第四十四話 王宮侵入
「えっと。何ですか?」
突然、クリィマさんに話し掛けられて、俺はどぎまぎしてしまった。
「今、話していたじゃないですか。『あいつ』ってのは、おそらくアキュビー王のことでしょう」
一瞬、何を言っているのか理解できなかったが、どうやら彼女は、例の携帯電話もどきの間で交わされる会話の盗み聞きを続けていたらしい。
思ったより頻繁で、内容も事務的で面白味に欠けるものばかりだったから、俺は早々に中断していたのだ。
「まさか聞いていないのですか?」
咎めるような口調で指摘されて、俺は碌な言い訳をすることもできなかった。
「すいません。何だか後ろめたい気がして」
俺がそう謝ると、プレセイラさんが色をなして、クリィマさんに詰め寄るような態度を見せた。
「アリスさんはしっかりしていますが子どもなのですよ! それなのにそんな責めるようなことを言って。そもそもあなたが……」
「あー! すいません。すいません。でも、アキュビー王の居場所が分かりましたから」
クリィマさんはそう答えながらプレセイラさんに見つからないよう、俺に一瞬、恨めしそうな視線を送ってきた。
彼女だけは俺が異世界からの転生者で見た目みたいな子どもじゃないって知っているから、理不尽だって思っているのだろう。
でも、この事態を招いたのは彼女みたいだから、俺にあまり対応を求められても困るのだ。
「それでどこにいるのじゃ? 元国王は?」
ミーモさんは話題を変えようって意図もあるのか、クリィマさんに尋ねていた。
「変化なし。相変わらず内廷にこもっていると、キセノパレスの王宮に定時報告がなされていましたから、王宮にいるようです」
その回答に皆は納得できないようだった。
俺だってそうだ。
「それは本当にアキュビー王のことなのか? 誰か別の者ということはないのか?」
カロラインさんが皆を代表するようにクリィマさんを質した。
さすがに王宮にそのまま留められているってのは想定外だったのだ。
例えば城の塔に閉じ込められるとか、そういうのならあり得る気がする。
でも、内廷って、国王が私生活を送る場所だったと思う。
そうなるとルビール王はこれまでと変わらない生活を送っていることになりそうだ。
「こんなに早く事態が収拾されているのです。それこそ警備の兵がもういらなくなるくらいにね。それはルビール王をどこかに護送する必要がなかったからではないですか?」
クリィマさんに言われてみると、そんな気がしないでもない。
もともとこの世界は居住、移転の自由のない世界だ。
ならばアキュビー王がいままでのまま、この町の王宮で暮らしたいと思っても間違いはない。
問題はそれが認められるかなのだろうが。
「ルビール王が統治を委譲するのに同意したということですか? まさか」
プレセイラさんはそんなことはあり得ないって顔だ。
でも、そこまで行かなくても抵抗するのを諦めて、せめて住み慣れた、いや、神に住むように定められた王都にいたいと頼んだってことはあるかもしれない。
そのくらいならオーヴェン帝国側も許容するかもしれないし。
「しかし。そうなるとアキュビー陛下の身柄を確保することは難しいのではないか? まさか王宮に乗り込むわけにもいくまい」
カロラインさんは難しい顔をする。
内廷にいるとなると、なおさら探し出すことは困難だろう。
「乗り込めば良いのではないですか? 見つからなければいいでしょう?」
クリィマさんが平然と言ったが、皆、訳が分からないって顔をしている。
リールさんだけは苦笑していたが。
「私が船で使った『不可知』の魔法を使えば、誰にも知られず、王宮の中へ忍び込むくらいは簡単です。相手はリールではありませんからね。王宮に入ってしまえば後はゆっくり王を探せば良いのです」
彼女の話にさすがに皆、唖然としていた。
「騎士の私にこそ泥のような真似をしろと言うのか?」
カロラインさんは憤るような態度を見せたが、クリィマさんは冷静だった。
「別に無理にとは言いません。行きたい人だけで行けばいいのです。人数が多いと大変ですし」
そう言って彼女は俺の顔を見た。
「ですがアリスさんには是非、参加してほしいですね。魔法を使えるのは私とアリスさんだけですから」
念の為のバックアップ要員てことらしいが、ここまで来たのだから毒を喰らわば皿までだ。
「アリス殿が行くのなら私も行こうかの。アリス殿を守らねばならぬのでな」
ミーモさんは早速、そう言ってくれた。
「あるべき姿にこの国を戻すのです。多少のことには目を瞑るしかありせんね」
