうなることかと心配してくれていたようだ。


 俺はもう一度、頭を下げ、皆の待つ(きざはし)の下へと戻ると、一緒に王宮を辞することになった。



 そうして宿に戻った俺たちは、出発の準備を進めた。


「国王陛下からの直々のご命令ですから。必ずや勇者様をお守りします」


 カロラインさんは俺とプレセイラさんの護衛の時とは打って変わって、ヴェロール行きに乗り気だった。


「今回は手合わせする必要はなさそうなの。することは変わらないのに、騎士は思ったより単純なの」


 ミーモさんは呆れた様子で、カロラインさんを揶揄(やゆ)するように言っていた。

 たしかに彼女の言うとおり、することは同じ護衛なのだから、変わらないと言えば変わらない。


 でも、近衛騎士であるカロラインさんからしたら、国王陛下から直々に命令を受けたってことと、この世界の重要人物である勇者のリールさんを守るってことに意義を見出しているのだろう。


「せっかくここまで帰って来たのに、森とは反対方向なのよね。しかも人間同士の争いだし、私は手を出さないわよ」


 ロフィさんはそう言いつつも、俺の監視を続けるようだ。

 やっぱりあのエルフの族長から命ぜられた任務を放棄したって責められることが怖いのだろう。


 あの族長は俺も怖かったから、気持ちは分からないでもない。


「アリスさんは国王陛下にも気に入られてしまいましたね。私はライバルが増えて大変です」


 プレセイラさんはそんなことを言ってくれて、またいつもの優しい目で俺を見てくれていた。


「気に入られたなんて、そんな」


 俺は自分で言ってて謙遜かなって思ったが、やっぱり皆の感想も同じだった。


「いや。すっかり王のお気に入りじゃな。騎士も勇者殿だけでなく、アリス殿にも気を遣わぬと、王の不興を買うと思うの」


「そ、そんなことは。それに私はアリスさんに失礼な態度を取ったことなどないぞ。騎士として常に礼節をだな……」


 カロラインさんが何だか慌てて言い訳みたいなことを口にした。


 別に失礼な態度を取られたからって、国王陛下に言いつけるなんてことをするはずもない。

 それで猫なで声で対応されたら、そっちの方が怖い気がするし。


「私でさえハグなんてさせてもらったことがないのに。妬けちゃうわ」


 そうだったかなと思ったが、そう言われてみるとあまり記憶にない。

 いや。俺は元々、男なのだから、プレセイラさんとハグなんかしたらまずいと思うのだ。


「えっと。ちょっと恥ずかしいので」


 そんなことを言って気分を害されたらって思ったが、少なくともクリィマさんの見ている前でハグなんてされたら、後で何を言われるか分からない。

 見られてなければ良いのかってのは、また別問題だが。


「まあ。頬を真っ赤にして。可愛いわ」


 自分では意識していなかったのだが、俺の顔は真っ赤になっていたらしかった。

 そりゃあ、プレセイラさんみたいな美しい女性にハグしていいかなんて聞かれたら、顔も紅くなるだろう。


 もうそれだけでクリィマさんの視線が厳しい気がする。


 そう思ってクリィマさんを見ると、お気楽な俺たちとは対照的に、彼女はリールさんと深刻そうな雰囲気で話していた。


「リール。王のご命令です。行くしかないでしょう」


 どうやらリールさんがモルティ湖に行きたくないってのは、相当に根が深いようだ。

 あの場で即座に断らなかっただけでも最大限、王の権威に配慮したってことなのだろう。


「分かっています。ですが、ヴェロールの町へは北から入りましょう。あの湖には近づきたくありませんから」


 リールさんの言葉に、即座にミーモさんが反応した。


「北からヴェロールへ入るって、山越えをするってことなの?」


 続けてロフィさんがもっと激しい反応を見せた。


「山越えをするって正気なの? あの周辺の黒い森には、私たちエルフだって入らないって聞いているわ。人通りだって絶えてないのでしょう?」


 彼女の剣幕を見ていると、どうやらオーヴェン王国で公用手形を発行してもらって以来、続いていた快適な旅は終わりを告げるらしい。


 俺は身体が小さいから、できれば徒歩は勘弁してほしいなって思った。

 でも、リールさんの様子では、俺がそんなわがままを言ったら、連れて行ってもらえなさそうに見えた。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
よろしくお願します。
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