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第五十三話 皇帝との謁見

 皇宮に到着した俺たちは早速、謁見を願い出た。


「なんと! オルデンの神殿からわざわざですか? それに勇者様まで……」


 受付の文官はそう言ってさすがに驚いたようだった。


「ちなみに私はただの付き添いです。魔人が絡んだ案件ではありませんから」


 リールさんは受付係の彼女を安心させようとしてか、律儀にそう告げていた。


「はっ! そう言われてみれば、その可能性もあったのですね。それは気づきませんでした」


 彼女はそう答えていたから、リールさんの気の回し過ぎだったらしい。

 でも、皇帝に伝わるまでに誰かがその可能性に気づいたかもしれないから、二度手間を省く効果はあるだろう。



「受付は普通でしたね」


 俺はちょっとほっとして、帰り道でも相変わらず姿を見せないクリィマさんに話し掛けた。

 受付までチャットボットみたいに自動化されていたらどうしようと思っていたのだ。


「そこまでは気づきませんでしたね」


 クリィマさんには俺の発言の意図が伝わったようで、そんな答えを返してきた。


 ゴーレムみたいな擬似生命体を作り出して、それに受付をさせるなんて、いかにもありそうな話だと思うのだが。


 もしクリィマさんがそうしていたら、さらに人が余っていたのかもしれないが。



「謁見は三日後だそうです。思ったより早かったですね」


 宿で待っていると、その日のうちに皇宮からの使いが来て、プレセイラさんにそう告げたようだった。


「そうですね。宮廷も何か勘づいているのかもしれませんね」


 リールさんの意見はもっともだって気がする。

 魔人の疑いがあるってことで、タゴラスの王宮を訪ねた俺が国王陛下の謁見を賜るまで、半月以上掛かったのだ。


 しかも今、この国は例の魔道具が使えなくなって混乱しているはずだ。


 その中でいかにオルデンの神殿から訪れたにせよ、一介の神官にすぎないプレセイラさんにたった三日で謁見の機会が与えられたのは、少なくとも何か今回の異変に関係があると考えている気がする。


「別に勘づいていたとしても構いません。私は信ずるところを述べるまでです」


 プレセイラさんはかえってさっぱりしたって顔でそう言っていたが、それをセデューカ帝が受け入れる可能性は低い気がする。


「最悪、どうなってしまうと思いますか?」


 ここまで来ておいてなんだが、俺はやっぱり心配になってきた。


 クリィマさんがやらかしたことを元に戻そうとしただけとはいえ、俺たちの行動によって、帝国による大陸統治は現状では不可能になってしまっている。


「それは……皇帝は私たちを捕らえて罰しようとするかもしれません。牢へ入れるとか。その可能性はゼロではありません」


 リールさんはそう口にして珍しく不安そうな顔を見せた。


「リール殿は勇者ゆえ、そのようなことはされないであろう。プレセイラ殿も神殿の者であるし、カロライン殿は王国騎士じゃ。ロフィ殿はエルフであるしと、こう数えていくと、危ないのは私じゃの」


