表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/106

第四十五話 アキュビー王

 王宮の内廷に入るなんて、本当はかなり難しいのだろうが、魔法を使えばなんてことはない。


 警備も思ったほど厳重でないのは、今は外から入って来る人より、中から逃げ出す人を警戒しているからかもしれなかった。


「さすがに見張りくらいはいると思っていましたが。あの部屋がそうらしいですね」


 クリィマさんがそう言った先には衛兵が二人、椅子に座って廊下を守っていた。


「あの程度なのだな」


 拍子抜けしたといった声はカロラインさんのものだろう。

 確かに兵の様子は物々しさを感じさせるものではなかった。


「油断は禁物じゃな。あの二人をどう抜くのじゃ?」


 まだそれなりに距離はあるが、俺は衛兵たちに聞こえてしまうのではないかとひやひやしていた。

 こちらは七人もいるのだから倒そうと思えば倒せるのだろうが、すぐに黙らせるのは難しい。


 気づかれずに近づけても、二人ともを一瞬で倒せなければ、すぐに仲間を呼ばれるかもしれない。


「少しの間、眠っていてもらいましょう」


 クリィマさんがそう言った時、俺たちの通って来た廊下の先から、何者かの影が見えた。


「静かに! 壁際に並んで!」


 リールさんが囁くような声で言ってきて、俺は廊下の壁に張り付くようにした。


 仲間の姿が見えないから、足でも引っ掛けたら倒れて音を立ててしまいそうだったが、床に絨毯が敷き詰められていることもあって、静かに移動することができた。


 息をつめて壁際に並んでいたのだろう俺たちの前を、二人の兵士が通り過ぎて行く。

 そして、そのうちの一人が廊下の先で警備をしていたのであろう兵士に向かって手を挙げると、その兵士は立ち上がり、俺たちの前を通って行った兵士たちと交代した。


「今日はこれで終わりだわ。さっさと帰ってゆっくり休みたいわね」


「いいわね。私はまだなのよ。でも、毎回思うけど、これって必要あるのかしらね? ちょっと疑問だわ」


 そんな話をしながら俺たちの前を、今まで部屋の前に座っていた兵士たちは通り過ぎて行った。


「どうやら見張りの交代のようですね。危なかったです」


 クリィマさんがそう言って、俺たちはまた手をつなぎゆっくりと廊下の先の警備兵がいる扉の前に近づく。


「ん?」


 一人の兵士はもう退屈そうに天井を眺めていたが、もう一人は真面目に廊下の先を警戒していたようで、俺たちのうちの誰かが足で踏んだことで沈んだ絨毯にでも気がついたようだった。


「うっ!」


 だが、次の瞬間、その兵士は崩れるように前のめりになって床に倒れそうになった。


(あぶない!)


 俺は慌てて浮遊の魔法を使って、その兵士の身体を受け止めた。

 女神に祈ることもなく、一瞬で魔法を発動するなんて、俺の腕も上がったものだ。


「おい! どうした?」


 もう一人の兵士は慌てて立ち上がろうとしたが、


「ううっ! 何だ?」


 そう口にしたまま、こちらも倒れそうになったが、それを誰かが支えたようで、そのまま後ろの椅子に座り込んだ。


「当分は起きないはずです。このままここに座らせて行きましょう」


 クリィマさんはそう言うと『不可知』の魔法を解いた。


「行きましょう」


 倒れそうになった兵士を支えたのはリールさんだったようで、彼女はその兵士のすぐ横に立っていた。


「アリス殿もお手柄じゃな」


 ミーモさんは俺が浮遊の魔法でもう一人の兵士を支えたことに気づいたらしく、そう言ってくれた。


「鍵が掛かっているみたい」


 ロフィさんは結構、抜け目なく扉を開こうと取っ手に手を掛けたようで、それが開かないことに気がついた。


「ここの二人が鍵を持っているんじゃないのか? 見張りなんだろう」


 カロラインさんが焦ったように口にするが、さっきの交代の時に鍵の受け渡しなんてしていた様子はない。


「兵の詰め所にでもあるんじゃないの? そうなると厄介だわ」


 ロフィさんは眉間に皺を寄せて、困ったって様子を見せた。


「仕方ありませんね。誰にも内緒にしてください」


 クリィマさんがそう言って、指先で鍵穴を指すようにすると、


 カチリ!


 明らかに鍵が開いたって音がして、彼女はそのままドアノブに手を伸ばし、それを回してドアを開いた。


「うそっ!」


 ロフィさんが驚きの声が上げる。

 リールさんを除いた皆も言葉を失っていた。


「やれやれ。これでは近衛騎士が言っていたようにコソ泥みたいじゃの」


 ようやくミーモさんがそう言って、俺たちはとりあえず部屋の中へと足を踏み入れた。


(あれっ? でもこの鍵って内側から簡単に開くんじゃないのか?)


