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第二十七話 ファスタン山へ

 大陸に戻った俺たちは、ハムボルドの町の教会に預けてあった馬車を受け取ると、東へと向かった。


 ファスタン山は大陸東方にいくつか連なる火山の一つで、勇者が魔人を滅ぼした場所として知られている。


 俺たちにとって、もちろんそれが最も重要なのだが、ミーモさんがファスタン山に関する耳よりな情報を教えてくれた。


「あの山の側には温泉が湧いていての。昔から行ってみたいと思っておったのじゃ」


 それを聞いて、俺も是非、ファスタン山に行ってみたくなった。


(元の世界ではそんなに温泉には興味がなかったけど、やっぱり風呂が恋しいよな)


 この世界では毎日風呂に入るという習慣はない。

 水浴びくらいはするが、そもそも身体がそんなに汚れないのだ。


(あまり食べたり飲んだりしないからかな? 髪もべたべたしたりしないし)


 最初は不思議だったが、この世界の人間って、実は精霊みたいなものなのかもしれない。

 当然、臭ったりすることもないし、自分の感覚としてもさっぱりしたものだ。


 それでも元日本人の俺とって温泉は魅力的だ。


「それは良さそうね。私も入ってみたいわ」


 ロフィさんもそう言って、エルフも温泉に入るんだって、俺は不思議な気がした。

 まあ、エルフである彼女も、普段から食事をしているところを見たことはないから、やっぱりこの世界の人間と同じなのだろう。


「では、先に麓の温泉に寄って、それから山に登りましょう」


 クリィマさんがそう決めて、俺たちはファスタン山の麓にある温泉へと向かうことになった。



 俺はクリィマさんに色々と聞きたいことがあった。


 彼女は俺より先にこの世界に来た異世界人のはずだ。

 これまでこの世界で暮らしてきて、俺の知らないことを色々と知っているに違いない。


 プレセイラさんは親切に俺を導いてくれるが、もともとこの世界の人。

 その点、クリィマさんからは俺と同じ視点から注意すべき点などを教えてもらえるはずだった。


「休憩にしましょうか?」


 彼女が提案して馬車が停まり、俺たちは街道の脇でテーブルを囲む。


「もう慣れてしまったが、これは重宝だの。普通に旅ができなくなりそうじゃ」


 七人分の椅子と大きなテーブルは、クリィマさんが袋から出したものだ。


 もちろん使い終わった後は、また彼女の袋に収納される。


「剣士はそんなに旅をするの? 私はこれまで森を出たこともなかったのだけれど」


 ロフィさんが尋ねると、ミーモさんは首を振る。


「まあ、人よりは遠くまで行くこともある方じゃが、滅多にないの。王都周辺でも依頼は色々とあるのでな」


 この世界の人はあまり旅をしないらしい。


「私も教会のお使いで隣町まで行く程度ですね。カロラインさんは国王陛下のお供で遠くへ出掛けられることもおありでは?」


 振られたカロラインさんは少し考えていたが、


「いや。そうそうお供する機会などないな。王国は良く治まっておるゆえ、反乱鎮圧に出兵することもないしな」


 何だか物騒なことを言っていたが、彼女もこれまで王都からあまり出たことはないようだった。


 クリィマさんはリールさんと話していて、俺たちの会話には入ってこない。

 この二人は長い付き合いらしく、この先どうするかなんてことを話していることが多い。



「ファスタン山で滅ぼされた魔人って、どんな魔人だったのですか?」


 俺は退屈していたこともあり、二人に向かって聞いてみた。


 本当は俺はクリィマさんともっと話したいのだ。

 でも、馬車の中ではほかの人の手前、元の世界の話をするわけにもいかない。


 こうした休憩の時なんかも、何となくプレセイラさんが俺の担当みたいなことになっていて、クリィマさんと二人きりで話す機会はほとんどなかった。


「魔人ベニー。大きな目と長い黒髪を持つ魔人です。先々代の勇者に滅ぼされたとされています」


 魔人の話になれば、クリィマさんが解説してくれる。


 そうして彼女と話すことで、俺が彼女と話していてもほかの皆から不審に思われないようにしていこうと俺は思っていた。


「ファスタン山の呪われた地は、ファイモス島のそれのように浄化されてはいないようですね。つい数年前にも、彼の地に巣食う魔竜によって、亡くなった人がいると聞きましたから」


 カロラインさんが聞き捨てならないことを口にして皆の間に緊張が走った。


「魔竜って。ドラゴンがいるの?」


 ロフィさんが怯えた様子を見せて尋ねる。


「ええ。ファイアドラゴンのベニー。魔人の名を引き継いだ赤い鱗のドラゴンが呪われた地を守っているのです」


 近くに温泉があるものだから、訪れる人もそれなりにいて、稀にドラゴンに襲われる犠牲者が出るらしい。


「呪われた地に近づかなければ問題ない。数年前の犠牲者も、道を違えて迷い込んでしまったのだ」


 カロラインさんはなんてことないって顔で言ったが、俺たちの目的は魔人と勇者の事績をたどることなのだ。

 呪われた地に近づかなくていいとは思えない。


「ドラゴンと戦うだなんて、エフォスカザン様だってされたことがあるかどうか?」


 ロフィさんは何度もそう繰り返していて、俺もそれを聞いているうちに段々と不安になってきた。


 近づかなければ害はないって長年、放置されているのは、排除しようとすると甚大な被害が出ることが分かっているからだよな。


「大丈夫です。こちらにはリールがいますから。普通なら魔人退治にしか携わらない勇者が討伐に乗り出すのですから、失敗するはずもありません」


 クリィマさんが自信満々って感じで請けあって、カロラインさんもそれに頷いた。


「勇者様とともに戦うことができるなど騎士としてこれ以上ない誉れ。ファイモス島では肩透かしに遭ったが、今度こそ」


 彼女の方はドラゴンと聞いても恐れる気持ちはないようだ。


 俺もそもそもドラゴンがどのくらいのものなのか、よく分からないので、ロフィさんほどの恐れはない。

 本当は彼女くらい恐れるべきなのかもしれないが。


「いずれにせよ。温泉が先じゃな。温泉、温泉」


 ミーモさんが気楽なことを言ったのは、皆をリラックスさせるためだろうか?



