第ニ十四話 島を徒歩で
俺の新しいコートは皆に好評をもって迎えられた。
「あら。やっぱり可愛いわ。赤い服もよく似合うのね」
教会に戻るとプレセイラさんは目を細めて、俺をそう褒めそやす。
その声を聞きつけたのか、皆が彼女とカロラインさんに宛てがわれた部屋に集まってきた。
「さすがにちょっと大きいんですけど、このコートくらいしかなくて」
フードはかなり深いものになっているし、両袖からは指先くらいしか出ていない。
裾もかろうじて床に着かないって具合だ。
「古着なのだがな。アリス殿が魔法できれいにしたのだ」
ミーモさんがそう告げると、皆の間に緊張が走ったようだった。
「アリスさんも魔法を使われるのだな。まさか古着とは思わなかったが」
カロラインさんがそう言ってクリィマさんを覗くように見ていた。
特定の魔法なら少ないながらも使える人はいるが、俺とクリィマさんはそうではないと思っているのだろう。
そしてそれは間違っていないのだ。
「これで安心して島へ渡れますね。アリスさんは小さいですからすぐに冷えきってしまうのではないかと心配だったのです」
プレセイラさんも当然、分かっているのだろうが、それには触れず、いつもの笑顔を見せてくれる。
今はその心遣いがありがたかった。
翌日には俺たちの姿はファイモス島へ向かう船の上にあった。
「魔人が斃されたのは島の西側。船の着く港のある東からは反対側になりますが、それほど大きな島ではありませんから」
船室でクリィマさんが皆に教えてくれる。
俺たち以外の客は数人しかおらず、船室の隅に固まって話す分には、話の内容を聞かれるおそれはなさそうだった。
「でも途中に魔物がいるんですよね?」
俺はミーモさんが言っていたことを思い出して確認する。
「ええ。魔人の斃れた地を訪れる者など、私たち以外にはいないでしょう。呪われた地だと言われていますからね。それにそこにいる魔物は強力です」
クリィマさんの説明に皆は不安を感じたようだ。
特にプレセイラさんは顔を曇らせた。
「考えてみると、魔人の斃れた地を訪れることは、魔人に対して祭祀を行うことにならないでしょうか? もしそうなら神がお赦しにならないかもしれません」
この世界では魔人は全人類の敵で、神にも敵対する者なのだ。
わざわざ神の敵の斃れた場所へ行くって、あまり褒められた行為ではないのかもしれない。
「ですが魔物を退治することは、島の平和にも役立つのではないですか? そんな魔物がいたら……」
俺は反論を試みてみた。
プレセイラさんはまさか俺から反論があると思っていなかったのだろう、意外そうな顔で俺を見てきた。
「いいえ。魔物が島の平和の妨げになることはありません」
だが、リールさんが口を挟んできて、俺の疑問を否定した。
今度は俺が驚く番だった。
「だって、そんな魔物がいたら……」
「魔物は人がその地に近づかないかぎり襲ってはきません。だから付近の住民はそのことだけに、魔物のいる場所に近づかないことだけに気をつけていれば害はないのです」
リールさんの説明は意外だったが、逆に納得できるものだった。
クリィマさんが言ったように、魔人はこの国だけでも何人も斃されているようなのだ。
そんな魔物が付近の町を襲うとしたら一大事だし、王国の全力を挙げて退治に乗り出さざるを得ないだろう。
近づかなければ襲ってこないから、放置している。そういうことなのだ。
「そうすると魔物の強さなんて分からないんじゃないですか?」
これまで排除する必要がなかったのなら、強力だってどうして分かるのだろうか?
