表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある日の夜に砂浜で出会った女の子の正体は、現役のスーパーアイドルグループのセンターでした

作者: ぴん太

書き終わるのに半年以上かかってしまった...。

よろしくお願いします。







___夜の静寂が辺りを支配し、まるで暗い闇の中に紛れ込んでしまったみたいだ。


いつもの感覚に身を任せながら、俺は外灯だけが照らす道を今日も今日とて徘徊している。

電車に乗って、適当に電車を降りた後からかなりの時間が経ったはずだ。

見える景色もあの街とは大きく異なっており、実際そこそこ遠くに来てしまっているのだろう。


まぁ明日は幸いにも土曜日であるため、特に問題はないのだが。


そうしてしばらく歩き、トンネルを抜けて歩みを止めると、更に深い闇が一面視界の奥に広がっている。

もうすぐ本格的な夏を迎えるとは言っても、まだまだ夜間は冷たい風が吹いているが、その風が運んでいる仄かな香りの正体はどうやらあの闇のようだ。

今日の終着点をそこに決めた俺は、どこか風に導かれるかのようにその方角へと足を動かし始めた。










 目的地に到着し、辺りを見渡すと、さっきまで奥に見えていた闇がすぐ目の前に広がり、今にも飲み込まれそうなほどの迫力から俺は息を呑んだ。

 静寂の中にざあざあと不規則な音を響かせている波により、ここは海なのだと強く実感させられる。

 そんな海岸にぽつりと怪しく光っている箇所があり、よく目を凝らして見ると、その光のそばに誰かがいるようだ。

 真っ暗な海、そして深夜に先客がいるということに俺は驚いたが、かくいう自分も同じような立場なので何とも言えない気分になる。

 ここを今日の目的地にしていたものの、先客がいるなら仕方ないと思い、踵を返そうとしたが、どうしてか俺の足はその光の元に向かっていた。

 ざくざくと砂を踏みしめて近づくと、俺の足音に気付いたようで、先客が俺の方に視線を向けた。

 手にはスマートフォンを持っており、これが光の正体だったのかと納得した俺は、先客の方に視線を動かす。


 先客は、背中を丸めて体育座りをしている女の人だった。


 年齢は同じくらいだろうか、肩まで伸びる白銀色の髪は絹のように滑らかで、容姿はこれまで見たことがないほど綺麗で整っており、それでいて可愛らしさも十二分にあるような気もする。

 服装はダボっとしたTシャツにショートパンツというラフなものだが、どこかオシャレに見えるのは彼女がとんでもないほどの美人であることに違いない。

 そんな彼女も、まさか人が来るとは思っていなかったのか、驚いた表情を浮かべているので、怪しいものではないと誤解を解くべく、俺は「こんばんは」と声を発した___。










「どうしてこんなところに一人でいらっしゃるのですか?」


「あっ...えと、その」


「いきなりで申し訳ありません。僕は石倉鉄男いしくらてつおと言います。ちょうどこの辺を歩いていたらスマートフォンの光が見えたので、少し気になって声を掛けさせて頂きました」


 そうして僕が自己紹介を済ますと、彼女の口から不思議な質問が投げかけられた。


「あの...石倉さんって私のファンの方ですか?それともスタッフさん?もしかしてマスコミの方でしょうか?」


 彼女の質問の意味が全く分からなかった俺は「えっと、一体何のことでしょうか...?」と困惑しながら質問を返した。

 そうすると彼女は少し安堵した表情を見せ、「立っているのも疲れるのでどうぞ座ってください」と言ってきたので、俺は一人分距離を開けて彼女の隣に腰を下ろした。


「改めて、石倉と言います。失礼かもしれませんが、お名前を伺ってもよろしいですか?」


「私は雲野雫くものしずくと言います。石倉さんって高校生の方ですか?」


「そうですね、今高校2年生です」


「あっ!私と同じだね。じゃあ石倉くんって呼んでも良いかな?それに石倉くんも同い年だしタメ口で良いよ?」


「分かりまし...じゃなくて、分かった。それでさっき雲野さんが俺に聞いてきたことってどういう意味だったんだ?」


「石倉くんって『咲ヶ丘46』って知らない?」


「さくがおかふぉーてぃーしっくす?悪い、聞いたことはないな」


 俺がそう告げると、雲野さんは「本当に!?私たちもまだまだだなぁ...」と驚いていた。


「その、さくがおかふぉーてぃーしっくすっていうのが一体どうしたんだ?」


「ん~なんて説明したら良いんだろ?...ちょっと待ってね」


 そういうと雲野さんはスマホに何か文字を打ち込み、「はいどうぞ」とそのスマホを俺に渡してきた。

 しばらくそこに書かれている内容や画像を見て、雲野さんにスマホを返した俺は、驚きでこんなこともあるのかと一瞬現実を疑った。


「こほんっ、では改めて自己紹介させてね。アイドルグループ『咲ヶ丘46』でセンターを務めている、[くものん]こと雲野雫です。よろしくねっ石倉くん」


 そう、俺は見知らぬ土地の見知らぬ海岸で、今日本で最も有名なスーパーアイドルに出会ってしまったようだ___。










 俺は衝撃の事実に数秒固まっていたが、なんとか平静を取り戻し、雲野さんに話かけた。


「驚いた、雲野さんがアイドルだったとは」


「あははっ、私も久しぶりに私がアイドルってことを知らない人に出会ったからびっくりしたよ」


「それにしてもすごいな、さっきの紹介記事を見ただけでも5大ドームツアーに、去年の音楽大賞の受賞、最近発売のCDは初日でミリオン達成、個人のフォロワーも500万人ときたもんだ」


