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第二十六話 魔人の痕跡

「ここが魔人が滅ぼされた場所なのかの?」


 ミーモさんが疑わしそうにそう口にした。


 俺たちはファイモス島の西の端、海に突き出た岬の先に立っていた。


「魔物もいなかったし、別の場所じゃないの?」


 ロフィさんが言ったとおり、岬に至る途中で現れると思っていた魔物は姿を見せず、俺たちは何の妨害を受けることなく岬まで来ることができたのだ。


「いえ。伝承では島の西端の岬でシシと呼ばれる魔人が勇者に滅ぼされたとされています。ここが島の西の端であることは間違いないですし、ほかにそれらしい場所も」


 クリィマさんも困惑気味だ。

 伝承が間違っているって可能性もあるが、この世界の人が魔人に関して適当なことを言うとも思えない。


 そのくらい魔人は恐れられているからだ。


「リール様には見覚えがありませんか? この岬からの風景に」


 カロラインさんが尋ねて、俺は何言ってるんだろうと思ったが、リールさんも咄嗟に答えられなくなっていた。


「この地で魔人シシを滅ぼしたのはリールではありません。三代前の勇者なのです」


 クリィマさんが代わりに答えると、カロラインさんは驚いていた。

 いや、こっちの方が驚きなのだが。


「勇者様は代替わりされると言うのですか?」


 彼女はそうも聞いてきて、それはこの島へ来るときに話したじゃないかって思ったが、彼女は聞いていなかったのかもしれない。


「ええ。もちろん直接の面識はありませんが、私の前にも何人かの勇者が魔人を滅ぼしています。勇者とひとまとめにされてしまうことがほとんどなので、すべて私がしたことと思われてしまいがちなのですが」


 リールさんの回答に、カロラインさんはショックを受けたようだ。


「そうですか。勇者様が生命を落とされれば、神が同じ役割を引き継ぐ新たな勇者をこの世へ遣わされる。そうなのですね。当然と言えば当然ですか」


 この世界では誰かが不慮の事故などで亡くなると、その人が与えられていた役割を引き継ぐ者が、赤ん坊としてコウノトリによって運ばれて来るのだ。


 勇者も同じってことだろう。


(あんな強力な魔法を使う魔人と戦うのだから、そりゃあ生命を落とす勇者だっているよね)


 俺はクリィマさんや自分が使った魔法を思い出してそう考えたが、そうすると勇者が幼いうちはどうなるんだろうって疑問が浮かんできた。


 魔人が勇者を倒したら、その後十数年は魔人と戦える勇者はこの世界にいないことになる。

 その間はかなり危ないことになるんじゃないかと思ったのだ。


「もうここで魔人シシが滅ぼされてかなり経ちますから、呪われた地も浄化されたということかもしれません。私たちのほかに近寄る者もいないでしょうから、すぐにはそれとは知られませんし」


 クリィマさんがそんな結論を出し、俺たちは次の目的地へ向かうことになった。


 魔人の滅ぼされた地がずっと呪われたままだとしたら、世界はそのうちに呪われた地ばかりになってしまう。


 ある程度の年月が経てば浄化されるってのはあり得る気がした。



(あれ?)


 皆が帰り始める中、俺には岬の地面の一部が日の光を反射して、わずかに輝いているように見えた。

 

 ほかの六人は何も言わなかったから見間違いかもしれないが、背の低い俺だけが気づいたのかもしれない。


 そう思った俺は、光ったように見えた場所に近寄った。

 そこには細かいガラスの粉のような砂が一面に撒かれたようになっていた。


「アリスさん。行きますよ」


 プレセイラさんから声が掛かり、俺は我に返った。

 ただでさえ歩くのが遅いのだから、スタートから遅れるべきではないだろう。


 俺はそう思って慌てて小走りに皆の後を追った。



「勇者がその、魔人との戦いで生命を落とされる。そういったことも過去にはあったと言うことですか?」


 カロラインさんはかなりショックだったらしく、港への道中でリールさんに再び尋ねていた。


 それは俺も考えたことだ。

 魔人が勝利した後、どうなったんだろうと思う。


 俺自身はそんな気はまったくないが、過去の魔人が俺と同じであった保証はない。

 その強力な魔法の力を背景に、世界征服に乗り出したなんて魔人がいたかもしれない。


「いえ、そんなことはありません。勇者が魔人に遅れを取ることなどありませんから」


 リールさんは俺の想像外の答えを口にした。

 カロラインさんも驚いている。


「そ、それはそうですね。勇者様が魔人に敗れるなど、あってはならないことです」


 カロラインさんは慌てて自身の問いを打ち消したが、ミーモさんは続けて疑問を口にした。


「そうなると何かの事故で亡くなったということか? 勇者が事故死するなど、大事件ゆえ隠されておったと言うことかの?」


 とりあえず俺が心配した勇者が魔人に殺されて、その後継者が赤ん坊としてこの世に生を受けるって事態は避けられているようだ。


 でもミーモさんの言うとおり、勇者が亡くなるって大事件だと思う。


 勇者が小さな子どものうちに魔人が現れなくて幸運だったのだろう。


「そうですね。私も含めて勇者に関する情報の多くは秘密にされています。邪悪な魔人を倒したことだけが知られていれば良いのですから」


 リールさんの言うとおりなのだろう。勇者の動向についてはあまり明らかにされていないようだった。


(まあ、リールさんもそうだけど、勇者だって静かに暮らしたいだろうからな。皆が魔人の恐怖から逃れ、穏やかに暮らせればいいんだろうし)


