第一話 最良の日の最悪
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「香久山さん。俺と付き合ってください!」
必死の思いで右手を差し出した俺の耳に、夢にまで見た返事が聞こえた。
「はい。私なんかで良かったら……」
それは、学年一の美人である香久山姫子さんに交際を申し込み、受け入れてもらった瞬間だった。
おそらく俺の人生最良の瞬間。いや、俺みたいな凡庸な男にとっては奇跡の瞬間と言っても過言ではないだろう。
「本当に? あ、ありがとう……」
俺は思わずそう聞き返してしまう。
そしてあまりの興奮に、俺は自分の身体が自分のものでないような、そんな感覚に襲われた。
まさに天にも昇る気分だ……って、おい、俺本当に宙に浮いてないか?
「有栖くん!」
俺を呼ぶ香久山さんの声が校舎裏に響くのを聞きながら、俺は突如として頭上に姿を現した白く輝く空間に吸い込まれて行った。
「ここは……?」
気がつくと俺は床も壁も天井もすべてが柔らかい光に包まれた場所に立っていた。
暑くもなく寒くもなく、静かで清らかな空間といった印象を受ける。
「おかえりなさい。あちらの世界は楽しかったですかって、あなたは誰ですか?」
声のした方を振り向くと、そこには美しい女性がいた。
白くゆったりとした衣服をまとい、頭上には小さなティアラのようなものを載せている。
髪の色も瞳の色も異なるが、その顔は何となく香久山さんに似ているようだ。
「俺は、有栖……だけど、それよりここはどこなんだ?」
死後の世界って言葉が頭に浮かぶ。
俺は歓喜のあまりそのまま昇天しちゃったんじゃないかと思ってぞっとした。
「まさか……俺は死んだのか?」
俺がそう尋ねても、女性は憮然とした表情をしたままだった。
「あなたまさか『男』なの?」
いや。見れば分かるだろって言いたかった。
俺は制服を着ているし。
俺の通う高校は、男子は学生服、女子はセーラー服っていう旧態依然とした制服の着用が義務付けられた学校なのだ。
さすがにそろそろ多様性だとかジェンダーフリーだとかに配慮して、制服が変わるんじゃないかと言われてはいたが。
でも、セーラー服は香具山さんにとてもよく似合っていたな。
俺がそんなことを考えていると、
「ちょっとした手違いで……、ええ、ですから……えっ。そんな。困ります!」
その女性は何やら俺の存在を無視して誰かと話しているようだった。
これは町でよく見かけるあれだ。
スマホで誰かとハンズフリーで通話してる奴だと俺は理解した。
突然話し掛けられたみたいでびっくりするんだよな。
「ええと。そうすると、一旦はこちらで引き取って……、ええ。それはこちらで何とかします。……はい、承知しました。ですからよろしくお願いします」
俺に構っている暇はないとばかりの焦った様子で女性は話し続けていたが、やっとそれも終わったようだった。
「で、招かれざる客のあなたは誰でしたか?」
俺は自分で押しかけたつもりはないのに酷い言われようだ。
だが、ここがもし死後の世界だとしたら、彼女は女神様だろう。
姿形も着けている衣装もいかにもそれっぽい。
そうなると丁寧に応対した方が良さそうだ。
彼女は香具山さんに似ているから、俺の妄想が生み出した産物って可能性もあるが。
「俺は有栖。有栖瑠璃秀という者です。あなたのおっしゃるとおり男子高校生です」
少し落ち着いて彼女の問いに答えたつもりだったが、彼女は両のこめかみを右手で挟んで、いかにも困ったって様子だった。
「人間の、しかも『男』ね。滅多に人の寄り付かない場所だと思って一瞬、目を離したのは不覚だったわ。あなたあんな場所で何をしていたの?」
何だか責められてるみたいだが、俺は別に悪いことは何もしていない。
あまり人に言いたいとも思わないが。
「いや。その。同級生の女の子を呼び出して……その」
「あんな人気のないところに呼び出したですって? 何をする気だったの?」
謂れのない非難を受けている気がするから、もうここは正直に話すしかないかって、俺は諦めた。
「いや。呼び出して、俺と付き合ってくれないかってお願いしたんだ」
校舎裏なんて告白の定番スポットだと思うのだが、そうでもないのだろうか?
