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第五十四話 勇者の捕縛

「クリィマか。やはり来ておったか。そうこなくてはな」


 皇帝の顔にまた笑みが浮かぶ。

 その笑みはこの世界に来てから、あまり見たことのなかった類のものであることに俺は気がついた。


 プレセイラさんの優しい笑みをはじめ、この世界で俺に向けられる笑みは慈愛に満ちたものばかりだった。

 今、皇帝が見せた笑みはそれらとはまったく違うものだ。


「ええ。私です。ここにいる皆は魔法の道具とは無関係です。なにしろあれは私にしか扱えぬ代物(しろもの)ですから」


 謁見の間が騒がしくなる。


「クリィマの声だ!」「奴はどこにいる?」


 そんな声が聞こえるから、やっぱり彼女はこの国では結構、有名人のようだ。


「だからほかの者は解放しろか? そうはいかん。そなたには償いをしてもらわねばならんのでな。少なくともそれが済むまでは、この者たちには帝都にとどまってもらう」


 俺たちの周りを多くの兵士が囲む。


(どうしよう。いっそ魔法で……)


 俺が『睡眠』の魔法を使えばこの場を切り抜けられるのではと思ったのだが、プレセイラさんはそんな俺の考えに気づいたようだった。


「アリスさん。いけません!」


 制止してくる彼女の声に、俺は魔法の発動を思いとどまった。


「クリィマよ。姿を見せろ!」


 セデューカ帝が大きな声で呼ばわると、玉座のすぐ横から、


「はい。私はここですよ」


 クリィマさんの(とぼ)けた声がして、彼女はダガーを皇帝の首筋に押し当てていた。


「全員、武器を捨てなさい! 陛下がどうなってもいいのですか?」


 彼女はそう大きな声で俺たちを囲んだ兵士たちに呼び掛けた。


「武器を手放すな! どうせこやつには何もできん!」


 首筋に小剣を押し当てられながら、それをまったく気にすることなく皇帝は兵たちに命じた。


「武器を捨てなさい! 私は本気ですよ!」


 クリィマさんは繰り返すが、兵士たちが従う様子はなかった。


「くっくっくっ。クリィマよ。勝負あったな。そなたには人を傷つけることはできん。そなたはそういう奴だ」


 そう言って皇帝はクリィマさんの手を取った。


「そなたが我らに協力すれば、この者たちにはこの城でゆるりと過ごしてもらうだけ。だが、それを拒むならば少し痛い目を見てもらうかもしれん」


 どうやら俺たちは捕らえられ、拷問を受けることになるらしい。


 クリィマさんの顔が悔しそうに歪むのを俺は見た。


「このように小さな子どもを痛めつけると言うのですか? 神は決してその行いをお赦しになりませんよ!」


 プレセイラさんが大きな声で責めるように告げると、皆の視線が一斉に俺に集まった。


「その者がテレーゼから報告のあったアリスか。恐ろしいほどの美しさであるな」


 どうやらあの海峡で出会ったテレーゼ艦長は、俺のことまで報告を上げていたらしい。

 可愛い子どもがいたって、帝都に報告するほど重要な情報なのだろうか?


「さすがにその者を痛めつけることは兵たちも躊躇(ちゅうちょ)するであろう。まだ子どもでもあるし、アリスには余の側でゆっくりと過ごしてもらうとしよう」


 どうやら俺はテレーゼ艦長の乗艦のトーリス号ではなく、皇宮のマスコットになるらしい。


「皆と一緒にしてください!」


 大きな声で俺はそう主張したが、皇帝は鼻で笑うような態度で、


「おお。勇ましいな。なあに、クリィマがおとなしく余に従えば皆、悪いようにはせぬ。それだけの余力は十分にできるであろうからな」


 皆に言い聞かせるようにそう伝え、兵たちに命じてプレセイラさんやリールさんをはじめ全員を捕らえさせた。


 そして謁見の間から皆は連れ出されて行ってしまう。



 後には俺とクリィマさんだけが残され、周りは敵ばかりといった状態だ。


「私にどうしろとおっしゃるのですか?」


 クリィマさんが厳しい声で尋ねると、皇帝は少しだけ考える様子を見せたが、すぐに口を開いた。


「まずはあの会話のできる魔道具をもう一度、作ってもらおうか。そなたがいれば帝国が世界を統べることさえ可能であろうからな」


 クリィマさんがいるだけで世界征服が可能になるものか甚だ疑問だが、もともとこの世界は平和なのだ。

 そのバランスがほんの少しでも崩れれば、一気に物事が進むこともあるかもしれない。


「それは買い被り過ぎです。私の力はそれほどのものではありませんから」


 クリィマさんが否定しても、セデューカ帝は納得しないとばかりに首を振る。


「とにかく、あの魔道具を作るのだ。あれはとても役に立った。多くの者があのおかげで暇を得たのだ。それは余とて同じこと」


 そう言ってあくまでクリィマさんに魔道具を作ることを強要するようだ。


「まあ、慌てることはない。魔道具を破壊した者は捕らえたのだからな。まずはもう一度あれを大陸の各地に配置し直さねばならん。それをそなたが新しく作った物でさらに補完するのだ」


