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第十三話 王との謁見

「ずいぶんと立派なお城ですね」


 俺は率直に感想を述べたのだが、プレセイラさんはあまりそう感じてはいないようだった。


「そうかしらね。国王陛下はフランクな方で、相手が庶民だからと言って、態度を変えられるような方じゃないですから、安心して大丈夫ですよ」


 彼女は王に会うというのにあまり緊張していないように見える。


「プレセイラさんは王様に会ったことがあるんですか?」


 俺はてっきり何度か会って、慣れているからなのかなって思って聞いたのだが、


「いいえ。ないですよ」


 あっさり答えられてしまい。三百年以上、生きているのに会ったことがないんだと思ってしまった。

 彼女によればキュミ大主教やポリィ大司祭は謁見の機会があったらしかったが。


「王はモントリフィト様がお示しになられた統治にもっとも長けた方ということなのですから、その意思を尊重するのはもちろんですけれど。でも神様ではないのですから間違いはしますし、それは誰が統治者になっても同じこと。間違いを犯さないのは神様、モントリフィト様だけなのですから」


 彼女が緊張しないのは、世俗の権威を重視しない聖職者独特の感性によるのかなと思っていたのだが、そればかりでもないらしい。


 神に指名された人なのだから統治はお任せするが、それ以外は同じ人間てところだろうか。


 だが、その神様が間違いを犯すことを俺はよく知っている。

 だからこれから会う王様も間違いでなったはずだなんて騒ぐ気はないけど。



 そんな話をしていると、城門が近づいてきた。


「思ったより警備は厳しくないのですね」


 門を守る衛兵こそいたものの、プレセイラさんが招待状なのだろう書類を見せると、彼女たちは碌に確かめもせずに「どうぞ」って感じで、先に進むよう促してきた。


 俺たちの後から来た人なんかは、普段から出入りしている人なのか、顔パスって感じで俺たちを追い抜いて入って行ってしまう。


「ええと。警備なんてする必要はありませんから。王宮は広いですから迷う人だっていますし、約束もなしに来られると政務が滞ってモントリフィト様がお与えくださった王の責務が果たせなくなりますから、そのくらいは防ぐでしょうけれど」


 どうも俺が衛兵だと思った人たちは、受付嬢って役割の人たちらしい。

 それでも鎧に身を包んでいるのは滅多にないこととは言え、招かれざる客もいるからだろう。


 本当は俺なんかその筆頭に挙げられそうだから、もう少し警戒した方が良いと思うのだが。


「でも、王の政治に不満を持つ人とか、王政そのものに反対する人とかって、いないんですかね?」


 現代社会だったら、まあいるのだろうそんな考えを持つ人のことは、プレセイラさんからしたら奇異なものに映るようだ。


「政治に不満を持つって、それでどうしたらいいのかしら? だってモントリフィト様が適性をお与えになった国王陛下以上に上手く政治が行える人なんていないのですよ。その人が統治しているのに、それに不満を持ったって。

 まして王政に反対するってどういうことなのでしょう? それはモントリフィト様が直接、治めてくだされば、そんなに良いことはないのでしょうけれど。神様はお忙しいのですから」


 この世界の人はそういう理屈で納得しているようだった。


 俺はあの女神が言った完璧な世界ってのが理解できる気がした。


(まあ、神様がこの人が王様って指名したのなら、異議を唱える人なんていないかもな)


 彼女は自分で無謬だって言っていたし、この世界の人にとってはそうなのだろう。

 俺にとっては違うけど。


 そう考えると、俺も多少緊張がほぐれる気がした。


 これから会うのは神に統治の適性を与えられただけの人、そう思えばマーコさんだって服を仕立てる適性を与えられたのだろうし、靴屋の店主だって、もっと言えばプレセイラさんだってそうだろう。


(でも、俺だけは違う。いや、俺も同じなのか?)


