6.闘技大会 前夜
1.前夜祭
「ひっさしぶりねーあんた達。」
リリムは腰に手を当て、相変わらず元気にニコニコ出迎えてくれた。
いよいよ闘技大会を明日に控え、トールの一行は大会の行われる天空闘技場へ足を踏み入れた。
「リリちゃん、久しぶり。」
少し元気がなく見えるリムに違和感を覚えつつ、リリムは笑顔で答える。
「少しは強くなれたのかしら?」
リムを見たトールはふぅとため息をつきリリムに挨拶をした。
「ほっほ。久しぶりですな、リリム殿。そなたは相変わらずでなにより。」
一行をじっと見つめてリリムは気になる事を聞いた。
「マーリーンは…まだのようね。まっ、とりあえず闘技大会にはマーリーンを含めて登録しておいたから。ライズも来てたわよ〜。なんだか雰囲気が変わってた気がするけど、いじめ過ぎたかしら?」
ほっぺに人差し指を当て首を傾げる。その場にいた全員が、そのすっとぼけた姿を見て戦慄した。
「ま、今日は前夜祭でイベントもあるしゆっくりなさい。」
リリムはニコニコしながら手を振ってその場を後にした。
「イベント?」
アーヴァインが腕組みをしながら首を傾げる。
その足元でもくもくと煙が上がり、この場に相応しくない出立ちの金髪おさげの少女が現れた。少女はキョロキョロと周りを見渡すとトールの姿を見つけ、ペコリと頭を下げる。
《お久しぶりですね、トール王。》
ニコリと笑顔を見せるソフィアに促され、トール達は選手宿舎へと移動した。
《闘技大会へ参加なさるのですね?》
相変わらずの無邪気な表情でソフィアが説明を始める。
《今日は前夜祭、イベントがありますよ!》
「先程リリム殿から聞かされた所だが、イベントとはなんだね?」
トールもソフィアに負けずの穏やかな笑顔で話をする。
《今回の王様は随分お優しそうな方ですね。》
嫌味っぽいがそうは感じられないなんとも言えない言い回しをする。
《毎回闘技大会の前夜祭で神7のメンバーによる演武がございます。今年の演武はⅣの‶軍神"ヤマト様が担当なされるようです。神7の演武が見られるなんてそうそうないのでしっかりと目に焼き付けましょうね。》
説明的にそう言うと、ソフィアは煙と共に消えていった。
「‶軍神"ヤマト…いったいどんなやつなんでしょうね?王。」
神7といえば、リリムやライズと並ぶ現在最強戦力を有する10人のうちの一人だ。しかもⅣという事はリリムよりも格上の存在である。
「良い者だといいがの。」
トール一行の頭には不安がよぎった。
その不安は的中する。この演武でヴァルハラウォーズが大きく動く衝撃が走る事となった。
2.違和感
『選手の皆様、及びご来賓の皆様。まもなく‶軍神"ヤマト様による演武が第Ⅰ闘技場にて開演いたします。』
選手宿舎にアナウンスが流れる。
「さて…と。それでは行こうかね。」
トールがそう言うとそれを聞いたトール一行は皆立ち上がり、移動を開始した。控室の廊下に出たその時だった。
…カツン
…カツン
奥の暗闇から足音がする。その空気感に、リムが身震いをする。恐る恐る振り返るとそこに見覚えのある二人がこちらに向かってきていた。
「ライズ…」
リムの言葉に、トール達は一斉に振り向く。狼の様な見た目の大男と鎧の騎士がこちらに向かって歩いてくる。
ライズ 能力:人狼 二つ名‶喰神"
鋭い牙と爪を持ち、頭が良く敏捷性も高い。高い戦闘能力を有する。
「貴様がライズか。」
アーヴァインが鋭い目つきで睨む。しかし、トール一行をチラッと横目でみたライズは興味なさそうな態度をする。
「あ〜?ヴァイス、なんだこいつら?」
「さて?気にする必要はありませんよ。」
そのままトール一行を無視するかのように去っていった。トールは顎に手を当て、疑問を口にする。
「リムの話によると我らに異常なほど執着をしていたようだが…今のは?」
リリムの感じた違和感と同様にトール一行も違和感を覚えた。
「…今のは…何か違和感が。」
しかし、リムは何か別の違和感を感じていた。言いようのない違和感。その正体は後々分かる事になる。
3.演武開演
第Ⅰ闘技場『白羊宮』
『皆様お待ちかね、演武が開始されまーす。実況は私ピスケスと?』
