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第五十五話 皇帝の寝室で

(あれは……)


 その小ぶりな石板のような物に俺は見覚えがあった。

 スマホにそっくりの形と大きさのそれは、クリィマさんの作った通信用の魔道具だ。


 考えてみれば俺がいるのは皇帝の寝室。

 帝国にとって大切な物を隠すのに、これほど適切な場所も少ないだろう。


「モントリフィト様。どうか力をお貸しください……」


「うん? 何を祈っておるのだ? 心配せずともよいぞ」


 俺があの女神に祈ると、皇帝は俺が不安を感じているとでも思ったのか、そう尋ねてきた。


 だが俺はその言葉を無視し、テーブルの上に意識を集中する。

 そこにはニ十個弱のあの魔法の道具があるようだった。


 おそらくは、帝都に集められたすべての魔道具なのだろう。


(はっ!)


 これまでは対象は一つだけだったが、『睡眠』の魔法同様、『分解消滅』の魔法も多数を対象に一気に発動させることもできそうだった。

 何しろ俺は、神にチートな能力を与えられているのだからな。


「うん?」


 一瞬、皇帝の背後のテーブルに膨大なマナが集中する。

 何かを感じたのかセデューカ帝はそちらを振り向いた。


 それは、ミーモさんやロフィさんなど魔法を使える、マナの流れを感じることのできる人がいたのなら、恐れ慄いていたかもしれないほどの圧倒的な流れだった。


 セデューカ帝には魔法の適性はなさそうだが、それでもこれだけのマナが集中したとなると、それはこの世界の人のこと、やはり何かを感じたようだ。


 だが、もうテーブルの上には何もない。


(よしっ。成功だ!)


 俺の使った『分解消滅』の魔法が完璧にその効果を発揮し、そこにあった魔法の道具はすべてきれいさっぱり消え去っていた。


「おや。召使いが片づけたのか? いや。先ほどまではあったはずだが?」


 さすがにすぐに気がついて、椅子から立ち上がるとテーブルに近づいて行く。


 だが当然、その上にあるはずの物は無い。


 皇帝はベッドサイドに戻るとそこにあったベルを手に取って鳴らした。


「お呼びでしょうか?」


 どこに控えていたのか、すぐに召使いが部屋に現れて、そう尋ねた。


「ここにあった物をどこへやった? 別の場所へ移すように命じたつもりはないのだが?」


 さすがに不安を感じさせる声で皇帝は召使いを問い質す。

 だが当然、召使いは要領を得ないといった様子だ。


「私は手を触れておりませんが。そのように陛下はお命じでしたから」


 彼女も少しずつ不安になってきたようだった。

 自分が疑われていると感じているのだろう。


「ほかの者にも確認するのだ! ここにあった物をどこへやったのかとな!」


 もう俺を愛でるどころではなく、召使いたちが緊急招集される。


 だが彼女たちは全員が、テーブルの上の物には手を触れていないと答えた。


「そのようなことがあるか! ここに必ずあったはずだ」


 皇帝は厳しく叱責するが、彼女たちこそ良い迷惑だろう。

 実際にはあの魔道具は俺が消し去ったのだから。


「畏れながら私がつい先ほどこちらへ伺った時には確かにテーブルの上には、触れてはならないとお命じになられた物がございました。私はそれに触らないように注意した記憶がありますから」


 先ほどベルで呼び出された召使いがそう証言する。

 それでセデューカ帝も、部屋に入って来たときに、あの魔道具を目にしたことを思い出していた。


「あれが突然消えたとなると、考えられることはただ一つだ。クリィマはどうしておる!」


 召使いたちは顔を見合わせるが、皇帝はクリィマさんを呼べと大きな声を出し続けた。


「あの者の仕業に違いない。まさかクリィマは逃げ出したのではないであろうな? 仲間を見捨て。いや、あやつならやりかねぬ」


 ずいぶんと酷い評価だなって思う。


 でも、彼女はおそらく宰相の地位と責務を投げ捨てて、この国を脱出したみたいだから、そう思われても仕方がないのかもしれない。


「すぐにクリィマを探せ。見つけ次第、ここへ連れて来るのだ!」


 セデューカ帝の命令に、召使いたちは我に返ったように「かしこまりました」と口にして、謁見の間の方向なのだろう、俺が連れて来られた廊下へと小走りに去って行った。


「あやつめ! 許さぬ」


 その後も皇帝の怒りは収まらないようで、そんな言葉を(つぶや)いて、俺のことは忘れているようだった。


 俺は手持ち無沙汰の中、クリィマさんが連れて来られたらどうしようと考えていた。


(もし、クリィマさんが痛めつけられるようなことがあれば、許せないな。それにプレセイラさんたちも)


