第五十話 集団睡眠の魔法
「次はマースの町ですね」
ハギーズの町の政庁にあった魔道具を見つけ出し、トレヴォロの町と同じ要領で消滅させた俺たちは、キセノパレスへと向かう街道に馬車を走らせていた。
「ええ。この調子ならあの魔道具の力を失わせるのもそう遠くないことでしょう。過半も破壊すれば、この大陸を一体として統治することは難しくなるでしょうから」
クリィマさんも自信を深めているようだ。
「それにしてもアリス殿の力は素晴らしいの。アリス殿がおらなんだら、こう簡単には行かなかったであろうの」
ミーモさんが俺を褒めてくれる。
「いいえ。マナの流れで何となく、あの魔法の道具がある場所が分かるだけですから」
俺はそう答えたが、クリィマさんも同様に、
「アリスさんの力はやっぱり凄いと思いますよ。自分で作った私ですら魔道具の在処は、はっきりとは分からないのに、ほとんど針で指すかのように当てられますからね」
俺は面映い気がしたが、プレセイラさんの視線を感じて顔を引き締めた。
彼女は俺が魔法を使うのを歓迎していないことは明白だからだ。
「マースの町でもお願いしますね。帝国はまだ、誰の仕業か気づいていないでしょうから、早いうちに進めてしまいましょう」
まだトレヴォロとハギーズの二つの町から連絡が途絶えただけだが、この次にマースの町からの通信が途絶すれば、さすがに何かがこの地方で起きていると気づかれるだろう。
そして次にそれが起こるであろう場所を予想することもしてくるかもしれない。
「そうね。さすがにその町辺りで、最初にトレヴォロへ送られた兵士に追いつかれてもおかしくないですものね」
相手が自分たちエルフなら、きっととっくに追いついているって言いたそうな顔でロフィさんが付け加えた。
「このまま行くとマースの町には日のあるうちには着きそうにありません。ですが、今夜だけは強行軍で町へ向かってしまいましょう」
リールさんが決断して、俺たちの馬車は夕闇が迫る中、街道をひた走る。
遠く町の灯りが見えてきた時には、すでに日はとっぷりと暮れていた。
「馬車は町の外を迂回して、北門の側に隠しておきましょう。手際よく魔法の道具を破壊したら、すぐに戻って走ります」
幸い月明かりで何とか道を踏み外さないで済む程度には地面が見える。
「これって『不可知』の魔法を掛けなくていいですか?」
俺は逆に心配になってクリィマさんに尋ねた。
「確かにそうですね。最悪、魔力切れになってもアリスさんがいますから、魔法を惜しむべきではありませんね」
クリィマさんはそう言って、馬車全体を見えなくした。
目の前に座っていたミーモさんもリールさんも消えてしまい、馬車が走っているのを感じられるのは車輪が立てる音と馬の蹄の音だけだ。
と、思っていると突然、馬車が停まる。
「おい! いきなり見えなくしないでくれ。これじゃあ馬を操れないじゃないか」
相変わらず馭者を務めてくれているカロラインさんから苦情が寄せられた。
「馬が見えれば良いのですね?」
クリィマさんがマナの流れを操った感覚が伝わってきて、すぐに馬が姿を現した。
「馬だけが街道を走っているって、怪しまれないですか?」
遠目に見たらどう思うだろうって思う。
人の乗っていない馬だけが、何かに操られるように街道を走って行くのって、かえって怪しくないだろうか?