「ありがとうっ、でもメンバーのみんながいての結果だからね、私一人の力じゃないよ」


「なんだか芸能人と話していると思うと、急に緊張するな」


「ふふっ、今日はアイドルとしてではなく、一人の雲野雫としてここにいるからね。できればそのままでいて欲しいかな?」


「確かに、俺は今さっきまで雲野さんのことをアイドルだとは思ってなかったしな。そもそも緊張するのが野暮ってもんだ。」


 俺がそう告げると、雲野さんは目を丸くさせた。


「...石倉くんって変わってるね。学校の子たちに普通に接してって頼んでも、みんなは私の事を芸能人として見ちゃうから、こんなに自然には話しかけてくれないのに」


 そりゃあ日本で今一番人気のあるアイドルグループのセンターが同じ学校にいたら、普通に接するのも難しいだろうなと、その学校の生徒たちに少し同情しながらも、俺は口を開く。


「まぁ初対面だからっていうのもあるけどな。それに今この瞬間たまたま出会って、たまたま会話をしているだけで、これから会うこともないような関係だ。そんな偶然電車で隣の席になったような相手に媚びるのも可笑おかしな話だろう?」


「まぁ確かにそうかもね。でも、こうして私と普通に会話してくれている石倉くんは良い人だねっ」


「...不器用なだけだ」


「あははっ、もしかして照れちゃったのかなぁ~?」


 そうして雲野さんに揶揄われたりもしながら、さっき見た記事の話を中心にした雲野さんのアイドル話に相槌を打ったり、『くものん』という愛称について尋ねた後に俺のあだ名の話になったり色々と会話をしていると、雲野さんが話題を変えて俺に「そういえば、石倉くんはどうしてこんな時間のこんな海岸にやって来たの?まぁ私も同じような立場なんだけど...」と本当にただ気になったという感じで尋ねてきた。

 その返答に「俺は夜に散歩をするのが好きなんだ。明日は休日だしちょっと遠出するかと思って歩き続けていたら、ここに来ちゃってたって訳だ」と答えると、いぶかしげな表情をした雲野さんだったが、「なるほどぉ、そうだったんだね」と納得してくれたようだった。

 そして、ちょうどその話を雲野さん自身が振ってくれたので、俺は自然な流れで出会った時から気になっていたことを聞くことにした。


___雲野さんもどうしてこんなところに一人でいるんだ?なんでそんな泣いた時のように目を赤く腫らしているんだ、と。










 俺が雲野さんに尋ねると、「...暗闇だからバレないと思ったんだけどなぁ」とどこか諦めたような表情で雲野さんは呟いた。


「じゃあまず、どうして雲野さんがここにいたのか聞いても良いか?」


「うん、良いよ。石倉くんはあっちの方に旅館があるのが見える?」


「あの遠くの方で光っている建物のことか?この距離だと小さくしか見えないから旅館かまでは分からないが」


「そこで合ってるよ。私たちは撮影でこっちまで来てて、今日はあそこの旅館に泊まっているの。あっ、泊ってるって情報は秘密だからね」


「なるほどな。それで何か訳があって今ここにいるんだな。ちなみにここにいることを誰かに伝えていたりはするのか?」


「うぅん、誰にも伝えてないよ。それに、誰にも見つからないように旅館を抜け出してきたから、私がいなくなったことにも気づいてないと思う。実際、スマホにも連絡は来てないしね」


「誰にも伝えてない...か。それと目を腫らしていたことは関係してるんだよな?」


「...やっぱり理由は話せないって言ったら?」


「その時は素直に聞かないでおくさ。話したくないことを無理やり話させるなんて良いことじゃないだろう?」


「じゃあ、逆に理由を聞いて欲しいって言ったら?」


「幸い明日は休日だし、夜も長い。それに偶然とはいえこんな場所で出会った仲だ。最後まで聞くさ」


 そう伝えると、雲野さんは袖で目をぬぐり、ぽつりぽつりと話し始めた。


「...私、死のうと思ってこの海に来たの」










 俺は雲野さんから死のうとしたということを聞いて、自分の中で様々な感情が駆け巡るのを感じたが、表情に出すことなく話の続きを促した。


「...その理由を聞いても良いか?」


「私ね、たくさん誹謗中傷を受けているの。毎日SNSで書き込まれるアンチコメントとか、私宛に送られてくる脅迫文章とかで、もう心が疲れちゃったの」


「それを周りの人に相談はしたのか?」


「うぅん。家族やメンバー、マネージャーさんには迷惑を掛けたくないし、それに今は新曲の準備で忙しい時期だから...」


「それで誰にも伝えずにここに来たっていうことか」


「...うん」


 雲野さんの話を聞いて、大変な目にあっていることに同情する気持ちがある一方で、普段は感じることのない激情が俺の心を支配していた。

 その勢いのまま、俺は雲野さんに思ったことを話すことにした。


「...雲野さん、君は本当に優しい人間なんだろうな。でもな、君は本当に大馬鹿だ」


「えっ...?石倉くん?」


「雲野さんが誹謗中傷を受けて死んでしまいたいと思うほどに苦しんでいること、俺は芸能人じゃないから共感を示すことはできないが、本当に可哀そうだと思う。恐らく俺が想像できないほどの罵詈雑言が並び立てられているんだろう。だけど、それを考慮した上で、俺が関係のない部外者であるからこそ雲野さんに言おう、どうして周りに相談しないんだ?」


