第十四話 騎士と剣士と
(勇者に俺を判定させるのか。考えたな)
さすがは王宮と言ったところだろうか。俺が魔人かそうでないのかを見抜く方法を捻り出していた。
そもそもポリィ大司祭が俺を王都へ寄越したのは、勇者を擁しているのが王宮だからだ。
実際には、俺が『魔人』ではないかと疑えば、勇者に判別させようって考えるのは至極当然なことなのかもしれなかった。
「勇者様は今、いずこに?」
プレセイラさんが尋ねる。
「今はラブリースの町の側におる。護衛を遣わすので安心して行くがいい」
「ラブリースですか……」
王の答えにプレセイラさんはそう言って黙ってしまう。
何となく不穏な雰囲気だ。
「神殿にはこちらから連絡をしておくので、プレセイラよ。その者を勇者の許へ送ってやってはくれぬか?」
そう言われて俺は初めて、プレセイラさんとここでお別れってこともあり得ることに気がついた。
彼女はもともとオルデンの町の神殿に仕えているのだから、神から与えられた使命は、その神殿で神に奉仕することなのだろう。
俺を勇者のいる場所まで連れて行く義理なんてないはずだ。
彼女はここまで本当に親身に俺を保護してくれたし、俺が得たこの世界の知識の大半は彼女が教えてくれたものだ。
それでもこれ以上、迷惑を掛けて良いのだろうかって思いも俺にはあった。
「承知しました。もとよりそのつもりです」
だが、プレセイラさんは迷うことなく答えていた。
「心配しなくて大丈夫よ。アリスさんを見つけたのも、きっとモントリフィト様のお導きです。私はアリスさんと一緒にいますからね」
続けて俺に優しい目を向け、そう言ってくれる。
「では、護衛の者は明日にも大聖堂へ向かわせよう。出立の準備を整えて待つがよい」
国王陛下がそう言って、謁見は終わりを告げた。
俺は慌てて頭を下げると、謁見の間を後にしたのだった。
「勇者のいる町って、遠いんですか?」
大聖堂に戻る途中、俺はプレセイラさんに尋ねた。
たしかラブリースとか言う名前の町だったはずだ。
「ええ。遠いと言えば遠いわね。途中にルークの森があって、森を抜ければ近いのだけれど……」
そう言って彼女は顔を顰めた。
この世界の人はそんな顔でさえ魅力的だ。
そしてその中でも俺は特に整った顔立ちをしているらしかった。
「森は抜けられないってことですか?」
彼女の言い方だと、そうなんだろうなって気がする。
訊かれたプレセイラさんは思案顔だ。
「国王陛下が護衛をつけてくださるっておっしゃっていたから、森を抜けて行きなさいってことなのかもしれないわね。それならかなり時間の短縮になるのだけれど」
どうやら森は護衛が必要な程度には物騒ってことらしい。
この世界の人には時間は有り余るほどあるから、時間が掛かることについては頓着しないのかって思っていた。
だから時間短縮なんて考えないのかとも思ったが、彼女はそう言っている。
プレセイラさんは真面目だから、早く神殿に帰って神に与えられた責務を果たしたいって考えているのかもしれなかった。
大聖堂に戻ると、プレセイラさんはキュミ大主教に報告すると言って部屋を出て行った。
「明日にはここを離れますから、準備をしておいてね」
彼女にそう言われたものの、荷物なんて特にない。
王都で作った洋服と靴をどうしようと思っていたのだが、プレセイラさんに、
「とてもよく似合っているから、そのままでいいんじゃないかしら」
なんて言われてしまっていた。
王宮へ伺うために特別に誂えた洋服のはずなのに、そんな普段着みたいな使い方をして良いのかと思ったが、別に構わないらしい。
この先、勇者というこの世界の重要人物に会うのだから、それなりの格好をしていた方がいいのかもしれなかった。
俺のこれまでの服装がみすぼらし過ぎただけって気もするが。
翌朝、準備を済ませて待っていると、二人の女性が訪ねてきた。
「カロラインだ。国王陛下より、あなたたちを護衛するよう仰せつかった。以後、よろしく」
ニ十歳くらいに見える剣を腰にさした背の高い女性はそう名乗った。
「ミーモです。よろしくね」
もう一人は、背の低いって言うか、俺と同じ小さな女の子って感じの女性だ。
その身体に不似合いな大剣を背中にさしているが、あれが得物なんだろうかって疑問に思えてしまう。
「プレセイラです。そしてこの子はアリス。よろしくお願いします」
プレセイラさんもそう応え、俺たちは王宮が用意してくれた馬車で大聖堂を、王都タゴラスの町を離れた。
馭者はカロラインさんとミーモさんが交代で務めてくれたが、馬車の中でも俺とプレセイラさんの会話にちょこちょこと口を突っ込んできたミーモさんと違い、カロラインさんは途中の休憩でも、俺たちにあまり話し掛けてこない。
