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第四十八話 司令部急襲

「アリスさん。睡眠の魔法をお願いします」


 クリィマさんが俺に囁いてきて、俺は「またかよ」って思いながらも、扉の前に立つ衛兵に睡眠の魔法を使った。


 あの後、渋るアキュビー王から国王の執務室の場所を聞き、俺たちはそこへ向かっていた。


 自分たちには当然『不可知』の魔法をクリィマさんが掛けたのだが、なぜかそれ以外の魔法は俺の担当みたいになった。


 俺は次々と魔法で兵を眠らせ、また鍵の掛かった扉を開けて執務室への道を切り開く。


「アリスさんはさすがですね。もうかなり慣れましたね」


 クリィマさんは気楽にそんなことを言うが、俺が『解錠』の魔法を使うのを、プレセイラさんがどう思っているかと考えると、気が気ではない。


「いえ。まだまだです。兵隊さんたちがケガをしないようにしたいですから。失敗しないようにしないと」


 眠らせて、鍵も魔法で開けてしまえば、兵に気づかれることさえない。

 失敗して戦闘になっても、こちらには手練れが揃っているから負けることはなさそうだが、むだな戦いは避けたかった。


 そう思ってした俺の発言に、プレセイラさんの感心したといった声が隣から聞こえてくる。


「アリスさんは偉いですね。きちんと自分で考えて。それに比べて」


 そう言った彼女の声は、最後は刺々しいものに聞こえた。

 不可知の魔法が掛かっていなかったら、厳しい視線をクリィマさんに送っていたことだろう。


 でも、今はお互いに姿を見ることができない。クリィマさんは気づかなかったかのように、


「その扉の先が王の執務室です。おそらく司令官がいるのはここでしょう」


 そう教えてくれた。

 リールさんだけには皆の姿が見えているのだろうから、きっとプレセイラさんの厳しい表情にも気がついているのだろう。


 それを尋ねる勇気は俺にはなかった。


「鍵が掛かっているわ」


 ロフィさんの声が聞こえ、俺はまた『解錠』の魔法を使う。

 するとゆっくりとドアのノブが回され、扉が大きく開かれた。


「誰かね?」


 さすがに扉が開いたのには気づかれたらしく、そう問う声が聞こえたが、それはのんびりしたもののようだった。


 まさか内廷から侵入者がやって来るなんて考えてもいないのだろう。


「アリスさん!」


 また俺なのかよと思いながらも、ここまでと同様、睡眠の魔法で大きなデスクを前に座っていた人物を眠らせた。


「問答無用というやつじゃな」


 ミーモさんの呆れたって感じの声がして、俺たちは王の執務室へと侵入した。


 誰か出てくるかなと思ったのだが、続きの部屋にも誰もおらず、多少の時間はありそうだ。


「魔法の道具って、どんなものなんだ?」


 カロラインさんがクリィマさんに尋ねる。

 これから全員で家探しなのだ。


「手に収まるくらいの細長い板です。表面は透明な素材でできています」


 それってまったくスマホじゃないかと思ったが、すぐにデスクの上に見つかったそれは、やっぱりスマホのような物だった。


「これね!」


 ロフィさんが見つけてくれて、俺たちはデスクの前に集まった。


「間違いありません。私が作ったもののひとつです」


 そう言ってクリィマさんが姿を現し、俺は驚いたのだが、皆の姿も露わになっていた。


「見つかることはないのか?」


 カロラインさんは不安そうだ。

 今の状態は彼女の言っていたコソ泥以外の何ものでもないから、見つかったら近衛騎士として言い逃れはできないだろう。

 

「『分解消滅』の魔法は、かなり大きな魔法ですから、別の魔法と一緒に使いたくないのです。アリスさんは『不可知』の魔法を使ったことはありませんし、ここで練習してもらうのも」


 どう考えてもクリィマさんの策略としか思えなかったが、俺は自分が『分解消滅』の魔法を使うと申し出るしかなかった。


「分かりました。俺が『分解消滅』の魔法を使いますから、クリィマさんは『不可知』の魔法をお願いします」


 俺は諦めたって顔をしていたと思うのだが、その時ミーモさんが急に、


「これはアリス殿に似合うのではないかの?」


 明るい声とともに後ろから俺に近寄り、俺の頭に何かを載せた。


「何ですか? これは」


 帽子かとも思ったが少し重いそれは、もう少し小さそうだ。つばも無いみたいだし、かぶったと言うより載せたって感覚の方が近い。


「可愛いわ! よく似合う!」


「じゃろう? じゃが本当に似合うの。青い宝石がアリス殿の青い瞳に映えるの」


「騎士として守護すべき高貴なものさえ感じるな」


 突然、皆の大絶賛が始まった。

 俺はおずおずと頭に手を伸ばしたが、


「ティアラですか。この部屋にあったのならルビール王の物かもしれませんね」


 リールさんがいつもの冷静な声で教えてくれる。

 どうやら俺の頭に載っているのは、豪華なティアラらしかった。


「あっ。取らないで!」


 プレセイラさんはそんなことを言ってきたが、これでは完全に泥棒なんじゃないだろうか?