「それは、周りに迷惑が掛かるから...」


「どうして迷惑が掛かると決め付けているんだ?雲野さんにとって家族や、グループのメンバー、マネージャーは冷めた関係なのか?」


「...家族はいつも私の活躍を応援してくれているし、いつもたくさん褒めてくれるよ。メンバーのみんなも良い子たちばっかりで、学校とは違って本当の意味で友だちとして接してくれるし、マネージャーさんもいつも私たちの事を第一に考えて色々サポートしてくれる。だからこそ、そんな私の大切な人たちの笑顔を私が心配を掛けることで曇らせるなんてしたくないのっ!」


「...雲野さんはやっぱり大きな間違いをしている」


「そんなこと...」


「いいや、している。雲野さんは嫌な目に合っていることを周りに伝えると、周りが悲しんでしまうから迷惑になってしまうと言っただろう?じゃあ聞くが、そんな君の周りの優しい人たちが、何の相談もされずに突然自分の大切な人が死んだってなったらどう感じると思う?」


「...っ!」


「そう、馬鹿でも分かる話だ...悲しむに決まっているだろう?雲野さんが周りを悲しませないようにやろうとした行動は、結局周りを悲しませるんだ」


「...」


「それに、口では死ぬと言っているが、恐らくだが本当は死にたくないんだろう?」


 俺がゆったりとした穏やかな口調で雲野さんに尋ねると、雲野さんの目から涙が溢れ始めた。


「私ね、本当に辛くて、勢いでこの海まで来て、このまま海に身を投げようとしたんだ。けどね、この真っ暗で闇のような海を見ていると、足がすくんじゃって一歩も踏み出せなかった。それに...やっぱりアイドルを続けたいって思ったの。みんなを笑顔にさせるこの仕事が、私にはとても合っていると思うから。でも、状況は何も変わらないし、どうしたら良いか分かんない...ねえ石倉くん、私はどうすれば良いのかなぁ」


「そんなの簡単じゃないか。雲野さんの大切な人たちに助けを求めたら良いんだ。未遂とは言え、死のうとしたこと以外に勇気のいることなんてないだろう?」


「...うん」


「同い年の俺が言うのもなんだが、雲野さんはアイドルである以前に、まだ高校生で子どもだ。子どもは大人に一杯迷惑を掛けたら良いんだよ。迷惑を掛けることなんて、今しかできない経験なんだぜ?」


「...うん」


「それに、周りの人だけじゃない、雲野さんには君を好きで応援してくれる、それこそアンチの数よりも多いファンの人たちがいるんじゃないのか?君がアイドルを続けたいのは、そんな人たちを笑顔にしたいからなんだろう?なら、君はこんなところで死ぬんじゃない。そんな見えない奴らの悪口になんか流されなくて良い。君の周りは、もっと優しさで溢れているはずだ」


 俺がそう言うと、雲野さんが「...石倉くん、少しの時間だけ背中、借りても良いかな?」と聞いてきたので、俺は何も言わず雲野さんにハンカチを渡し、彼女の方に背を向けた。

 その後、俺は背中越しに聞こえる雲野さんの嗚咽が止まるまで、真っ暗な海を眺め続けたのだった___。










 雲野さんが泣き止んだ後、俺は雲野さんの方に向き直して話しかけた。


「もう大丈夫そうか?」


「うん、ありがとう石倉くん。私、旅館に戻ったらみんなに相談してみるよ。それに自分のことで一杯になってしまって、私がいなくなった時にみんながどう思うかまで考えられてなかった。これからは、もっと周りを頼ってみるね。迷惑は子どものうちしか掛けられないんだもんね?」


「ふっ、そうだな。話を聞いただけだが、君の周りの人たちは良い人たちばかりだ。きっと雲野さんの助けになってくれるさ...さて、そろそろ時間も時間だし帰るとしよう。今日出会えたのは本当に偶然で、もう会うことはないだろうが、普段聞けないような話も聞けて楽しかったよ」


 そうして立ち上がってその場を後にしようとすると、雲野さんが「待って!」と声を出して、俺の服を掴んできた。

 俺は雲野さんの方に振り返って「どうしたんだ?」と声を掛けると、雲野さんはもじもじと少し恥ずかしそうにしながら、「石倉くん、ここで会ったのも何かの縁だし、その、連絡先交換しないっ!?」と言ってきた。

