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第百話 黒い森の深い穴

「やっぱり魔物が復活してるわね」


 ロフィさんが言ったとおり、黒い森の中には初めて訪れた時のように動物系の魔物が闊歩していた。


 ジャイアント・グリズリーにもサーベルタイガーにも出会った。

 もちろん手荒い歓迎を受けることになったが。


「あの穴を閉じた後、魔物は現れませんでしたよね?」


 俺が尋ねるまでもなく、それは事実として俺たちの記憶に残っている。

 まさか魔物があの穴から這い出て来ていたとは思わないが、穴を閉じた後は魔物の襲撃に邪魔されることなく、南へと進むことができたのだ。


「ええ。ですからきっとあの深い穴が復活していると思うのです。この森にはまた邪悪な気配が満ちていますから」


 プレセイラさんも俺の考えを肯定してくれる。


 北へ向かうマナの流れが復活したのは、そういうことだと思うのだ。


「その気配のする場所は分かりますか?」


 リールさんが尋ねると、プレセイラさんはじっと昏い森の中を見詰め、


「もう少し北です」


 厳しい声で教えてくれた。

 それでもそんなに遠くはなさそうだ。


 以前、塞いだ穴はもっと森の奥深くにあったと思う。

 そうなると以前とは別の穴なのかもしれなかった。


「アリスさんがいてくれて良かったです」


「いえ。リールさんには敵いません」


 俺はそう言って、この台詞って魔人のそれみたいだなって気がして、どきっとしてしまった。


 でも、彼女の言ってくれたとおり、俺は魔物退治に大活躍だった。


「そうですか? 私が退けた魔物より、アリスさんが倒してくれた魔物の方が多いですし、強力な魔物だったと思いますが」


 リールさんは褒めてくれているのだろうが、プレセイラさんはそれを聞いて辛そうだ。

 いや、俺が可哀想だって思っているのかもしれない。


 俺自身は魔物を倒すのにもだいぶ慣れて、あまり良心の呵責みたいなもの感じずに済むようになってきた。


 それも良いことなのかは分からないのだが。



「おそらくこの先です」


 しばらく進んだ先の、急に森の木々が途切れ、広場のような場所に出ると、プレセイラさんは俺たちに向かってそう告げた。


「そうであろうな。以前見た穴のあった場所にそっくりだ」


 カロラインさんも以前の深い穴のあった場所を思い出したのだろう。

 確かにここはあの場所によく似ていた。


「前に来た場所ではないわよね?」


 ロフィさんが珍しくそんなことを聞いてきた。

 彼女の方がそういった違いには敏感だと思うのだが。


「いいえ。違いますね。山並みがほら。あんなに近いですから」


 リールさんは以前の穴のあった場所は、もっと峠から離れていたと教えてくれた。


 俺はそこまで注意して周りを見ていたわけではないので、彼女がそう言うのならそうなのだろうと思うしかない。



「やっぱり穴が開いているのね。この森にはこんなのがいくつもあるのかしら?」


 円形の広場のような場所の中心には、以前見たのと同じような大きな穴があった。

 ロフィさんは寒気がするとばかりに、その昏い穴に嫌悪の目を向けている。


「そんなにはないと思いますよ」


 リールさんの考えでは、この穴は最近、開いたものだろうということだった。


「どうして分かるんですか?」


 俺にはさっぱり分からないから、リールさんの言葉は不思議だった。


「それはプレセイラさんがよくご存知でしょう」


 リールさんはそう言ってプレセイラさんの顔を見る。


「私がですか? 私には何も分かりませんが」


 プレセイラさんは戸惑っているようだった。


「そうですか? だってあなたはこの穴の気配を感じることができるではないですか? それならこのほかにも同じ物がこの森にあるか分かるのではないですか?」


 リールさんが尋ねると、プレセイラさんは、


「そう言う意味ですか」


 何だか安心したようにそう答えた。


 でもリールさんの言うように、この穴の気配が分かるって凄いことなのかもしれない。


 モントリフィトに仕える神官なら、誰でも使えるのかもしれないが、彼女はその中でも優秀なんじゃないかと思える。

 単なる身びいきなのかもしれないが。


「以前、同じような穴を埋めた時、プレセイラさんはもう何もおっしゃらなかった。もちろんすべての穴を閉じたとおっしゃったわけではありませんが、特に疑念をもってはおられなかった」


