5.新たなる旅立ち
1.新たなる仲間
あの日から2か月程経った。
「みんなと会うのも久しぶりね、先生。」
「…そう…ね。」
「今度こそ、役割を果たしてみせるよ。」
リムは久しぶりに会う仲間に心をウキウキさせていた。
「タマキー、こっちよー。」
リリムが遠くで手を振っている。
「久しぶりねあんた達…リム、寝起きね?まずは顔を洗っておいで。」
なんで分かったのという表情をして、リムは顔を洗いに洗面へと行った。そこでリムは自身の顔にたくさんの落書きがされている事に気づき、一生懸命洗い流した。
「先生ー、ひどいよー。」
「…バレた。」
そんな事をしている2人に、リリムは手を叩き話し始める。
「はいはい、くだらない事はそれまでにして。リム。新しい王と仲間に挨拶なさい。」
そう言うと、扉が開いて2人入ってくる。
「ほっほ、そなたがリムだな?これからよろしく頼む。」
これぞ王様といったふっくらした体型の男。
4代目トール王 能力:???
「俺はアーヴァイン。リムと言ったな?これから共に王の為死力を尽くそう。」
白みがかった長髪のスラっと背の高い男
アーヴァイン 能力:十文字槍
夢は円卓騎士のホンダと死合う事。
「トーちゃん、アーちゃんよろしくね!後は…ジーちゃんが来たら出発だね。」
よし、やるぞとばかりにリムは両手をグーにしてガッツポーズを取る。
「…ジーナスは…行かない。」
ポツリとリリムが呟くと、また扉が開いた。
「遅くなってすまない。」
大きな弓を背負い、褐色の肌で右眼に眼帯をした女性が扉を開けて入ってきた。
「マーリーンだ。よろしく頼む。」
「マーちゃん?なんで?右眼、どうしたの?」
リムは驚きを隠せないと言う様子でマーリーンに駆け寄り手を握る。
「お前は…誰だ?」
思わぬ返事が返ってくる。まるで記憶を失ったかのような。
「ま、そーゆう事。ジーナスは今回から外れたから。」
リムの胸騒ぎはこの事だったのかもしれない。困惑するリムの肩をタマキがポンっと叩く。
「この後どうするのかは自分たちで決めなさい。私達とはここで一旦お別れね。1か月後、闘技大会の会場で待ってるわ。…強くなる事ね。ライズはバカでねちっこいイヤな奴だけれど、確かに強いよ。」
リリムは最後にポツリと言いながら部屋から出て行った。
「リム…王を信じなさい。」
リムは意味が分からず、リリムを追いかけようとするが、マーリーンが静止した。
「ここからは、私達の力でなんとかしよう。」
聞きたい事はたくさんあるけれど、少しづつ前に進もうと思った。
…
一方ここは、箱庭ライズの一室
「くそが。左眼が疼きやがる。」
「傷も癒ましたし、行きますか?世はいつでも準備出来ています。」
「ま、まぁ大会まで待ってやりますかねぇ。」
「…」
「何か言いたそうですねぇ?ヴァイス。」
「…いえ、何も。」
「僕もリリムちゃんと戦うのは賛成できないなぁ。」
「誰だ貴様。」
「なんで…ここに。」
「ヴァイスは連れて行くね。」
「まさか裏切るつもりかぁ?」
「裏切る?面白い事を言うね。バイバイ。」
「ぐゎ…な…ぜ…」
「貴様、王になにを…ガッ」
「さて…と。闘技大会が楽しみだ。」
そのまま笑いながらライズの箱庭から闇の中に去っていった。
2.バラバラ
トールの一行は、未だ楽園にいた。
「まずは情報を、整理しよう。リムよ、お前はマーリーンを知っているような口ぶりだったな?何があったか話してはくれないか?」
トールが尋ねるとリムは今日までの出来事を話した。反応は様々だった。
「ふむ。」
「…ライズ許せん奴だ。」
「私が…リリム殿の騎士だった?」
王はやけに落ち着いていた。まるで全てを知っていたかのように。
「私はなぜここにいる?」
マーリーンが訪ねる。
「分からないの、タマキ先生と修行から戻ってきたらこうなっていて。眼帯も…」
リムは言い淀んだ。その姿を見た王は言葉を発する。