 彼女たちはどうなったのだろうと改めて考えた。


 リールさんやミーモさんは剣を取り上げられているのだろう。

 エルフのロフィさんの魔法はどう防ぐのだろう。


 そう考えるとその辺りの部屋で軟禁することも難しいのかもしれない。

 最悪、地下牢とか、簡単には逃げ出せない場所に繋がれているのかもしれなかった。


「いったい何があったのです? どうしてこのような場所に呼ばれねばならないのですか?」


 それでもさして待つこともなく、クリィマさんが召使いたちとともに現れた。


 別に拘束されているわけでもなく、普通に案内されて来たって様子だ。


「クリィマ! 貴様、どこに隠れていた?」


 皇帝はそう決めつけていたが、クリィマさんはわけが分からないって顔だった。

 まあ、わけが分からなくて当然だ。


「隠れるなんてとんでもない。おとなしく与えられた部屋にいましたよ。逃げたら皆が酷い目に遭うのでしょう?」


 クリィマさんはきちんと仲間のことを考えてくれていたようで安心した。


 実はこの国での評価の方が当たっていて「部屋はもぬけの(から)でした」なんて言われたらどうしようと、ちょっと心配していたのだ。


「しらばくれる気か? 貴様にしかできないことはわかっているのだ! どうしてくれる?」


 皇帝なのだから、もう少し落ち着いて鷹揚な態度を示した方がいいんじゃないかと俺は思った。


 でも、あの魔道具は帝国の統治の根幹をなすもののようだから、落ち着いてはいられないのだろう。


 実際に俺たちがそのうちのたった三つを破壊しただけで、帝国によるステリリット大陸の統治は大混乱に陥っているようなのだから。


「私しかできないこと……。結構、色々とありますから、やっぱり何のことか分かりませんね」


 クリィマさんすごい自信だなって思ったが、確かに彼女にしかできないことって多そうだ。


 いや、今は俺がいるからそうでもないか。


 それにしたって、現状でセデューカ帝が言いそうな「彼女にしかできないこと」って何のことか、さすがに分かると思うのだが。


「あの魔道具だ! 貴様が作った魔道具が、すっかり姿を消したのだ。こんなことができるのは貴様だけであろう? すぐに元に戻すのだ!」


 それでも皇帝は結構、丁寧に魔道具が失くなったことを説明していた。

 こう言うやり取りを聞いていると、実は元は良い人なんじゃないかって気もしてくる。


「すっかりって。本当に全部ですか? 私が作ったあの魔道具が?」


 クリィマさんは皇帝に問い掛けながら、ちらりと俺の方に視線を送る。


 彼女は何が起こったのか、大方、理解できたようだ。


「そう言ったではないか! 早く元に戻せ。そうすれば今回だけは許してやろう」


 皇帝はそう言ってクリィマさんに迫る様子を見せたが、クリィマさんは冷静に返す。


「残念ですが、元に戻すことはできません。あの魔道具は神のご意思のとおり、マナに帰ってしまいましたから」


「なにっ!」


 クリィマさんの答えに、セデューカ帝は怒りの声を上げた。

 だが、すぐに彼女は冷たい声で、


「よかろう。魔道具を元に戻すまで、かの者たちに苦痛を与えるとしよう。耐え難い苦痛をな」


 この世界の人は簡単には亡くならないから、こういうのは本当に恐怖かもしれない。

 元いた世界でも神から酷い拷問を受け続けるなんて神話か何かを読んで、身の震える思いがしたものだ。


「やめてください!」


 俺はとうとう耐えられなくなって声を上げた。

 皆の目が俺に集まる。


「アリスよ。余とて情けの無い者ではない。だが、こやつが言うことを聞かぬとあらば、仕方がないではないか」


 セデューカ帝は俺を宥めるように言ったが、それは俺の求めていた答えではなかった。


「そんなことをしないで。どうしてもそうすると言うのなら、覚悟があります!」


 俺の訴えにも、皇帝はせせら笑うような態度で応じた。


 何の力もない、ただ美しいだけの子どもの覚悟など、いかほどのものでもないってことだろう。


 だが、俺はただの子どもではない。


「おもしろい。アリスの覚悟とやらを見せてもらいたいものだ」


 彼女はさらに俺を揶揄(やゆ)するような言葉を口にした。


「モントリフィト様。どうか力をお貸しください……」


 女神に祈りを捧げながら、俺はファイモス島の池での出来事を思い出していた。

 クリィマさんが俺に魔法を教えようとしてくれた、その時のことだ。


「なっ。それはいったい?」


 俺の前に輝く魔法陣が浮かび上がったのを見て、セデューカ帝が驚愕の声を上げる。


 今はあの時のようなことにはならない。俺にはそんな確信があった。


 俺はあれからずっとマナを扱ってきて、魔法にかなり熟達したはずなのだ。


「アリスさん! ダメです!」


 俺の様子に危険を感じたのだろう、クリィマさんが呼び掛ける声がした。


 そうして彼女が飛び出して来たのと、俺が魔法を発動したのは、ほぼ同時だった。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
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