 ミーモさんはふざけた調子に見えるが、捕えるのなら彼女って可能性は高い。

 実際には彼女はあの魔道具の破壊には、直接的にはほとんど関わっていないのだが。


 濡れ衣とまでは言えないが。


「さすがにそこまではしないと思いますがね。捕えるなら私だけでしょう」


 クリィマさんはそう言っていたが、その認識が甘かったことに俺たちはすぐに気づかされることになった。



「ステリリット大陸を統べるオーヴェン帝国皇帝! セデューカ一世陛下の元へ赴き、ひざまずけ!」


 三日後、皇宮へ赴いた俺たちは、宮内官が命じたとおり、赤い絨毯の上を歩いて皇帝陛下に謁見した。


「ずいぶんと大仰だな」


 カロラインさんが小声で言ったが、確かにタゴラスの王宮ではこんな面倒なことはなかった気がする。

 あの時、俺は緊張していたが、煩雑な儀礼もなかったし、今から考えれば職員室に担任を訪ねるくらいの気楽さだった。


「私が教えたのですよ。どうやら気に入ったみたいです。元は他国同様、ただのセデューカ王だったのですが」


 ここでもリールさんのすぐ後ろにいるクリィマさんが、小さな声で教えてくれた。


 確かにセデューカ一世なんて、どうせこの世界の人はほとんど亡くなることがないのだから、一世も何もないだろう。


 セデューカ十四世が君臨する時代なんて、いつになるのか見当もつかない。


「今日は余に神の言葉を伝えんとして参ったとか。いったいいかなることか?」


 プレセイラさんにそう尋ねた皇帝陛下は当然、二十歳過ぎくらいに見える見目麗しい女性だ。

 いや、俺から見たらそう見えるってことだが。


 ウェーブの掛かったくすんだ金色の髪が豪華な帝冠から流れていて、かなり長身なのだろう、元の世界ならモデルでも務まりそうな気がする。

 白い肌に水色の瞳が綺麗ではあるが、クールビューティーとでもいうべきか冷たい印象を受ける。


「はい。私は陛下にモントリフィト様の御心をお伝えし、世界を守らんとしてここまで参りました。モントリフィト様は今のこの大陸の状態をお嘆きです」


 プレセイラさんはそう言い切った。

 俺の感覚で言うと、自分の心でさえなかなか完全には理解し難いと思うのに、プレセイラさんは女神の意思をそう断定して自信に満ちた態度だ。


 これはもう信仰の力としか言いようがないだろう。


「そなたには神の心が分かると申すか。よかろう。言ってみるが良い」


 皇帝に促され、プレセイラさんは堂々たる態度で帝国の施策を批判した。


「モントリフィト様はこの世の秩序を定められ、この世界を全きものとされました。人々が神の定めた秩序を守り、誠実に日々を送ることでこの世界は完全なものとして保たれているのです」


 謁見の間に居並ぶ重臣たちも、黙ってプレセイラさんの言葉を聞いている。

 このあたりはこの世界の共通認識、常識の範囲を出ないものだろう。


「それに対して、この国のなさりようはあまりにモントリフィト様の御心をないがしろにしたものとしか思えません。この大陸は北をオーヴェン王国が、南をルビール王国が統治するよう神がお定めになったのです」


 プレセイラさんの言葉は力強く、俺なんかには皆がその気迫に呑まれたんじゃないかと思えた。

 だが、セデューカ帝は物憂げにも見える態度で彼女に返してきた。


「神がそうお決めになったのは、もうずっと昔のこと。その後、この世界は変わったのだ。一人の魔法を扱える者を神が余の下に遣わしたことによってな」


 プレセイラさんの意見など検討するに値しないって口ぶりだ。


 状況が変わったのだと言われればそのとおりなのだろう。

 でも、それはどちらかと言わなくても俺の元いた世界の感覚。この世界では違うのだ。


 この世界ではそもそも状況が変わってはいけないのだから。


「世界が変わることなど、モントリフィト様は望まれていません! この全き世界が永遠に続くこと。それこそを神はお望みなのですから!」


 プレセイラさんが大きな声で主張したことは、俺の考えたことと同じことだった。

 だが、それに対しても皇帝は冷ややかな声を返す。


「ならば何故、神はあのような者を遣わしたのだ? それはこの世界が変わってほしい。そう言った御心を神がお持ちだからではないのか?」


 それに対してプレセイラさんはすぐに答えることができなかった。


 俺なら「それはあの女神がミスしたからでーす!」なんて答えるのだろうが、この世界の人にとってあの女神は絶対。無謬の存在なのだ。


「そなたたちが何をしたかは分かっておる。そしてそれがそなたたちの仕業ではないこともな。あの者はあれをどうにかできる者は自分以外にはいないと自慢げだったからの」


 皇帝があの者って言っているのは、どう考えてもクリィマさんのことだろう。

 クリィマさんはそんなこと自慢げに語っていたんだって知ると、そりゃあこの町に来たくないよなって思う。


「おとなしくあの者の身柄を差し出すならよし。そうでないのなら、お前たちにこの町から出ることは許さぬ。あの者がお前たちを受け取りに来るまで、この町に滞在してもらおう。あの者が薄情でなければよいがの」


 そう言って笑うセデューカ帝は、その美貌からかえって酷薄な印象を受ける。

 俺なんかはもう震えあがる気がしたのだが、プレセイラさんは違った。


「ここには勇者様もおられます。勇者様を足止めするとおっしゃるのですか?」


 たしかに勇者であるリールさんは、俺たちの切り札と言っていい。

 勇者を拘束してその間に魔人が現れ、その被害が広がったりしたら、全世界から非難が集中するだろう。


「勇者か。もう魔人は五十年以上現れてはおらぬ。それも世界に変化が起きた証拠ではないのか? もう魔人など現れず、人々はその影に怯えることなく、より便利で豊かな生活を追求することができる。神はそう定められたのではないか?」


 俺が見上げるとプレセイラさんの顔は青ざめていた。

 まさか勇者であるリールさんまで拘束されるとは、さすがに思っていなかったのだろう。


「そのようなことをして、魔人が現れたらどうするのだ! 世界は魔人のものとなるぞ! まさかこの国は魔人に操られているのか?」


 カロラインさんだけが辛うじて声を上げた。

 だが、それに対しては、これまで黙って俺たちと皇帝のやり取りを聞いていた周りの重臣たちから、反駁(はんばく)があった。


「失礼なことを言うな! たかが騎士風情が! 分を弁えろ!」


 こうなるとカロラインさんも立ち往生してしまう。

 まさかセデューカ帝に斬り掛かるわけにもいかないし、相手はまったく聞く耳を持たないのだ。


「その者たちを連れて行け!」


 皇帝の命令に武官たちが俺たちに殺到しようとした時だった。


「陛下。お待ちください」


 静かな、だがよく通る声が聞こえた。

 それはクリィマさんのものだった。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
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