第五十一話 帝都へ向けて
「これはもうキセノパレスへ行くしかありませんね」
ここで説明してる場合じゃないってことになり、俺たちはとりあえず政庁を後にして、また城壁を乗り越えて馬車へ戻った。
町から離れるとクリィマさんが『不可知』の魔法を解いて姿を現し、馬車を停めて皆でテーブルを囲んだ。
暗闇の中、ロフィさんが光の精霊に呼び掛けて、明かりを灯してくれる。
俺は身体が子どものせいか眠くなりかけていたが、周囲が明るくなったおかげもあってか、何とか目を覚ましていることができた。
「クリィマはキセノパレスへは行きたくなかったのではないのか?」
馭者役から解放されたカロラインさんが尋ねると、クリィマさんは頷いた。
こうして彼女が魔法の袋から取り出した椅子とテーブルで休むのにもすっかり慣れてしまった。
そして今夜は野営することになりそうだ。こちらもかなり慣れたが、やっぱり宿のベッドが恋しい。
「そりゃあ行きたくはありませんよ。下手をすれば拘束されて、またあの魔法の道具とかを作らされるかもしれませんし」
クリィマさんはそう答えたが、キセノパレス行きはもう決まりって感じだ。
「ですが自分の蒔いた種ですから。皆さんにお付き合いいただいて申し訳ないくらいです」
続けて珍しく殊勝な物言いをしたが、ゆったりと椅子に座った態度からはあまりその気持ちが伝わってこない。
ステリリット大陸の状態を元に戻すって強硬に主張しているのはプレセイラさんやカロラインさんだから、実はそこまで彼女は申し訳ないって思っていない気もする。
「クリィマは自分があの国からいなくなればと思ってこの大陸を離れ、最後は私のもとにたどり着いたのですから。まさかこんなことが起きるとは思っていなかったのでしょう」
リールさんはそう言って、クリィマさんを擁護していた。
「以前から聞きたかったのだが、あなたはオーヴェン王国で何をしていたのだ?」
カロラインさんが尋ねると、クリィマさんは迷うことなく答える。
「宰相をしていました。王の下ですべての政務を司る役目です」
「えっ?」
「さ、宰相?」
皆が驚きの声を上げるが、俺も虚を突かれた気持ちだった。
何となく王に仕えていたんだろうなと思ってはいたが、まさかそんな高位にあったなんて想像していなかったのだ。
おかげで一気に目が覚めた気分だ。
「おかしいですか? これまでの私の力をご覧になっていれば、当然だと思いませんか?」
いや、そう言われればそうなのかもしれないが、さすがに皆、言葉もなかった。
リールさんだけは知っていたのだろう、静かに皆が驚く様子を眺めていたが。
「ここはもうキセノパレスへ行って、これまでクリィマがしたことを元に戻すしかないでしょう。クリィマもここは覚悟を決めてください」
リールさんがそう言って、俺たちは今夜はここで野営をして、明日からは帝都を目指すことになった。
魔法の道具はキセノパレスへ運ばれてしまいそうだから今後、今回のような事態が起こらないようにするには、そうするしかなさそうだ。
「この先は下手に宿にも泊まれませんね。教会だって怪しいかもしれません」
翌朝、街道を馬車で行きながらクリィマさんが言った。
「そうか。次々と魔法の道具が失くなって、それを追うように私たちがやって来たら、それは不審に思われるであろうな」
今はミーモさんが馭者をしてくれていて、俺の前にはカロラインさんが座っていた。
リールさんも身体が大きくないとは言うものの、ミーモさんの代わりにカロラインさんが入った向かい側の席はいかにも窮屈そうだ。
「もういっそ、勇者が誤りを正しにやって来たって触れて行ったらどうなの? 人間の中で、勇者は尊重される人なのでしょう?」
ロフィさんはうんざりしたって顔で、投げやりな意見を口にした。
この世界は女神によって分業体制が確立してるみたいだから、いかな勇者と言えど、政治の世界に口出しすることは難しい気がする。
「事が魔人に関わっているのなら、私の意見は最大限尊重されるでしょう。ですが、今回の事態には魔人は関わっていませんから」
リールさんの返答は、俺の考えたことを肯定しているようだった。
やはり自分の分を越えることについては、勇者であっても関与することは難しいのだ。
「それならプレセイラさんが先頭に立ってはどうですか? オルデンの神殿からやって来たプレセイラさんが、神のご意思を伝えるってことでは?」
「私がですか?」
俺の提案にプレセイラさんは大きく目を見開いて、驚きを表していた。
「ここまでこっそりと隠れてあの魔道具を破壊してきたじゃないですか。それである意味その目的はもう果たされているんじゃないかって思うんです。プレセイラさんもそう思いませんか?」
俺が尋ねるとプレセイラさんは少し天井を見上げるようにして考えていた。
そしてすぐに俺が言っている意味に気がついたようだった。