「よく、こんな物を見つけましたね?」


 クリィマさんが不思議そうに尋ねると、ミーモさんは、


「その後ろの金庫に入っていたのじゃ。まさか開くとは思わなんだがの」


 彼女も不思議そうな顔で答えていた。


「不用心ね。鍵を掛けないのかしら?」


 ロフィさんはさっと金庫に近寄って、扉を開け閉めしている。

 すると、クリィマさんが何かに気がついたって顔で、


「アリスさん。さきほどの『解錠』の魔法は範囲を限定しましたか?」


 突然、俺に訊いてきた。


「えっと。範囲の限定って、何ですか?」


 そんなのこれまで聞いたことはないし、俺の魔法はクリィマさんの見様見真似なのだ。

 何か別に必要なことがあるなんて、教えてもらっていないから知るはずもない。


「魔法を使う時には、対象を限定しないと、魔力の強さに応じた範囲に影響を及ぼしてしまいます。『浮遊』の魔法だってそうでしょう?」


 当然だって顔でそんなことを言ってきたが、俺はまだこの世界に来て日が浅く、魔法の初心者なのだ。


 誰かに手解きを受けたわけでもなく、独学でここまでやってきたんだから、知らないことばかりと言っていい。


「そうなんですか? そうすると金庫の鍵が開いていたのも……」


「おそらくアリスさんの魔法の力でしょう。でも、そうだとしたら恐ろしい力ですね。私では無理です」


 俺たちの入ってきた扉と金庫の場所を見比べて、彼女はそんなことを言った。


「ごめんなさい。でも、早くそれを処分してしまいましょう。見つかったら大変ですし」


 俺たちのいるのは司令官室で元は王の執務室なのだ。

 のんびりしていてはすぐに人がやって来て、騒ぎになるだろう。


「そうですね。では私は『不可知』を使いますから、アリスさん。『分解消滅』の魔法をお願いします」


 俺が頷くとクリィマさんは魔法の道具をデスクの上に戻した。

 そのまま俺が使った魔法の影響で、自分まで消し去られてしまうのを怖れたのかもしれない。


 俺だってきちんと狙いを定めれば、そんなことにはならないのだが。


「おっ。消えてしまったの。惜しいの」


 クリィマさんの『不可知』の魔法が発動し、俺たちはまた姿を消した。


 それと同時に俺は女神に祈りを捧げ、魔法の道具を消し去ろうと『分解消滅』の魔法の発動を試みる。


「モントリフィト様。どうか力をお貸しください」


 失敗しないように慎重にそう口にして、俺は周囲のマナを一気にデスクの上に置かれた魔法の道具に集中する。


 フッ!


 そんな音がしたような気がしたが、それは気のせいだったのかもしれない。


 机の上にあった魔法の道具は無事に消滅していた。


「消えた……」


 そう口にしたのはカロラインさんだろうか。

 手品ならなんてことないものなのだが、本当にこの世から消滅していると知っていると、やはり平静ではいられないのも分かる。


「私たちもさっさと消えるわよ」


 ロフィさんの声が聞こえ、俺はどうするのかと思ったのだが、


「最短距離で行きましょう。窓から外へ出て、あそこに見える城壁を越えれば街に出られますから。街へ出てしまえばこっちのものです」


「こんなところに長居は無用だな。さっさと立ち去ろう」


 クリィマさんの意見にカロラインさんも同意して、また俺が『浮遊』の魔法を使うことになりそうだった。


 誰も反対する人はおらず、俺は手を引かれて窓の側へと移動した。


「アリスさん。大丈夫ですか?」


 プレセイラさんが気遣ってくれる。


「大丈夫です。浮遊の魔法を使いますから。皆さんもご一緒にどうですか?」


 俺は背が低いから、窓から出るなんて一苦労なのだ。


「もとよりそのつもりです。アリスさん。お願いします」


「私もリール殿もおるからの。その方が無難じゃろう」


 クリィマさんだけでなく、ミーモさんもそのつもりだったようだ。


「じゃあ。俺の周りに集まってください。行きますよ」


 窓はかなりの大きさだが、皆の姿が見えないから、窓枠に当てずに外へ出るのは難しい気がした。


「あっと。大丈夫だ」


 カロラインさんの声が聞こえ、彼女はどこかにぶつかりそうになったものの、何とか回避できたようだった。


「では、急いで今度はあの城壁へ。町を出たら『不可知』の魔法を解きますから」


 窓から外へ降り立つと、すぐにクリィマさんがそう指示してくる。

 子どもをこんなに働かせるなんて、この世界はどうなっているんだろう。


 俺は一瞬、そう考えたが、そもそも俺は子どもじゃないし、クリィマさんだけはそれを知っている。


「この町から離れるのですよね。でしたら馬車をお願いできませんか?」


 それでも少なくとも、俺の身体は子どものそれなのだ。

 徒歩での旅は懲りたので、俺はクリィマさんに向かってそうお願いした。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
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