「ほっほ。分からない事は分からない。しかし、仇敵を討つ為に闘技大会へ出る事は決まっている。今はその為できる事…そうだな、リリム殿の言うようにまずは経験を積むかの?」
そこまで言ったトールの脳内に電気が走る。
《王よ…楽園の手前で伏せ、来る王を倒してSEEDを集めるのだ。よりよいSEEDを集め奴を討つ。》
「しかし…」
《我はやれと言っている。我に従えぬか?》
「御意に。」
青ざめた顔をしながら独り言を呟くトールを、皆が心配そうに見つめる。トールは顔を上げ、重い口を開けた。
「次の目的は決まった。私たちはここ楽園を拠点としてめぼしい能力を持つ他の王を討ち、戦力の増強を図る事とする。」
その一言にリムはギョッとする。
「トーちゃん、でも…」
「リム、王の命令だ。もう決まった事だぞ。」
アーヴァインはリムの言葉を遮るように強い口調で言う。
「私は少し用があるので闘技大会まで別行動をさせて頂く。」
マーリーンは凛とした態度でそう言い出した。
「どいつもこいつも王の命令をなんだと…」
「よい、アーヴァイン。マーリーンよ、行ってきなさい。全てを、知ってくるといい。」
マーリーンはペコリとお辞儀をしてさっさと出て行ってしまった。
「王よ、これで良かったのですか?俺たちは、バラバラだ。」
アーヴァインは苛立ちを抑えられないと言う様子で捲し立てる。何よりも4代目トール王への忠義の為だった。
「アーヴァインよ、人には事情がある。あの子はきっと戻ってくる。それまでは私達でやるべき事をやろう。」
トールはそれでもニコニコとしながらアーヴァインをなだめた。
「王の仰せのままに。」
アーヴァインは片膝をつき、頭を下げた。
「私は…」
リムはどうしたらいいのか分からずにいた。
《王を信じなさい》
リリムの言葉が頭をよぎる。
《役割を果たせ》
タマキの言葉が胸に刺さる。
「私は…仲間を死なせたくない。トーちゃんを信じて頑張るよ。」
決意の言葉にアーヴァインは強く頷き、トールはどこか寂しそうな表情でニッコリと笑った。リムにはその顔が2代目トール王の姿と重なり、懐かしさを覚える。
「さて、私達も行こう。時間は待ってはくれないからの。」
そう言い立ち上がると、リムとアーヴァインはその背中について歩き出した。
3.戦う理由
楽園を出たマーリーンだが、行く当ては無かった。自分がなぜリリムの元から今の状況になっているのか、それを知りたかった。知らなければいけないと思ったからだ。なぜそう思ったのかは分からないが、右眼が妙に疼く。リリムに会い、話を聞きたいと思ったのだが彼女がどこにいるのか分からない。
リムが言っていた。ジョーズという少年が、自分の腕の中で死んだ事。その少年は自分のことを師匠と呼び、慕っていた事。ジョーズという少年の事を考えようとすると、眼の疼きがひどくなる。胸に何かざわざわしたような感覚がする。私は思い出さなければいけないのだ。トールと共に行く理由を。トールと共に戦う理由を。私は騎士だ。王を守る事が役割だ。だが胸のざわめきを、右眼の疼きを無視したままではいけない。そう思った。
「…げ、…マーリーン…」
聞き覚えのある声がする。この物静かな女性は…そう、リムが先生と呼んでいたタマキという女性だ。かなり綺麗な人だ。(げって言った?)彼女ならリリムの事を知っているかもしれない。
「タマキ殿…といったか?すまないが…。」
タマキは一目散に走り出した。私と彼女の間には一体何が?分からないが私の琥珀眼から逃げ出すのは不可能だ。すぐに追いつき、ジタバタするタマキを羽交い締めにする。
「タマキー!何してんの?行くわよー。」
聞き覚えのある声がして振り返った。
「あら?マーリーン?」
リリムがヒラヒラと手を振って近づいてくる。どうやら観光でもしていたのか、お供らしき忍者の様な女性は両手いっぱいの荷物を持っていた。
「マーリーン先輩?」
大きな荷物から顔をのぞかせた少女も、やっぱり私の事を知っている。
「リリム殿、私は…」
何と言っていいかが分からない。
「知りたいのね?何があったのかを。」