 そうしてせっかく三つの魔道具を破壊することで崩壊に導いたと思った帝国の支配体制は、再構築されることになるようだった。


 こんなことになったのも俺が「ある意味、目的は果たされたのでは」なんて言ったからかもと思うと、悔やんでも悔やみきれない気がする。


 そのせいでプレセイラさんやリールさんは捕らえられて、酷い目に遭うかもしれないのだ。


「お願いです。みんなを解放してください! そしてプレセイラさんの言葉に耳を傾けてください!」


 俺が懇願するように言うと、皇帝は俺の方に目を向けた。


「このアリスも今は余の手の内にある。どうやら可哀想な身の上の子どもらしいではないか。これ以上辛い目に遭わせたくはなかろう?」


「や、約束が……」


 クリィマさんが絶句するが、皇帝はまた笑みを浮かべて、


「余は約束などしておらぬぞ。余の側でゆっくり過ごしてもらうと言っただけだ」


 何だかとても嫌な予感がする。

 俺は少し後ずさったが、背後から二人の兵に両肩を押さえられた。


「余の寝室へ連れてゆけ!」


 俺はぞっとしたが、残念ながら小さな子どもの身体では兵の力に抗う術もない。


「アリスさんをどうする気ですか!」


 クリィマさんが叫ぶように聞き、それに対して皇帝が、


「悪いようにはせぬ。そなたもその間に、ゆっくりと考えるのだ」


 そう答えて玉座から立ち上がる様子がちらりと見え、俺は兵士に引き立てられるように謁見の間から連れ出された。



「おお。アリスよ。そなたは本当に美しいの。さあ。ここへ来るのだ」


 皇帝の寝室なのだろう。俺が連れて来られたのは、大きな天蓋付きのベッドのある部屋だった。


 そして俺と相前後してセデューカ帝が部屋へ入って来て、ベッドサイドの椅子に座ると、俺にそう呼び掛けた。


 何となく、身の危険を感じて俺は近寄るのをためらっていたのだが、皇帝に今度は強い調子で、


「ここへ来るのだ! 早く!」


 そう呼ばれてしまった。


 俺がここで抵抗すれば、プレセイラさんたちが酷い目に遭わされるかと思うと、選択の余地はない。


 諦めておずおずと近寄ると、皇帝は俺の髪を見て、


「その頭のものは?」


 そんな風に尋ねてきた。


「頭のもの?」


 俺はそう口にして、あのティアラを載せていることに気がついた。

 これはもう言い逃れはできないなと思うと、自然と汗が流れる。


「これは、その……。ルビール王国のティアラです」


 俺は正直に答えた。

 嘘をついてもどうせすぐに分かってしまうだろうし、そうなると余計に厄介だろうと思ったのだ。


 失くしたりしないようにと、最近は毎日これを着けて生活していたから、迂闊(うかつ)にもつい身に着けたままで皇宮へやって来てしまったのだ。


「なんと! アキュビーの奴、王位の象徴たるそのティアラをお前に託したのか?」


 何だかとんでもない誤解をしているようだが、ルビール王から託されたとか、そんなことはない。

 それとやっぱりこのティアラは王位の象徴って、そんな大層なものだったのだ。


 国王の執務室の金庫に収められていたのだから、ただの宝飾品ではないと思ってはいたが。


「いいえ。これは……」


 盗んだ物ですって言っていいものか、さすがに俺は迷った。

 そもそも俺が盗んだわけではないのだが、盗品を身に着けているって状態は、状況証拠どころか物的証拠までばっちりなのだ。


 弁解するとしたら、盗んだのはミーモさんですってことなのだろうが結局、押し付けられたとはいえ身に着けているのは俺なのだ。


 だが、セデューカ帝は何故か俺が迷っているうちに、勝手に彼女の中で結論を導き出したらしかった。


「そうか。奴も長年、王を務めただけはある。このティアラがこれほど似合う者はお前のほかにおるまい。それを知って、これをお前に託したのだろう。余のものとしようと思っていたが、構わぬ。アリスよ。お前が取っておけ」


 この大陸を統べる皇帝陛下から、なぜか所有を公認された形になって、とりあえず窃盗行為を咎められることはなくなったようだ。

 このまま自分のものにしてしまおうとは、さすがに思わないが。


「お前の青い服に、ティアラの青い宝玉が良く似合っておる。震えるほどにな。これぞまさに神の配剤であろうて」


 話が段々と大袈裟になってきた。

 ルビール王国で手に入れたティアラにはサファイアかラピスラズリか、大きな青い宝石が付いていて、何となくあの女神がしていたものに似ている気がするのだ。


 そしてマーコさんがほかの注文をすべて後回しにして作ってくれた、あの青いワンピースは、どこへ行っても誰からも好評で、セデューカ帝の心も掴んだようだった。


「触れても良いか?」


「どうぞ」


 本当に恐ろしい物にでも触れるようにゆっくりと腕を伸ばし、彼女は俺の頭上のティアラに触れるのかと思ったのだが、


「えっ?」


「おお! 思った以上にさらさらであるな。これは……至福の手ざわりじゃ」


 皇帝はそう言いながら俺の髪を撫で、うっとりとする顔を見せた。


 その時、寝室の小ぶりなテーブルの上に無造作に置かれた、いくつもの小さな石板のようなものが俺の目に入った。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
よろしくお願します。
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