『この俺様マイクスがお届けするぜぃ。今大会の演武はこの方!‶軍神"ヤマト様だぁ。』
闘技場上部の実況席から、とても綺麗な女性とスキンヘッドにサングラスをした男性という異色の2人がアナウンスを入れる。会場全体が揺れるほどの拍手の中、入場口から1人の少年が手を振りながら出てきた。
「あれが…‶軍神"?」
アーヴァインは腕組みをしたまま闘技場の真ん中をじっと見つめながらそう呟く。
「ふむ…」
トールも思っていた感じと違うな、と闘技場を見ながら思う。リムは辺りをキョロキョロしていた。先程の違和感が気になり、ライズとヴァイスを探していたのだ。
『それでは今大会の演武は…え?これ…マジ?』
ピスケスは動揺しているようだ。会場内もザワザワし始める。闘技場中央に立つヤマトがポケットに手を突っ込んだままチラッと実況席を見た。
『何やってんだ!貸せ。』
マイクスはヤマトの視線を感じ、大量の汗をかきながらピスケスから資料を奪い取りギョッとした目をする。
『え?これ…え?』
会場のザワめきがドヨめきに変わり、そして大ブーイングへと変わっていった。
その時闘技場中央にポツンと立ったヤマトが話始める。決して大きくは無い声だったが、会場内は一気に静寂へと変わり、その声はしっかりと通った。
「こんばんは、皆さん。僕は神7が1人‶軍神"ヤマトです。以後、お見知り置きを。」
ヤマトがペコリと頭を下げると、大喝采が起きた。
「うむ、あの年にして素晴らしき少年だ。」
アーヴァインは感嘆して拍手を送っている。
「今大会の主催である僕の演武をお楽しみ下さい。実況席に戻します。」
もう一度ペコリと頭を下げると、今度は会場からヤマトコールが始まった。もれなくアーヴァインもヤマトコールを送っている。
『こーなったらヤケじゃい!今大会の演武は…ズバリ『制裁』だぁ!』
会場は一瞬静寂に包まれ、やがてまたざわめきが起きる。
その時ヤマトが出てきた入場口とは反対側が開き、10人程が檻に入れられて闘技場内に入ってきた。
『この10人はー、自身の神を殺害した『神殺し』の者たちだー。紹介しよう!箱庭メリルのメリル王が一行。』
闘技場中央に出された10人は、周りの喧騒にはピクリとも反応せず、真っ赤に充血をした目でヤマトを睨んでいる。
「メリル?メリルってあの‶新星"?」
「数ヶ月前まで神7のⅥだったあのメリルか?」
会場のざわめきがどんどん大きくなる。
『気付いた奴が多いのも当たり前だぁ。数か月前、神7の一人‶新星"メリル一行が何者かに惨殺された惨劇は記憶に新しい。そう、『呪いのメリル城事件』だ。メリル王はあの円卓騎士団ヴァイスを有し、着実に序列を上げていた勢いのある一行だった。その一行がまさかの惨殺。そりゃ忘れないよなぁ。その後の事は知ってるかー?神メリルは強き能力を求め制裁を繰り返した!その結果がこいつらだ!本来裁くべき神がいない為ー、この場でヤマト様が神に変わって制裁を加えるって寸法よー。アーユーレディー?』
会場の熱はマックスに達した。激しい歓声の中、闘技場でヤマトがメリル一行に何かを話しかける。その様子を椅子に腰掛け頬杖をついて見ていたリリムは、テンカを呼んだ。
「テンカ、会話が気になるの。いける?」
「お任せ下さいリリム様。」
檻に入れられた10人の所に、ヤマトは両手を広げながら無防備に近づく。
「やあやあ、『神殺し』の方々ようこそ。」
メリル一行は檻を揺らしたり斬りつけたりして壊そうとしている。
「そんなに目を血走らせて、どうしたのさ?まさか…」
ヤマトの瞳孔が開き、不気味な笑みを浮かべる。
「『呪いのメリル城事件』の犯人が僕だって気づいてるのかな?」
ガタッとリリムが立ち上がる。そして奥歯をぎりっと噛み締め座り直した。一層歓声が大きくなり、いよいよ10人を入れた檻が開かれる。
「憎いよね?さぁさぁ、かかっておいで。」
両手を大きく広げ、ヤマトが煽る。最初の無邪気な笑顔は消え、禍々しい笑顔へと変わっていた。
一瞬の事だった
ヤマトが何か能力を解放すると同時に、10人が一斉に飛びかかった。ヤマトがもみくちゃにされたと思った刹那、10人の首が同時に吹き飛ぶ。