見た目かなって俺は思ったが、さすがにそんないい加減な理由ではなかった。
「道を間違えて迷い込んだり、もう大丈夫だろうと考えて近づいたり、これまで何度か魔物に襲われた例があるのです。いや、そう言われているというのが正確でしょう。魔物に襲われたらその痕跡さえ残らないようですから」
「えっ! そんなに強いんですか?」
話が違うって言いたいところだが、そもそも俺は魔物の強さについては聞いていないから、事前の情報収集不足ってのがより正確だろう。
「魔人が滅んだ地に現れる魔物は確かに強い。でも、こちらには勇者のリールがいますし。それに私も魔法で戦います。そう苦戦はしないと思いますよ」
クリィマさんは対魔物戦に自信がありそうだ。
「私も忘れてもらっては困るぞ。勇者とともに戦えるなど、騎士としてこれ以上の誉れはそうはないからな」
「戦いになればプレセイラ殿は魔法で傷ついた者を癒し、クリィマ殿は自分で言ったとおり魔法で戦うのであろう。二人の守りは任せてもらうのだ。いや、アリス殿もいるから三人か」
「人間だけに良いところを持って行かせるわけにはいかないわ。私も戦うから」
ほかの皆も戦意は高い。
リールさんがいることが勝利とこの戦いの正統性を確信させているのだろう。
「えっと。俺は……」
皆がそう言って決意を見せる中、俺だけが置いて行かれている気がする。
プレセイラさんはいつものように静かに笑っているが、彼女も当然、魔物と戦うのだろう。
「アリスさんは良いのですよ。あなたはまだ子どもなのですから」
彼女はそう言って、俺に戦わせる気はないようだ。
「俺も戦いたいです。そうだ! クリィマさん。魔法を教えてくれませんか?」
自分のことなのに、ここでも蚊帳の外に置かれることに申し訳ない気持ちもあったし、魔法を教えてもらうことで、彼女と二人だけで話す時間が持てるんじゃないか。
俺はそう思って、魔法を教えてほしいと申し出た。
「魔法……ですか。プレセイラさん。アリスさんの魔法の才能は?」
クリィマさんの目が光った気がした。
彼女もきっと俺と話したいはずだ。
「恐ろしい程の適性を持っていると、神託にはそう出ています。ですが魔法を使うことは……」
プレセイラさんは不安そうだった。
俺が魔法を使うことで、魔人になることを恐れているのかもしれない。
一方でクリィマさんは敢えてなのだろう、軽い感じで答えていた。
「そこまでの適性が。では、身を守るためにも魔法を教えて差し上げましょう。島の西の魔人が倒された地点まで、それ程時間は掛かりませんから、大した魔法は覚えられないとは思いますが。ですが、戦いが始まったら私の後ろに隠れて、安全を確保することだけに注意してください。それが魔法を教える条件です」
それではあまり魔法を教えてもらう意味がないのではとも思ったが、この辺りが限界だろう。
俺の姿は可憐な少女のそれだから、戦いの場に引き出そうだなんて、誰も思うはずがない。
逆に俺を魔物と戦わせたりしたら、勇者のリールさんや騎士のカロラインさんが非難を浴びるかもしれなかった。
「分かりました。それでお願いします」
それでもクリィマさんと話す機会は得られるだろう。
俺はそう考えて、ファイモス島の西への旅の間に、彼女に魔法を教えてもらうことにした。
そうしてファイモス島へ上陸したものの、馬車は対岸の港町の教会に預けてきたため、この先は徒歩で行くしかなかった。
馬車を借りようという意見もあったが、七人の集団は子どもの俺がいることもあってとても目立つ。
カロラインさんが言ったように悪いことをするわけではないが、俺やクリィマさんがいらぬ詮索を受けても面倒なので、このまま歩くことにしたのだ。
「アリスさんもいますからゆっくり行きましょう。逃げる相手でもありませんから」
クリィマさんが言ったとおり、俺や彼女にとって、この旅は急ぐものではない。
「疲れたら言ってくださいね。背負ってあげますから」
プレセイラさんはそう言ってくれる。
「ああ。遠慮することはないぞ。大人がこんなにいるのだ。私もアリスくらい運べるからな」
カロラインさんも同じように言ってくれるのは 二人には仕事があるってことも影響してるのだろう。
早く王宮や神殿に戻りたいに決まっている。
「いいえ。荷物もあるのにそんな。大丈夫ですから」
馬車を置いてきてしまったので、荷物を運ぶ必要がある。
収納の魔法で皆の荷物も運びますとクリィマさんが言ってくれたのだが、カロラインさんは自分の荷物くらい自分で持つと言って背負っていたし、武器もあるから手ぶらと言うわけにもいかない。
俺はそれも考えて、がんばるつもりでいたのだが、身体の小ささは如何ともし難かった。
「アリスさん。疲れましたね。ここでまた休憩にしましょう」
俺以外の六人はさして疲れを見せていないが、俺は歩幅も小さいし、大人に合わせて歩くのは大変だ。
皆は逆に俺に合わせてゆっくり歩いてくれているのだろうが。
「疲労回復の魔法を掛けますね」
プレセイラさんが俺に手をかざし、彼女の手のひらから暖かい色をした光が浮かんで俺を照らす。
すると疲れがすうっと遠のく感覚があった。
マナで疲れが取れるとは言うものの、一気に回復するなら彼女の魔法の方が有効だった。
「何度もすみません」
休憩の度に彼女は俺にだけ神聖魔法を使ってくれる。
神官の中でも魔法の使える人は少ないようだった。
そう言う意味では彼女も神に愛され、特別な才能を与えられた人ってことなのだろう。
「クリィマ殿。魔法で何とかならないものかの? 見ていて不憫だでの」
俺の様子は傍から見ても必死って感じがするらしい。
ミーモさんがクリィマさんにそんな問い掛けをしていた。
「魔法でですか? 余程魔法が得意なら空中を進むなんてことも考えられますが、マナを操るのはそれなりに疲れますから、歩いた方がいいと思いますよ」
二人の話を聞いていた俺は、クリィマさんの口にした「空中を進む」ってことに思い当たることがあった。
俺は神殿のあるオルデンの町で大量の小麦粉を運んだことがあるのだ。