俺は陽キャじゃないから、衆人環視の教室で、
「俺と付き合ってみない?」
「え〜。どうしようかな? まあいっか」
なんてやり取りができるタイプじゃないのだ。
こういうやり取りを考えてる時点でつくづくダメだと思う。
「まあ、いいわ。とにかくあなたには元の世界に帰ってもらう。そうしてもらうわ」
彼女は何だか投げやりに言ってきて、まだ理解はできないが、どうやらここは死後の世界ではないらしい。
周りは光に溢れていて、三途の川みたいな流れも見えないから、大丈夫なのかなって俺は少し思っていたのだ。
「じゃあ、早く帰らせてください。お願いします」
俺はたった今、人生最良の時を迎えていたのだ。
この先、生きていたって、平凡な俺にあれ以上の時間があるとは思えない。
だから早く帰ってさっさとその続きを体験したいのだ。
「ですが今すぐにというわけにはいきません」
急に厳かにも見える様子で彼女はそう宣言するように言った。
「えっ。そんな……」
やっぱりこんな俺が分不相応な幸せを手に入れそうになったから、何か超自然的な力が働いたんじゃ、世界をあるべき姿に戻そうとしてるんじゃないか、俺はそんなことを思ってしまう。
「あなたが元の世界に戻るには、この世界で誰かに滅ぼされる必要があるのです。そうなったら、この世界の秩序を乱した者としてあなたの元いた世界に返品しますから」
「いや。返品って……」
俺は物じゃないんだがって思ったが、どうやら彼女からしたら俺の存在なんてその程度のものなのかもしれない。
「そもそもここはどこで、あなたは誰なんだ?」
どう考えても高校の敷地内とは思えないし、教師がコスプレしてるはずもない。
理解不能だが、何か不思議な出来事に巻き込まれたとしか思えなかった。
「ここはルーナリアという世界の天界です。そして私はこの世界の神。この世界に生きる者たちからはモントリフィトと呼ばれているわ」
やはり彼女は神様らしい。
姿形もそれっぽいし、まさか新興宗教の教祖ってことはないだろう。
「神様ならそんなまどろっこしいことをしなくても、すぐに元の世界へ戻してくれればいいじゃないか!」
神様に向かって失礼なのかもしれないが、俺がここにいるのはどうやら俺自身の責任ではなさそうだ。
それなのにどうして俺が滅ぼされるって、そんな手順を踏まなければならないのか理不尽な気がする。
「神は無謬なのです。ですからそういった修正を行うことは想定されていないのです」
「いや。あなた今、間違えたでしょ」
さっき誰かと話している時の慌てようは絶対そうだと思う。
だが、俺のそんな抗議の声は彼女に完全にスルーされた。
「そんなことよりももっと困った問題があります。私は先ほども言ったように無謬。ですから私の作ったこの世界『ルーナリア』も完璧なのです。その世界にとってあなたは完全な異物です」
「いや、異物って。そりゃあそうかもしれないけど」
それを呼び込んだのはあなたでしょうって言いたいところだが、そんなことより俺はとにかく、元の世界へ戻りたいのだ。
「異物は焼却、もとい異物であるあなたはこの世界の勇者に滅ぼされ、それによって返品の栄誉に浴するのです。そうでもしないと私の無謬性が保てないのです」
要は俺が異物だから、彼女が世界から追放したって形式が必要らしい。
随分と迂遠なことだなって思うが、妥協の余地はなさそうだった。
「それにあなたの存在に関する情報はすべて消去されてしまいました。ですから簡単には元の世界に戻れないのです」
「なんだって!」
俺に関する情報がすべて消去されたって、いったいどういうことなのだろう。
「簡単に言えば、誰もあなたのことを覚えておらず、いえ、そもそもあなたは存在していなかったことになっているのです」
どうやらこの女神はそうとうやらかしてくれたようだ。
これでは元の世界へ戻っても、俺は家族と暮らす家にも学校へも帰れず、野垂れ死にするかもしれなかった。
「そんな……どうしてくれるんだ!」
それでも、俺が勇者に滅ぼされればそうした制約が解除されて、いや、正式なルートで返品されて元に戻れるってことのようだ。
今の俺にはそれに賭ける以外の選択肢はなかった。
それでも女神は少しは申し訳ないって気持ちがあるのか、はたまた口封じのためか、俺にひとつの提案をしてきた。
「仕方がありません。あなたに元の不完全な世界へ引き上げてもらうために、私の力を貸しましょう。もうチートな能力をそれこそてんこ盛りで与えちゃいます」
チートとかてんこ盛りとか言うなって思うし、そんなものはいらないから、元のあの場所へ戻してほしい。
そう言った彼女が錫杖を持ち上げると、周囲が眩く光り輝き、俺はその光に包まれた。
「ルーナリアへ行っていらっしゃい。あなたに幸あらんことを」
女神は俺を彼女の世界へ送るようだった。
「何が幸あらんだ! せっかくの人生最良の日が、最悪だよ!」
俺はもうこの女神モントリフィトとそのしろしめす世界であるルーナリアを呪いたい気分だった。
だが、俺には抵抗する何の術もない。
こうして俺は自らを滅ぼす勇者を求めて、『ルーナリア』と呼ばれる世界へ降り立った。
『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』第一話をお読みいただきありがとうございます。
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