 俺はリールさんの横顔を見て、そう思っていた。

 あの女神はリールさんに魔人に対抗する力を与えた。


 だからリールさんは女神の望むとおり魔人を滅ぼしてきた。そういうことなのだろう。



 結局、俺たちはファイモス島では魔人に関する大した情報を得ることもできず、再び船に乗って大陸へ戻ることになった。


「シシはもう千年近く前に滅ぼされていますから。記録もほとんど散逸していて。覚えていて喜ばしいものでもありませんし」


 島の東の港の側で、カロラインさんを通じて領主にまで尋ねてもらったが、その答えは素っ気ないと言っていいくらいのものだった。


「残念でしたが、長い時間の間には呪われた地も浄化されることが分かったのは収穫でした。魔人の痕跡が永遠に残るわけではないと分かったのですから」


 船の上でクリィマさんはそう言って、この島へ来た意義を強調した。


「つまり魔人も最後はマナと同化するということです。でもそれには長い年月が掛かる。そういうことでしょう」


 この世界の物質はすべてマナからできている。だから魔人もマナからできていると思うのだが、どうも伝承ではそうではないらしい。


 誰もそれに異議を挟まないから、この世界の常識ってことなのだろう。

 何となく偏見のような気がするが。


「モントリフィト様のお力をもってすれば、邪悪な魔人も最後には浄化され、マナへと還るのです。そして完全な世界が守られる。そういうことです」


 プレセイラさんが厳かに感じる口調で宣言し、俺はあの女神が『ルーナリア』は完璧だと言っていたことを思い出した。


「どうしてわざわざ邪悪な魔人を勇者が滅ぼし、それを長い年月を掛けて浄化する。そんな手間を掛ける必要があるのでしょう?」


 リールさんがプレセイラさんに問い掛けた。

 その様子はまるで神に対して反抗しようとしているように俺には見えた。


「それは。モントリフィト様がそう定められたのです。人々に害を為す魔人が現れたら、勇者がそれを滅ぼすのだと」


 それは理由になっていないだろって思うのは、現代日本から来た俺の感覚なのだろう。


 プレセイラさんの様子を見ていると、そう信じて疑っていないことが伝わってくる。


 彼女の中ではそれで十分なのだろうし、おそらくこの世界の多くの人にとってもそうなのだ。


「本当にそれだけでしょうか? モントリフィト様は勇者が魔人を殺すことを定められた。それで完全な世界と言えるのでしょうか?」


 俺にはプレセイラさんが息をのむ音が聞こえた気がした。

 神官の前で神の作った世界の完全性を疑うって、何だかまずい気がする。


「勇者様。そのようなことはおっしゃってはなりません。モントリフィト様を疑うことは、自らの存在を疑うこと。そしてこの世界のすべてを疑うことなのです」


 プレセイラさんは厳しい顔でリールさんに向かって言った。


「今のお言葉はお気の迷いから出たもの。聞かなかったことにいたします」


 とりあえず一度目はセーフってことなのか、プレセイラさんはそこまでで鉾を収めるようだ。


 俺はまたリールさんが蒸し返すんじゃないかとひやひやしたが、彼女も口を閉じてそれ以上、何も言わなかった。


「次はファスタン山へ向かうのじゃったな。少し遠いし、アリス殿はせっかくの服が用無しになるの」


 ミーモさんが目的地について話し出し、とりあえず宗教論争みたいだった話題を変えてくれた。


「服が用無しってどういうことですか?」


 山に向かうのならまた寒いだろうから、俺のコートは大活躍かと思ったのだが、どうもそうではないらしい。


「ファスタン山は火山なの。辺りはとても暑いから、また服を(あつら)えましょうね」


 プレセイラさんがいつもの優しい目で俺を見て、そう教えてくれた。


 どうやら刺々しい空気は一掃されたようだった。


「今度は涼しそうな水色のブラウスなんてどうじゃ?」


 さらにミーモさんが提案を加えると、プレセイラさんは嬉しそうだった。


「いいわね。アリスさんにとても似合いそう。きっと可愛らしいですわね」


 そう口にして待ちきれないって感じのプレセイラさんの背後に目をやると、ミーモさんが俺に向かって親指を立てていた。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
よろしくお願します。
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