 いくら今はプライベートな状態とはいえ、超が付くほどの有名人である雲野さんが、そんな簡単に連絡先を教えても良いのかと不安になった俺は、「俺が言うのもなんだが、さっき出会ったばっかりの知らない奴に連絡先を教えない方が良いと思うぞ?」と伝えると、「石倉くんだから教えるのであって、他の人には教えたりしないもん...」と何故か俺は問題ないという判定を受けてしまった。

どうして俺に教えてくれるのかはさっぱり分からないが、大事なことを伝えねばならないと思った俺は、「申し訳ないが、連絡先の交換はできないな」と雲野さんに伝えた。

 すると、雲野さんは「えっ...?」と声を漏らし、悲しそうな表情を浮かべた。

 簡潔に伝え過ぎたあまり、雲野さんに大きな誤解をさせたかもしれないと感じた俺は慌てて口を開いた。


「すまない。説明が足りなかった。俺は携帯電話を持っていないし、それに家に固定電話もないから、そもそも相手と連絡先が交換できないんだ」


 そう伝えると、雲野さんは「...ふぇ?」と変な声を出しながら驚いた顔をして固まり、徐々に俺の話した内容が理解できたのか、「あ、そういうことだったんだ」と笑顔を見せた。


「それにしても、スマホを持ってないなんて珍しいね」


「まぁそう...かな?でも、案外なくても困ることは少ないから俺は気にしてないけどな」


「...じゃあさ、迷惑じゃなかったら石倉くんの住所教えてくれないかな?それで、その住所にお手紙書いても良いかな!?あ、もちろん悪用はしないし、誰にも教えないと約束するよっ」


 電話がないことを伝えると、雲野さんから手紙のやり取りがしたいとのお願いがされた。

 どうしてここまで俺に拘るのかは分からないが、雲野さんのどこか期待に満ちた目を曇らせることに申し訳なさを感じた俺は、「まぁそれなら...」と雲野さんに自分の住所を教えた。

 俺の住所を聞いた雲野さんは「ありがとうっ!」とさっきの悲しそうな表情が嘘みたいに明るくなった。


「これで雲野さんも要件は済んだか?」


「うんっ、引き留めちゃってごめんね石倉くん。それに今日は本当にありがとう」


「雲野さんの力になれたのなら良かったよ。それじゃあ、かなり時間も遅いし風も少し肌寒くなってきたから、この辺でお開きにしようか」


「そうだね、確かにちょっと寒くなってきたかも...」


 雲野さんはかなりラフな服装で、上着などは持ってきていなかったのだろう、少し寒そうな素振りを見せた。

 なので、俺は自分が着ていたパーカーを雲野さんに渡すことにした。


「良かったらこのパーカーでも着てくれ。少しは寒さもマシになるはずだ」


「えっ!?そんなの石倉くんに悪いよっ!」


「俺は長袖のシャツを着ているしそこまで寒くはないしな。それに、今は大事な新曲の時期なんだろ?センターの君が風邪を引いたら元も子もないじゃないか」


「そう...だね。じゃあ、ありがたく貸してもらっても良いかな?」


「もちろん。あ、一応毎回洗濯はしているが、かなり前から使ってるし、汚いと思ったら捨ててくれても構わない」


「そんなことしないよっ!絶対に洗って返すね!」


 そうして俺のパーカーを着た雲野さんは、「温かいねっ」と言いながら上機嫌な様子だった。

 そのまま二人で海岸の入り口付近まで歩いた後、俺は雲野さんに話掛ける。


「俺はこっち方面だが、雲野さんは旅館の方向的にそっちだろう?」


「うん。私はそっちの方だね」


「そうか。それじゃあ旅館は見えているとは言え、気を付けて戻るんだぞ?かなり暗いし、もしかしたら変な奴もいるかもしれないからな」


「ふふっ、もぉ大丈夫だよ?でも、そんなに私のこと心配してくれるんだ?」


「雲野さんは有名人だしな。それに、これだけ可愛い女の子がこんな夜道を歩くって言ったら誰だって心配くらいするだろう?」


「...ふぇ!?か、可愛い!?」


「いや、誰でも雲野さんのことは可愛いと言うだろうに...」


 俺が可愛いと言うと、雲野さんは顔を真っ赤にしてあわあわと動揺し始めた。

 アイドルという仕事柄、可愛いなんて言われ慣れている筈なのに、こうして初めて言われた時のような反応ができるのも、雲野さんが人気の秘密なのかもなと俺は勝手に解釈した。

 そうして深呼吸をして少し落ち着いた雲野さんに改めて声を掛けた。


「何回目だって感じだが、それじゃあこの辺で帰るとしようか」


「う、うん...近いうちにお手紙出すから、読んでくれると嬉しいなっ!」


「あぁ、分かったよ。それじゃあな、雲野さん。君の生活が良い方に転がることを祈っておくよ」


「ありがとうっ!」


 そして雲野さんに背を向けて歩き出すと、後ろから「石倉くんっ!」と呼ぶ声が聞こえた。


「バイバイっ!石倉くんっ!うぅん、バイバイ《てっちゃん》!また、絶対に会おうねっ!」


 最初の方に話していたあだ名のことを覚えていたのか...。

 《てっちゃん》なんて言われたのはいつぶりだろうか、どこか懐かしい気持ちが胸に広がっている。


 ...今の俺はどんな顔をしているだろう?