「どうせそんなに夜の街道なんて見ている者はいないのじゃ。夜に町の外にいる者なんておらぬからの」
ミーモさんがそう言って、俺は王都での初めての夜に、プレセイラさんがこの世界の夜が静かである理由を教えてくれた時のことを思い出した。
夜に蠢くのは人ではない『魔人』だと彼女は言った。
だから、この世界の人々は夜に町の外になんていないのだ。
そう考えると俺が思っているよりずっと、皆は今の事態を世界の危機と捉えているのかもしれなかった。
「では、アリスさん。お願いしますね」
城壁の前に立つと、クリィマさんが当たり前のようにそう言ってくる。
もう諦めたが、やっぱり『不可知』以外の魔法は俺の担当だった。
「分かりました。じゃあ行きますから、俺の側に集まってください」
皆が集まる気配を感じると、俺は『浮遊』の魔法を発動し、軽々と城壁を乗り越える。
今回のキセノパレス行で、俺の魔法の腕はかなり磨かれていると思う。
「あちらだと思いますが。アリスさん。分かりますか?」
着地もふんわりと完璧に決めたが、それが良くなかったのか、クリィマさんは早速、そんな問い掛けをしてきた。
「ええと。あちらっていうのがどちらか分かりませんが、あの塔のある建物あたりだと思います」
クリィマさんは指さして言ったのかもしれないが、俺には彼女の姿が見えないのだ。
高い塔があるのは、きっと政庁なのだろう。そこからマナの流れが感じられるし、マナの波もそこから発しているみたいだ。
何度も魔法を使ったことで、俺のマナに対する感覚が研ぎ澄まされてきたようだった。
「聞きましたか? まずいですね」
クリィマさんが聞いてきたのは、魔法の道具同士で交わされた会話のことだろう。
「ええ。魔道具が狙われているので、警護の兵を送るとキセノパレスから。トレヴォロの町を襲い、アキュビー王を幽閉していた兵たちが戻って来るようですね。一部はまだ通信が可能な町にも送ると」
「この町は間一髪といったところかの?」
ミーモさんの言ったとおり、数日後にはこの町にも警備の兵が配置されるのだろう。
それでも、やることは変わらないが。
夜の町を疾走し、と言いたいところだが、何しろ俺は子どもなのだ。
プレセイラさんに手を引かれて高い塔のある建物の側までやって来た。
「アリスさん。大丈夫ですか?」
プレセイラさんが心配してくれているが正直、息が切れてちょっと辛い。
でも、弱音を吐いている場合ではない。
深呼吸のようにマナを取り込んで疲労を回復しようかなと考えたが、それをする前に身体がすっと楽になった。
「疲労回復の魔法です」
どうやら俺の状況が何となく伝わったようで、彼女は魔法を掛けてくれた。
「ありがとうございます」
俺はお礼を言ってすぐにあの女神に祈る。
「モントリフィト様。どうか力をお貸しください」
そうして浮遊の魔法を発動すると、皆を政庁の奥の庭へと導いた。
「すでにある程度の警戒はなされていることでしょうね。気をつけて行きましょう」
近隣の二か所の町と魔法での通信ができなくなっているのだ。
あの魔道具がなくなったことは伝わっていないにしても、それに絡んで何かが起きているくらいのことは当然、考えるだろう。
「そうなると、あの明かりがそうではないかの?」
庭から見える窓はほとんどが暗く、明かりが灯っている部屋はほかにはあまりなさそうだ。
だが、その中で建物の一角だけが煌々と照らされ、何人かの人が動く様子がカーテン越しに見える部屋があった。
「確かに怪しいですね。アリスさん。どうですか?」
俺はすっかり魔道具探知機扱いだが、こんな俺でも役に立っている実感があって、少し嬉しかった。
「間違いありません。マナの流れを感じますから」
クリィマさんはどうやってあの魔道具を作り出したんだろうと思うが、マナの流れは本当に微かで、それをはっきりと知覚できるのは俺だけらしかった。
「どうしましょう。夜まで待ちますか?」
まだあの部屋にはかなりの人数がいそうだった。
「何十人もいるわけでなし、さっさとやってしまいましょう」
クリィマさんの意見に特に異論は上がらず、俺たちはその部屋の窓の下へと移動した。
窓から覗くと、部屋の中には六人の人がいた。
「右の三人は私が、左の三人はアリスさんの分担でお願いします」
クリィマさんはそんなことを言ってきた。
「待ってください。そうなると『不可知』の魔法はどうするのですか?」
こんな場所で七人が潜んでいて、見つかったら大騒ぎになるだろう。
それでなくてもおかしな事態が発生していて、帝都からは警護の兵を派遣すると言ってきているのだし。
「ですが一人ではさすがに……」
「いえ。そうでもありません」
集団を対象とする魔法なんて、普通だろう。
俺はマナの流れを操ると部屋の中に一気にそれを送り込んだ。
「ひっ!」
窓から部屋を覗いていたのだろうロフィさんの叫ぶような声がした。
六人が一気に倒れる様子に、恐怖を覚えたようだった。
「これは恐ろしいの」
『解錠』の魔法で窓を開け、そこから部屋の中へ入ると、ミーモさんは倒れた六人を見て、そう口にしていた。
「どうした? おい。先ほど伝えたとおり明日には帝都へ運ぶのだ。聞いているのか? 返事をしろ」
突然、大きな声がして振り返ると、そこにはあの魔法の道具があった。
立派な身なりの軍人らしき女性が突っ伏しているデスクの上にそれはあり、そこから何度も応答を求める声が聞こえる。
「『分解消滅』の魔法を使います」
俺はそう言って魔法を発動し、魔道具を消し去った。
「これで三つですか。さすがにこれからは簡単には行きそうにないですね」
リールさんはそれでも当初の予定どおり、この先も街道を急ぎ次の町を目指すようだ。
だが、その思惑を外そうとする指示が、キセノパレスから発せられていた。
「聞きましたか?」
「聞きました」
早速、俺に尋ねてきたクリィマさんにも聞こえたようだった。
その指示はすべての魔道具の保持者に与えられたものだ。
「魔法の道具を持って、すぐに帝都へ上れ」
そんな指令が発せられていたのを、俺ははっきりと聞いた。