 そこはリールさんの言うとおりだったろうと思える。

 単純に油断して見落としたって可能性がないわけではないが、今回の彼女の様子を見るに、当時、別の穴が開いていたのなら気がつくだろう。


 だから、この穴は少なくともそれ以後に開いた穴だということのようだ。


「確かにそのとおりです。それにこんな穴がいくつもあったらおかしいとは思われませんか?」


 プレセイラさんがそう言うのももっともだと俺は思った。

 この穴は特異なものなのだろう。


 魔人が滅ぶと必ず現れるってものでもなさそうだった。


「神は何をお考えになって、こんな穴を作られたのでしょう?」


 それに対するリールさんの問い掛けは、俺たちの意表を突いたものだった。

 すぐには誰もそれに答えられず、いや、彼女が何を言い出したのかとさえ思った。


「何を突然。いったい勇者様は何をおっしゃるのですか?」


 プレセイラさんも俺と同じ感想を持ったようで、リールさんにそう尋ね返していた。


「これはクリィマの受け売りです。この世界は神が、モントリフィト様がお創りになった世界です。もちろんこの世界にある物は、人であれ動物であれ、鳥であれすべてモントリフィト様がマナから造られたもの。そうですよね?」


 リールさんの言いたいことはとても不穏な内容のように聞こえる。

 俺はもう耐えられなくなってきた。


 この上、リールさんとプレセイラさんまで仲違いするのは勘弁してほしいのだ。


「リールさん! 早く穴を塞ぎましょう。前と一緒のやり方でいいですね?」


「ああ。早くそうすべきだな。それでこそヴェロールの町も落ち着き、王国の安寧が保たれるというものだ」


 カロラインさんが気がついたようにそう加勢してくれた。


「じゃあ、それでいいですね? 一気に埋めてしまいますね」


 俺は敢えて元気にそう言って魔法を発動する。


「モントリフィト様。どうか力をお貸しください」


 俺は神に祈りを捧げ、マナの流れを操って、以前やったとおり穴の中に膨大な量のマナを送り込む。


 そしてそれを一気に周囲の土と同化して穴を埋めて行った。


(前回は少し足りない気がしたから今度こそ……)


 俺はそう思って、さらにマナを注ぎ込んだ。

 さすがに今回は穴の口から土砂が噴き出すのではないかと思ったのだが……、


「くっ……」


「アリスさん? 無理をしないで!」


 プレセイラさんの声に、俺は負けてなるものかと、もう一度マナを掻き集める要領で穴の中に叩き込むが、それはいくらでも飲み込まれてしまうようだった。


「これ……は……」


 クリィマさんは俺の魔法の力は彼女を遥かに凌駕しているって言っていたが、その俺の力をもってしても、この穴を完全に塞ぐには遠く不足しているようだった。


 そんなものを創り出すことができるのは……、


 そこまで考えて俺はぞっとした。


 俺のしていることはモントリフィト神に、あの女神に逆らうことなのではないかと思えたのだ。


「アリスさん!」


 またプレセイラさんが俺を呼ぶ声がして、俺は我に返って魔法の発動を打ち切った。


 これ以上続けていると、魔法のコントロールを失うか、俺が意識を失うか、いずれにせよ何かまずい状況に陥りそうだと思えたのだ。


 穴の表面は土に埋まっていたし、かなり奥まで土が詰まっていることは間違いない。


 でも完全に埋め切れていないことも俺は感じていた。


「大丈夫ですか?」


 心配で堪らないというように、美しい顔の眉間に皺を寄せ、プレセイラさんが聞いてくれる。


「大丈夫だと思います。でも……」


 クリィマさんがいれば、また鉄板でも出してもらって穴の上を覆うのだろう。

 そう都合よく鉄板が、あの袋から出てくるかは分からないが。


「どだい無理な話なのです。相手は神なのですから」


 そして、俺がせっかく中断させた話をリールさんは蒸し返していた。


 だが、実際に魔法で穴を埋めようとした俺は彼女の意見に同意せざるを得ない気がした。


 あの穴はとても人間業で作ることのできるものではない。

 まさに神の御業としか言えない代物なのだ。


「これを神がお創りになったと、勇者様はそうおっしゃるのですね?」


 案の定、プレセイラさんがリールさんの言葉に反応し、そう尋ねていた。


「ええ。そうです。あなた方、教会の皆さんはすべては神の御心、神はすべてをご覧になっていると常々おっしゃっているではありませんか。ならばこの穴のことも、黒い森のことも、そして魔人も神のご意思ではないのですか?」


 俺は「ああ、リールさんが言ってしまった」と思ったが、口にしたことはもう戻せない。


 きっとプレセイラさんは以前のように神への冒涜だって怒るんだろうなって思ったのだが、彼女は冷静だった。


「すべてはモントリフィト様のご意思。勇者様がおっしゃったように私たちは常にそう教えています。そしてそれはまったく正しいのです。勇者様の存在も、そしてその対手となる魔人も、神がそう定められたからこの世界に存在するのです」


 そんな説明をするプレセイラさんからは、いつにない神々しさが感じられる。


「そうです。すべてはこの完全な世界を保つため。すべての存在はそのためにこそあるのです」


 そう続ける彼女の姿は、俺にはあの女神の代理人そのものに見えた。


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本作と同様に『賢者様はすべてご存じです!』
お読みいただけたら嬉しいです。
よろしくお願します。
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