 内心に沸き起こる様々な感情の奔流を抑えながら、俺は手を振っている雲野さんに手を振り返し、再び数時間前に通ってきた真っ暗な方向に足を動かし始めるのだった___。










***










 蒸し暑い日が続く週の半ば、空が茜色に染まっている時間に帰宅した俺は、部屋のポストに一通の可愛らしいデザインの手紙が入っているのを目にした。

 その手紙には差出人の名前は書いておらず、俺の住所だけが書かれていた。

 2週間ほど前に夜の海で偶然にも出会った人が、そう言えば手紙を出すなんてことを言っていたなと思いながら、俺はその手紙を開くことにした。

 手紙を開くと、案の定差出人は雲野さんであり、『色々話したいことがあるので今週の土曜日に会うことはできますか?』という内容が手紙には書かれていた。

 文章の下には待ち合わせの場所と時間が書かれており、『1時間経っても俺が来なかったら勝手に帰るので、もし予定があったらそっちを優先してね』とのことだ。

 手紙を見終わった俺は、土曜日にちょうど予定がないことを確認し、雲野さんの話ってなんだろうなとぼんやり考えながら、重い足取りでまた蒸し暑い街の方へ出掛けていくのだった___。










 約束の土曜日の朝、電車に揺られながら待ち合わせ場所に到着した俺は、待ち人の姿を探すべく、駅周辺を歩いていた。

 しばらく歩いたところで、後ろから肩をぽんぽんと誰かに叩かれた。

 後ろを振り向くと、白のノースリーブワンピースに麦わら帽子を被り、眼鏡をかけた黒髪ショートボブの知らない女の人がそこにいた。

 俺が驚いた顔を浮かべていたからだろうか、その女の人が「どうしたの?」と尋ねてきたので、俺は今思っていることを正直に伝えることにした。


___あの、どちら様でしょうか?








 それからしばらくして、俺は眼鏡の女の人、もとい雲野さんと一緒にバスに乗って大きな自然公園へとやってきた。

 前回会った時と見た目が全くの別人になっていた雲野さんは、今日はプライベートの外出ということで変装をしているらしく、有名人は大変だなと俺は思った。

 俺が「どちら様でしょうか?」と聞いて雲野さんだと分かった直後は、「私、結構変装は得意なんだぁ、ふふっ」と上機嫌だったのだが、「あっ、でも、てっちゃんには分かって欲しかったなぁ...」と何故か急に不機嫌になって、俺は雲野さんをなだめるのに一苦労した。

 木々が生い茂り、太陽の光を遮ることで涼しさを感じさせる場所まで俺たちは移動し、そこにあったベンチに二人で腰掛けた。

 周囲を見ても俺たち以外に人の姿はなく、風が葉を揺らす音だけが聞こえてくる。


「雲野さんはよくこんな穴場を知っていたな」


「小さい頃、よく家族でこの公園に遊びに来てたんだけど、その時にここを見つけたんだっ」


「なるほどな。今日は晴れてるし気温も高いが、ここは木陰で涼しくて居心地も良い場所だな」


「ふふっ、暑いのはてっちゃんが長袖のシャツを着てるからじゃないのかな?」


「俺は寒がりだからな。クーラーの効いた室内に行くことも想定して長袖にしといたんだよ」


「あ、ごめんっ。それなら自然公園に行くって書いておけば良かったね」


「いや、全然大丈夫だ。それに俺が長袖で行くということに変わりはないからな」


 そう言うと雲野さんは首を傾げたが、俺は気にすることなく次の話題に進めることにした。


「それで、雲野さんが手紙に書いていた話したいことっていうのは何なんだ?」


「えぇとね、この前てっちゃんに会った後からの話なんだけど、聞いてくれる?」


「もちろん。というかそれを聞くためにここまで来たんだからな」


「ふふっ、そうだったね」


 そうして居住まいを正した雲野さんは、前回会った後の話をゆっくりと話し始めたのだった___。










 雲野さんの話を一通り聞き終えた俺は、「良かったな、雲野さん」と伝えた。

 「あの時に背中を押してくれたてっちゃんのおかげだよっ」と笑顔を向けてくる雲野さんは、前回会った時とは違い、すっきりとした顔をしていた。

 結論から言うと、雲野さんは周りに相談したことによって、自身が苦しめられていた問題の解決に成功したようだ。

 雲野さんから話を聞いたマネージャーはすぐに事務所と連携し、SNS等のコミュニティにおけるガイドラインの作成や、悪質な誹謗中傷の摘発及び訴訟の実行など、雲野さんや他のメンバーを守るための動きをより厳重にしたそうだ。

 それによって、雲野さん宛に脅迫紛いの文章を書いていた人も早急に逮捕されたようだ。

 また、事務所が雲野さんの心労の事情を公式SNSで公表すると、大勢のファンから雲野さんを含めた『咲ヶ丘46』のメンバーを心配する声や、メンバーを激励する前向きな声が上がり、雲野さんはこんなにも多くの自分たちを応援するファンがいたことに驚いたそうだ。

