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第二話 神殿で

「うっ……」


「大丈夫ですか?」


 そう呼び掛けられて、俺は意識が(よみがえ)ってきたのを感じていた。


「ここは……?」


 どうやら俺は横になっているらしい。先ほど俺を気遣ってくれた優しそうな女性の声が答えてくれた。


「ここはモントリフィト様の神殿です。あなたはそのすぐ側に倒れていたのです。気がついて良かった」


 そう言って顔を覗き込んできた女性の顔を見て、俺はどきりとしてしまった。


「怖くありませんよ。私はこの神殿に仕えるプレセイラと言う者です。神殿の側に倒れていたあなたを見つけ、ここへ連れて来たのです」


 続けて俺の置かれていた状況を説明してくれた彼女は、とても整った顔だちをしていて、俺はまた香具山さんのことを思い出してしまった。


 彼女の深い緑色の瞳は、俺のことを心から心配してくれていることが分かる真摯なものに見えた。


「俺は倒れていたのか?」


 女神の奴、乱暴だなって俺は思ったが、それでもここは彼女に捧げられた神殿らしいから、そこには彼女に仕える敬虔な信徒が多くいるのだろう。


「はい。気を失っていましたから、心配しました。でも良かった。具合の悪いところはありませんか?」


「いえ。大丈夫……です」


 俺はそう答えながら大きな違和感を持った。


「これって……えっ!」


 それはどう考えても俺の声じゃなかった。

 俺はもう高校生だし、さすがに声変わりをしているのだ。


 でも、俺の口から出た声は、女性のような……いや、子どものような高い声だった。


「どうされましたか? おかげんの悪いところでも?」


 プレセイラさんが心配そうに俺を覗き込んできて、俺は彼女の緑色の瞳で見つめられてどきりとしてしまう。

 

 彼女は髪をすっぽりと覆う薄い水色の神官服のようなものを着ていたが、それでも綺麗だなって見惚れてしまうような女性だったからだ。


「いえ。じゃなくて、声が……」


 やっぱり俺の声じゃない。

 俺の口から出ていることは確かだからそれは俺が発した声なのだろう。


 だが、その声はどうしたって男子高校生のものとは思えないものだった。


「声がどうされました? あなたに似合った可愛らしい声ではないですか」


 そう言ってにっこりと微笑む彼女に、俺はまた見惚れてしまいそうになったが、今はそれどころではない。


(俺に似合った可愛らしい声?)


 今の俺に「可愛らしい」ほど似合わない言葉はないだろう。

 そう大柄だとも、筋骨隆々だとも言わないが、まあ至って普通の高校生だ。


 まして美少年とかそういう類でないことは、ちゃんと自覚している。

 人混みの中にいたら目立たない、ましてスカウトなんて間違ってもされない、そんな程度の男なのだ。


「あの……これって……」


 そう口にしながら俺はベットで上半身を起こそうとして、自分の身体に異変が起こっていることに気がついた。


 寝具に着いた手の位置は不自然に近いし、起こした頭の位置も思っていたよりずっと低い、そして……、


「金……髪……?」


 俺の頭から「ふぁさっ」といった感じで落ちた髪は、長く見事な金髪だった。


(えっ、えっ、ええ〜!)


 俺、いつの間に髪を染めたんだ? って言うか長髪になんてした覚えもないし、そんなにすぐに髪が伸びるはずがない。


 かつら……ってことも考えて思わず頭に手を伸ばそうとして、俺は自分の手が小さくなっていることに気がついた。


 それは「紅葉(もみじ)のような」って言葉が似合いそうな可愛らしい子どもの手だった?


