第十七話 勇者を訪ねて
ラブリースの町は思ったほど大きな町ではなかった。
商店なども並んではいるが、あまり活気は感じられない。
「十日に一度、市が立ちますから。勇者様は時々それに合わせて町へいらっしゃっているようですよ。教会にも顔をお見せになられます」
町の教会に落ち着いた俺たちに、司祭の女性が教えてくれる。
王都での会話にあったとおり、勇者はこの町の郊外に居を構えているようだった。
「人間なのに、どうして町の中に住んでいないのかしら?」
ロフィさんはそう言って不服そうだ。
まあ、彼女はルークの森からずっと不機嫌そうではある。
「さあ。勇者様のお考えになることは私には。重い責務を負っておられる方ですから」
司祭が言うとおり、この世界では勇者の責務は重そうだ。
魔人が現れた時、それに打ち勝てるのは勇者しかいないと言われている。
世界の危機に敢然と立ち向かう、まさに英雄と言ってもよい存在なのだ。
「どちらにお住まいなのかご存知ですか?」
この世界の重要人物なのだから、住んでる場所くらい特定されているんじゃないかと思うのだが、司祭ははっきりとは知らないようだった。
「大体の場所は分かりますが、勇者様については王国の管轄ですから。念の為、政庁で確認されてはいかがでしょう。政庁をお訪ねになられますか?」
勝手に住まいを教えたとか言われても迷惑なのだろうか。司祭は政庁を訪ねるように促してきた。
ここにいても仕方がないこともあり、俺たちは政庁へ行ってみることにした。
俺はまた置いていかれそうになったのだが、教会に残っていてもすることもない。
おとなしくしているからという条件で、ついて行くことができた。
「私たちは王命によりこの町の側に住む勇者殿を訪ねんとやって来た者。勇者殿のお住まいを伺いたい」
カロラインさんが政庁の受付で名乗り、用向きを告げると、彼女の近衛騎士という肩書が効いたのかは定かではないが、領主が面会してくれることになった。
「勇者様を訪ねられるなどと、まさか魔人が現れたのですか?」
領主のハント卿は栗色の髪を持つ上品な感じのする女性だったが、俺たちの依頼に驚いていた。
「いえ。そのようなことは起きておりません」
カロラインさんが答えると、ハント卿は怪訝な顔をした。
「ではどうして勇者様をお訪ねになるのですか? 勇者様は静かに暮らすことを望まれています。本来魔人の討伐以外のことをお願いするのは憚られることなのですが」
この世界の人たちは各々、神から役割を与えられている。
勇者のそれは魔人の討伐なのだから、それ以外で勇者を煩わすなってことだろう。
魔人が現れなければ、することもなくゆっくり過ごせるなんて、勇者っていい身分だなと俺は思った。
「いや。王のご命令なのだ。この二人を勇者の下に連れて行けという」
カロラインさんは本当に俺を勇者に会わせる理由を聞いていないようだ。
まあ、俺が魔人かもってのは、極秘事項なのだろう。
「魔人に関わることで勇者様にお尋ねしたいことがあるのです。ですからどうしても勇者様に直接お会いして伺う必要があって。どうかお取り継ぎください」
プレセイラさんが助け舟を出して、ハント卿はようやく首を縦に振ってくれた。
「分かりました。王命とあらば従わねばなりませんしね。勇者様には先触れを出しておきましょう。あなた方にも案内を付けますから明朝、またいらしてください」
ハント卿はそう言ってくれた。
まあ一刻を争うわけでもないから、一日や二日、待てないのかと言われれば待てるのだが、どうも大仰なことだなって思ってしまう。
それだけ勇者は大切にされているってことなのだろう。
「まったく王命を何だと思っているのだ。この町の領主は」
政庁からの帰り道、ロフィさんに代わって今度はカロラインさんがご立腹だった。
ハント卿もこの世界のご多聞に漏れずすごい美貌の持ち主だった。
グレーの瞳は透明度が高く、冷たい印象を受ける。
そのせいもあって、カロラインさんとの会話では取りつく島もないって印象を受けたから、彼女はそれに不満だったのかもしれない。
「これも私の力不足か。はあ。近衛騎士と言ってもこのざまか」
でもすぐに彼女はそう言って、やっぱり自己肯定感を下げたようだ。
「せっかくルークの森まで抜けて急いで来たのにの。エルフどもに脅されさえして」
ミーモさんはそう口にしてロフィさんの方に視線を送る。
「そうよ。おかげで私は巻き込まれて大迷惑だわ」
ロフィさんは口を尖らせてそんな返しをしていた。
「本当に迷惑なだけですか?」
一方で、プレセイラさんは真面目な顔でそんなことを聞いていた。
「迷惑以外、何があると言うの?」