プレセイラさんもそう言って俺に笑みを見せた。
神殿の神官が王宮に侵入して、バレたら大問題なのではって思うが、彼女には迷いはなさそうだ。
「皆が行くなら私も行くわよ。本当は人間同士の争いに、頭を突っ込みたくないのだけれど。仕方ないわ」
ロフィさんも諦めたって顔で同行を申し出てくれた。
なおもカロラインさんは考えていたようだったが、
「大義の前の小事か。確かにアキュビー王に復位していただかねば秩序は保てぬからな。私も共に行くぞ」
最後にはそう言って彼女も同行することになった。
「ゆっくりでお願いします」
俺は小声で皆に告げる。
子どもの俺は皆について行くのも大変なのだ。
別に慌てる必要もないのに、やはりこれから王宮に潜入すると気が張っているからか皆、いつもより足早だ。
「ごめんなさいね。ゆっくり進みましょう」
プレセイラさんが皆に伝えてくれて、その声の大きさに俺はちょっと心配になったが、周りに人はいなかった。
あの後、部屋から出て扉に鍵を掛けると、宿の廊下に誰もいないことを確認し、クリィマさんが『不可知』の魔法を使った。
姿を消した俺たちは、宿の裏口から外へ出て、王宮を目指した。
「全員、揃っていますね」
魔法の効かないリールさんが教えてくれて、俺たちは手をつないで進む。
リールさんには見えるのだが、俺たちには見えないから、こうでもしないと一緒に行動できないのだ。
魔法も思っていたより不便だった。
「あの門が開いた瞬間に通り抜けるのか?」
カロラインさんだろう声が上からする。
どうやら俺が握っていた手は右はいつものとおりプレセイラさんだが、左手は彼女だったようだ。
「さすがに七人は無理そうですね。入った後も、どうなっているのか分かりませんし」
今度はクリィマさんのそんな声が聞こえた。
普通は王宮の中に侵入するなら、もう少し慎重に中の様子を探ったりしてから実行するのだろうが、皆こんなことは初めてなのだ。
「どうする。出直すか?」
また俺の左手でカロラインさんの声がする。
「それも面倒ですね。壁を乗り越えて行きましょう。アリスさん。頼めますか?」
いきなりクリィマさんらしき声で呼び掛けられて、俺は思わず、
「はい?」
ちょっと大きな声で答えてしまった。
それでも城門を守る兵には気づかれなかったようで、彼女たちはそのまま正面を向いて微動だにしない。
助かったが、城の中には元国王が幽閉されているのに、緊張感が足りないと思う。
「アリスさんは浮遊の魔法が使えるでしょう。お願いできますか?」
どうやらクリィマさんは俺に皆を浮かべさせ、城壁を越えさせようって腹らしい。
「いえ。使えますけど……」
浮遊の魔法は俺が初めて使った魔法だし、ファイモス島でも使っている。
王都の大聖堂でも暇にあかして練習を繰り返していたから、失敗する気はしない。
それでもかなりの高さのある王宮の城壁を越えて、人を浮かべるってのは怖かった。
「じゃあ。お願いします」
でもクリィマさんは気軽にそう頼んでくるし、
「では皆さん。アリスさんの周りに集まりましょう」
皆が見えているリールさんが、全員を俺の周りに集めてくれていた。
「じゃあ。行きますよ!」
俺は覚悟を決めて、女神に祈る。
(モントリフィト様。どうか祈りにお応えください)
そして、マナの流れを操って、自分たちの下の地面に大きな板状のイメージで固めていった。
そのままそのマナの塊を宙に浮かべる。
「ほっ。すごいの」
思わず出したといった声は、ミーモさんのもののようだった。
俺の目の前から聞こえてきたから、高さ的にもそうだろう。
「上手いものですね。私より上手かもしれません」
クリィマさんの声が背後から聞こえてきたが、俺は必死だった。
浮遊の魔法には慣れてはいるが、人をこんな高さまで浮かべるのは初めてなのだ。
「降ります」
城壁を余裕で飛び越えたのは、何かに引っ掛かったりしたまずいと思った俺が、慎重にも慎重に浮かべたからだ。
「気分がいいわね」
人間の町を見下ろしているからか、ロフィさんがそう言っていた。
一方で俺は、衝撃を与えないようにゆっくりとマナをコントロールすることで手一杯で、景色を眺めている余裕なんてなかった。
「着きましたね。お疲れ様。では、また並んで行きましょうか」
やっと地面に降り立つと、クリィマさんがそう言って皆はまた一列になって進み出したようだ。
「内廷との間の壁も、同じ要領で越えましょう」
まもなく王宮の建物に入るって場所でクリィマさんがそう言ってきて、俺はまた『浮遊の魔法』を使うことになりそうだった。