マーリーンはコクリと頷く。
「いいわ、着いてらっしゃい。」
リリムが指を鳴らすと、忍者の様な少女が詠唱を始め、急に周りの風景が変わった。
…
「ここは箱庭リリム。私のお城よ。着いてらっしゃい。」
常にニコニコしているこの女性を見ると、何故か心が安らぐ。そこにいる人々は私の事をよく知っているようで、お帰りなさいと言ってくれるのが妙に嬉しかった。
玉座に着く。リリムは玉座に座り、自分とその他の9人を円卓になっているそれぞれの席に着かせる。
「さて、と。聞きたい事は山ほどあるんでしょうけど、リムからどこまで聞いたの?」
マーリーンは先程リムから聞いた事を全て話した。リリムは頬杖をつきながら黙って話を聞いて、うんうん、と相槌を打っている。
「あなたが言い出したのよ?ジョーズの仇がうちたいって。ジョーズの代わりにやつの右眼を自分が討つんだって。その覚悟の証だって言って自分の右眼を私にくれたわ。」
それでこの眼帯か…一つ解決した。
「あなたが知りたいのは、何故自分の記憶が無いのか、よね?」
マーリーンは黙って頷く。リリムは今日までの事を話し始めた。
「あなたはまず、私に『制裁』をして欲しい、と言ったわ。私の箱庭騎士団では大会には出られないし、何より私に対してのケジメをつけようとしたのね。でも、『制裁』をすれば確かにSEEDに戻るけれど記憶を無くすだけでなくどこの誰の元に行くか分からない。リスク高すぎよね。それは私も容認できない。」
一同は黙って話を聞く。
「方法はあった。まあ賭けだったけれど、うまくいった。」
「方法、とは?」
マーリーンは固唾を呑む。
「傀儡の雫。通称『冥王の涙』ね。」
『冥王の涙』
冥王の涙を使うと、白の傀儡からSEEDを取り出す事が可能。ただし、この方法で取り出したSEEDは赤の傀儡に入れる事はできない。成功確率は3割ほどとされている。失敗するとSEEDは壊れてしまい、二度とこの世界には戻れない。
3大神の一人‶冥王"ハーデスの手先サキュバスを倒すとかなり低確率で手に入る幻の雫。
「そこからはあなたと一緒にサキュバス狩りね。幸い早いうちに手に入ったけれど、さすがに肩凝ったわ。」
リリムは肩を揉む仕草をする。
「すみません…」
申し訳なさそうにするマーリーンに、リリムは手をヒラヒラさせて答える。
「冗談よ。でも、冥王の涙を手に入れた時のあなたの顔は、きっと忘れられない。」
リリムは切なそうな、悲しそうな何とも言い難い表情をした。
「ま、そんなこんなで上手くいって今はトールの騎士になったって事ね。」
全てが繋がった。今の自分がなぜこうなっているのか、自分の過去の事が。
「マーリーン、戻ってはこれぬのか?自分は…自分はマーリーンとまた共に戦いたい。」
タマキとはまた違う、和服の女性が机を叩いて立ち上がりそう言った。
「ミコト、それは言いっこなしよ。散々話し合ったけど無駄だったでしょう?マーリーンはそういう子じゃない。」
リリムが嗜める。ミコトと呼ばれた女性は黙って椅子に掛け直した。
「マーリーン。あなたはいつまでも私の騎士よ。箱庭騎士団の席は空けておくわ。やる事やったら、あなたの帰る場所はここにある。それを忘れない事ね。」
リリムはそう言うと立ち上がり、マーリーンに何かを手渡し自室へと入っていった。
マーリーンは深々とお辞儀をする。
「マーリーン先輩、すぐに行くのですか?」
「そうする。ここにいると、決意が鈍る。」
「…もう…来るな…よ。」
「お前も、相変わらずだなタマキ。」
マーリーンとタマキの口元は笑っている様に見えた。
「闘技大会までに、私は私なりに強くならなくてはな。ジョーズ…お前にも顔向けできん。」
決意新たに、マーリーンの琥珀眼に炎が灯る。
3.正しき事
マーリーンがパーティから外れてから7日。トール一行は始まりの街、楽園のそばで王狩りをしていた。
「王よ、今日はなかなか収穫がありましたな。」