死体の山からニコニコしながらヤマトが出てくると、一人一人のSEEDを相手の持っていた剣で次々と突き刺していった。
「…エグい…ね。これじゃ…もう…助からん。」
タマキはその惨劇をじっと見つめボソッと呟く。その横でリリムは冷や汗を流した。
「これは…急いだ方がいいね。」
そう言うとスッと立ち上がりスタスタとどこかへ行ってしまった。『神殺し』が最後の一人となった時、首のなくなったメリル王がそれでもヤマトの足を掴んだ。
「なんだよー。汚れちゃった。」
ヤマトはそう言うとメリル王の胸元にズボッと手を突き刺し、SEEDを抜き取る。メリル王がピクリとも動かなくなった様を見下し、ニコニコしながらそのSEEDを握りつぶした。
「なんてやつだ。」
先程まで賛辞を送っていたアーヴァインも、目に怒りが灯る。衝撃の光景を目の当たりにした会場の人々は目を覆う者や嘔吐する者がほとんどだったが、ヤマトに対する恐怖心は一様に心に巣食った。
『それでは…おぇ…これにて演武を終わります…』
ピスケスは泣きながら嘔吐を繰り返しており、マイクスは頭を抱えていた。
全身に返り血をあびたヤマトは会場を見渡し、またニコリと無邪気な笑顔を見せて手を振りながら去っていった。
4.チーム
衝撃の演武が終わり、トール一行は選手宿舎に戻ってきていた。アーヴァインもリムも、トールですら一言も話さない。あれだけの光景を目の当たりにし、恐怖心と怒りとで感情がぐちゃぐちゃになっていたのだ。
その時、扉が開いてリリム達が入ってくる。
「あららぁ、なんだかお通夜みたいね。ま、あんなの見た後じゃしょうがないけど。」
リリムはやれやれと言ったジェスチャーをする。トール一行はそれでも誰も話さない。その様子を見てリリムはため息をついた。
「組合せが決まったわ。」
全員が一斉に振り向いた。
「ライズと当たるのは…準決勝よ。今回は神7が出場するって噂があったから、出場チームが少ないのね。3日後には再戦よ。」
リムは下を向き、目を見開く。
『トーちゃん、ジョーちゃん、ジーちゃん。私、やるよ。絶対に、今度こそ絶対に。でも…怖いよ。助けてよ…』
手を握り、小刻みに震えるリムをリリムは腰に手を当てじっと見つめる。
その時、トールがリムの頭にポンっと手を置く。恐る恐る見上げるリム。
「1人で抱えるでない。私達が、ついておる。」
「ふんっ。俺がいる。お前はしっかりとサポートしてくれればいい。」
ニコリと笑うトール。その横で腕組みをしているアーヴァイン。その2人を見て、リムは一度顔を伏せそして決意の表情を見せた。手の震えは止まっていた。その様子を見たリリムはニコリと笑い、手をパンパンと叩く。
「はいはい、じゃあ作戦を立てるよ。」
トールに視線を送り、促す。
「そうだの。まず、闘技大会の基本はなんでもありで、内容は対戦相手と決める事になる。だから総力戦もあれば個人戦、勝ち抜き戦ももちろんある。こちらの戦力は現状アーヴァイン1人。個人戦や勝ち抜き戦はかなり不利だの。」
リリムは顎に指を当て、うーんと悩む。
「…リリム。」
タマキが、顎で合図を送る。その先でリムが鼻息を荒くしていた。
「私、戦えるよ!」
リリムは腰に手を当てて笑顔を見せる。
「そうね。でもあなたは役割を忘れないように。連日戦いになる。あなたが倒れたら大変よ?」
しゅんとするリムだったが、トールは笑いながら大きく頷いた。
「はっは。リムよ、気持ちはよく伝わった。最後に決めるのは私だ。いざという時は頼むぞ。」
その言葉を聞いて、リムは満面の笑みを見せる。タマキにサムズアップをすると、タマキも無表情のまま同じジェスチャーで答えた。
「ほんとに分かっているのかしら?」
リリムはフゥとため息をついた。
その夜
リムはライズ達に感じた違和感が気になり、寝られないでいた。窓にもたれ掛かり、夜空を眺める。満点の星空の中、一際光を放つ満月をじっと見つめる。
そこにアーヴァインが入ってきた。
「まだ起きていたのか?」
「うん。少し胸騒ぎがするの。トーちゃんは?」
