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第四話 魔人

 ここで立ち話もってことになり、俺たちはポリィ大司祭の私室に場所を移し、話を続けることになった。


 プレセイラさんは大部屋住まいで、そこで内密の話をするのは難しいらしい。


「こうなるとアリスさんは特別な方。モントリフィト様が遣わされた人だと考えざるを得ませんね」


 俺が特別だってことは理解してもらえそうだったが、女神が遣わした者だって思われるのは心外だ。

 いや、彼女にこの世界へ飛ばされたのだから、事実としてそうなのかもしれないが。


「そうですね。アリスさんのような人は聞いたことがありませんし、もしそんな人が行方不明になったのなら、すでに大きな話題になっていることでしょう。アリスさんはモントリフィト様が遣わされた人に間違いないと思います」


「いや。ちょっと……」


 俺は何となく教祖か何かとして崇められるんじゃないかと心配になって口を挟んだ。

 俺の目的はあくまで無事に現代日本に帰還することなのだ。


 そのためには女神曰く、勇者に俺が倒されなければならないらしいから「無事に」ってのは当てはまらないのかもしれないが。


「アリスさん。あなたは特別な人。それは間違いないと思います。モントリフィト様はあなたを愛し、あなたに特別な才能を与えた。それがどう使われるのか、私は不安なのです」


 大司祭の黒い瞳が俺の心を覗くように見ていた。

 どうも俺の才能は、この世界にとって脅威となるものらしい。


「ポリィ様。まさかこの子は魔人に……」


 プレセイラさんがそう口にすると、大司祭の顔色が明らかに変わった。


「プレセイラ! お黙りなさい!」


 その剣幕を見ても、彼女の発言が不穏当なものであったことが分かる気がした。


「何ですか? 魔人って」


 俺が尋ねると、ポリィ大司祭は狼狽える様子を見せた。

 そして大きく息を吸って、心を整えると魔人についての伝承を語ってくれた。


「あなたが記憶を失っているのなら、知らない方が良いかもしれないとも思ったのです。ですが、よくよく考えてみればそれも危険かもしれません。魔人については誰もが知っていることですから、いずれそれについて聞くことになるでしょう。ならば先に正しい知識を身に着けておくべきでしょう」


 そう言ってプレセイラさんと目配せを交わすと、魔人に関する伝承を教えてくれた。


「魔法を使うことのできる人が一定数いることは、先ほどお話ししたとおりです。ですが、これまでの歴史で数人、魔法を使う者で人々を支配し、世界を我が物にしようとした者がいるのです。その者たちは怖れをもって『魔人』と呼ばれています」


 どうやら俺がその『魔人』とやらになるのではと、二人は恐れているようだった。

 でも、俺が勇者に倒されるとしたら、それが俺がたどるべき道なのかもしれないと直感的に思った。


「その人たち、魔人たちはどうなったのですか?」


 自分のたどるかもしれない運命を思って、俺はまず、そう尋ねた。


「最後には魔人は勇者によって倒されています。ですが、魔人による被害は甚大。この平和な世界ではあり得ないほど多くの人が還らぬ者となり、傷つく者も多数に上るのです」


(女神の奴、やっぱり酷いな。俺にそんなことをしろって言うのか?)