「俺はあの人に何か失礼なことをしたでしょうか?」
プレセイラさんに小声で聞いてみる。
異世界人の俺はこの世界の常識を知らず、何度も失敗をしている。
だからカロラインさんにも、知らず知らずのうちにとても失礼なことをしでかしているんじゃないかと心配になった。
そのくらい彼女は、俺たちと話そうとしなかったからだ。
「そのようなことはないと思いますが。心配ですか? では、聞いてみましょう」
せっかく俺が気づかれないように小さな声で話したのに、彼女は少し離れて座っていたカロラインさんに呼び掛けた。
「カロラインさん。私やアリスさんが何か失礼なことをいたしましたか? この子が気にしているのです。もしそうなら遠慮なくおっしゃってください」
俺が引きとめる間もあらばこそ、思い切り真っ直ぐに聞いてしまい、俺は肝を冷やしたのだが、
「失礼なこと? いや。そんなことはない。もし私の態度を気にされているのなら、申し訳なかったな。まあ、その未熟さも私がこの命令を受けた理由なのだろうな」
そう言って彼女が頭を振ると、銀色のポニーテールが揺れた。
彼女の少し太い眉が下がり、紺色の瞳は何となく淋しそうに見える。
「私たちの護衛の任務にご不満があるのですか?」
プレセイラさんの声はカロラインさんを責めているように聞こえた。
まあ、カロラインさんの言い種は、思い切り不満があるって言っているように聞こえるから、俺たちにとっては面白いはずもない。
「あなたたちにじゃないと思うの。私と一緒なのが不満なんじゃないのかの?」
一方のミーモさんは屈託なく、そう口にした。
にこにこしているから怒っているってわけでもなさそうだが、言っていることは不穏な内容だ。
「いや。そのようなことは……。いや、偽っても仕方がないな。そのとおりだ。命令を受けた時、どうして私がと思わなかったと言えば嘘になるからな」
彼女は正直に俺たちの護衛なんてしたくなかったと告げた。
いや、ミーモさんと一緒になんて仕事をしたくなかったってことなのか?
彼女は顔を上げると、その理由を訥々と述べ始めた。
「あなたたちに申し訳ないとは思う。だが、考えてもみてくれ。私は近衛騎士なのだ。国王陛下に近侍し、王宮において、また行幸先で陛下をお守りするのが我らの役目。そのためなら生命を投げ出す覚悟もできている。だが、騎士の装備を捨て、冒険者のような身なりでラブリース近郊まで人を送るなど、とても近衛騎士に与えられる任務とは思えないのだ」
しかもその警護対象が神官と子どもの二人ときては、確かに彼女の言うとおり、近衛騎士が命ぜられる任務とは思えないと言われればそのとおりだ。
どうやら王様はこの騎士の彼女に、任務を命じた詳しい背景までは説明していないようだった。
まあ、俺が魔人かもしれないなんて、そうそう漏らせる話ではないからな。
「カロラインさん。あなたは間違っています。神は私たちそれぞれに責務をお与えになっています。ですからたとえ詰まらないものに見えたとしても、それは神が与えたもうた神聖なもの。それに不満を持つなど感心できることではありませんよ」
今回の任務を彼女に与えたのは神ではなく王宮なんじゃないかって俺は思った。
でも、その王宮の主である国王に統治の責務を与えたのが神だとすれば、間接的に神から与えられた任務ってことになるのかもしれない。
それでも神ってあの女神なんだけどな。
「まあ、気持ちは分かるの。誇り高き騎士様が、私みたいな剣士風情と同行を命ぜられたら、それは腐るに違いないの」
一方のミーモさんは、そう言ってやっぱり笑っている。
彼女はどう見ても子どもにしか見えないが、やっぱりもう大人なのだろう。
肩まであるピンク色の髪はふわふわで、それも彼女の容姿を幼く見せていた。
「これでも『大剣の妖精ミーモ』って、その筋ではそれなりに名前を知られているつもりだっだのじゃがの。まあ、騎士様には私たちなんて眼中にないのかの」
にこにこしているけれど、言っていることは結構、辛辣だ。
プレセイラさんが国王にさえ大した敬意を払っていないように見えたのは、やはり聖職者だからってことが大きかったのかもしれない。
「いや。そのようなことはないが……」
カロラインさんはそう答えたが、ミーモさんは納得していないようだった。
「そんなことあるであろう? だったら私と手合わせしてみるがいいの。それとも剣士ごときとは剣を合わせることさえ厭うのかの? 騎士殿は」
ミーモさんは立ち上がると俺たちから離れ、背中の大剣を抜き放って構えをとった。