「あれっ?」


 これって俺の手だよなって思いながら自分の手を見て呆然としていると、プレセイラさんが俺の頭を撫でてくれる。


「綺麗な髪ね。それにモントリフィト様みたいな美しいお顔。あなたはきっと神に愛されているのね」


 そう言いながら俺は彼女に撫でられて、思わずぼうっとしてしまいそうになった。


 こんな綺麗な女性に頭を撫でられるって、俺のこれまでの人生でなかったことだ。


 でも「美しいお顔」って言葉は聞き捨てならない。

 俺の顔がそんなものではないことくらいは自分でも分かっているのだ。


「あの。鏡を見たいのですが」


 今、起きていることを確認する最良の方法はと考えて、俺がお願いすると、


「あら。起きてすぐに身だしなみなの? でもそうね。大切なことですものね」


 そう言って部屋の隅に据えられた小さな机から手鏡を持って来てくれた。


「えっ……と」


 思わず大声を出しそうになって俺はそれを呑み込んだ。


 鏡に写っていたのは、俺とは似ても似つかぬ小さな女の子、プレセイラさんが言ったとおりとても可愛らしい女の子だったからだ。


「あら。私もほっぺを触らせてもらっていいかしら?」


 俺は思わず鏡を持たない左手で、自分の頬をつねっていた。

 さすがにこれは夢だろうって思ったからだ。


 彼女はそれを見て、俺に頬を触らせてくれってお願いしてきた。


 俺が彼女を見上げると、それを承諾と取ったのか、彼女は両手を俺の頬に押し当ててきた。


「ぷにぷにで可愛いわ。ごめんなさいね。でも、本当にかわいい!」


 そう言われても、俺は愛想笑いを返すこともできず、呆然とベッドに座っていた。


 もう一度頬をつねってみたが、思っていた以上に痛く、夢ってことはなさそうだった。


 そして彼女の言ったとおり頬はぷにぷにですべすべしていて、小さな子どものそれのようだった。



「そうなの。ここに来る前のことは覚えていないのね? 名前も分からない?」


 プレセイラさんはその容姿を裏切らない優しい女性で、俺の身の上を親身に聞いてくれていた。


 聞いてくれはしたのだが、俺が別の世界から来たってことは信じてもらえず、俺はもう記憶喪失ってことで通すことにした。


 そうしないと何か変な妄想に囚われている危ない人って扱いを受けそうな雰囲気だったからだ。


「いえ。名前は有栖、有栖……」


「アリスちゃんて言うのね。とっても可愛い名前だわ!」


 下の名前を名乗る前にそう被せられて、俺は晴れてアリスってことになった。



 そして、俺がいるのはあの女神が言ったとおり、ルーナリアと呼ばれる世界らしい。

 さすがに女神に聞いたことそのままだってことが俺には信じられず、おずおずとプレセイラさんに確認すると、


「あなたの言うとおり、この世界はルーナリアと呼ばれています。慈愛深きモントリフィト様の作られた世界です」


 彼女がそう教えてくれたのだ。


 あの女神とグルになって俺を騙そうとしているとは思えないし、そう言う設定のテーマパークってこともなさそうだった。


 そうなると正真正銘の異世界へ俺は転移したってことらしい。

 しかも小さな女の子として。


「ここはルーナリア最大の大陸フェルティリスのほぼ真ん中にあるオルデンと呼ばれる町です。モントリフィト様の神殿がある神聖な町なのですよ」


 何しろ記憶喪失で自分の名前以外、何も思い出せないってことで理解してもらったのだが、その判断は思いつきにしては良いものだったと後で分かった。


 この世界の地理や歴史はもとより、文化や生活習慣も、元いた現代日本とは大きく違うことが分かって来たからだ。


(ヨーロッパの中世みたいだな。プレセイラさんの瞳や髪の色も日本人とは違うし)


 彼女の髪は明るい茶色で、茶髪にしてるって言われればそうなのかもしれないが、瞳の色も深い緑色で、ちょっと日本人とは思えない。

 カラコンを入れているわけでもなさそうだ。


「香久山って、日本人離れしているよな」


 俺は、元いた学校でクラスの男子連中でそんな噂話をしていたことを思い出した。


 彼女の肌は真っ白だったし、鼻筋も通って、プロポーションもなかなか見ない見事なものだった。


「アリスさん。あなたが自分の名前以外の記憶が無いと言うのなら、まずはモントリフィト様の神託をいただいてはどうかと思います。それが何かの手掛かりになるかもしれませんし、そうでなくても生きていく道標(みちしるべ)になるでしょう」


 俺がそんなことを考えているうちにも、プレセイラさんは本当に親身に俺のことを心配してくれているようだった。


「はい。ありがとうございます。ですが、それにはどうしたら?」


 あの女神の神託なんて碌なものじゃないって気もするが、ほかに当てがあるわけでもない。


 今はプレセイラさんしか頼る人はいないのだから、彼女の言葉に従うべきだろう。


 そう考えたが、神託だなんて、そのために何か必要なものがあるんじゃないかと思って不安になった。

 具体的には献金とか、お布施とか、初穂料とかを要求されるんじゃないかって思ったのだ。


 どうやら女神は俺に当座の生活費さえ与えてくれなかったらしく、俺は文無しだったのだ。


「あなたが身につけていたのは簡素な服だけでした。でも、それでもあなたの可愛らしさはすぐに分かりましたよ」


 なんてプレセイラさんは教えてくれたから、さすがに素っ裸で路上に放り出されたわけではなさそうだったが。


「でも。その……。ここまでお世話していただいた上に、これ以上ご迷惑をお掛けするのは……」


 俺がそう口にすると、彼女はゆっくりと首を振って、


「いいえ。そのようなこと、気にする必要はありませんよ。すべてはモントリフィト様の思し召し。あなたのこともきっとそうです」


 慈愛に満ちた微笑みとともに、俺にそう言ってくれた。

 俺は彼女こそが女神なんじゃないかと思ったが、それは彼女の美しい顔が、あの女神に似ているからかもしれなかった。


「立てますか? 慌てる必要はありませんが、良ければ大聖堂で神託をいただきましょう」


 別に痛いところもなければ、お腹が空いたり喉が渇いたりもしていない。


 俺は頷いてベッドから降りると、彼女について大聖堂へと向かった。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
よろしくお願します。
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