アーヴァインはキラキラした目でSEEDを眺める。トールはアーヴァインとは対照的に曇った表情だった。そんな二人を見つめ、リムはこれでいいのだろうか、とどうしても考えてしまう。
楽園宿舎
「知ってるか?最近ここら辺りで王狩りが出るらしいぜ。」
「知ってる!おかげで最近マリオネットも増えたのよ。」
ここ数日、楽園ではこの話題でもちきりだ。幸か不幸か自分たちがその王狩りをしていると気付いている者はいなかった。
「ねぇ、トーちゃん私達がしている事は…」
「皆まで言うなリム、分かっている。」
リムが口にしようとした言葉を、トールは遮った。『正しい事なのか?』その答えは誰にも分からない。自分たちはただ、神トールの言葉通りにやる事をやっているだけなのだ。
リムはどうしても思い出す。王を討たれた騎士の顔を。騎士を討たれた王の怒りの目を。それを思い出すたびにはげしい胸の痛みと苦しみが湧いてくる。
リムは手を洗う。何度も何度も。自らの手で討った者たちの、色々なものが手に染み付いている様な気がした。
今日もリムは手を洗っている。その目には涙が浮かんでいた。
「アーヴァインよ、少しよいか?」
洗面所へと行ったリムを横目で見て、トールはアーヴァインに声を掛けた。
「はっ。」
アーヴァインは相変わらず王と話す時には片膝をつき、目を伏せて話を聞く。
「アーヴァインよ、お前はどう思う?私たちがしている事は正しい事か?」
アーヴァインは顔を上げ、トールを見る。
「恐れながら…我らが大願は神トールを神王にする事、それから先王の仇敵ライズを討つ事。その2つです。その為に戦力の強化は絶対条件。質問の意図ははかりかねますが、正しいかそうで無いかと言われれば『必要な事』と心得ます。」
トールは深いため息をついた。
「お前にとって神トールとはなんだ?」
さらに質問を重ねるトール。
「神トールは我らの創造神です。尊い存在だ。ですが俺は王、あなたについていくと誓った。姿の見えない神よりも、身近で俺の槍の届く範囲にいる王を、俺は守りたい。」
その言葉を聞き、トールは微笑んだ。
「アーヴァインよ、お前の忠誠心は分かった。では一つ、伝えておく事がある。この先何があってもその心に嘘はつかないでいて欲しい。」
「それはどう言う意味でしょうか?」
返す質問に、トールは答えなかった。
「アーヴァイン、お前とリムがいればきっと大丈夫だ。」
アーヴァインはチラッと洗面所の方を見ると訳がわからないといった風に両手を広げた。
数日後…
トール一行は相変わらず王狩りを続けていた。リムは少しやつれたように見える。
「トーちゃん少し休ませてもらってもいい?」
そう言うリムを、トールは笑いながら許した。岩の上に座りながら、リムは問う。
「トーちゃん、私…間違っていると思う。」
トールはリムを見つめ、一言で答えた。
「…私もそう思うよ。」
リムとアーヴァインは驚きを隠せない。
「だったらなんで…」
言いかけた時、後ろから剣を持ったマリオネットがリムに切りかかる。
「オウノ…ウラミ…コロス…」
「リム!くそ、間に合わない。」
咄嗟に槍を構えるアーヴァインだが、自らの間合いでは間に合いそうにない。
絶対防御
「これは…ジーちゃん!」
リムが振り返ると、そこにいたのはトールだった。トールは大きな盾を構え、バリアを張る。
「アーヴァイン、トドメを刺せ。それが…其奴の為だ。」
「御意。」
アーヴァインはマリオネットに一突きでトドメを刺した。灰になっていくマリオネットの側でリムは困惑した表情を見せる。
「なんで…」
トールは震えるリムの肩に両手を置いた。
「落ち着くのだ、リム。」
「…トーちゃんはイージスの能力なの?」
トールは首を横に振る。
「だったらなんで…」
その時アーヴァインに首のあたりを殴られ、リムは気絶した。
「アーヴァインよ、苦労をかける。」
トールの言葉にアーヴァインはペコリとお辞儀をして応えた。
4.記憶
リムは目が覚める。遠くで、2人が話す声が聞こえた。