「それは帝国がこの大陸の南半分を統治することができなくなったと言うことですか?」
彼女の答えに俺は頷きを返した。
「そうです。だって各地の町に配備されていたあの魔道具は全部、キセノパレスへ引き上げられたんですよね。そうしたらもう、大陸南部へすぐに指示を出すことも、状況説明を求めることもできないじゃないですか?」
俺がそんな説明をするとカロラインさんが感心したといった顔で、
「アリスさんは賢いな。とても子どもとは思えぬな」
そんなことを口にしたので俺はドキッとしてしまった。
中の俺はもう高校生なのだから、そのくらいのことには気がついて当然なのだ。
「確かに子どもらしからぬ賢さですね」
続けてクリィマさんが言ったのは、カロラインさんとは別の意味合いがあるのだろう。
「アリスさんが賢いかどうかはともかく、最初からそうしていれば良かったんじゃないかしら?」
やっぱりロフィさんは不満げに言ってきたが、クリィマさんがそれを否定した。
「いいえ。最初からそうしていたら、にべもなく断られて終わりだったでしょう。そこで実力行使に出れば、私たちは即座に帝国のお尋ね者です。今はまだ疑わしいだけの存在ですから、そこは大きな違いです」
さすがに犯人は俺たちだって分かるだろうって気はするが、証拠がないのは事実だ。
俺がここまで魔法を使えるなんてまさか思わないだろうし、でもクリィマさんは危ない気がする。
「クリィマさんがいることで、俺たちの仕業だってバレる可能性はないでしょうか? クリィマさんが魔法を使うことは、オーヴェン帝国の人たちには知られているんですよね?」
俺の推測にクリィマさんは納得したって顔を見せて、
「確かにアリスさんの言うとおりです。私はオーヴェン王国の、特にキセノパレスの人たちには面が割れていますから、顔を見せない方がいいでしょう」
俺の意見に賛成してくれた。
この世界の人は基本的には亡くならないし、神から与えられた役割をずっと果たし続けている。
クリィマさんがキセノパレスの王宮に仕えていたのが何時のことなのか分からないが、まだ同じように王宮で働いている人も多いだろう。
彼女が顔を出せば、それは犯人は俺たちですって自白したようなものだろう。
「そうなると、またあの帝国の軍艦に乗った時のようにするわけか。面倒なことだな」
クリィマの顔を見て、カロラインさんが溜め息をつくように言った。
「今回はリールにくっついて行きますよ。魔法を使っても、リールには私が見えますからね」
そう言えばリールさんには魔法が効果を及ぼさない。
だから『不可知』の魔法を使っても彼女にだけは俺たちが見えるらしいのだ。
「あれ? でもリールさんにも『不可知』は効果を及ぼしているじゃないですか?」
俺はそれはとても不思議な気がした。
それに俺の『浮遊』の魔法だってそうだ。
俺はこれまで何度もリールさんを含めた全員に対して『浮遊』の魔法を使い、城壁を越えてきたのだ。
「マナの流れを感じることについては、私はクリィマやアリスさん。あなたにも引けを取らないと思っています。だからその効果を打ち消すこともできるのです。もちろん受け入れることもね。私もある意味、あなたたちのような魔法に対する適性を持っているのかもしれません」
リールさんは俺に丁寧に説明をしてくれたが、彼女は勇者であるはずなのに魔法に対する適性を持っているなんて、ちょっと不思議な気がした。
勇者である彼女は、魔法に適性を持つ魔人とは対極にある人のはずなのに。
「まあ、もう少ししたらテネリフ山脈の西を迂回してオーヴェン王国の領域に入ります。そうしたら私は基本、姿を消すようにしますから、皆さんよろしくお願いしますね」
後は丸投げって感じでクリィマさんが言った。
「それでどうするの? とりあえずはそのキセノパレスの町に行くんでしょうけれど」
ロフィさんが尋ねると、リールさんが、
「アリスさんの意見で行きましょう。神殿の神官であるプレセイラさんが神のご意思を伝えに来たと、そう言ってセデューカ王に謁見を求めましょう。そうして町にいる間に、あの魔法の道具の行方も探ることにしませんか?」
硬軟両様と言ってしまえばそうなのかもしれないが、大胆な方策だなって俺は思った。
キセノパレスに集められた魔法の道具の行方を探るってことは、場合によってはその在り処、おそらく皇宮ってことになるのだろうが、そこに侵入して破壊することもあり得るってことだろう。
「プレセイラさんはそれでいいのですか?」
俺は念の為、改めて尋ねたが、彼女はその目に強い決意の色を見せて頷いた。
「私もこの剣に懸けて、あなたをお守りします」
カロラインさんもそう言って居ずまいを正していたが、隣に座っていたクリィマさんは、それに押される形になって、何だか迷惑そうだった。