 俺は何だか分からなくなってきた。



「プレセイラとやら。遠路はるばるご苦労であった。で、隣に控えるのが報告のあったアリスなのだな。そう緊張する必要はないぞ」


 国王陛下、俺の感覚だと女王陛下はどう見ても二十歳くらいにしか見えないが、きっと長年、国の舵取りを担われている理解不能な在位期間を誇る方なのだろう。


 俺はやっぱり緊張してしまい。それは傍から見ても丸わかりだったようだ。


「さようです。陛下。神殿を預かる大司祭のポリィも、王宮にお知らせし、できればご裁可をいただくようにとのことでした」


 ポリィさんとプレセイラさんの間ではそういうことになっていたのだろう。

 でも「ご裁可」ってと、俺はまた緊張してしまう。


 これまでに出会ったこの世界の人たちは、親切な良い人たちばかりだったから、身の危険をほとんど感じずに済んでいる。

 例外はこの町の宿でひと騒動あった時くらいだ。


 でもおそらくは有能で冷徹な為政者であろうこの王様が、どんな判断を下すかは分からなかった。


「プレセイラよ。そなたはどう考える?」


 玉座から俺を眺めながら、国王陛下は尋ねられた。


「私はこの者から邪悪な気配など一度も感じたことはありません。この者は純真無垢な心を持った普通の子どもだと思っています」


 余計なことを言うと碌なことにならなさそうだし、プレセイラさんも俺を擁護しようと思ってそう言ってくれているのだろうから、俺は黙っていた。


 でも本当にそう思っているのなら、ちょっと認識が甘いんじゃないだろうか。俺が言うのもなんだけど。


「だが親がいないのだろう?」


 国王陛下から見て右に居並ぶ重臣らしき女性の一人が、そう訊いてきた。


「はい。ですがこの子は記憶を失っており、そのせいかと」


 プレセイラさんの答えに、だが重臣は納得しなかった。


「その年の子どもが行方不明になるなど一大事だ。それこそ王宮に届けがあってもおかしくはない。アリスとやらが保護されて、もうかなり経つのだろう? おかしいではないか」


 俺が記憶喪失ってのは真っ赤な嘘だから、正しいのは重臣の方なのだ。

 俺の親なんてこの世界にいるはずもないし。


「それは……、すべてはモントリフィト様の思し召し。私はそう思います」


 最後は神様のご意思だってのは、神官である彼女はそれで良いのかもしれないが、国王陛下はやはり冷静な為政者であるようだった。


「そなたはそう言うが、余は疑っておる。何を疑っておるかは言うまでもあるまいが、その者の姿を見てますますその疑いを深めたのだ。あれは恐ろしく整った容姿をしていたと伝承にはあるからな」


 俺でさえ国王陛下の疑いが何を意味するのか分かるくらいだから、この世界の人には言わずもがなって奴だろう。


 そしてどうやら俺はこの世界の基準で見ても「恐ろしく整った容姿」をしているらしかった。


「容姿の美しい者は邪悪な者だとでもおっしゃるのですか?」


 プレセイラさんはよく国王陛下に反論なんてするなって思ったが、このあたりの感覚は異世界人の俺には理解できないのかもしれない。


 お互いに神に創られ、それぞれの使命を与えられた者っていう意識なのか、下手をすると神に仕えるプレセイラさんの方が上だって意識さえありそうだ。


 いずれにせよ、俺なんかの弁護をしてもらって申し訳ないかぎりだ。


「そうは言っておらん。だが、そう言った伝承があることは事実なのだ。だからこそポリィはそなたを遣わしたのであろう?」


 そう言われてプレセイラさんは黙ってしまった。


「アリスとやら。そなたはどこから来た? 親のことは覚えておらぬのか?」


 国王陛下に優しく問い掛けられて、俺は一瞬、答えに詰まった。

 本当のことを言いたいという思いに駆られたのだ。


 だが、ここでもし「魔人」だと判断されてしまうと、そのまま幽閉されるか、最悪、抹殺されてしまうかもしれない。


(危険は冒せないな)


 俺はそう考えて、記憶喪失で通すことにした。


「分かりません。気がついたら神殿のベッドにいたのです。神殿の側で倒れていたとプレセイラさんからは聞きました。その前のことは……」


 さすがに緊張して声が震える。

 嘘だと見抜かれたら生命がないかもしれないのだ。


 だが、そんな俺の態度は思わぬ効果を生んでいた。


「可哀想ではありませんか! こんな小さな子どもを。王宮に慈悲はないのですか?」


 プレセイラさんが敢然と声を上げ、俺を擁護してくれる。


 そして彼女の真摯な言葉は、謁見の間に集っていた人々の心に響いたようだった。


「確かにアリスどのは整った容姿をしておりますが、それだけで決めつけるのも……」


 王の左に並ぶ文官だろうか。眼鏡をかけた女性がそんな意見を述べた。


「捜索の願いが出ていないのは、親とともに何らかの事故に巻き込まれ、アリスさんだけが助かったからではありませんか? もしかしたらその時のショックで記憶を失ったのかもしれません」


 今度は右側の立派な衣装を着た人がそんな解釈を披露してくれる。

 全然合っていないけど。


 その後も次々に王の左右に並ぶ人たちが王に具申をしていたが、彼女たちの口から出たのは概ね俺に好意的な意見だった。



「良く分かった。余もいきなり年端もいかぬ子どもを害することはしたくない。だが、疑いを拭いきれぬことも事実。そこで余から提案がある」


 謁見の間の空気に、俺は無罪放免かなって期待していたのだが、それは考えが甘かったようだ。


 王様は当初の予定通りの裁定を下すことにしたように俺には感じられた。


「その者を二人の人物に引き合わせよう。それで何か分かることがあるかもしれぬ。それから判断をしても遅くはあるまい」


「二人の人物とは?」


 プレセイラさんが、俺に代わって聞いてくれた。


「一人は勇者。勇者には何か分かるかもしれぬ。そしてもう一人は『とある者』と今は言っておこう」


(「とある者」ってのも何だか意味深だけど、俺はいよいよ勇者に会うのか)


 俺の当初の目的を考えれば、勇者に会って悪いことはない。

 そして、もう一人については国王陛下がこう教えてくれた。


「その『とある者』については勇者が知っておる。勇者に会って余がそう言っていたと伝えるが良い」


 俺はその二人に会って判定を受けることになった。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
よろしくお願します。
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