 そうなると中にいる人は鍵を開けて出られるんじゃないかと思って、俺は部屋の中へ入ると、ドアの内側の鍵を見てみた。


「ああ。こうなってるのか」


 するとこの部屋の扉の鍵は普通の家の玄関のようなものとは違い、内側からも鍵がなければ開けられないタイプのようだった。


「何がこうなのです?」


 クリィマさんは俺の疑問に興味を持ってくれたようだが、俺以外には誰もそれを疑問に思った人はいないらしく、さっさと部屋の奥へと進んでいた。


「あなたたちは何者です?」


 そして俺の背後から凛とした声がして、振り向くとそこに薄い黄色のシャツと白っぽいパンツをはいた女性がいた。


「アキュビー陛下ですか?」


 カロラインさんが尋ねると、その女性は厳しい表情で、


「まずはあなたたちが名乗りなさい」


 そう要求してきた。


 栗色の髪はショートボブでシャツとパンツも上等な物のようだが、かなりラフと言ってよい格好に見えるから、本当にこの人が国王なのかって気がする。


 でも、突然の闖入者にも慌てることなく毅然と対応する姿は、王に相応しいって言えばそうかもしれない。


「私は勇者のリールです。突然の訪問をお許しください」


 リールさんが名乗ると、女性はかなり驚いたようだった。


 いきなり幽閉されている部屋に人が入って来ただけでも不安を感じるだろうに、ましてそれが勇者だと知ったら、普通は平静でなんていられないだろう。


「確かに私はアキュビーです。もう王ではありませんが」


 部屋にいた女性は、はっきりとした口調でそう答えたから、この人がこの国のアキュビー王、その人らしい。


「勇者様がどうしてこの町に? まさか魔人が現れたのですか?」


 やはり勇者と聞けば魔人の出現を連想するのが、この世界の人の常識らしい。

 アキュビー王の顔色は明らかに不安なものに変わっていた。


「いいえ。私たちはあなたを救いに来たのです。悪辣なる侵略者、オーヴェン王の魔の手から、この国を取り戻すために参りました」


 カロラインさんが口にすると、彼女の騎士然とした風貌と相まって、何だか英雄的な行為をしてるって気がする。


 だが、王はそれを聞いて顔をしかめた。


「悪辣なる侵略者とは聞き捨てなりませんね。オーヴェン帝国のセデューカ帝は、そのような方ではありません」


 そう返されてカロラインさんは言葉に詰まっていた。

 また彼女の自己肯定感が下がりそうだ。


「私たちは神に定められたあなたのお役目が果たせるように、この国を元に戻すためにここまで参ったのです。あなたはオーヴェンの王から施政権を行使しないよう強いられたのではないのですか?」


 プレセイラさんは続けて「私はオルデンの神殿から参りましたプレセイラと申します」と挨拶していた。


 彼女の服装は相変わらずだから、言われなくても神官だってことは分かるだろうが、オルデンの神殿から来たってのは意外だったのかもしれない。


 アキュビー王は彼女にも驚いたというような視線を注いでいた。


 だが、プレセイラさんの素性を聞いて、きちんと話す必要を認めたのか、彼女は俺たちに応接の席を勧めてくれた。


「この部屋へお客様を迎えるのは久しぶりです」


 そう言った後、プレセイラさんの疑問に答えをくれた。


「確かにあなたのおっしゃるとおりです。この国の王宮に百人を超える兵が押し寄せ、私に政権を渡すよう迫ったのです。セデューカ帝の言葉を添えて」


 やはりクリィマさんが想像したとおりらしい。

 セデューカ帝の言葉ってのは、もしかしたらクリィマさんが作り出した携帯電話もどきから伝えられた声のことかもしれなかった。


「百人!」


 カロラインさんが驚いていたが、俺は随分と少ないな、たった百人で何ができるんだと思っていた。

 だから彼女も同じ理由で声を上げたのかと思ったのだが、


「そうです。百人以上です。そのような兵力はこれまで見たこともありません。非番の騎士まで招集しても、そこまでの人数を揃えることはできませんから」


 アキュビー王がそう答えると、ミーモさんも頷いていたから、この世界の兵力ってそんなものなのかもしれない。


 これまで平和で戦争なんて起こったこともないのならば、軍隊なんて必要なかったのだろう。


「剣を帯びたそんな人数を送るなんて、大変な暴力ね。これまで聞いたこともないわ」


 ロフィさんがそう言ったが、彼女たちエルフだってルークの森で俺たちを囲んで馬車の通行を妨げたじゃないかって、俺は主張したい気分だった。


 でもすぐにアキュビー王が話を続けたので、さすがに軽口を叩くわけにもいかなくなった。


「そうですね。確かに大変な暴力です。ですが私が退位に同意したのは、ただ理不尽な暴力に屈したからだけではありません。皇帝の提案は私には納得できるものだったことも大きいのです」


 彼女はそう言って、その水色の大きな瞳で俺たちを見回した。


 その真剣な瞳は、俺たちだけでなく、彼女自身の心を偽っているようにも見えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
よろしくお願します。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