第四十九話 魔道具を求めて
俺たちは馬車で北へ向かい、街道を進んでいた。
馬車は結局、教会の伝手でプレセイラさんが調達してくれた。
俺たち全員が姿を見せると面倒なことになりそうだったので、クリィマさんが彼女だけを『不可知』の魔法から除外し、トレヴォロの町の教会へと赴いたのだ。
「神に感謝と奉仕を。オルデンの神殿から参りましたプレセイラと申します。帝都となったキセノパレスを訪ねたいのですが」
彼女がそう言って助力を願うと、
「もう神殿に帝国の建国が伝わっているのですか?」
高位の神官らしい立派な衣装を着た女性がプレセイラさんに尋ねてきた。
俺はその姿に神殿でお世話になったポリィ大司祭を思い出した。
「いいえ。私はたまたまこの大陸を訪れただけなのです。ですがせっかくなのでキセノパレスを訪れ、神殿に報告をしたいと思いまして」
プレセイラさんがそう答えると、神殿への報告という言葉が効いたのか、それとも単純に同じ信仰を持つ者としての当然の配慮なのか、呆気ないくらい簡単に馬車を貸してくれた。
「ありがとうございます。プレセイラさんに感謝です」
馬車に乗って町を出て、やっと『不可知』の魔法から解放され、俺がお礼を言うと、彼女は目を細めた。
だが、その笑顔はすぐに不審なものへと変わる。
「アリスさん。その頭のものは?」
教会が貸してくれた馬車は狭く、俺とミーモさんの身体が小さいから何とか乗れたって有り様だった。
だから俺はプレセイラさんにくっついていて、ちょうど彼女の目の高さに俺の頭があったようだ。
「えっと。頭のものって……あっ!」
俺が頭上に手をやると、その手に何か固い物が触れた。
「おお! やっぱり可愛いの! でも、持ってきてしまったのか? まずかったの」
それはどう考えてもあのティアラだった。
「早く戻って返さないと!」
俺は慌ててそう叫ぶように口にした。
このままでは俺たちは本当に泥棒ってことになってしまう。
「待ってください。ここから町へ戻って良いことなどひとつもありませんよ」
クリィマさんはそう言うが、元国王の執務室の金庫に入っていたティアラなんて、国の宝とも言うべき品物なんじゃないだろうか?
「でも、お尋ね者になったりしないでしょうか?」
そうならないために『不可知』の魔法を使ってここまでやってきたのだ。
だが、まさかその魔法のせいで、俺の頭に載っているティアラに誰も気づかないなんて事態は想定もしていなかった。
自分で気づかない俺も大概なのだが。
「気づくとしたら、アキュビー王がそう皆に伝えた時でしょう。それ以外の者は全員、魔法で眠らせましたから、私たちの姿を見た者はいませんし。それに無くなったのはあの魔法の道具とこのティアラだけ。司令官が起きたら騒ぎになるでしょうがね」
クリィマさんは続けてそんな説明をしてくれる。
「それをキセノパレスへ連絡しようにも、その手段は無くなっているわ」
プレセイラさんの向こうに座るロフィさんが気がついたって口調でそう言った。
「そうです。ここから先は時間との勝負です。オーヴェン帝国にこのことが伝わって警戒態勢を取られる前に、できるだけ多くの魔法の道具を破壊してしまいましょう」
別に警戒態勢を取られたって、魔法で何とかなるような気もするが、面倒ごとは避けるに越したことはないだろう。
「じゃあ。すべてが終わって、またあの町に戻るまで、これは預かるしかないのですか?」
俺は涙目になっていたと思う。
まさか異世界まで来て泥棒になるとは思わなかったのだ。
この罪をもって俺を魔人と認定してくれるのなら、それも甘受するが、リールさんの様子を見るにそれはなさそうだ。
「じゃあ。これはクリィマさんが預かっておいてくれますか?」
彼女の魔法の袋に入れておけば、失くすことはないかなって思ったのだが、
「アリス殿。それは危険ではないかの? あのパンやクッキーの入っておった袋じゃぞ」
俺の前に座るミーモさんがそんなことを言ってきた。
たしかにあのパンやクッキーはいつのものか分からないようなものだった。
彼女に荷物を預けていた皆は、あれを見て不安そうだったのは事実だ。
「アリスさんの頭に載せておけばいいのではないですか? 別に減るものでもないでしょう」
クリィマさんはミーモさんの言葉に気分を害したわけでもないのだろうが、そんな無責任なことを言ってきた。
「そうじゃ! アリス殿にはそのティアラがとても似合っておるぞ。可愛いのは正義なのじゃ!」
ミーモさんの言葉はもっと無責任だ。
もともとこのティアラは彼女が金庫から取り出して、俺の頭に載せてきたものなのだ。
「それが無ければ政務が執れないわけでもないでしょう。これから私たちは町を巡って帝国樹立の元凶となった魔法の道具を除くのです。その神聖な役目に比べれば、大義の前の小事です」
クリィマさんがそう続けたが、最後のはカロラインさんへの当てつけだろう。