基本的にいつもトールの側から離れないアーヴァインが一人で行動するのは珍しい。
「少し、夜風に当たってくるとの事で暇をつかわされたのだ。」
「一人にして大丈夫かな?」
「リリムに呼び出されたような事を言っていたから大丈夫だろう。あの女は、信用できる。」
アーヴァインはリリムの実力を直接見たわけでは無いが、雰囲気から只者では無い事を見抜いていた。だが、警護を外された事に不満げな顔をしていた。
「リムよ。大会が始まったら我らもタダでは済むまい。トール王に万が一の事が無いよう、共に全力を尽くそう。」
アーヴァインはいつも難しい顔をしてトールの側から離れないが、王を思う気持ちはリムと同じ事は分かっていた。
「アーちゃんは怖くないの?」
リムは尋ねる。怖いという言葉を初めて口にした。
「怖い…か。ふん。恐怖などない。王をお守りする為には戦うしかないのだから。」
リムは俯き目を伏せる。アーヴァインは横目でリムを見るとため息をもらす。
「…何かあってもお前が背中を守ってくれるから戦えるのだ。俺はお前のことを信用している。お前がいてくれれば、俺は王の為、何度でも立ち上がる事が出来る。」
リムはハッとした。驚く表情を見たアーヴァインは、フンっと窓の外を見る。リムも同じように、夜空に光る月を見つめた。
「何があっても、私が治してみせるよ。」
リムの口元は笑っていた。
5.世界の王
トールとリリムは控室外の中庭にいた。そよそよと吹く風に靡いた髪を、リリムは耳にかける。
「話とは?」
トールが問うと、リリムは振り返り俯く。
「この大会にライズを誘導したのは私。でも何か嫌な予感がする。なんて言ったらいいのか分からないけれど、おかしな気配みたいなものを感じると言うか…」
普段勝ち気なリリムに、珍しく弱さのようなものが見える。トールは何かを感じ取り、その顔から笑顔が消えた。
「トール。ジーナスの記憶があるのなら、私のした質問に答えられるかしら。」
《神は正義か?》
前にジーナスにした質問の答えを求めた。トールはフゥと一息つき、ポツリと話し始める。
「私は迷っておった。神に背き、ジーナスを我が身に宿した後からずっと。リリム殿と別れてから、我らのしていた事を知っているかの?」
リリムは腕組みをしたまま首を傾げる。
「王狩りだ。しかもこの世界に入ってきたばかりの者達を無数に、だ。それが神の命令であり、私は私の意思でその行いを実行した。神が正義では無いと言うのならば、私も同罪であろう。私のした事は、あのライズと同じだ。」
トールは俯き、だがはっきりとそう言った。
「私達と同じ境遇の者を幾人も作ってしまった。後悔はしていない。その全てを背負い私はこの世界の王になる。」
そう答えるトールはどこか神トールと重なって見えた。その姿を見たリリムは踵を返し、
「そ、安心したわ。ついてらっしゃい。」
そういう口元は確かに笑っていた。リリムに付いてしばらく歩く。そこには深々とお辞儀をしたテンカが待っていた。
「お待ちしておりました。リリム様トール様。」
テンカは時空間忍術で門を開いていた。その手前まで来ると、リリムはクルリと振り返り急に真面目な顔をする。
「ヤマトの能力、あなたには見えたかしら?」
トールには一瞬のうちに10もの首を吹き飛ばしたように見えたのだが、そういう事では無さそうだ。首を横に振る。
「まぁ、そうよね。あの容姿にあの能力。間違いない。あれは円卓騎士団の一つ、‶毘沙門天"よ。しかも最悪な事に、『降神状態』のね。」
ヤマト 能力:毘沙門天 神7の一人 二つ名は‶軍神"
特記事項 ???
毘沙門天は円卓騎士団の能力の一つ
「降神とは?」
トールは分からない事だらけだった。
「文字通り、神を私達王の傀儡に降ろす事よ。今ならあなたにもできるはず。降神の儀が終わったら…あなたはあなたでは無くなっているのだけれど…ね。」
トールは目を瞑り、少しの間考える。
「リリム殿、少しだけ時間をくれないか?」
リリムは腰に手を当ててフゥと息を吐く。
「あまり時間はないわよ?」
トールはコクリと頷き、空を見上げる。リム達の見ているのと同じ満月を見つめた。