 ファンだけでなく、メンバーや家族も雲野さんをすごく心配し、最近は甘やかされ過ぎて嬉しいが困っているらしい。


「まさか周りに相談するだけでこんなにも状況が良くなるなんて思わなかったよ」


「結局のところ、人間は自分の口で自分のことを話さない限り、その人が何を思ってどうしたいのかなんて分からないからな...改めて、本当に良い結果になって良かったな雲野さん」


「ありがとうっ!」


 その後も、新曲の準備が順調に進み、いよいよCDが来週に発売されることや、近々大きなステージでライブをする(まだ公式発表はされていないから内緒だよ?と言われた)という雲野さんの話を聞きながら、時刻はお昼を迎えた。


「そろそろお昼の時間だが、どうしようか」


 俺がそう尋ねると、雲野さんはソワソワとしながら、朝から持っていたカバンから何やら可愛らしい箱を取り出した。


「あのっ、もし良かったらね?てっちゃんの分までお弁当作ってきたから、一緒に食べない!?」


 こうして俺は現役スーパーアイドルの手作り弁当を食べることになった。










 雲野さんからお弁当箱や箸を受け取った俺は、横からひしひしと感じる視線を受け流しながらその蓋を開けた。

 中身はおにぎりが二つにハンバーグ、タコさんウインナー、ブロッコリーのサラダに卵焼きが入った、『お弁当』というイメージに相応しいラインナップであった。

 俺が中身をじっくり見ていたせいだろう、雲野さんは「は、恥ずかしいからあんまり中身は見ないでぇ」と顔を両手で覆ってしまったので、俺は「申し訳ない、失礼なことをしてしまったな」と頭を下げ、お弁当を食べても良いか雲野さんに尋ねた。

 顔を覆った両手の隙間からこちらを見ていた雲野さんから「い、頂いてください...」と了承の返答が来たため、俺はお弁当を食べることにした。


「...うん、味付けもちょうど良くて、美味しいよ雲野さん」


 俺が感想を述べると、雲野さんは顔を覆っていた両手を退け、「ほ、ほんとっ!?」と先程とは一転して嬉しそうな表情を見せた。


「あぁ、とても美味しい。これは全部雲野さんが作ったのか?」


「うん、久々にお料理をしたから不安だったけど、美味しいって言ってもらえて良かった!」


「雲野さんは料理も出来るんだな...というか、俺なんかが雲野さんが作った弁当を食べて良かったのか?」


 気になったことを雲野さんに尋ねると、雲野さんは「どういうこと?」と分からないような反応をしたので、俺は話を続けた。


「俺のような一度しか会っていない他人の奴なんかよりも、雲野さんにはもっと弁当を作ってあげるのに相応しい相手がいるんじゃないかと思ってな。以前学校で『手作り弁当』は付き合ったらやってみたいシチュエーションという話を耳にしてな。もし雲野さんに彼氏や親しい男性がいるのに、わざわざ今日のためだけに弁当まで作らせてしまったのなら、雲野さんにもその人にも申し訳ないと思ったんだ」


 俺がそう言うと、雲野さんは顔を俯かせて黙り込んでしまった。

 どうしたのだろうと考えていると、雲野さんは顔を上げ、目尻に涙を溜めながら言葉を発した。


「私には彼氏なんていないもんっ!それに、私はてっちゃんにしかお弁当は作ったことないし、他の人のために作る予定はないもんっ!」


 雲野さんは現役の人気アイドルなので、スキャンダルの元になる恋愛などはするはずがないのに、そんな当たり前のことをわざわざ尋ねてしまったのは俺の完全なミスだ。

 それに、俺なんかに余計な気を遣わせるような発言までさせてしまった。

 すぐに俺は雲野さんに頭を下げた。


「雲野さんすまない。雲野さんがアイドルだってことが一瞬頭から抜けてしまって、相手が居るかどうかなんていうデリカシーのない質問をしてしまった。恋愛なんて話題はスキャンダルに繋がりかねないような内容だとも知らずに...本当に申し訳ない」


 俺がそう言うと、雲野さんが顔を近づけて「...てっちゃんのこと許すよ。でも、私がお弁当を作るのはてっちゃんだからだよ?これは覚えておいてね」とお許しを頂けた。

 俺だからお弁当を作るということの意味は分からなかったが、恐らく雲野さんがさっきと同様、俺に気を遣ってくれたのだろう。

 そうして俺は箸を持ったまま止まっていた手を動かし始めるのだった。




(アイドルだって普通の女の子なんだよ?...てっちゃんのばか)










