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第六話 初めての魔法

「じゃあ。今日はお使いに行ってきてくれる?」


 俺は前の晩、マイさんに神殿の外に出てみたいと頼んでおいた。

 すると彼女は翌朝、すぐにその願いを叶えてくれたのだ。


「分かりました。すぐに行ってきます」


 実は本当に急ぎの用事があったらしく、彼女が俺に頼んだのは、決して俺の希望を尊重しただけではなかったらしい。


 それでも俺は神殿の外へ出て、これまでの疑問の一部でも解消したいと思っていたから、否やはなかった。


「商店を回って、配達をお願いして来てくれる? 特に小麦粉はもう残り少ないみたいだから、大至急でお願いしてね」


 俺は何となく子どものお使いを想像していたのだが、この神殿には多くの人が暮らしている。

 その上、多くの信者に配るパンやクッキーを焼いているのだから、そこで使用する食料や日用品はかなりの量になるはずだった。


 子どもの身でそれを運んで来るのは不可能だろう。


「分かりました。粉屋さんには急いで運んでもらうようにお願いしてきます」


 俺が訪れるべき店とそこでの購入品のリストを受け取り、そう答えると、彼女は笑顔で頷いた後、真面目な顔を見せた。


「町は安全だとは思うけれど、気をつけて」


 モントリフィト様の神殿があるこの町で、悪事を働く人はいないからと彼女は付け加えたが、何しろ俺はつい数日前、神殿の側に倒れていたのだ。

 心配されて当然なのかもしれなかった。



(思ったより大きな町だな……)


 神殿の門を出ると、その先には文字通りの門前町が続いていて、かなりの人で賑わっていた。

 そして、そこにいる人々はすべて女性のようだった。


(でも、そんなことって有り得るか?)


 俺はそれでも半信半疑だった。

 より現実的な答えとしては、町全体が男子禁制になっているってことだ。


 女神に捧げられた神殿のある町が、男性の入城を拒否しているなんてことの方がまだ、あり得るような気がした。



 俺は金物屋に薬屋、雑貨店などを次々に回り、メモを見せて配達をお願いする。


 初めて訪れる店なのに、神殿の紋章の入ったメモ用紙の効果か、神殿の名を騙る罰当たりな行いをする者なんていないからか、店員は皆、素直に注文を受けてくれた。



「いらっしゃいませ」


 愛想よく俺を迎えてくれた粉屋の店員もやっぱり女性で、あまり見ない緑色の髪を後ろで束ねている。

 彼女も二十歳くらいに見えるかなり綺麗な人で、現代日本だったら、店は大繁盛だろうなって思えるくらいだった。


「あら。神殿のお使いなの? 偉いわね。このお店は初めてかしら?」


 俺が渡した紙を見て、店員の女性は「承知しました。明日にはお届けしますね」と笑顔を返してくれる。

 だが、俺はそこでマイさんが「小麦粉は大至急」と言っていたことを思い出した。


「あの。できればこれからすぐに届けていただきたいのですが……」


 マイさんのあの言い方だと、今日中にも必要って感じだった。

 そう思って俺はお願いしたのだが、


「あら。そうなの? ちょっと待ってくださいね。確認するわ」


 彼女はそう言い残して、店の奥へと引っ込んでしまった。


(まずかったかな。最初にこの店へ来るべきだったのかも……)


 俺はそう思ったが、今さらどうしようもない。

 粉屋は神殿から最も遠い場所にあったから、手近な店から順に巡ったことで、最後になってしまったのだ。



 しばらくすると、彼女は別の女性とともに戻って来た。


「ご注文の品は午前中のお届けが必要なのかしら?」


 現れた女性は店主だと名乗ったが、彼女も店員の女性同様、ニ十歳くらいに見える。

 随分と若い女性が店主なんだなと思ったが、今はそんなことよりも小麦粉を届けてもらうことだ。


「ええ。大至急と言っていましたから、今日にも使うみたいです」


 きちんと確認しなかった俺も悪いのだが、さっき店員の女性が言ったとおり普通の配達でも明日には届くのだ。

 明日でいいのなら大至急なんて言わないだろう。


 だが、あいにく配達へは先ほど荷車を出したばかりで、車が戻って来るのは早くてもお昼過ぎ。それから急いで配達しても、午後のそれなりの時間になってしまうとのことだった。


「ほかならぬ神殿からのご注文ですもの。最優先でお届けさせていただくのですけれど。午前中は……」


 困った顔を見せる店主に、俺はやっぱりこの店を最初に訪れるべきだったのだなと残念な気持ちだった。

 マイさんもプレセイラさんも、あのポリィ大司祭を含め、神殿の女性たちはとても優しい人たちばかりだったから、俺がこのまま帰っても、決して俺を責めたりはしないだろうと思う。