 王国最北部のハムボルドの町からファスタン山のある東部へと馬車は走るが、途中、日暮れまでに町に到着できず、やむなく野営を強いられることもあった。


「念の為、誰か一人は起きていることにしましょう。野生動物が襲ってこないともかぎりませんから」


 クリィマさんがそう言って、見張りの順番を決めていく。


 大きなテントやブランケットも彼女の袋から出てきて、寒さに震えるって事態は避けられそうだった。


「俺もやります!」


 一応、中間や期末のテスト前には結構、夜遅くまで起きていたし、さほど苦にならなかった記憶もあるので俺はそう言ってみたのだが、


「ありがとうね。でも大丈夫。子どもには眠る時間がたくさん必要なのよ」


 プレセイラさんにそう言われてしまう。

 クリィマさんには分かっていると思うのだが、何も言ってくれなかった。


「なあに。本当に念の為じゃからな。そう心配することはない。アリス殿はゆっくり眠ればいいのじゃ」


 ミーモさんもそう言って、任せておけって態度だった。


 この世界はかなり犯罪率も低く、こんな人里離れた場所でも、盗賊に襲われたりすることはないらしい。


 それってやっぱりこの世界が女性ばかりだからかななんて思ったが、そもそも性別のない世界だから、それとは別の理由があるのかもしれない。


(プレセイラさんに聞いたら、きっとモントリフィト様のおかげですって答えが返ってくるんだろうな)


 俺はそんなことを思ったが、あながち間違いではないのかもしれない。

 彼女はこの世界を完璧なものだって言っていたのだから。


 まあ、たとえ盗賊や野獣に襲われようと、こちらには勇者のリールさんに魔法使いのクリィマさん、それに騎士のカロラインさんに剣士のミーモさんと戦闘向きの人が揃っている。


 ロフィさんもプレセイラさんもそれなりに戦えそうだし、足手まといは俺だけだろう。


 それより俺は、テントで寝る方が気になった。


 普段は教会のベッドが固いとか、布団がぺらぺらだとか不満を言っているが、プレセイラさんがいるおかげか、それとも俺を特別扱いしてくれているのか毎回、個室を与えられ、そこで横になることができた。


 でも、今日は全員でテントの中で眠るのだ。


 広いとはいってもそこはテントの中のこと、俺のすぐ横ではプレセイラさんが横になっているし、反対側ではミーモさんが眠っている。


 両側を美しい女性に囲まれて眠れるほど、俺は無神経な男ではないのだ。


「どうしたの? 眠れないのですか?」


 おまけにクリィマさんが気を利かせてか、ライトの魔法でほんのわずかな柔らかい光を天井に飛ばしたものだから、皆の美しい寝顔が見えるのだ。


「ええと。もう眠ります。大丈夫です」


 俺はぎゅっと目を閉じて、何とか眠ろうとするが、そうするとかえって頭が冴えて眠れない気がする。

 おまけに隣から、


「う、うーん」


 なんて可愛らしい声がして、思わず目を開けるとミーモさんがブランケットを蹴飛ばし、薄い布地の寝間着だけの姿を無防備にさらしていた。


(どうしよう。風邪をひかないかな?)


 俺は気になって、とても眠るどころではなくなってしまう。

 仕方なく、ごそごそと動いて彼女にブランケットを掛け直していると、反対側のプレセイラさんが目を覚ます。


「あら。どうしたの?」


 なんて聞かれて、別に悪いことをしていたわけでもないのに、どぎまぎしてしまった。


「ええと。その。ミーモさんの毛布が掛かっていなかったので、気になって」


 正直に答えると、プレセイラさんが微睡(まどろ)むような声で、


「あら。偉いわね。でも、早く寝ないといけませんよ」


 なんて言ってくれた。


 俺はもうそれだけで、ますますどきどきして眠れなくなってしまう。



 結局、俺が眠りに落ちたのは、かなり夜も更けてからだった。


 見張りがカロラインさんからミーモさんに、そしてリールさんへと交代したところまでは覚えているから、夜半を過ぎていたかもしれない。


「アリスさんは眠そうね。やっぱり野営は酷だったかしら?」


 翌日、俺の睡眠不足はしっかりとプレセイラさんにばれてしまった。

 それでも、彼女は俺を責めることなんてなく、


「小さな子どももいることですから、今後は野営はできるだけ避けましょう。少し早くても宿や教会のある町で夜を過ごすようにお願いします」


 クリィマさんにそうお願いしてくれていた。


 彼女は俺が異世界人だと知っているから、寝不足の原因に気づかれたかもしれないが、それでも「分かりました。今後は気をつけましょう」と言ってくれた。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
よろしくお願します。
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