 お昼ご飯を食べてしばらく雲野さんと会話していると、心地良い風が肌に当たり、だんだんと瞼が重くなってき始めた。


「てっちゃん眠たそうだね?」


「そうだな、少し瞼が重くなってきている感じがする」


「ふふっ、まだ時間もあるし目を瞑っても良いよ?少ししたら私が起こしてあげるっ」


 普段なら他人の前で寝落ちをすることなんて絶対にしないのだが、何故か今日は心地良い睡魔にあらがえそうな気がしないので、雲野さんのお言葉に甘えることにした。


「それじゃあ、少しだけ仮眠させてもらっても良いか?」


 そう言った途端瞼が下りてきて、意識が飛んでいくような感覚を味わいながらすぐに俺は眠りについた。


___眠りにつく直前、雲野さんの「おやすみてっちゃん」という声が耳元で聞こえたような気がしたが恐らくは幻聴だろう。










 仮眠から目覚めた後、雲野さんの午後から入っているスケジュールの関係で、駅で解散となった俺たちは、それぞれの電車に乗って帰路に着いた。

 仮眠から起きた後から駅で解散する時まで、雲野さんはスマホの画面を眺めながら何やらずっと上機嫌だったが、理由は秘密ということで教えてはくれなかった。

 「また一緒にどこか行こうね!またお手紙出すから!」と改札前で最後に見せてくれた笑顔は、変装をしているとはいえ、確かにアイドルグループでセンターを務めていると言われて10人が10人納得するような、そんな眩しい笑顔だった。


___本当に、ただただ、その笑顔が俺には眩しかった。










***










 5日前、2~3週間前に送られてきて以来の手紙が雲野さんから届いた。

 内容を要約すると『土曜日の8時に日本武道館前まで来てくれませんか?』ということだった。

 どうして武道館前なのかは検討も付かないが、行けない距離ではないし、移動等に掛かった費用はきちんと返すとも書いてあるので、その場所に俺が行くこと自体が重要なのだろう。


 しかし、今日、俺は雲野さんと会うことはできない。


 前回と同様の集合ルールが書いてあるので、1時間待っても俺が来なかったら雲野さんは俺が来ないと判断して諦めて帰ってくれるだろう。

 その姿を想像して何故か胸がチクリと痛んだが、俺はその雲野さんから届いた手紙を前回のものと合わせてライターで燃やすことにした。


 これで良い、これで良いんだ。


 手紙が先の方から黒くはらはらと散っていく様子を見届けた俺は、机の上に置いてある一冊のノートにペンを走らせた。










「「桜ヶ丘46のお花見しませんか?」」


「はいっ!ということで今回も始まりましたオハナミ!」


「この番組は桜ヶ丘46による桜ヶ丘46のためのバラエティトーク番組です!」


 今、私は桜ヶ丘46の冠番組である『桜ヶ丘46のお花見しませんか?』の撮影に参加している。

 グループの公認応援サポーターであるコンビ芸人さんがいつものように司会を回しながら、話題は先週の日曜日に行われた私たちの武道館ライブの話になった。


「...それじゃあ、くものん!今回も前回のツアーに負けず劣らずのパフォーマンスと舞台演出だったけど、今回特にこだわったポイントとかってあるの?」


「そうですね...」


 私はトークに参加をしながらも、頭の中ではあのライブの前日の事について考えていた。


 あの日、私は前日の通しリハーサルを終えた後、武道館の外でてっちゃんが来るのを待っていた。

 今回の武道館ライブは、てっちゃんと初めて出会った後に出した曲がメインのライブで、てっちゃんが居なければ私が歌って踊っていなかったはずのライブなのだ。

 そんな色々な思い入れもあり、てっちゃんには是非会場でその姿を見てもらおうと思って、私は当日のライブチケットをその日に渡そうと思っていた。

 お手紙と一緒にチケットも同封しておくことも考えたが、どうしても手渡しで直接渡したいと思ったのは乙女心というやつだ。


 しかし、時間になってもてっちゃんが姿を現すことはなかった。


 休日の夜に約束の時間を設定したため、もしかしたらてっちゃんには予定があったのかもしれない、そう思った私は後ろ髪を引かれるような心持ちではあったが、結局一時間後その場を後にした。

 次の日のライブは無事に成功で終わり、その後も色々と仕事をこなしてようやく明日の土曜日に完全オフの日ができたので、てっちゃんにお手紙を書こうと思っている。

 どうして来れなかったのかは気になるところだが、そんなことを書いてしまうと重い女だとてっちゃんに思われてしまいそうなので、またどこか外に出る予定でも相談しようかな?と内容は思案中なのだ。


 そうして私が頭の中でてっちゃんへの手紙の内容を考えているうちに、番組は次のコーナーへと進んだ。


「この前出した曲が夏の海デートを思わせるような甘酸っぱい曲だったことにちなんで!今回の特別企画、『私の理想の夏デート』についてメンバーのみんなの意見を聞いていきましょう!」


「ファンのみんなも、気になっている推しの子の理想の相手が分かるかもしれませんよ?」


 芸人さんの企画発表を皮切りに、メンバーのみんながそれぞれの理想とする夏デートや理想の相手などを話している。

 とうとう「くものんは理想の相手のイメージとかってあるの?」と話が振られたので、私は一人の男の子を頭に浮かべた。


 短く切り揃えられた黒髪に、眼鏡を掛けた同い年の男の子。


 切れ長の目で少し怖そうに見えるけど、ふっと笑うと目尻が下がって印象が柔らかくなって、それを見ると胸がドキドキする。


 話し方も丁寧で、むしろもっと楽に話してくれても良いのにって思うほど真面目で、落ち着いた様子や誠実な態度は彼の素敵な一面だ。


 そして何と言っても、見ず知らずの私の話を親身になって聞いてくれるほど優しく、私はその優しさに心を奪われた。


「優しい人かな~って思います!」


 「くものんの理想の相手は優しい人か~!これはファンのみんなにも耳寄りな情報じゃないですか!?」「この言葉が胸に届いた男性ファンは多いことでしょう!」と司会の芸人さんは言ってくれているが、今届いて欲しい相手というのは一人だけだ。