 でも、だからこそお使い程度のことがきちんとできなかったことがとても悔やまれるのだ。

 見た目こそ小さな女の子だが、中の俺は高校生なんだから、何をやってるんだって気持ちだった。


「これだけの量となると、魔法でもちょっと難しそうね」


 そう言って店主は店員の女性の顔を見る。

 彼女は申し訳なさそうに、


「神殿まではかなり距離がありますから、魔法だけで運ぶとなると、私一人では……」


 なんて会話をしていた。

 俺は聞き捨てならないなと思って。


「あの。あなたは魔法が使えるのですか?」


 思い切ってそう尋ねてみた。


「ええ。小麦粉の袋は結構、重いでしょ。だから神様は私に魔法の力をお授けくださったの。とても重宝しているわ」


 店員の女性は笑顔を見せて、そう教えてくれる。


「実は俺も魔法が使えるみたいなんです。そんな神託を受けましたから」


 俺は魔人の話を聞いた後だったこともあり、魔法が使えるって言うのはちょっとまずいかなと思いつつ、背に腹は代えられないので、そう申し出た。

 彼女は目をぱちくりさせていたが、


「あらそうなの。でも、浮遊の魔法が使えるかしら?」


 そう俺に尋ねてきた。


「分かりません。実際に魔法を使ったことがないので」


 俺は正直に答えた。


「二人なら手分けして少しでも神殿まで運べるかもしれないわ。試してみる価値はあるわね。手解きをしてあげてはどう?」


 店主の女性がそう促してくれて、俺は店員の女性から魔法を教えてもらうことになった。



 俺は店の奥の倉庫に案内されて、そこで彼女が魔法を使うところを見せてもらうことになった。


「店主はああ言ったけれど魔法には色々な種類があって、ほとんどの人は神様がお与えくださった一つか二つの魔法が使えるだけなの。だからあなたが浮遊の魔法を使える可能性はそれほど高くない。使えなくてもがっかりしないでね」


 彼女はそう念を押して、俺が魔法を使えなかったら、近所の店に一緒に配達してもらえないか頼んでみるからと言ってくれた。


「まずは神様にお祈りして、お力をお貸しくださるようお願いするの。そしてマナの動かし方は分かるかしら? 粉の袋の下に板のようにマナを集めて、それを動かすと……」


「あっ! 浮いた!」


 俺は年甲斐もなく驚きの声を上げてしまった。

 それはまるで空中浮遊のマジックを見ているかのようだった。


 大きく重そうな小麦粉の袋が、何の支えも無い状態で浮かび上がり、こちらへと向かって来たのだ。


「このくらいなら何てことないんだけど。さすがにご注文いただいた量を神殿まで運ぶとなるとね」


 彼女はちょっと困ったって顔をしたが、小麦粉の袋は大きくて二、三十キロはありそうだ。

 俺が預かったメモを見返すと、小麦粉は十袋と記されていた。


「試してみます」


 俺は彼女に言われたとおり、心の中で女神に、モントリフィトに祈りを捧げる。

 彼女のせいでこんな目に遭っているのにと不本意な気がしたが、今は魔法を使うことだけを考えようと割り切った。


 そして先ほど彼女が魔法を使った時に感じたマナの流れをイメージして、積み上げられた小麦粉の袋の下にマナを送り、板のように固めてみる。


「えっ。すごい……」


 店員の女性が驚きの声を上げ、その視線の先には、俺が浮かべた十袋の小麦粉の袋があった。


「そんなに一度に……大丈夫なの?」


 俺を振り返って彼女は聞いてきたが、別になんてことはなさそうだった。

 マナを操り、前後左右に、上下に袋を動かしてみる。


 小麦粉の袋は俺の意思に従って自由自在に動かすことができ、特に問題もなさそうだ。


「せっかくだから、このままいただいて行ってもよろしいですか?」


「え、ええ。結構です。店主には伝えておきます」


 それだけを口にして呆然とする彼女を尻目に、俺は小麦粉の袋を浮かせたまま、倉庫から路地へと運び出した。



「あぶないね!」


 路地に出ると、小麦の袋が台車を押してやって来た人に当たりそうになっていた。


「すみません。前がよく見えてなくて……」


 いきなり運び出すのはまずかったかなと思って、俺は素直に謝った。

 だが、路地をやって来た女性は俺の姿を見て、


「ええっ。これをあんたが運んでいるのかい? 魔法で? こんなの初めて見たよ」


 続けて驚きの声を上げた。

 どうやら、俺の魔法の力は桁外れのものらしい。


「すみません。急ぎますので」


 何だか騒ぎになりそうな雰囲気なので、俺はそう告げて、急いでその場を後にする。

 だが、それがますます彼女を驚かせたようだった。


「浮遊の魔法って、あんなに速く動かせるものなのかい? あれだったら仕事も早く片付いていいねぇ」


 女性はそんなことを口にしていたから、どうやら浮遊の魔法は人が歩くくらいの速度でしか動かせないものらしかった。


 俺はさっさとこの場を逃れようと、全速力で駆けるくらいのスピードを出していたのだが、運んでいる量も相まって、思っている以上の迫力があったのだろう。



 大通りに出た俺は、目立たないようにゆっくりと道の端を進んでいたのだが、何しろ運んでいる量が量だ。

 中には指差す人もいたりと、嫌でも注目を集めてしまっていた。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
よろしくお願します。
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