「お前はどう思う、アーヴァイン。」
「は。2代目に対する忠誠心は見上げたものかと。しかしながら理由を知らずにいるのも、酷な事かと思います。」
「やはり、話しておくべきかもしれんな。」
リムは寝たふりを続けたが、二人は気づいているようだった。
「リムよ、こちらへきなさい。」
にっこりと笑い手招きをするトールが、とてつもなく怖いものに見える。恐る恐る側に行き、椅子にかけた。
「これを、飲むといい。」
トールがなにやら湯気の立つ飲み物を差し出してきたが、リムは首を横に振る。
「リムよ、話しておく事がある。お前が修行していた間の事を、聞いてくれるか?」
リムは黙って机に置かれた飲み物をうつろな目で眺めた。
一月半前
「トール王。」
私は呼ぶ声で目が覚めた。目の前には大きな盾を持った大柄な男。名前をジーナスと名乗った。そしてその横にはリリム殿。二人は私が目覚めるのを待っていたようだった。ジーナスは私の事を王と呼び、自分は私の騎士だと言っていた。
その時、頭の中に電気のような物が走り、脳内に直接話しかけてくるような奇妙な感覚があった。
《王よ、我が名はトール。貴様を創造した神である。貴様の能力は『模倣』。あらゆる全ての能力の中から一度だけコピーできる能力だ。コピーが成功すると、相手のSEEDは枯れ果てる。使い所によっては最強の能力である。我がここぞと言う時まで使うで無いぞ。》
ジーナスは話を続けた。
「俺には時間がない。この目を見て欲しい。」
そう言うジーナスの目は、黒く濁っていた。まるで闇のような目をした男だった。リリム殿はこの状態が続くと、ジーナスはやがて闇に飲まれ、黒の傀儡になると言っていた。
ジーナスは私に『制裁』をして欲しい、と懇願してきた。私は何が何やら分からず、『制裁』をするとどうなるのかとなぜそのような事になったのかを聞いてみた。
彼は忠誠心の塊のような男であった。幼き先代王を失った事で負の感情が抑えきれなくなってしまったようだ。
私は迷ってしまった。この男を『制裁』するのは簡単な事だが、本当にそれで良いのか。
リリム殿は黙ってこちらの様子を伺っていた。恐らくは、私の判断を見ていたのだろう。とても…冷たい目をしていた。
《王よ、『制裁』をしろ。》
神トールはそう言うが…出来なかった。私はふと思いつき、己の能力についてリリム殿に話をした。リリム殿はなるほど、と手を叩いたが神トールが許さないのではと疑問を呈した。たしかに神トールは許さないであろう。そもそも許可するまで使わないように言いつけられていた。何か狙っている能力があったのではと推測できる。神の怒りを買うのは必然だ。
だが私に迷いは無かった。能力を使うとジーナスは笑顔を見せて私のSEEDへ飲み込まれていった。どういうわけか、その時ジーナスの記憶もコピーしたようだった。心残りも…そう、リムとジョーズそして仇敵ライズの事だ。
神はお怒りだった。それはもう…恐ろしい程に。私は、目的のモノが見つかったら『制裁』を受けるだろう。私にとって神は唯一無二の存在であり、神トールを神王にする事が私の存在意義に変わりはない。だが不思議と後悔は無かった。
その後リリム殿は私にSEEDを手渡してきた。この子も共に連れていって欲しい。彼女は寂しそうな目をしてそう言った。
しばらくしてアーヴァインとマーリーンを生み出し、今に至る…というわけだ。
神トールを神王の王座へ導く。
ジーナスの熱い忠誠心。
2代目が命を賭して守ったリム。
自らの手で生み出したアーヴァイン。
リリム殿に託されたマーリーン。
私には守るべき者がたくさんいる。このイージスの力で私は必ず守ると誓った。自らに、『制裁』が下るその日まで。
トールの話を黙って聞いていたリムは、ふと目線を上げた。腕を組みじっと立ち尽くしながらトールを見るアーヴァイン。トールはゆっくりと目を開き、改めてリムに温かい飲み物を進める。
「温かいね、トーちゃん」
リムはその飲み物を一口飲み、ポロリと涙した。