 思ったとおり、魔人は勇者に倒されるらしい。

 だとしたら俺は魔人になるしかなさそうだ。


「そんなことが……。でも、魔人ってどんなことをしたのですか? ちょっと想像がつかないんですが」


 ここで聞くべきではないのかもしれないが、俺はこの先、魔人になることが確定らしい。

 でも、勇者に倒される必要があるし、一方で二人が言うような甚大な被害なんて出したくはない。


 この世界でこれまで出会ったのはこの二人だけだが、二人ともとても優しくいい人で、しかもとても美人なのだ。


「魔人は魔法を自在に操るのです。強力な破壊の魔法です。魔法を使える者はそれなりの数いますが、そんな怖ろしい魔法を使う者は魔人以外にいません」


 畏怖に震えるって感じでプレセイラさんが説明してくれた。

 大司祭が「平和な世界」だって言っていたから、ここでは破壊の魔法なんて必要とされないのだろう。


「まさか、魔人に興味がわいたのですか?」


 ポリィ大司祭が不安そうに俺に訊いてきた。

 実際は興味津々なのだが、これ以上聞くと疑われそうだ。


 危険人物として拘束され、獄死したりしたらどうなるのか分からない。

 勇者に倒されたわけではないから、元の世界に戻ることもできず、一巻の終わりってことになるのかもしれなかった。

 危険を冒す必要はないだろう。


「いいえ。初めて聞くお話なのでちょっと。それよりこの世界のことをもう少し教えていただけませんか? お時間のある時で構いませんので。それと……」


 何しろ俺は無一文なのだ。

 類まれな能力を持っているらしいから、それを生かせば生活して行けるのかもしれないが、今は暮らす家もない。


 そして今夜の食事にも事欠く状況なのだ。


「どうしました?」


 プレセイラさんは優しく俺に先を促してくれた。


「その、眠る場所と、できれば食事をいただきたいのです。何でもしますから」


 身体が子どもになってしまったから、水汲みとか薪割りとかの重労働は厳しいのかもしれないが、今はとにかく安心して暮らせる場所と、食事の確保が必要なのだ。


 プレセイラさんがポリィ大司祭を見ると、彼女は頷いて、


「もちろんです。今夜は先ほどまで休んでいた部屋のベッドをお使いなさい。明日からはどこかに、そうねプレセイラと同室がいいかしら? まだベッドに空きがあったわね?」


 逆にプレセイラさんにそう尋ねてくれ、彼女が使っている大部屋にベッドを用意してくれるようだった。


「ですが、食事は……。ここは神に仕える者が暮らす場所。贅沢はしていないのです」


 だが、食事についてはそう言って難色を示す。


「そんな……。食事なしでは……」


 その声は二人にとても悲しそうに聞こえたようだった。


「そんなことを言わないで。食事なんて、私はもう何年もしていませんよ」


「えっ?」


 ちょっと理解しがたいのだが、彼女はそんなことを言い出した。

 だが、それは「豪華な」ってことなのかなと思って、俺は改めてお願いした。


「別に豪華なものでなくてもいいんです。お腹さえ膨れて、健康が維持できれば……」


 そう言った俺に、二人は顔を見合わせて、気がついたって顔をした。


「アリスさん。あなた、お腹が空いているの?」


「えっ。そりゃあ……」


 そこまで口にして、俺は実はまったくお腹が空いていないことに気がついた。

 俺が保護されたのは今朝だって聞いたから、それからもうまるまる半日が経過しているのに、お腹の空き具合はとてもそうとは思えなかった。


「無理をしてマナを取らないようにすれば、お腹が空きます。でも、あなたそんなことをしているの?」


 突然、プレセイラさんがそんなことを言い出して、俺は面食らってしまう。


「えっと。マナって?」


 尋ねた俺に、二人は納得したって顔で、何度も頷いていた。


「ごめんなさいね。記憶を失うって本当に大変なのね。マナのことまで忘れているなんて思ってもみなかった。モントリフィト様は私たちを養うためにこの世界にマナを送ってくださった。だから私たちは何も食べなくても生きていけるの」


 ならば口は何のためにあるのかと思ったが、そりゃあ話をするためだって言われてしまうのだろう。

 どうやらこの世界には空気と同じように、ありとあらゆる場所にマナなる物が溢れているらしかった。


「もちろんそれでは味気ないって人もいる。だから、モントリフィト様はマナから様々な物を作ってくださったの。その中には様々な食材もあるわ」


 そういった食材を使って料理をし、そして食事をすることは普通に行われているらしい。

 神託を受ける時も、料理の才能ってのが挙げられていたから、そういうことらしかった。


「だから多くの人たちは毎日、食事を楽しんでいる。モントリフィト様に感謝し、親しい人たちとテーブルを囲んで会話を楽しむことは、とても素晴らしいことですから」


 どうやらこの世界では、食事は娯楽の一種らしかった。

 ただ生きるだけなら必要ないが、美味しいものを食べることで明日への活力を得る。そういったことのようだ。


「マナはすべての根源。この世界のすべてのものはマナでできている。モントリフィト様はマナからすべてをお作りになり、すべてはマナに還って行く。そういうものなのよ」


 この世界の常識ではそう言うものらしい。

 確かにお腹が空いていないのは事実だし、そうなるとこの世界は俺の知っている現代日本とはまったく異なる物理法則が働いている世界なのかもしれなかった。


 そもそも中世ヨーロッパ風なのだから、そこまで理解が進んでいないのかもしれないが、あながちそうとばかりも言えない気がした。


「ええと。そうなると、飲まず食わずでも生きていけるってことなんですね?」


 質問しながら、俺は喉も渇いていないことに改めて気がついた。


「ええ。そうよ。飲まず食わずって表現は初めて聞いたけれど、そのとおりね」


 二人は俺の言葉を面白く感じたのか、頷き合いながら、プレセイラさんが答えてくれた。

 飲むことや食べることが必須でないのなら、そんな表現は生まれないのかもしれなかった。


「あなた。魔法の才能があるのに、マナを感じていないの?」


 彼女がさらにそう言ってくれて、俺が感覚を研ぎ澄ますと、この世界に満ちるエネルギーのようなものを感じることができた。


 それは頬を撫でる風によって空気の流れを感じた。そんな感覚だった。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
よろしくお願します。
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