ロフィさんの答えは当然だなって俺も思う。
こんなことでもなければ、彼女はあの森で静かに暮らしていたはずだ。
それはカロラインさんもミーモさんも同じ、もっと言えばプレセイラさんだってそうだろう。
「私はそうは思いません。ここまで大変ではありましたが、これまでに感じたことのない気持ちがあります。言葉にするのは難しいのですが……」
俺はそれってもしかして充実感ってやつじゃないかと思ったが、俺が口にするのは無神経だって気がした。
ここまで皆を巻き込んだのは、どう考えても俺なのだ。
「まあ。王都にいても暇を持て余すだけだからの」
ミーモさんはそう言って、真っ先にプレセイラさんに同意した。
彼女は今回の任務に、一番乗り気なようだから、そう言うのも理解できる。
「まあ。私も毎日、来ることもない森への侵入者に備えるだけの生活にはちょっと退屈を覚えていたけれど。でも、そんなことで良いのかしら?」
ロフィさんがそう続けて、俺はエルフも退屈するんだなって、変なところで感心してしまった。
でも、彼女たちエルフは姿形も人間とほとんど変わらないし、意外かと言われればそうでもない。
(エルフは長命なんだろうから、中には日々の暮らしに退屈する者がいたって不思議ではないな)
俺はそう考えて、この世界では長命なのはエルフだけではないことに気がついた。
この世界の人たちは不慮の事故がなければ死なないのだ。エルフたちがどうかは知らないが、少なくとも彼女たちと同等以上の期間、人間も生命を長らえるのだろう。
「カロラインさん。あなたはどうですか? 王都からここまで、何も感じることはなかったのですか?」
プレセイラさんは近衛騎士の彼女にも尋ねていた。
「私は騎士としての務めを果たすまで。暇を持て余しているようなことはない」
ミーモさんへの当てつけなのか、彼女の言葉を使い、そう反論した。
「つまらぬ人間じゃな」
ミーモさんもそれに気づいたのか、そう口にして半笑いを見せる。
「つまらぬ人間で結構。あなたも神に仕える身であるのなら、日々それをおろそかにせずに過ごす。それがあるべき姿ではないのか?」
今度はプレセイラさんを責めるように言ってきて、彼女は曖昧に笑ってそれを受け流していた。
翌朝、俺たちが政庁へ出向くと、すでに案内役の女性が待っていてくれた。
「勇者様のお住まいは町の西の森の中にあります。少し分かりにくいので、ご案内しますね。皆さんが伺うことは、既にお伝えしてありますから」
手配はすっかり済んでいるようで良かったのだが、歩いて行くとかなり掛かるとのことだったので、馬車で行くことになった。
「それなら我々は王都から乗ってきた自分たちの馬車で行こう。その方が融通が利くしな」
カロラインさんは昨日のことをまだ根に持っているのか、領主のハント卿が用意してくれた馬車で行くのは嫌そうだ。
「私もその方が助かります。ご案内したらそのまま帰ってこられますから」
案内役の彼女の方はさっぱりしたものだった。
それでいいのかと思うのだが、勇者の住まいまで案内したら、さっさと引き上げようってことらしい。
「森の中に住んでいるなんて、さすが勇者ね。でも、森を荒らしてないかしら?」
ロフィさんはエルフらしく、森へ行くのは嬉しそうだった。
だが、勇者はエルフとは違うだろうから、森を荒らすんじゃないかと気にしているようだ。
「勇者様は静かに暮らしているとあの案内役も言っていたではないか。そう心配することはないと思うがの」
ミーモさんが気楽な感じで答えていた。
案内役の女性もそう言っていたから間違いないのだろう。
なぜか勇者はひっそりと森の中で暮らしているらしい。
「世界を何度も魔人の手から救った英雄なのだろう? 王都で暮らせばよいと思うのに、分からぬな」
今はハント卿が付けてくれた馭者が馬を操ってくれているから、俺たち四人は馬車でそんな無駄話をすることができた。
ちなみに、馬車はもう一台、ハント卿が出してくれたものもあって、そちらには案内役の女性だけが乗っていた。
彼女がいれば色々と話が聞けたかもしれないのにと思ったが、俺が意見を言う前に出発してしまったのだ。
「この小道の先にある家に勇者様がおられます。ご在宅いただくよう昨日、お伝えしてありますので。いらっしゃるはずです」
案内役は街道から森へと進む小道の手前で、そう言い遺して馬車を返して行ってしまった。
「本当に王命を何と心得ているのだ」
俺は勇者がいなければ、案内役がいてもいなくても町へ戻るしかないから同じだよなって自分を納得させていた。
でも、カロラインさんは相変わらずその行いに腹を立てていた。