彼女は馭者をしてくれているから、とりあえず言い争いは避けられていた。
「それでこの先はどこへ向かうのですか? いきなりキセノパレスへ向かうわけではないのでしょう?」
プレセイラさんも別に、俺が泥棒になったことを咎めることなく、クリィマさんにそう尋ねていた。
彼女の中では本当にティアラのことなど、大義の前の小事なのかもしれなかった。
「できればキセノパレスに魔道具の喪失が伝わる前にたどり着きたいですね。それには街道沿いの主要都市にある魔法の道具を破壊して進むのが良いでしょう。おそらく連絡の兵も同じルートを通るでしょうから」
あの携帯電話もどきの魔法の道具が失くなったことをキセノパレスへ連絡しようと、トレヴォロの町を発った使者は、次の町へたどり着くと、そこでも魔法の道具が失われていることを知るって寸法だ。
「街道沿いの次の大きな町って言うと、どこかしら?」
ロフィさんが分からないって顔をするが、クリィマさんは澄ました顔だ。
「それは……。アリスさんも分かりますよね?」
突然、彼女に振られて、俺はどぎまぎしてしまう。
「えっと。どうして俺に分かるんですか?」
俺は正直に答えたのだが、彼女は軽蔑したって目で、
「アリスさんはまた、話を聞いていなかったのですか? さきほどキセノパレスから指令が出ていたではないですか?」
俺に向かって詰るように言ってきた。
「何度言ったら分かるのです? アリスさんは小さいのですよ! それなのにトレヴォロの町でも何度も魔法を使わせて。その上、魔法の話を聞いていないと責めるのですか?」
すぐにプレセイラさんが反応し、クリィマさんは言葉を失っていた。
このやりとりは王宮へ潜入する前にしたと思うのだが、クリィマさんは思ったより懲りない人なのかもしれなかった。
「すいません。でも、次の目標が決まりましたから。案の定、街道沿いのハギーズの町から伝令を出すようにという指令がキセノパレスの皇宮から発せられていました。トレヴォロの町と連絡が取れないからと」
クリィマさんの想定どおり、街道沿いの主要な町にはあの魔道具が配備されているらしかった。
そこを拠点に情報を集め、キセノパレスに報告するって態勢が取られているのだろう。
「では、次はそのハギーズの町じゃの。伝令と入れ違いに我らが町に入り、今度はその町の魔法の道具が失われると。そういう段取りじゃな」
ミーモさんの言葉に皆が頷いて、俺たちは街道を急ぎ、三日後の夕には目的地のハギーズの町に到着した。
「そろそろこの町からトレヴォロへと向かった兵も、あの町へ到着した頃でしょう。そして魔法の道具が失われたことを知ったはずです」
宿に入るとクリィマさんは、俺たちを緊急招集よろしく、彼女とリールさんの部屋に集め、一刻の猶予もないって顔で言った。
「トレヴォロの町からの兵だって、この町に来ているんじゃないの? そうだとしたらもう難しいのかも」
ロフィさんが言ったことはもっともだって気がしたが、クリィマさんは平気な顔だった。
「あの町の警備の人数はすでに最低限のものになっていたはずです。つい先日、帝都に送り返したばかりですからね。その上、アキュビー王もあの町にはいます。これ以上、兵を町から送り出すことはできないでしょう。あの魔法の道具の捜索にだって兵は必要でしょうし」
まるで最初にトレヴォロの町の魔道具を破壊したのは、熟慮の末に狙いすましたピンポイントの攻撃だったって感じの物言いだが、単にルビール王がそこにいるんじゃないかって考えて、たまたま運よくそれが当たっただけなのだ。
それでも結論はクリィマさんの言ったとおりで間違いはないのだろうから、俺たちはさっさとこの町の魔法の道具を破壊して、次の町を目指すべきだろう。
「マナの流れは政庁から出ているみたいです」
耳を澄ます感じでマナの流れを探り、俺はそんな結論を得た。
「アリスさんは凄いですね。そんなことができるようになったのですか。私にも何となくは分かりますが」
クリィマさんに感心されてしまったが、話している内容から、このハギーズの町にある魔法の道具を使って、キセノパレスとの間で会話が行われ、その通信が政庁の一角から出ていることが分かったのだ。
「この町からもかなり無理をして兵士をトレヴォロへ派遣したみたいですね。予備の兵がいなくなったと言っていましたから」
またクリィマさんに聞いていなかったのかと言われるのも癪なので、俺は今回は真面目に魔道具同士の会話を聞いていた。
「もともと連絡に兵を使わないための魔道具ですからね。連絡兵なんて最初に削減されますから」
クリィマさんの言うとおりなのだろう。
馬車の速度ではがんばったところで、軍馬を駆る連絡兵に敵うはずがない。
今は帝国が魔道具の力に頼り、連絡兵をその力の及ばない町や村への連絡手段として使っている状況に乗ずるべきだった。