 本当だったらもっと詳しく理想の相手について話したいのだが、アイドルという立場に自分が立っている以上、この想いを大っぴらに伝えることはできない。


 ただ、せめて心の内だけでは今この瞬間も一人の女の子でいさせて欲しいと願いながら、私は胸の内で自分の想いを吐露するのだった。


___てっちゃん、大好きだよ










***










「...ん~、良く寝たー」


 朝の9時頃に目を覚ました私は、カーテンを開けて、透き通った青空に心地良さを感じながら洗面所に向かった。

 鏡に映る私はいつも通りと言えばいつも通りなのだが、やはり先週のライブの疲れが少しあるように感じる。

 しかし、あれこれと悩んでいた時とは違う良い疲れなので、こんな些細な変化をも感じ取れるようにさせてくれたてっちゃんには本当に頭が上がらない。

 てっちゃんのことを考えていると鏡に映る自分の顔が赤くなっていることに気付いた私は、鏡を見ることが恥ずかしくなったので、簡単に寝癖を直してリビングに向かった。


「おはよう、お父さんお母さん」


 リビングのドアを開けると、お父さんとお母さんがちょうど朝食の準備を終えたところだったので、私は椅子に座って3人で朝食を食べ始めた。

 お父さんが付けていたテレビには私たちのライブのニュースが流れており、私は2人にライブの状況やメンバーの事などを話した。

 そうして楽しく会話をしていると、最近起こった気になるニュースについて出演者が議論し合うコーナーが始まった。

 『男子高校生がいじめにより自殺か』という先週の土曜日に起こった物騒な出来事なのだが、その内容を見た途端、私は自分の心に大きな穴が開いたように感じた。



『今週火曜日、アパートの二階から大きな物音がしたことを不審に思った一階の住居人が、アパート管理者と共に二階の部屋を訪れたところ、ロープを支えていた天井の一部が抜け、地面に倒れたとみられる死体を発見した。死体状況から恐らく土曜日の深夜未明に首吊りでの自殺を図ったと思われるのは、〇〇高校に通う【石倉鉄男】さん、高校2年生。警察によると、体中に青あざや火傷痕が見られ、部屋には石倉さん本人が書いたと思われる日記なども見つかっており、いじめによる暴行があったことはほぼ間違いないと判断された。担任によるいじめの黙認があったことが木曜日に分かり、学校側の対応についても問題視されている。学校は...』



「あああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 急に膝から崩れ落ち、声を上げて頭を抱えた私に、お父さんやお母さんが何か声を掛けてくれているような気がするが、私の耳には何も入ってこなかった。

 テレビの右上には『石倉鉄男さん(17)、自殺』の文字が浮かび続けており、意味を理解するにつれ胸が痛いほど苦しくて気持ちが悪くなり、私は止めどなく流れる涙とともに胃の中の物を全部吐き出した。


「記者の取材によると、石倉さんのご両親は1年前に海で入水自殺をしており、今回石倉さんが自殺を図った日はご両親の命日と同じだそうですね」


「アルバイトを掛け持ちしながら生計を立てて、他に身寄りのできる親族の方はいなかったとの情報もあるが、とても辛かっただろう...」


 「いじめについてですが...」と議論は続いているが、私は今も尚現実が受け入れられないでいる。

 私が膝から崩れ落ちた拍子にポケットから落ちたであろうスマートフォンの待ち受け画面には、てっちゃんが公園で寝ていた時に密かに撮影した寝顔が映っている。

 私に「死ぬんじゃない」と言ってくれた時のように穏やかで優しそうな表情で眠る、私が大好きな顔。

 いつもスマホを開くたびに元気を貰い、てっちゃんのことを考えて頑張ってきた。


「どうしてっ!?どうしてなのてっちゃん!?」


 色々な想いが巡り巡って、胸がきつく縛り付けられる。

 プチンと何かが切れるような音がした。

 私の見ている世界が急速に彩りを失っていく。

 好きだった。

 大好きだった。

 君の事を考えない日はなかった。

 私に光を与えてくれた君。



___何の相談もされずに突然自分の大切な人が死んだってなったらどう感じると思う?



 本当だね、てっちゃん。私はあの時、本当に何も分かってなかった。


 悲しい。


 痛い。


 苦しい。


 辛い。


 息が苦しい。




 私の慟哭は、不釣り合いなほど綺麗に澄み渡る青空にまで響いているようだった___。







最後まで読んで頂きありがとうございます。


どんな形であれ、あなたの胸の奥に何かを残すことができたのなら、嬉しく思います。


沢山考察もしてみてください。


今後の励みになるので、良ければ評価の方もお願いしますね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 本当に自殺なんかね。 いじめがあり、ひどく負傷のあとがあるとなると、やりすぎて殺し証拠隠滅のためちょうど両親の命日が近いから自殺に偽装疑惑。 ある程度以上のいじめだと外出すら危ないので…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